15年4月1日

ほとんど徹夜明けでフラフラと会社に行った大内くん。
息子は新歓コンパで帰らない、と言って出かけてしまったし、私の日常は不安定。

今日は1日読書と昼寝で終わった。
誰も晩ごはん食べないから、息子の沖縄土産の「SPAM」をかじって私の晩ごはんもおしまい。

この季節につきものの「歓送迎会」で11時頃帰ってきた大内くんは、15分ぐらい仕事しようと試みたけど、パソコンの画面が立ち上がる間にも寝てしまうので、あきらめて、「明日の朝、やる」と言って寝てしまった。
でも、明日は日帰り出張で朝一番に家を出るんだよね。帰りは夜中になるし。

とりあえず、週末までのガマンだ、と思ってるけど、大内くんと私、何もかもイヤになるのはどっちが早いでしょうか?!

15年4月2日

4時間ぐらいしか寝ないで起きて仕事してた大内くんは、もうへろへろにになってしまった。
私はこれからいくらでも寝られるからいいけど、日帰り出張に行ってしまった大内くんは、大丈夫なんだろうか。
「吉祥寺から羽田までのバスの中で寝るし、飛行機の中でも寝倒す。帰りもそうだから、少しは睡眠を取り返すことができる」と気丈に言いながら、こないだ買ったスーツケース転がして、朝の6時半に家を出て行った。
帰りは12時頃になるそうだ。そしてまた徹夜だって。

気の毒だなぁとは思うが、これほどすべての時間を仕事に奪われてしまうと、仕事してる大内くんも見ている私も、いつか「ぽんっ」と破裂してしまいそうだ。
せめて、週末は休んでくれ。

15年4月4日

今年はまだ2人でお花見をしていない。
こないだ、「もう満開」との知らせにいてもたってもいられなくなって私だけで母校の桜並木を見に行き、写真を撮って来たが、たとえ少々葉桜であろうとも、大内くんと一緒でなければ花見した気分にはなれないのだ。

昼間、車でキャンパスに行ってみた。
思ったほど葉桜にはなっておらず、よりいっそうの「満開感」がある見事な桜で、かえって良い花見だった。
2人ともあんまり寝ていないので、ちょっと歩いて写真を撮るだけで帰る。
昼寝しないと身体がもたない気がした。

寝つきの良い大内くんは枕に頭をつけた途端に眠りに落ち、3時間ほど寝たが、私は、眠いのに寝そびれて、結局本を読んで過ごしていた。
今夜も遅くまで仕事につきあってくれと言われているので、本当は少し寝ておいた方がいいんだけど。
まあいいや、平日に、いくらでも昼寝のチャンスはある。

大内くんが起きて、少し仕事をするのを待ち、早めの夕食を食べて、7時頃に井の頭公園に夜桜を見に行く。
今夜は皆既月食があるそうで、うまくいけば桜と月食の両方が楽しめる、という話だったけど、あいにく曇り空だったので月は見えない。

公園の中に自転車を停めて、池の方に降りて行くと、花見のざわめきが聞こえてくる。
でも、いざ池に着いてみたら、ビニールシートが敷かれている地面はあまり広くない。
ベンチすら、ところどころ空いているぐらいだ。
皆さん、花見は先週すませてしまったのかな?

池のまわりをぐるっと歩いた。
夜桜は、綺麗だ。何やらぞくっとくるものがある。
「桜の木の下には死体が埋まっている」というフレーズが脳裏に浮かぶ。
少ないとはいえ、花見客の喧騒があるので救われるが、誰もいないところで夜桜を見るのは、少々怖い気がする。
私は、怖がりなんだ。

学生時代から、もう何回ここで花見をしたかわからない。
いつも思い出すのは、マンガクラブが大勢で飲み放題をやっている間、まだ結婚はしていなかった学生の大内くんとえんえん別れ話をしていた件だ。
しかも、公衆トイレの真ん前で。
結局、別れなかったし、結婚できてよかった。
当時は、どうしてあんなに別れ話ばかりしていたんだろう?

