13年3月2日

まだ入院している唯生の見舞いに行った。
先週いた、シャワールームとトイレのついた差額ベッド代の高い部屋ではなく、個室だが少し狭い部屋に移っていた。
普通の6人部屋とかにはとても入れないんだろうなぁ。健常者たちがビックリしちゃうよ。
時々泣き声をたてる以外は、おとなしくて扱いやすい患者さんなんだが。

話しかけて通じるわけではないので、見舞いに行ってもやや手持ち無沙汰な感はある。
「ねえ、唯生。この病院はキレイだねぇ。看護師さんたちは親切にしてくれる?」
「また、家に帰ってこられるといいね。頑張って病気を治そう」
「見晴らしがいいねぇ。唯生も見られるといいのに」
など一方的に話しかけているのだが、唯生も少しは楽しいのか?

とりあえず病状は安定して快方に向かっているらしいし、話すこともなくなってしまったので、帰る。
唯生の弱点が腸であることがよくわかった。
私の弱点は胃と心臓と頭であるが、大内くんも、実は腸が弱点。
唯生に関しては、大内くんのDNAが勝った、ということか。
息子は今のところ目立った弱点はない。
あっ、アトピーがあるじゃないか!これも大内くんのDNAだ!

そんなふうに大内くんと私が合作したのが唯生と息子。
唯生はともかく、息子の育て方は「間違えた」と毎晩のように話している。
何しろ、焼き肉食べに行った時に、
「あんたらの育て方は甘い。もっと厳しく、たたいたりして育ててもらいたかった」と本人から上カルビをほうばりながら言われても・・・
このように自由な魂が育つとは、甘やかす育て方にも見るべきものがあるのではないだろうか。

まあ、私はともかく、大内くんは甘やかし大賛成だ。
江口寿史の「寿五郎ショー」で、「理想のオヤジ」が、
「甘やかしてダメになるような奴はしょせんダメだ」と言うセリフに禿同なんだって。

それに、彼は私が窮屈な子供時代を過ごしたと思っており、「風ととともに去りぬ」のレット・バトラーが、「苦境に逢わなかったスカーレット」を見てみたい、と1人娘を溺愛する場面にも激しく同意していた。
素材がそれほどよくないんですけど。

子育てはわからない。
1.2人前ぐらいしかやってないし。
3人も4人も育てたら、自信がつくだろうなぁ。
おしめがとれなくっても、「高校生になっておしめの人はいないから」とか気楽に構えたり、「しょせん自分の子だから、そう大したことにはならない」 とか思えそう。
あー、だから私は4人のコドモを育てている内田春菊に弱いんだなぁ。

13年3月3日

隣町の優秀な魚屋さんに買い物に行く。
普段の日曜ならお昼ごはんも食べるのだが、今日はちょっと節約して、家でごはんをすませて行く。

魚屋さんではいいイワシとかますが買えた。
かますは塩焼きにして晩ごはんに。
イワシは、ひらいて3枚におろしてもらったので、明日にでもオーブン焼きを作ろう。
トマトとにんにくのみじん切りをかけながらグラタン皿にイワシを重ねて作るこのメニューは、現在練習中なのだ。
「自家薬籠中の物にするまで、時々作らせて」と大内くんに言ったら、
「おいしいからかまわないけど、難しい日本語を使うねぇ」と笑われた。

ついでにスタバに寄る。
大きな公園に降りて行く細い道に面したカウンタ席で、大内くんはコーヒー、私はチャイ・ティー・ラテ。
まだ春というには寒いけど、少しずつ桜の気配を感じる今日この頃だ。
もうひと月もしたら、この細い道は花見の客で渋滞するだろう。
毎年、花見もいいが、花見客を見るのも春の楽しみ。

この頃は30分の散歩をする体力がなくなって、近くまで自転車で行って買い物をすることが多い。
気候が良くなったら、また歩けるようになるだろうか。
寒いぐらいの方が散歩にはいいんだが、どうも疲れやすくて。

自転車を連ねて帰って来たが、息子は徹夜のバイトから帰らない。
「今日もバイト?」とメールしてみたら、わりとすぐに、「うん」と返事が来た。
3晩続けてのバイトだ。
着替えも持っていないのに、いったいどうしてるんだろう?パンツの替えぐらい、コンビニででも買えばいいと思うんだが。
こないだも3晩ぶっ通しがあったけど、その翌日家に帰って来て彼が風呂に入った時は、お湯が恐ろしく汚れてしまったものだ。
仮眠をとりながらの徹夜仕事なので、シャワーとか浴びられないのかなぁ。
そんなことも聞いてみたいんだが、外でのことをちっとも話してくれない彼である。

「さすがに、ちょっと顔を見たくなっちゃったよ」と言う大内くんは、仕事で遅くなって息子が寝てから帰る日が多かったので、起きている彼の顔を5晩ぐらい見ていないのだそうだ。
私は見ている。
そして、晩ごはんを作らされている。

バイトのシフトを事前に教えてくれたら、と思うし、実際、聞いてみるんだけど、教えてくれない。
夜の11時を過ぎたぐらいに「今日は泊まり?」とメールすると、「バイト」という答えが返ってくる、そんなことの繰り返しだ。
たまにバイト以外の外泊もあるが、何をしているのかはいっさい、謎。
どうも、お笑いサークルの中で1人暮らしをしている友達ができたのではないか、と思う頻度の泊まりなんだよね。

大内くんは外泊するとすごく怒られたらしく、それがイヤさに「外泊する」って言えなかったらしい。
無断外泊はもっと怒られると思うんだが。
「寝ないで待ってた」とか、「泊まった」以上のお説教が待ってるだけじゃん。
「よくキミに、『泊まるんなら、家に電話しておきなさい』って言われたなぁ。僕らは息子に全然怒らないのに、どうしてどこに泊まったかとか教えてくれないんだろうね」
今はケータイがあって連絡がまったくつかないわけじゃないから、かえって安心して無断外泊をするのかも。

そんなわけで、息子がいない晩が多い。
大学生の親だなぁ、って、あらためて思うよ。
留年とかしないで卒業してくれるんだろうか。はらはら。

13年3月4日

唯生が帰ってこないので延ばし延ばしになっていたひな人形を、今頃になってやっと飾る。
普通は3月3日までには片づけないと「娘が縁遠くなる」と言われているものなんだけど、唯生はお嫁に行かないと思うので、毎年3月いっぱいぐらい飾っておく。
去年も今年も、ひな人形の前での記念撮影ができずにいる。

唯生が生まれた時に私の実家からもらった親王雛。
引っ越すたびに飾り道具を処分してきたので、もう「ぼんぼり」も「梅ノ木」もない。
2体の人形が並んでいるだけ。
運よく息子が結婚できたら、そして女の子が生まれたら、我々からひな人形を贈るんだろうか。
この数年以内に実現するかもしれないのに、妙に非現実的な話だ。
明日にも「できちゃった婚をする」を通告されてもおかしくない歳なんだよね。
さすがに大学生の間にそう言われるのは困るかも。
どっちにしろ、そんな甲斐性はないと思うのは、彼をなめすぎているのか?