結婚して、戸塚と阿佐ヶ谷の社宅に住んでいた時は家の近所での花見となったが、ここ20年ほどは井の頭公園の近所に住んでいるので、昔を懐かしみながら毎年ここに来る。
昔はなかった「飛び込み禁止」の立て札が池のまわりに立っているのが大きな変化の1つだ。
実際、数年前には、本当に飛び込んだと思しき若者が、ずぶぬれのパンツ一丁の姿で仲間たちから「おまえはエライ!」と讃えられていたのをこの目で見た。
つくづく、「若者」は「バカモノ」である。

今年も無事に花見がすんだ。
特に、この季節に母校の寮のリユニオンを果たせて、ほっとした思いだ。
少し疲れてぼーとして、次に我に返るのはきっとゴールデン・ウィーク。

15年4月5日

買い物の帰りに車で通りかかった街角に、唐突に看板を見つけた。
「持ち帰り専門 隠れ家餃子 やみつき」
いつの間にできたんだろう?
呑み屋さんとかならわかるが、餃子屋さんにつける名前としては、いささかディープなのではあるまいか。

家に帰って調べてみたら、去年の秋ごろにできた店らしい。
フェイス・ブックにも載せてるわりにはあまり情報が出ていない、何やら謎めいた店だ。
「持ち帰り専門」のお店なのに、会員になると店内で食べることもできるらしい。
でも、お店自身が、「どうやったら会員になれるか、よくわかりませんよね」としか書いていないという、本当に不思議なお店。
餃子に、そんな秘密めいたコンセプトが必要なものだろうか?

開店が午後3時。何時まで営業してるのか、それもわからない。
このオソロシげな餃子屋さんに、焼き餃子を買いに行って晩ごはんにしよう、ということになった。
しかし、電話がつながらない。
どうやら休日は休みらしい。
ウィーク・ディにもう1回チャレンジしてみよう。ちょっとドキドキする。
おいしすぎて「やみつき」になったらどうしよう?秘密成分入りの、ブラック餃子?
だからさぁ、餃子を食べるのに、そんなにお客さんをドキドキさせる必要なんかないじゃないの!

15年4月6日

昨日、息子はプロレスを見に行くから、そして夜は飲み会があるから、といろいろ言いながら、1万円札をもぎ取って行った。
「悪いね。借りるよ」と、借金の体は取っているものの、130万に届いたこの借金が、返ってくるのはいったいいつだろう?
「就職するまで、無理っぽいねぇ」と本人に言ったら、「そうなんじゃないかなぁ」と頼りない返事。
ボーナス一括返済でお願いするにしても、ずいぶん額が大きくなってきたぞ。

夕方、フェイス・ブックを見ていたら、親の友人も同じ両国国技館にプロレスを見に行ったことを知った。
「息子も行きましたよ!でも、今会っても、わかんないでしょうね」とコメントしたら、すぐに、
「最後にお花見で会ったのが小学校1、2年の頃ですからねぇ。こちらも白髪が増えるわけです」と返事が来た。

そうだねぇ、「パパの大学」でマンガクラブ関係の人たちとお花見をしていたのはもう10年以上前だ。
仕事が忙しくなったり、コドモに手がかかるようになったりしているうちに、自然と消滅してしまった。
今でも数人単位では、時折飲みに行ったり花見をしたり、といった話を聞くこともあるし、我々も別口のホームパーティーなどでは会うし、釣りで言うところの「棚が違う」ゆるいグループがいくつかある感じだ。

私が下戸なのと、大内くんがわりとお酒なら何でもいいと思うタイプなのとで、「日本酒」や「ワイン」の集いに特化して行ってるグループとはあまり会わない。
「飲みま〜す!」と言えばお誘いは来ると思うが、まだ、飲まないのにお財布だけ開ける、という気分にはならないんだよね。
感触的には、この先、そうなってもよさそうな気はする。
でも、大内くんが定年になって収入が減ったらどうなるか。

最近、いろんなところで思うのは、人々が実に趣味を持って生きている、というあたり。
お酒を飲んだり、特撮に萌えたり、鉄道写真を撮ったり。
何も教えていない息子でさえ、お笑いのステージをこなしつつプロレスを見に行く。決して安い娯楽じゃあるまいに。
どうして私には何の趣味もないのかしらん。

私自身より私をよく知る大内くんに聞いてみた。
「私の、趣味って何だと思う?」
しばらく首をひねっていた。さすがの大内くんにも難しい質問だったらしい。
「・・・攻略本を見ながら、ゲームをすること?」
いや、それ、趣味って人に言えないし、数年に1本しかやらないし。
「・・・本を読むこと?」
お見合いの釣り書き書いてるんじゃないんだから、もうちょっと特別なものってないかなぁ。
「・・・」
どうやら、難しすぎたようだ。

「ほら、僕もさ、趣味ってないし」
こんなに無趣味な夫婦が定年を迎えてそろってヒマになったら、いったい何をしたらいいんだろう?昼寝?
オトナになると、趣味って、どんどん生えてくるものなのかな。
息子にすら置いて行かれたようで、なんだか寂しいよ。

15年4月7日

先日書いた「やみつき餃子」に、電話してみた。
予約しておけば、待たずに持って帰れるから、大内くんが帰りに買って来てくれるって。
「値段がわからないけど、いくらぐらいなら買っていい?」と聞いたら、
「20個として、2千円以内ぐらいだったらいいんじゃないの」とのことなので。

4時頃、電話してみる。
1日400個限定だそうだが、もう売り切れたりしてるのかなぁ。
「はい、やみつきです!」
案に相違して明るい、若い娘さんの声だ。
なんとなく、怖いおじさんが出るんだと思ってた。
でも、名乗り方としての「はい、やみつきです」ってのは、少しヘンだと思う。

「餃子を、予約したいんですけど」
「はい、ありがとうございます!」
「20個で、おいくらですか?」
「1100円です!」
(おっ、意外と安い!と思いながら)「8時過ぎになると思うんですけど、お店は何時までやってますか?」
「8時までなんです・・・でも、8時過ぎに来てくださる、ということなら、大丈夫です」
「8時15分ぐらいでもいいですか?」
「はい、大丈夫です。お名前とお電話番号お願いします!」

こうして無事に注文は済んだ。
大内くんに連絡を入れて、8時15分までに行ってくれるよう、お願いしておく。
午後の3時から8時までか。餃子屋さんの営業時間としてはいささか短いように感じられるが。

買って来てもらった「やみつき餃子」、焼きたてをさっそく晩ごはんに食べる。
大きさは、思っていたよりずっと小さめ。市販の普通の餃子より少し小さい感じ。
味は「まあまあ」。
「やみつき」になる心配はそれほどしなくてすみそうだ。

大内くんが言うところでは、けっこう行列ができていたそうだ。
「8時に閉まる、って感じじゃなかったよ」
そうか、うちのために遅くまで開けておいてくれたわけじゃなくて、よかった。

2人で20個、一気に食べるのは全然問題なさそうだったけど、息子の感想も聞きたいので、4個だけ残しておいた。
はたして、帰ってきた彼は「餃子?食べるよ」という返事なので、昨日作った麻婆豆腐が残っているのを幸い、「中華定食」にして出してやる。
何も言わずにぺろりと食べた。

「これ、近所にできた『やみつき餃子』っていう持ち帰り専門店で買ったんだけど、どう?おいしい?」
「ふつう」
やっぱり、そう思うか。
「また食べたい、ってことない?」
「とくに」
そうだよなぁ。

まあ、本当に近所なので、どうしても晩ごはんのおかずに困った日など、助かるかもしれない。
たまると何が起こるのかまったくわからないポイントカードは、「買って帰る担当」になりそうな大内くんに持っていてもらう。
本当に「やみつき」になるかならないかは、3日ぐらいたって禁断症状が出るかどうか見てみないとわからない・・・

15年4月8日

「雪、降ってる!」と言いながら、息子が夜勤のバイトから帰ってきた。
「ほんと!?」と窓を開けてみると、確かに少し白くなった雨が降っている。
「気象ライブ」を見ても、「にわか雪」と出ているし。

わずかとは言うものの、4月のこの時期になって雪が降るとは。
思い出すのは「なごり雪」という歌だ。
実際には、「名残り」をかけて、3月の歌だよね。
4月にも雪は降るんだから、「東京で降る雪」はまだ最後じゃないぞ、娘さん。

2013年に気象庁が選んだ「季節のことば」で「3月のことば」に選ばれたことが嬉しかった、と伊勢正三が語る。
「日本語が乱れるから、タイトルを変えろ」とまで言われたこともあったらしい。
昔は、「なごりの雪」と言うのが正確だったんだろうからなぁ。
時代とともに言葉が変わる、いい例のひとつかも

タイトルはいいとして、初めて聴いた頃、何がどうとは言えないが、もどかしくて仕方なかった。
かたわらにいる女の子が、「春が来てキレイになった」と思うなら、そう言えばいいじゃないか。
「キミの唇がさようならと動くことが怖い」なら、「さようならなんて、言わないでくれ!」と言えばいいじゃないか。
何度聴いても、「僕」が「キミ」をどう思っているのかわからない。「好き」なのか、「妹のように思っている」のか。
もし後者だとして、「好き」な気持ちが芽生えたら、とりあえず言うだけ言ってみればいいとしか思えない。

入試で現国の長文読解やるより難しかった。
というか、いまだにわからない。

この手の話をすると、大内くんはいつも、憐憫と賛嘆の混ざったまなざしで言う。
「誰もが、キミみたいな剛速球投手じゃないからねぇ」
いいかげん歳を取ってきたので、昔ほどは「思いついたことは何でも言う」というわけじゃないが、それでも普通の人に比べれば、言いたいことを言いたい放題の人生ではある。

オトナになってわかってきたのは、「何でも言う」ことで人を傷つける可能性があったら少し考えなきゃいけないってこと。
自分が「恥ずかしい」思いをするのがイヤだったり、相手より優位に立っていたいから言わないだけなんだったら、話は別だけど。
「なごり雪」の一人称「僕」は、二人称「君」を、傷つけたくなかったのかな?