13年3月6日

私が昼寝している間に、昨夜は外泊だった息子が一瞬帰って来て、柔道着を持って出かけた形跡アリ。
目を覚ましてリビングに行ってみたら、クロゼットが開いていて、引出しのひとつが出しっぱなしで、柔道着が消えているのだ。

シャワーを浴びたとか食事をしたとか、そういう痕跡は一切なく、柔道着だけがなくなっていた。
わざわざそのために帰って来たのか。
本格的な部活ではなくサークル活動で、時々柔道しに行っているとは聞いていて、週に1度の活動日に他の用事で行けない日も多いようだが、細々と柔道を続けているのか。

大内くんの野望としては、高校3年生の夏以来行かなくなってしまった地元の町道場の稽古に参加し、オトナとして、コドモたちの面倒を見つつ自分の稽古をしに通って、2段の位をさらに上げてほしいらしい。
およそスポ根とは縁のない私は、そんな面倒なことをなぜするのか、という感じで、今サークル活動でやっているだけでも理解できないよ。

で、息子が帰ってきたら、やはり洗濯物に柔道着が入っていた。
前は毎日洗っていたなぁ。
汗でずっしり重かった柔道着を思い出すと、今はあまり重くないので、稽古が軽いのか、と思う。
黒帯のくせに白帯で出かけ、
「組んだとたんに相手の顔色が変わるのが面白い」と悪趣味なことを言っているこの人は、3段になる日もくるのだろうか。
それを、我々に教えてくれるかどうかすら、アヤシイ。

13年3月7日

ついに、iPadのスタンドを買ってしまった。
これで、腰や肩に負担のかかるうつぶせ寝ではなく、あおむけ寝で本を読むことができる。
こういうものを売ってるってことは、それだけ需要があるんだろうな。

思えばコドモのころから、寝て本を読める「読書器」が欲しかった。
昔あったそれと言えば、構造上、本のページをめくるのがどう考えても難しかったものだが、今はiPadのおかげでスムーズに読める。
いい時代になったものだ。

あおむけでiPadにタッチすると、ページがめくれる。
実は、この作業は少し腕に負担がかかる。
だが、どんだけ脆弱なんだ、自分、という気がして、あまり文句は言わない。

スタンドは、寝室にあった小さな椅子の背もたれにつけてある。
最初はベッドのヘッドボードにつけようと思ったが、板の端が少し斜めにカットされているので、クランプ式のスタンドがうまくつかない。
ベッド横に置いてあるキャビネットの天板につけてみて、これはうまく行ったが、そうするとクランプが邪魔で引出しが2つばかり開かなくなってしま うので、やはり良くない。
最後にたどりついたのが椅子の背。
実は、スタンドが椅子ごと動かせるという点が便利で、我ながらいい考えだった。

文庫のスキャンも程々に進んでいて、もう1度読みたかった本たちがよみがえっている。
通勤電車の中、キンドルで本を読んでいる大内くんも言っていたが、「持っている」だけで死蔵されていた本の中にはけっこう読み返したいものがたく さんあり、スキャンが刺激になって、そういう本をそれぞれのタブレットに入れて読んでいる、というわけだ。

大内くんも私もすっかりタブレットに慣れてしまい、気がつくと図書館から借りた普通の本を読む時に、端をタップしている。
習慣とは恐ろしいものだね。

さて、ベッドに戻って本を読むか。
大内くんも息子もとっくに寝入ってしまった夜中のお話。
私だけの、贅沢な時間の過ごし方だよ。

13年3月8日

唯生が退院した。
2週間の入院だったわけだ。
体調が悪かった私の代わりに、大内くんが病院に手続きをしに行ってくれた。

生活しているセンターの方に戻り、ついでに主治医の先生と少しお話をしたという。
イレウス(腸閉塞)はもうすっかりいいらしい。
慎重に様子を見て、点滴をチューブ栄養に戻していくそうだ。

先生「ところで、下の弟さんはおいくつになりましたか?」
大「今年で20歳です」
先「そうですか。成人したあと、緊急の場合には、入院手続き等、弟さんに来ていただく、ということもできるようになりますよ」
大「そうですか」
先「そうなんです。結構他の方もそうされている方いますよ」
大「でも、全然頼りないので・・・」
先「皆さんそうおっしゃいますが、外ではしっかりしていることも多いですよ。また、そういうことを頼むことで成長のきっかけにもなりますし。無理には申し上げませんが、お勧めしますよ」
大「そういえば、大学に入って、バイトで病院の夜間のERの受付をしています」
先「唯生さんがいることがきっかけかもしれませんよ」
大「友達に誘われただけだったみたいですが・・・」
先「そうかもしれませんね。でも、案外本人は思いがあるのかもしれません」
大「わかりました。成人するのは秋なので、少し考えてみます」
先「そうしてみてください。無理は申し上げませんので」

といった会話があったそうだ。
「今度、唯生ちゃんのところに会いに行くよ」と言ったきり、いつ行くでもない息子だが、そんなふうに唯生に関わっていってくれたら助かるだろう な。
なんとなく、唯生のことで彼に少しでも負担をかけたくない、というような気がするのだが、現実にそういう姉を持ってしまった以上、ある程度は関わってもらうしかないのかもしれない。