この間、友人の家に呼ばれて宴会をした時、出席者の1人であるプログラマが言っていた。
「僕は、『恥ずかしいからやめておこう』と思ったことは、人生で一度もない」
まあ、それがいかにも彼らしかったので、まわりも「ほえー」と、うなずいて聞いていた。
私はと言えば、40歳過ぎたあたりからそのへんは怪しいので、ちょっと反省した。

あー、そういえば、息子のお笑い見に行ってファンになっちゃった慶應の○○くんに、
「好きです」って言えないなぁ。
相手が傷つくわけじゃなくて、自分が傷つくから。たぶん。
結婚してるから、もあるし、超年増だからってのもあるし。
それに、何より息子が怖い。
バレたら、きっとカンカンになって怒るだろうからなぁ。

「お母さん」の恋の障害、それは、あんがい「お父さん」ではなく、「息子」だったりするのだ。

15年4月9日

新歓活動でお金がいる、と借金しに来た息子に、
「今年は新入部員、どう?大勢、入りそう?」と聞いたら、
「ん。まあまあ」と言われた。

私「こないだ『大学芸会』(よしもと主催のお笑いコンテスト)でいい成績出したから、少しは評判になったかな?」
息子「学生が、っていうよりも、会社が言う」
私「ああ、就活で話題になるってこと?」
息子「いや、よしもとが」
私「勧誘してくるの?社員として、じゃなくて、芸人として、だよね?」
息子「うん」
私「あなたも?」
息子「うん、まあ、ちょっと」

ずいぶん言葉足らずだし、それ以上は話してくれなかったけど、そうか、やっぱり大会で入賞したりすると勧誘されるのか。
向こうも、そういう思惑があって学生のやってたコンテストに参入してるんだろうしね。
学生を、お客として集めてお金取りつつ、いい芸人のタマゴがいればちょっと勧誘してみる。
育たなくても別によしもとが損するわけじゃないし。

息子が、「仕事をしませんか?」と誘ってくれる人々にもそれ相応の損得勘定があって言ってるんだ、とわかっていて、「お互いさま」と考えてくれればいい、と思っている。
芸人になる道ばかりではなく、「業界」には「業界」の仕事もいろいろあるだろう。
親も、「よしもと」と言われれば「芸人になる将来」しかないと思わず、何とか食べて行くだけの仕事があるからこそ、それなりに人々が集まっているんだ、と理解しているつもりだし。

ただ、「人生ゲーム」を一度でもやったことのある人なら知っているだろうが、たとえば「サラリーマン」は、パッとしないしお給料もそれほど良くはない。(少なくとも最初は)
しかし、来年のことはわからない、と言うほど不安定にはならない。
リストラされることがあるとしても、毎年、「来年の契約はどうなるのか」と心配したり、ひと仕事ごとに「次の仕事はあるのか」と気をもむのに比べれば、安定的だ。

昔、息子が小学生の頃、家に集まるコドモたちが楽しそうに「人生ゲーム」のルーレットを回すのを見ていて、大内くんに、
「勝ちたいならサラリーマンになるのが一番のように思えるが、なぜ皆、そうしないのだろう?」と聞いたら、
「それはそうなんだけど、全員がサラリーマンじゃ、ゲームが、面白くならないんだよ」という返事だった。
なんとなく、納得した。

演者として舞台に立っても、観客になって笑いながらお金を払っても、「お笑いコンテスト」にどう参加するかは個人の自由だし、両方いなくては世界は回らないらしい。
間でピンハネする立場になるのも、またひとつの道だ。
さて、この世を「面白く」するために、息子はどういう選択をするのだろうか。

15年4月11日

少し寒いぐらいの方が散歩にはいいのか、久しぶりに吉祥寺まで往復できた。
タイ料理の「クルン・サイアム」で「パッ・タイ」と「カオマンガイ」。大満足。

小雨がぱらつく中、我々は傘も差さずに歩いていたのだが、「傘さし自転車」がおまわりさんにつかまっているのを見た。
短いお小言ではすまず、自転車の防犯登録ナンバーを調べるとかに発展している様子だったが、家に帰ってから調べたら、「傘さし自転車運転は5万円の罰金だそうだ。
「ひえ〜!」と悲鳴を上げる大内くん。