ともあれ、無事に退院できてよかった。
入院費も、唯生の収入で充分まかなえる程度だったし。
次の目標は外泊だ。
それまではせっせと面会に行こう。

13年3月9日

息子が小学生5年から大学入試までお世話になった塾の塾長と、個人的な飲み会をした。
忙しいのに2、3カ月に1度はつきあってくれる。

その塾は早稲田出の先生が多く、息子も受かって以来バイトに行っていたのだが、去年の秋以降はサークル活動や別のバイトが忙しくなって、とうとう教えに行かなくなってしまった。
さすがに塾長もちょっと怒って、「戦力外通告」を出されてしまったけど、元々コドモに優しい人だし、せめてもの身代わりに大内くんがこないだ授業を少し受け持ったので、許してくれたかな。

駅前の居酒屋で、このあとまだ用事があるという塾長はウーロン茶、大内くんと私はビールで乾杯。
高校受験が終わり、ほっとひと息ついているところらしい。
息子の昔馴染みの何人か、浪人として大学受験の最終的な結果待ち。
誰か東大に入らないだろうか。

息子の不義理に関しては、塾長は、
「またぶらっと来てくれることもあるでしょう」と穏やかだったし、大内くんも、
「4年生で就職が決まったあたりで、やはり塾のお世話になりたい、と思うかもしれません。その時はどうぞよろしくお願いします」と頭を下げてい た。
そんな日が来るといいね。

最近の居酒屋はお料理がおいしく、とても楽しめた。
塾長も、息子の近況を聞いて喜んでくれたよ。
半年前までは、息子情報のほとんどはバイト先から塾長経由で入手できていたもんだが、今や何をしてるんだかまったくわからない。

1時間半ぐらい楽しく飲んで食べて、やはり、と言うかなんと言うか、先日の大内くんの講師としての活躍に、塾長がおごってくれた。
無理をきいてもらって飲んでるので、本来こっちが払うべきなんだが、飲み会の支払いはけっこうオトナの気配りが乱れ飛ぶ世界なのだ。

自転車で家に帰りながら、大内くんと「楽しかったね!」と話し合う。
子育てを通じていろんな人と出会ったが、多くの人は息子の様々な卒業を境に縁が切れてしまう。
塾長とは、これからもつながっていたい。

「今度、息子が空手の試合に出るんですよ。もう、ドキドキしちゃって。大内さんたちも、ご子息の柔道の試合を見に行く時はそんな感じでしたか?」 と聞かれる、子育てでは一応ちょっとだけ先輩の我々。
もちろんコドモと接する濃度に関しては塾を経営している人にはまるっきりかなわないが、これからも毎年やってくるコドモたちをあたたかく見守る塾長の姿が見たいもんだ。
ああ、本当に楽しかった。

13年3月10日

終日、自炊。
砂ぼこりが巻き上げられて景色がかすんで見えるほどのひどい天気だったので、外に出る気がしなかった。
面白いのは、新聞を取りに行った時に会ったマンションの人も、セールスの電話をかけてきたトヨタの人も、

「すごい砂ですね。黄砂でしょうか」

と言ってたこと。
大内くんは彼らに聞く前から「これは黄砂だ」と言い張っていたんだよね。
でも、新聞を見たら、ただの砂ぼこりなの。
黄砂が中国から海を渡って来たわけじゃないの。
いささかロマンチックさに欠けるねぇ。

その日1日、私の口をついて出るのは中島みゆき。
「黄砂に抱かれて〜聴こえる歌は」
大内くんに笑われてしまったよ。
最近、以前より鼻歌をよく歌っているような気がする。
機嫌がいいのかしらん、私は。

13年3月12日

自炊の効用で、これまで半ば死蔵されていた自分の本と久々に触れ合った気がする。
「アルジャーノンに花束を」というSFのハードカバーの長編版を20年ぶりぐらいに読んだ。
中編もあり、同じ作品でヒューゴー賞とネビュラ賞を両方とるのは難しいんだそうだ。

私はどっちかと言うと中編の方が好きで、長編の方はやや冗長というか、書かなくてもいいじゃん、という気がしていたんだが、今回読み返してみて、中編のシャープさは失われたものの、細かいエピソードは決して無駄にはなっておらず、これはこれで一読の価値あり、と思った次第。

文庫は自炊しないつもりでいたが、結局手をつけちゃったよ。
さすがにハヤカワの水色背表紙に刃を入れるのはためらいがあったけど、大内くんがキンドルで「冷たい方程式」を読みたい、と言ったのがきっかけで、5分の1ぐらい手をつけた。

大内くんは、高校時代に友達に「SFを読むんなら、まず『銀河帝国の興亡』を読め」と言われたそうで、全然面白くなくて、それっきりSFからは撤退していたそうだ。
(ついでに言えば、ミステリ好きの友人からはクロフツの『樽』を勧められたとのこと。そして以下同文)
「キミのおススメは?」と聞かれ、まあ、初心者は「冷たい方程式」から入るのがいいんじゃないかなぁ。
短編だから読みやすいし。

そんなわけで通勤電車の中で読み終えて帰って来た大内くんに、「どうだった?」と聞いたら、
「さすがは古典中の古典だけのことはある。まさかああいうラストだとは思わなかった」と言っていた。
SFマガジンズベストを貸してあげたので、他にも名作がいっぱい入ってはいたんだが、それ以外読まなかった、ということは、この人はよくよくSF が苦手なんだなぁ。

いつかヒマになったら、アン・マキャフリイの「パーンの竜騎士」シリーズを読んでくれ。
そして、私と語り合ってくれ。
今のところ、共有してるのは田中芳樹の「銀河英雄伝説」ぐらいなものだ。
あれだけは、さすがの大内くんも感心したらしい。
ヤン・ウェンリーというキャラを創り出したところには、私も深く感動するよ。
ああ、また読みたくなってきた。
マキャフリイの次は「銀英伝」だ!

13年3月14日

20年ぶりぐらいに「アルジャーノンに花束を」を読み返したり、大内くんのキンドルのためにSFのハヤカワの水色背表紙を裁断したりする日が来るとは思わなかったなぁ。

今、マキャフリイの「パーンの竜騎士」シリーズを読み返しているが、非常にエキサイティングである。
これまで、新刊が出るたびに買い揃えてはいたものの、途中で頓挫してどうしても読めないあたりがあったのよ。
(「竜の反逆者」で10年挫折)
それが、このたびiPad及びスタンドの導入で、読めちゃった。
長年、道をふさいでいた大岩がどいた感じ。
さあ、読むぞ!