「僕、時々やってたけど、もうやめる。濡れた方がずっとまし」
「そうだよ、クリーニング代どころか、ヘタしたら背広代より高くつくよ」
と言いながら、外出中の息子に知らせておく。
すぐに、「はーい」という素直な返事が返ってきた。よかった。

これから梅雨に入って、おまわりさんの稼ぎ時なのか。
まあ実際、危ないしね。
こういうのを抑止力っつーんだろう。
ある程度は仕方のないことかも。

帰り道では、小雨もやんだ瑞々しい新緑の公園を撮影した。
どの季節も、美しい。

さて、買い物行って昼寝して、軽い晩ごはんも食べたし、あとは仕事だ。
夜中に仕事でパソコンに向かいながら、いろんなものを聴いている大内くん。
最近は、自衛隊音楽隊の「宇宙戦艦ヤマト」がお気に入りだったところからの流れで、ついにTVアニメのヤマトを流し始めた。
音だけ出してモニタに向かいつつ、気になるシーンになったら切り替えて観る、と。

「やっぱりテレビシリーズは、1回1回にけっこう面白いエピソードが入っていて、劇場版とは違う面白さがあるんだ」と言うのはわかるが、後ろで音だけ聴いてる私には、25分に1度流れる「真っ赤なスカーフ」を、もう何度聴いたか数え切れず、頭の中でエンドレスにぐるぐる鳴っている状態。

先週末も、結局、少し外に出た以外はずっと仕事だった。
普通のサラリーマンはこんなに忙しいのか!
この仕事の大山がしばらく続くらしく、私はガマンできるかどうか、自信ない。
大内くんは、「僕だって、自信ないよ」と心細いことを言いながら、パソコンに貼りついている。

どうしてもつらい時は、大内くんの給与明細を見て、「会社からはこれだけのお給料をいただいているんだから、少しぐらい一生懸命働いてもバチは当たらない。いや、むしろ、働かないとバチが当たるだろう!」と自分に言い聞かせている。これは、実はけっこうキキメがある。

でも、もうずいぶん一緒に映画も観てないよ。私の読書は進むけど。
ゆっくりしたいなぁ・・・散歩でごはん食べに行けるだけ、マシか。

15年4月12日

息子と吉祥寺「李朝園」で待ち合わせて、焼肉を食べる。
我々は昨日と同じく徒歩でのんびりと。
サークルの「新歓お花見」に出かけてしまった息子とは、6時の約束だったが、家から吉祥寺まで歩いてる最中に、「6時半ぐらいになるかも」とラインが入る。
「待ってるから、ゆっくりおいで」と返事しておいた。

彼は、意外と義理堅く、これまで外で待ち合わせて、何も言わずに待ちぼうけ食わしたり、すっぽかしたことはほとんどない。
こっちが家にいて「いつ帰る?」とか聞くと、「もうすぐ」と言ったきり3時間ぐらい帰って来なかったり、「帰る」と言っていたのが夜中に急に「やっぱ、泊まってく」となったりすることは多いが、外での待ち合わせには真面目だ。いいことだと思う。

今回も、サークルの花見となれば親と食べるごはんなんかとは比べ物にならない用事だと思うのだが、適当に切り上げて時間通りにやってくるのは、なんかエライ。

「李朝園」はあいかわらず商売繁盛だけど、まだ時間も早いのと我々が先に名前を書いて並んでたのとで、息子が6時半ちょっと前に着いたら、すぐに席に案内された。

「ビールでも、飲む?」と聞くと首を横に振る。
「これから、何か用事?」「いいや」
「もう、お花見で飲んできたから?」「そう」
大内くんだったら、よそで飲んできてたらいっそう止まらないと思うのだが、息子は、あまり酒に溺れない。
大学に入って丸3年、毎晩のように午前さまなのに、酔っぱらって帰ってきたことが一度もないのだ。
強いのか、飲まないのか、いまだに正体がわからない。

「あとで、ごはんモノ、食べたい」と言いつつ、白いご飯とキムチも頼むので、カルビ3人前、タン塩、レバー各1人前、それと、「野菜あるといいな」と言われ、韓国風サラダのムンチュをひとつ。

肉をガンガン焼きながら、将来の話とか少しはできた気がする。
よくしゃべってくれたよ、彼にしては。
私の体調を気づかってくれたのにも驚いたが、就活に関して、
「父さんと母さんは、就職の1、2年前には、何になりたいとか決めてた?」と聞かれたのには大変驚いた。
親が、自分の人生の先輩だってことを客観的にわかって、参考にしようと思ってくれてるわけだからね。