そんな日々の中、とうとう「水色背表紙」どころか、いわゆる「金背、銀背」にも手を出してしまった。
父親から譲り受けたもので、出版後、軽く40年はたっている。
20冊ぐらいのその古い新書サイズの本は、あまりに古くて、スキャナのローラーが紙ぼこりですぐに汚れ、使い物にならなくなる。

こういう時、ScanSnapの前の世代のものは1ページずつ差し込む、という原始的な手が使えるのだが、新型は、ローラー自体が動かなくなるので、1枚ずつ入れてもダメ。
しょうがないから、女友達にあげるつもりで梱包してクロゼットにしまってあった古いヤツを出してくる。
これで1枚1枚「手差し」して、何とか乗り切った。

私だったらこれ以上ややこしいことはしたくないのだが、大内くんは異常に前向きだ。
「ついでに、古いSFマガジンもやっちゃおう!」
えーと、それは、私がやはり父親から譲り受けた、創刊から1年たった頃の「丸背」を含む、70年代なかばまでの、あのコレクションのことですか?
創刊号からあるわけではないし、途中も時々とんでいるので、古本屋さんでもあまり値がつかないのは確か。
友人が紹介してくれた古本屋さんに段ボール2箱分ぐらいの目録を送って査定してもらったんだけど、1万円も行かない、というのが5年ぐらい前に判明している。
昔なら、1冊1万円も夢じゃない時期もあったらしいが、今や、市場にだぶついているようだよ。
「古いSFマガジンを150冊ぐらい持っている」と言っただけで「結婚しよう」と何人かに言われた大学時代が懐かしい。

私が躊躇しつつ、
「いくらなんでも裁断は乱暴だよ。ホチキスも入ってて、バラすの大変だよ。古本屋さんに売ろうよ」と提案しても、
「これはもう、文化遺産だよ。キミがいらないんなら、僕にくれたと思って、まかせてくれない?」と頑固な大内くん。
彼は、古い雑誌とか好きだからなぁ。
「広告や読者欄を見るだけで時代を感じる。すばらしい!」って、恍惚としてるよ。
というわけで、大内くんは畏れ多くも1960年からのSFマガジンを裁断したとんでもないヤツである。
2、3冊スキャンしては止まってしまうので、そのたびにローラーを外して無水アルコールで拭く、という作業を繰り返して、目下奮闘中。

雑誌の間から、今はもういない父親あての友人からの転居通知のハガキが出てきたり、少し父親を偲んだ。
私とSFマガジンは同い年なんだよね。
あたりまえだけど、その頃の父は、今の私より若い。
2人目の娘が生まれて、SFマガジンを読みながら、彼はどんな気持ちだったのかなぁ。
そして、その娘が大きくなって、SFマガジンを読むようになって、これまたどういう気持ちだっただろう?
高校生の頃、無言で共有してて、特に父親とSFの話をしたわけではないんだが、ワタシ的には会話の少ない父親とのひそかな接点だったよ。

大内くんはよく、「キミのお父さんは立派な人だった」と、数度しか会ってない岳父を語るが、父親も、親しい親戚に「ありゃあ、いい青年だ。あの子もこれで安心だ」とよく大内くんを語っていたそうで、父の葬式でそれを聞いた時は、ちょっと泣きそうになった。

そんな父は、私が小さい時に刊行されていた光文社の「鉄腕アトム」を毎月買ってきてくれた。
自分が読みたいだけだったかもしれないが。
私がマンガやSFを読むようになったのはこの父の影響が大きいと思う。
同じ父親に同じように育てられた姉が、自分の息子に「アニメはサザエさんしか見せない」という人に育ち上がったのは、我が家の七不思議のひとつかもしれない。

そのアトムも、大内くんはスキャンするという。
こちらは、15年ぐらい前に中野の「まんだらけ」で査定してもらったところ、保存状態が悪すぎるので1冊50円とか、そういうレベルだった。
「売ったらもったいないよ。カラーページもあるし、読み物なんか面白いよ。これも歴史だね!」とますます上機嫌な大内くん。

新型スキャナに思わぬ弱点があることがわかったが、ローラーを拭けば回復するのもまたわかったので、このSFマガジンと鉄腕アトムの山が消えるまで、頑張ってもらいたい。
彼は、スキャンしたSFマガジンを読むつもりなのかね?

13年3月15日

私のケータイに、またスパムメールが入るようになった。
大内くんがまた苦労してガードをかけてくれたが、いやはや、まったくイタチごっこだ。

「会費が未納になっています」
「入会の手続きが完了しました」
など、イヤなことを次々に言ってくるので、大内くんに「どうしよう」と聞いたら、
「放っておくしかないよ。それでアクセスしてもらう、というのが敵の狙いなんだから」という答え。
さすがに会社に行ってるだけあって、私よりは世間知がありそうだ。
大内くんが頼りになる時代が来るとは思わなかったが。

こないだ来たスパムメールには驚いたなぁ。
なんでも、
「あなたがよくご存じのある方のご紹介でご連絡させて頂いております」と始まり、
「自分がマネージャーをやっているさる国民的タレントが、仕事が立て込んで精神的に病んでしまった。本人は、どうしてもあなたとお話がしたい、と 言っている。マネージャーとしては本人が少しでも元気になってくれれば、と思い、連絡をしている。事務所にばれるとマネージャーとして大問題になるので、私の携帯に直接連絡をしてほしい」
というような内容なんだよね。
これに騙される人がいたら、顔が見てみたい。

私にとっての、スパムメールの最高峰はやはり、
「夫がオオアリクイに殺されてから2年がたちました」だなぁ。

蛇足ながら、大内くんが再びフィルタを設定してくれて、またスパムは来なくなった。
少しだけ寂しい。
各人の営業努力が見える気がする。今回のように面白いものもあるしね。
でもなぁ、夜中でもおかまいなしに来るからなぁ・・・

13年3月16日

息子がバイトで帰ってこないのを幸いと、家の近所のイタリアン・ファミレスにピザを食べに行く。
ちょっと久しぶりかな。
普段だとケータイ会員に送られてくる「10パーセント割引クーポン」を使って安く上げようとするんだけど、今日はあいにくクーポンがない。

でも、大丈夫。
こないだ、トム・ハンクス似の店長さんが、
「いつもいらしてくださるので」と割引券を1枚くれたのだ。
これでまた、ピザを4枚、1割引きで食べるんだ。るんるん。