大内くんは適性も向き不向きも本人の希望も一切考慮されず、銀行とか司法試験とか言われていたみたいだし、私は基本的に「女の子でも自活できなければいけない」と言われて、「早く自立したい」という以外何も考えてなかった。
「英語の生かせる、普通の大手企業」であればいい、と思っていたかな。
「男女雇用均等法前」直前だった。

大内くんのお父さんも私の父も、でかいものを作っているメーカーだった。
もちろん大内くんも重たくてでかいものを作る会社で働いている。
メーカーでラジカセやウォークマン売ってた私が、一番細かいものを扱っていた気がする。
そんな「家業=製造業の文系サラリーマン」の一族の中、息子はできれば形のない「エンタテインメント」の世界に行きたいらしい。
もっとも、「お笑い芸人になりたい」というよりは、放送局等でネタを書いたりディレクターをしてみたいようだ。
サークルの先輩が「高知のテレビ局に入った」という話を、うらやましそうに語っていた。
まあ、留年したキミは、同期が今やってる就活をよく見ておくといいよ。就活までまだ1年近くあるんだから。

私は、およそ彼に感心されるようなことを言えたためしがなく、「機転がきいて話が面白い」と思っていた自己イメージを覆されて、人生観が変わる気がするほどだ。
そんな私が、「大内くんと私の大きな違い」について一例を、

「ことばの世界の住人」である私が、電話で聞いた道順をメモした時、大内くんがそのメモを見て、ビックリした。
「郵便局の角を右に曲がって、バス通りを北上。コンビニの手前の道を左に入る」とか全部、文章にしてたから。
私は私で、大内くんが、
「そういう時は、こう書かない?」と、メモ用紙に線で地図を書き始めたのに、ビックリ。
考えたこともなかった。

と話してみたら、

「面白いね〜、それ!ちょっと、メモっとこ」と言って、ケータイに書き込んでいた。
そうか、ケータイが彼のネタ帳か。
私が覚えている限りで、彼にそんな行為をさせたのは初めてだ。
ついに、ワンポイントとったぞ!ってな気分。

彼は、映画の帰りなどによく新宿御苑の風景を見るそうだ。
「オレは、そういうの感動しないタチなんだけど、カノジョがそういうこと、すごくうまいんだ。四季折々の美しさ、とかね。感心する」
互いに、違いを良さと認めて尊敬できるのは良いことだね。
「オレは、心が動かないんだよ。富士山頂に登ってご来光を見ても、特に感動しない」
いいんじゃない?名古屋のおじいちゃんがそんな人だったよ。中身はけっこう熱いんだけどね。キミは、いろんなところがじいちゃんに似てる。

カルビクッパを3つたのんで各人1つずつ、汗を流しながら食べた。
「このあと、行く?」といきなり聞かれて何だろう、まさか、パチ?と思ったら、いつも行く「くぐつ草」という喫茶店だ。
もうちょっと話してもいい気分なんだろう。
こっちも、この機を逃さず攻め込むぞ!

カフェオレをすする息子に、大内くんが、
「クリエイティブな仕事がしたい、っていう気持ちはわかるけど、普通の会社に勤めてても、どんな仕事にでも、クリエイティブな面はあるよ」と軽く説教してくれた。
「うん、わかってる」と言う彼がどのくらいわかってるのかは怪しいけど、我々も試行錯誤と結果オーライの連続だったよ。

息子曰く。
「やっぱねぇ、働かなきゃいかんよなぁ。プライドが持てない、つーか、今のカノジョやコドモたちに責任持てなきゃダメだから」
ひゃー、立派なこと言うようになったね!

彼がかなりな良識・常識をわきまえ、言語感覚も高く正しく、記憶力も相当なものだということが、よくわかった。
カフェオレを飲み干したので、「帰ろうか?」と聞いたら、「いや、もうちょっと」と、小説やマンガの話をしてくれた。
最後、席を立ちながら、小さく、でもきっぱりと、
「お笑い、もうちょっと頑張ってみるわ」と言ったのが印象的だった。
プロを目指したい、のか、学生コンテストで1度はトップを取ってみたい、ということなのか、不明。

契約駐輪場に自転車停めてあるし、寄りたい本屋さんもあるようなので、彼と別れ、大内くんとまた散歩で帰る。
機嫌よく話してくれて、良かった。
「あの子は、私たちが思ってるよりアタマいいんじゃないの?」
「どうも、そんな気がしてきたね。でも、だからってこれから何かやらせるわけじゃないんだし、本人の好きなように生きて行けばいいんじゃない?」
大内くんは気づかないのだろうが、私は、アタマのいい異性にはぽーっとなっちゃう性質なんだ。メガネも好きだし。
「理想が服着て(時々、服も着ないで)」家の中を歩き回っていたら、この25年間で免疫が落ち切っちゃってる私はどうなるんだ!