ところが、今日はその店長さんがいない。
代わりに、初めて見る顔の「黒服」がいた。
春の人事異動だろうか。
フロアの人も少し顔ぶれが変わったようで、学生バイト諸君が入れ替わったのかもしれない。
大内くんと、
「もう、トム・ハンクスには会えないのかねぇ。ご栄転だといいね」とささやきあう。

ピザはあいかわらずおいしい。
春メニューの「しらすと春野菜のジェノベーゼ」を頼んでみたら、春菊やアスパラガス、絹さやの彩りが美しく、焼いてから載せたらしい冷たいしらすがいいアクセン トになっている。

ただ、いつも頼む「生ハムとルッコラのピザ」に乗っている生ハムが、先日来どう見ても減っている。
6枚ぐらい乗っていたのが、4枚弱になってしまった。
こないだはお会計のの時にトム・ハンクスに、
「生ハムが少なくなっていて、ちょっと残念です」と進言し、それで上記のクーポン券がもらえたようなものなのだが、改善されないか。
諸式値上がりの昨今だから、実質値上げもやむをえまい、とは思うけどね。

おなかいっぱいになって家に帰り、借りてきたビデオを観て、
「息子がいない晩も増えたね」と言いながらお風呂に入り、少し自炊をして、2人とも本を読んでから寝た。
今、互いにキンドルとiPadで読書するのが楽しくて仕方ないのだ。
特に、スタンドを買ってからの私はものすごく楽に本が読める。
大内くんに、
「コドモの頃からの夢がかなってよかったね。横で見てても幸せそうで、僕も嬉しいよ」と言われるぐらいだ。

自炊完全完了も間近。
こないだは「手持ちのマンガを全部自炊した」ところで終了宣言を出したものだが、その後、文庫本や普通の本も自炊し始めたので、なかなか終わらないんだ。
でも、先は見えてきた。
困るのは、時々本がずらっと並んだ書棚の前で背表紙を眺めたい、という原始的な欲求がむらむらと起こること。
iPadには何の文句もないが、このへんは蔵書持ちの業だろうなぁ。

13年3月17日

朝、ピザトーストを食べたのにお昼近くなったらおなかがすいてしまったので、隣町に出かけてラーメンを。
「ここは本当においしいよね。唯生が昔いた施設に行く途中の道に本店があって、よく帰りに食べたけどもうあの道は通らないんだ。この街に支店があって本当によかった」と言いながら食べていたら、息子のことを思い出した。
先日、焼き肉を食べに来た時に、息子が、
「唯生ちゃんの見舞いに行った帰りに食べたあの『バカうまい』ラーメンがまた食べたい」と言っていたんだ。
支店はキミの通学路にあるよ。夜中までやってるから、大学で遊んできた帰りに寄ってみたらいいよ。
小さい時のことなのに、よく覚えてるなぁ。
さすがラーメンを愛する男。

いつものコースで、スタバ。
今日はいくらなんでも暑いので、「チャイ・ティー・ラテ」をアイスでもらう。
大内くんはいつでもホットコーヒー。
今日は、寒いと思ったので厚着をしてきてしまい、かなり後悔した。
普段だと、そういう後悔は大内くんの管轄なんだが。
「僕は今日は薄い上着を着てきてよかった!」と喜んでいるのを見ると、少し悔しい。

スタバの店内はすいていて、表のウッドテラスがかなり混み合っていた。
普通は、外でコーヒー飲んだりしてる人は、子持ちか犬連れか喫煙者、という感じなのだが、今日は陽気がいいので、みんな外にいたいんだね。
私は、カウンタ席から大きな窓越しにそんな人々を見るのが好きだ。

繁盛している魚屋をのぞいて帰る。
あいかわらずイワシが安いなぁ。
アジもでかいぞ。今日はこれで刺身にしよう。
イワシはまたオーブン焼きだね。
今、自分のものにすべく頑張っているのだ。

というわけで、今日もおいしいごはんをいただきました。
他人さまから見ると、大内家の食卓にはものすごく限られたおかずしか乗らないように見えるだろうなぁ。
実際、おかずのローテーションはかなり苦しく、息子からはしょっちゅう「またこれかよ。他に作れねーのかよ!」と罵倒されている。
キミも、オトナになったらわかる。
毎晩の献立を考えるのは、それだけでけっこうな苦労なのだ。
夜中の12時に帰って来てもごはんが出るだけ、ありがたいと思ってくれ。

13年3月18日

今日は、大内くんは出張で大阪泊まり、息子は夜勤のバイト。
誰も帰ってこない。
独りで風呂に入り、独りで寝る。
とても寂しい。
独りがこんなに寂しいとは。

夜中の12時頃に帰って来て「メシを作れ!」と横暴な息子に普段は憤っているが、いないよりいる方がいい、と思い知った。
今度顔を見たら、何かおいしいものを作ってあげよう。

「咳をしても一人」という自由律の俳句があったような気がするが、、まさにそんな気分。
ホテルに入った大内くんから電話があって、
「家に帰る時間を考えると、身体が休まるのは確かなんだけど、やっぱり泊まりは寂しいね」と言っていた。
10時頃の話だが、「今からシャワー浴びて寝るよ」と言って切った大内くん。

私もお風呂に入ろうと思ったんだが、1人のためにお湯を沸かすのもめんどくさいな、とちょっと思った。
習慣だから重い腰を上げて入ったけどね。
老後の1人暮らしって、こんな感じかなぁ。
うちでは、持病の多い私の方が早く死ぬことになっているので、私は1人暮らしの心配はしなくていいんだけど、大内くんがかわいそうだね。
日頃から、
「キミがいなかったら、家のことなんかみーんな放り出しちゃって、ゴミに埋まって死んじゃうんだよ。寂しいなぁ。できるだけ長生きしてね」と言われている。

今の私には、生きる目標がある。
自炊してよみがえった本たちを、もう1度、読みたい。
これはけっこう大変な作業で、あと20年生きるとしたら、4千冊余の蔵書を全部読み返すには1年に200冊、2日に1冊は読まなきゃいけない計算だ。
読んでないマンガもたくさんあるし、図書館で借りる分もあるだろうし。
そう考えると、寝込んでなんかいられない。

大内くんと2人で、1日本を読む。楽しいだろうなあl。
おっと、目も大切にしないとね。
老眼鏡のお世話になりながらでも、本が読めたらいいな。
iPadを見開きではなく片ページずつ読む格好にすれば、今持ってるすべての本が「大活字本」として立ち上がってくるのだ。
今のところPDFなのであまり加工もできないが、プログラマの友人に言わせれば、OCRは今どんどん良くなっているらしい。
今後の技術進歩が楽しみだ。

さて、本でも読んで寝るか・・・

13年3月20日

朝、バイトに行くために早起きした息子が、めずらしく機嫌よく、朝食のピザトーストを食べながら大内くんが話しかけるのに答えていた。

大「パパとママはキミのこと、大好きだけど、キミはどうなの?」
息子「まあまあ」

それはいいのだが、なぜ、「大学生活は楽しい?」とか「単位は、大丈夫?」とか聞かずに、「中国や韓国の人が頑張ってるけど、どう対抗してい く?」なのだろう?
答えは、
「根絶やしにするしかないね」だし。

「あなたはいつも、お義父さんがコムツカシイ話ばっかりして現実的でない、ってぼやいてるけど、私にはおんなじに見えるよ」と言ったら、ものすごくぐったりしてた。
正鵠を射てしまったのだろう。

このように、人は自分が育った環境から脱するのは難しい。
自分では当たり前だと思ってることが、よその人から見るととんでもない、というのもよくある話だ。
そういう意味では、多少の食い違いはあるものの、夫婦というのは「当たり前」をどんどん共有していけるし、かつ、国からも保護を得てさまざまな特典がもれなくついてくるので、いい制度だなぁ。
もちろん、主義主張を持って結婚という道を選ばない人は、それはそれでエライと思うけどね。

今、うちで困っているのは、夫婦だからと言ってそう簡単には解決しない問題。
大内くんと私は、好みが違い過ぎるのだ。
私が暑いと思えば大内くんは寒いと言い、お風呂を大内くんの適温にすると私にはぬるすぎる。
食べ物も、大内くんは薄味で私は濃いめ。
(もっとも、この点に関しては、「実家の健康志向の呪縛が解けたら、ちゃんと味がついてるものの方がおいしい」という意見になったようだが)
読む本やマンガの好みもかなり違う。
まあ、息子みたいに全然読書をしないでマンガばっかり読んでる人よりはマシだけどね。

なんとか工夫して暮らしているが、どんなに好みが似ていても絶対一緒に暮らせない、と思うのは、「恥の感覚が合わない人」。
この点ではかなり細かいところまで大内くんとは一致しているので、共生できる。
たとえばお釣りを間違えて多くもらったり、行列の横入りをしたりして「ラッキー!」としか思わない人はちょっと困る。
かと言って要領が悪すぎても困るような気もする。
私クラスでは、ほどほどがいい、ということかな。

大内くんはほどほどに清廉潔白な、良い人だ。
こんな人と結婚できて、私は本当に幸せ者だとしみじみ思う。

13年3月22日

昔なじみのシッターさん、通称「おばちゃん」が、息子に焼き肉をおごってくれたらしい。
小さい時、よく一緒に預けられていた同い年の少年が、一浪の末、医学部に合格したお祝いなんだって。
彼もまた、息子の幼なじみの1人であろう。

息子に1000円渡して、
「おばちゃんに、果物かお菓子を買って行って」と頼んだら、「うん、わかった」と珍しく素直だった。
本当に買い物をして行ったのか、ちゃっかり着服してしまったのかはわからない。
帰って来た時は上機嫌だった。

息子の友人が1浪の末、慶応に受かったとか、大学受験を待っていた親の友人の息子さんが早稲田に入ったとか、嬉しいニュースが次々と入ってくる。
みんなに、特大の「おめでとう!」を言いたい。

思えば1年前(そうなんだよ。たった1年前なんだよ)、息子の大学受験が終わって、親子で放心していた。
ノートパソコンやゲーム機、背広などを買わされたのも楽しい思い出でしかない。
そしてお笑いサークルに入り、日夜、人を笑わせることばかり考えているらしい。
(少しは親も笑わせてもらいたいもんだが)
もうじき新歓の季節。
息子も去年は様々なサークルを巡り、毎日、下にも置かぬ扱いを受けていたようだった。
今度は2年生として新人を迎える立場だ。
ああ、また大隈講堂ライブを見に行きたいなぁ。

13年3月23日

久々に息子と晩ごはん。水餃子。
我々は毎週末食べ続けて早2年になろうとしているが、息子は3回目ぐらいからカンカンに怒って離脱した。
それも意に介さないで食べ続けていたら、半年に1度ぐらい、彼が「戻って」くるようになった。
まあつまり、彼の世界では、
「おっ、久しぶりに水餃子でも食うか」となっているのであろう。
日頃一緒に食卓を囲んでいないからこそ起こる現象だなぁ。

さすがに鍋の効用というのはあるもので、普段はほとんど口をきいてくれない彼が、それなりにぽそぽそしゃべってた。
サークルは楽しいが、単位はけっこう落としたかも、と言われ、
「4年で卒業してね」と私は言ったが、大内くんは無言だった。
卒業に7年もかかっていては、息子に何も言えないよなぁ。
ちなみに、職場で年齢と入社年次を告げると、たいがいの人は「ああ、院に行かれたんですね」と反応するそうだ。
3年も遊んでました、と白状する時の大内くんは、やけくそ半分、正直になれる快感半分といったところか。

でもねぇ、私は、息子が1年ぐらい留年してもいいと思ってるんだよね。
彼は、年齢の割に精神年齢が低い。コドモっぽい。
これで4年で出ちゃったりしたら、精神的に大学生であった時期なんてないようなものだよ。

だから、あくまで「就職に不利でないなら」という条件で、留年にはやや寛大。
もちろんその現場では困りまくるだろうけどね。
大内くんに、
「留年するって親に言ったら、なんて言われた?」と聞いてみても、
「もう、よく覚えてない。むちゃくちゃ叱られたことだけは確かなんだけど。しかも、年数が進むにつれてますますうるさくなった」。
それが当然だと思いますよ。