それは冗談として、もう数年したら、オトナとして、1個の人間として、対等に話せるようになるんだろうか。
就活の話を聞いてきたように、
「父さんたちは、どうして結婚しようって決めたの?どちらがプロポーズしたの?」とか、
「自分の子供を持つって、どういう感じ?オレ、まだ自分がコドモで、実感ないんだけど、カノジョももう30になるし、そろそろ、と思って」とか、 聞いてくれるようになるのかな、我々の意見を。

なんだか嬉しい思いつきなので、どんなことを聞かれても彼にちゃんと説明できるようになっていよう。
「幸せな人生だったよ」と胸を張って語れるように暮らして行こう。

15年4月13日

いや〜、昨日、地震がありましたね。
東海地方でもないし、大きくもなかったけど、地震は地震。

我が家では、大内くんの先輩が「ゲーリー・ボーネル」を信奉しているので、話はよく聞くんだけど、実際に予言となるとねぇ・・・
ま、いちおう風呂に水を張っておくとか、軽く気をつけていくつもりだけど。

たとえ地震が起こっても、働くのがサラリーマン。
仕事のBGM(たま〜に、観る)として使っていた「宇宙戦艦ヤマト」のTVアニメ、あっという間に終わってしまった。
先週末からかけ始めたのに。
全20数話を、3日で聞き尽くしてしまったか。

その後、大内くんは、
「クラシックなんかじゃ応援にならない!何かもっと、不倒不屈な気分になれるアニメを!」と言っていたと思ったら、「機動戦士ガンダム」に走ってしまった。
「未来少年コナン」では物足りないらしい。
「いや、もちろんコナンは好きだよ。でも、こう仕事が詰まってくると、もうちょっと緊迫感が欲しい・・・」
これで、エヴァンゲリオンに走られたりしたら・・・
そもそも、観てないアニメ作品を声だけ聴いたら、気になってしょうがないでしょうに!(エヴァデビューしてない我々)

15年4月15日

というわけで、仕事のBGMに困った大内くんは、しばらくガンダムを観て(聴いて?)いた。
後ろで聴いてる私にも、
「父さんにもぶたれたことないのに!」
「認めたくないものだな…己の、若さゆえの過ちというものを」
「させるかぁっ!」
「似ている…アルテイシアに」
等々の名セリフがばしばし響く。
昔、まんがくらぶの「部会」のあとで、学生会館のテレビをみんなで観たもんだ。

スゴイと思うのは、イマイマの若者たちもそのへんは完全に「押さえて」いるらしいこと。
慶應の○○くんの漫才をようつべで見ていたら(変態か、私は)、
「オニかっこいい、とか言っていいなら、ガンダムでもいいじゃないか。『父さんにもガンダムぶたれたことないのに!』」
「おまえ、それ、ガンダムが多すぎるだろ」
というやり取りがあった。
ちゃんと知ってるんだねぇ。

彼らは、古いことから新しいことまで、知らなければならないことが多すぎないだろうか。
我々は、父や母の好きな映画や音楽に、それほど興味を持っただろうか。
むしろ、反発して自分たちの文化を作り上げようと思ってたような気がするんだが、そうだとすると、今の息子たちの、この親の文化へのすり寄り方はいったい何だろう?

個人的には、嬉しい。
話が通じるし、仲間意識が持てる。
「へえ〜、そんなものも観てるんだ〜」と感心する。
でもそれじゃキミたち、「青雲の志を持って旅立とうとする」ってのが、難しくならない?
こっちは別にかまわないけどさ。

こうして、息子から、
「iPadに大友の『ショート・ピース』入れといて」
「いや〜、藤子不二雄の『まんが道』はすごいわ〜」
と言われる毎日。素直に嬉しい。
うん、きっと、平和な世の中ってのはこういうもんなんだ。

と言いつつ、
「やはりガンダムでは今ひとつ突進する力が足りない。もう、ヤマトしかない!」と、ヤマトふた回り目に入ってしまった大内くん。
どれをとっても戦争モノだね。
平和だから、疑似戦争が必要なの?
世の中は、わかんないことばっかりだ。