息子よ、大学生活を享受せよ。
今しかできないことをやれ。
オトナの人生なんて、案外不自由なものなんだ。
いつかその世界に来るにしても、思いっきりいろんなことを経験したまえ。
老後にでも、「オレも若い頃は相当無茶したもんだ」と言えるようにね。
ただし、警察のお世話にはならないこと。
それやっちゃうと、シャレになんないから。

13年3月24日

息子は今日から2泊3日(うち1日は夜行バス車中泊)で北陸に行くらしい。
お笑いサークルの仲間たちで、雰囲気からするとわりと大勢。(とは言え5、6人だろうけど。野郎どもばっかりらしい。あいかわらず貧しい青春だ)
11時発のそのバスに乗るために、5時ごろに家を出てしまった。
どうやら、別件が間に入っているみたいね。効率的に動いてるなぁ。

ところが、息子を見送った我々がお風呂に入っていたら、電話がかかってきた。
「どうせセールスの電話だよ」とのんびり入って、上がったところでかけ直してみたら、息子。
「財布、落としちゃった・・・ごめん」
オーマイガッ!旅行用にお小遣いを奮発しておいた、あの財布を落としたか!

「警察にはもう届けた。とにかくいっぺん家に帰る」と言って、20分ぐらいで帰って来た。
どうやら、隣町の駅から電車に乗ろうとした時に財布がないのに気づいたらしい。
「その前に、お店で買い物をした時には確かにあったんだよ」とのこと。
とてもしょんぼりした様子で、
「メシ食わせて」と言いながら食べたのは、彼のキライなジャワーカレーの辛口。
彼は「バーモントの中辛派」なので、旅行に行って不在の隙に我々の好きなジャワを作って食べようという試みだったのだが、あまりにショックを受けたせいか、文句も言わずに黙々と食べていた。

「銀行とかツタヤのカードを止めなきゃダメだよ」と大内くんに言われて数件、電話をしているのを見ていたら、
「はい、お手数かけます」
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」等、きちんとオトナと話ができているようだ。
バイトの賜物か。ちょっと感心した。

そのへんの用事が終わり、あらためておこづかいを渡して、少し遅れたけれども旅行前のイベント(どうも高校の時の友達と会うらしい)に出かけ、嵐のようだった。
再び彼を見送って、大きくため息をつく我々。
「失くし物はだれでもするよ。いい経験だよ」
「すぐに交番に届けたのがよかったね。えらかったね」
などと話す。

余談だが、翌日の昼に「もう出てこないだろうなぁ」と思いつつ、隣町の警察の遺失物係に電話をしてみる。
私「あのー、息子が昨日、財布を落として、届け出をしたそうなんですが、それらしいものは出てきましたか?」
おまわりさん「えーっと、大内さんね。息子さんは学校どこなの?」
私「早稲田です」
お「お母さん、ダメだよ!息子さんに自分で電話させなきゃ」
私「旅行に行っちゃったもので」
お「へー、どこへ行ったの?」
私「北陸です」
お「いいねぇ、オレも行きたいなぁ。じゃあ、財布出てきたら連絡が行きますから。ちょっともう無理かな。中身抜かれちゃってるだろうな」
私「よろしくお願いします」

何やら話好き、説教好きのおまわりさんだったなぁ。
言ってることはもっともなので、おとなしく引き下がるしかないが。

このように、何かと息子に溺れているワタシ。
いいじゃん、もうじき成人しちゃうんだからさ、未成年の間ぐらい過保護でも。
と言いつつ、この過保護は彼が家にいる限り続くんだろうな、と自分でも自分がコワイです。はい。

13年3月26日

そして何事もなく、息子が北陸旅行から帰って来た。
おみやげも、みやげ話も、何にもなし。
バイトで数日家を空けるのと、まったく変わりがなかった。
兼六園でも見てきたかねぇ。

息子の机の上に「よつばと!」の最新巻があったので、留守の間に拝借して読ませてもらった。
とても面白かったので、自炊してあった分を読み返す。
「小さな子のいる暮らし」は楽しそうだ。
もうすっかり忘れてしまった我々だが、きっと楽しかったんだろうなぁ。

最初に読んだ時は「よつばと!」というタイトルを見て、「ハトの種類?」とか思ったものだが、今はわかる。
「よつば」という女の子をめぐる話だ。
「よつばと、海!」とか「よつばと、花火!」というサブタイトルがついている。

このように息子のマンガの趣味は私とかぶる時が多く、やや安心して見ているんだが、その代わり「タフ」とか「彼岸島」とかは怖くて読めない。
せめて自炊させてくれれば、家の本もまたぐっと減るんだが。
これまた私によく似ていて、長編好きなんだよね。
しかも、タブレットでも読んでるくせに、元本を捨てさせない。
いつか家を出る日が来たら、大量のマンガとともに蹴り出してやろうと思っているが、実現可能なのか?

13年3月27日

女友達と、彼女の家の近所だというおススメのタイ料理を食べに阿佐ヶ谷へ。
大内くんは会社帰りに合流だ。

ほぼ時間通りに全員がそろったので、彼女の案内で店へ。
何やらとてもアヤシイ感じのする路地だ。
彼女はこんなところを歩きつけているのだろうか?

5分ほどで着いたお店は、スパイスの匂うこじんまりしたところ。
1階には3人分の席が空いてなかったので、2階へ。
隅の席に落ち着き、さて、オーダーだ。
私としては彼女に教わった「鶏肉をごはんにのせて甘酸っぱいソースをかけて食べる」、カオマンガイという料理が食べたい。

その他にも生春巻きや牛肉の炒め物、カレーなどを5、6種類頼む。
スキャナを譲ってあげる約束をしている彼女と、自炊の話をしながら舌鼓を打った。
独り暮らしで外食率の高い彼女には、野菜が多くてヘルシーだったことだろう。

満腹して店を出て、これまた彼女の案内で「夜しかやってない喫茶店」というアヤシイとこへ。
店に入って仰天した。
狭い店内のそこらじゅうに、本が積まれているのだ。
文月今日子と小林秀雄が並んでいるというアナーキーさに、眩暈がしたよ。
かかっているのはレコードっぽいし。

オーダーしたマフィンはとてもおいしかった。
ここでも満足して、駅前まで一緒に歩き、そこから30分ぐらい歩いて帰る、という彼女と別れて我々は電車で家へ。
楽しかった。
今度、家の近所でもお店を開拓して彼女を誘ってみよう。
問題は、私が極度の「新しい店恐怖症」なので、めったに手駒が増えない、という点にあるのだが。

Kちゃん、どうもありがとう。
次に会う時には自宅までスキャナをお届けします。

13年3月29日

iPadスタンドを買って以来、あお向けで本を読むことが圧倒的に多くなったので、普通の本をうつぶせで読むのがとても苦痛だ。
自分の本は全部自炊しつつあるのでいいんだが、困るのは、図書館の本。
どうしてもうつぶせでしか読めない。

友人は、「図書館で借りた本もコピー機式のスキャナで読み込んでいる」と言っていたが、さすがにそれは、本が傷むだろう。
最近は「湊かなえ」にはまっている私は、アマゾンで買った「島田荘司」を自炊したものとちゃんぽんで、あおむけになったりうつぶせになったり。
炭火の上の焼き鳥になったような気分だ。
(こまめにひっくり返さないと焦げる)

このほど、少しいい姿勢を見つけた。
友人女性の言葉がヒントになっていて、彼女は、あおむけでもうつぶせでもなく、横向きになって本を読むそうなのだ。
真似して、横になってスタンドを調節したら、これが、楽で。
ここ数日、本を読みながら寝てしまうことが多いのも、楽な姿勢だからなんだろうか。

ただ、とっても残念なことに、私はダブルベッドの左側に寝ている。(もちろん右側は大内くんです)
人体ってさぁ、胃の構造上、右を下にして寝た方が楽なんだよね。
なのに、左側に寝ている私はスタンドとの位置関係から、どうしても左側を下にせざるを得ない。
元々胃弱で吐きやすいのに、そんな、胃から腸への流通が悪くなるような寝方はよくない。

そう大内くんに相談したら、あっさり、
「場所を交代したら?僕はまったくノープロブレムだよ」と言われた。
そこでスタンドのついた椅子を大内くん側に運び、眼鏡やお茶、目ざまし時計など主な装備品を移動させ、やれやれ、やっと安心して本が読めるぞ。

この試みはまあまあうまく行っているんだが、ひとつだけ問題が。
私は、夜寝る時も歩く時も、大内くんの左側にいるのだ。
今回逆に寝てみて、その違和感はなかなかぬぐい去れない。
大内くんは、
「そのうち慣れるよ。今のままで問題ないなら、これで行こうよ」とのんびり言う。
本当にこの人は、些細なことにこだわらないという希な美質の持ち主だ。

一方、困り症の私はまた新たな困るタネを自分でこさえている。
この姿勢だと、いつ眠りに落ちたかわからないのだ。
「不眠症なんだから、寝れたらラッキーじゃないの?」と驚く大内くんに説明するのもめんどくさいが、不眠症の人ってのは、たいてい「自分が眠りに落ちるその瞬間が見たい」ものなんだよ。

その点をのぞけば、部屋の電気は消してあるし、iPadの電源は10分ぐらいで自動で切れるし、困ることは何一つないはずなんだけどなぁ・・・

あ、もうひとつ問題めっけ。
あまりにすぐに寝てしまうので、読書がなかなか進まない。
どーしてくれるんだ、神様!

13年3月30日

今日は桜が早くて、先週ですでに見頃を迎えてしまったと思う。
一応、私の母校のキャンパスで昼桜を見て、夜は近所の公園に出かけた。
夜桜の方は、さすがに皆さん準備が整わなかったのか、普段の年に比べると地面のシートは6分の入りといったところだった。
人も少なかったし。

で、今週は公園の昼桜を見に行きました。葉桜寸前。
この3つをこなさないと大内家に春は来ない。
池のまわりをぐるっと散策しながら大内くんと、
「去年は、ここで息子たちが花見をしてるのを見つけちゃったんだよね。今年は彼らは花見をせんのかね」と話した。
あれは、高校の友達だったなぁ。
今年は自分とこのキャンパスで地道にやってるといいんだが、今は、新入生を勧誘する準備に忙しく、花見なんて悠長な真似はしていられないようだ。

大内くんとは、30年ばかりここで花見を続けている。
最初の頃は大学のマンガクラブの面々と。
その後2人でデートしたり、結婚してからはコドモを連れてきたり、いろいろだ。
「公衆トイレの前で別れ話をしていた」なんてこともあったなぁ。

それらの「過去」をつづりあわせて「今」があるわけで、さて、「今」はどんな「未来」を連れてくるのだろうか。
少なくとも、息子に10年以内に結婚してもらいたいのだが、今の彼を見てるととてもそんな難しいことはできないような気がする。
運転免許と一緒で、みんなやってることだから、何とかなるのか?!

13年3月31日

大内くんは年に1度、友人たちを集めて「休日講座」なる催し物を続けている。
仲間内で、仕事なり趣味なりについて語ってくれる「講師」を募り、10人ほどのお客さんがそれを聞くのだ。
今年はすでに5月の予定に入っており、茶道を習っているマンガ家さんが「ご亭主」を勤めてくれることになっている。

日曜の晩、大内くんといつものミーティング中に、「そういえば、そろそろ休日講座のご案内を出さねば。ああ、ついこないだ新年を迎えたと思ったら、もう5月かい!」と驚きつつ段取りを考えていたら、驚きに追い打ちをかけるように、そのマンガ家さんから打ち合わせの電話がかかってきた。
ものすごく驚いた。

大内くんは、私の念が空を飛んでマンガ家さんに届いたのだ、と主張するけど、条件は同じなので大内くんの念かもしれないじゃないか!と反論したら、
「僕にはそういう力はない!」と断じられた。
彼は、私のことを超能力者か巫女さんだと思っているらしい。

というわけで、キャリア30年の日本マンガ界の重鎮がお出ましになる。
つくづく、友達の輪というのはありがたいものだね。
当日は着物であらわれるというあたりも楽しみだ。

駅から少し歩いたあたりに民家を改造した市民施設があり、お茶室があったり落語の会があったり、我々も過去に利用させてもらったが、一緒に落語を見に行った女友達に言わせると、
「民度の高い地域だ」ということになるらしい。
ありがたいことだ。今後も利用させてもらおう。

ご亭主のマンガ家さんはともかく、お客さんはシロートばっかりなので、とんだ「茶の湯」になるかもしれない。
(「?」と思った人は、沖津要の「古典落語」を読むか、「茶の湯 落語」でググるとよいでしょう)

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