15年4月17日

読みたかった「平井和正」を全部読めたので、個人的に喪に服すのをそろそろやめよう。
「幻魔大戦」20巻、「ヤング・ウルフガイ」シリーズ4巻、「アダルト・ウルフガイ」シリーズ6巻。

ウルフガイ10冊に3週間もかかるとは思わなかった。
でも、やはり読んでると気持ちが昔に引き寄せられると言うか、「暗い谷間にのまれて行く」ような気がするので、かなり他の本やマンガを足して、助けてもらった。
羽海野チカの「3月のライオン」とか。

アダルト・犬神明は31歳。
私の息子だとしても全然おかしくない年齢だ。
「内情」のシブい二枚目、矢島でさえ、でかい娘こそいるものの、40代始めという設定だ。

昔はかなり歳が行っていると思われたそういうおっちゃんたちが、国家を超えた陰謀で走り回ったり拷問されたり、中学生にはどうかと思うようなエロいシーンありーの、肉片がこっちまで 飛び散って来そうなバイオレンスありーので、オトナって、なんて大変なんだろう、と乙女心にも思ったのに、みんな、若いじゃん。
思えば遠くへ来たもんだ。

15年4月18日

久しぶりに大内くんが仕事を「あんまりしない」週末。
「全然しない」ではないんですよ。
とにかく、寝てもらう。ここしばらく、どう考えても睡眠不足だったから。
本人も、
「頭が痛い、というより、重い。かつてない重さだ」と言うので、
「大学入試の時とおんなじぐらい?」と聞いたら、
「いや、もっと重い。というか、入試は最後のちょっとしか頑張ってないから。仕事は、数か月頑張っているので、程度が違う」。

うーん、やはり、お給料をもらうだけのことはあるなぁ。頭が痛くなるまで働くなんて。
私は7年勤めて寿退社をするまで、終わらない、というほど難しい仕事をしたことがないので、実のところ大内くんの苦難はわからないのだ。

でも、誰かが頑張ってくれてるから、世の中回ってるんだよね。
大内くん、お疲れさまです。
今日も、寝倒してください。
気力体力が少し回復したら、散歩に行こう。
本当は1日中寝かせておいてあげたいけど、それやると、目が覚めて夕方だったりした時にすごいショックを受けるからねぇ…ま、ブランチの時間ぐら いには起こしてみよう。

15年4月19日

外泊して帰ってこなかった息子から、「財布、落とした・・・」と電話がかかってきた。
昨日、飲みに行って酔っ払って財布落としたらしい。
ダメじゃん!
財布を失くした話を聞くのは、もう3度目だよ!

まあ、いつも小銭しか入ってないし、カード類は持ってないから、困るのは免許証や保険証の再発行だけか、と思ったら、
「4万円入ってた」そうだ。驚いて、
「なんでそんなにお金持ってたの?」と聞くと、
「お笑いの相方から、借金返してもらったばっかりだった」とのこと。
よくよく運が悪いね。
そもそも、学生同士で万単位のお金を借りたり貸したりするな、と言いたい。

そういえば、2年前に落とした時も、合宿の費用に1万5千円出してあげたのが入ってる状態だった。
普段からっぽの財布で過ごしてるくせに、どうして大金を持ってる時に限って落としちゃうんだろう?

げっそりした顔で帰ってきたが、紛失届を出してないそうなので、
「すぐ出してらっしゃい!落とした保険証で借金とかされたら、紛失届をいつ出したかが問題になるんだよ!」と 警察署に追いやる。
いつもに似ず、すぐに出しに行ってくれたのは、やはり本人もショックなんだろう。

「届け出してきた」と、あいかわらず悄然とした顔だ。
「昨日の、いつ落としたの?」と聞くも、
「カノジョんとこに行った時は、もう失くしたあとだった」。
「それで、泊まってきたの?」
「うん。べろんべろんに酔っ払ってた」

それは、普通のカノジョだったら大いに引いて、振られちゃうシチュエーションだよ。
しかし、大内くんも昔はよくべろんべろんになって私のアパートに来たなぁ。
ちがうのは、親に内緒にしてたかどうか、という点だけだ。

やれやれ、ひと月分のバイトのお給料が吹っ飛んでしまったか。
勤労意欲がなくなりそうだね。
もちろん、働いて、失くした分まで稼ぎ出すのが正解だと思うが。

保険証の再発行は大内くんが会社でやっておいてくれるから、学生証と、免許証を再発行してもらうように。
あまりに頻繁に失くすので、さまざまな当局からにらまれているかもしれない。

自慢じゃないが、私は物やお金を、失くしたことも落したこともほとんど、ない。
これまでの人生において、覚えている限りは1度だけだ。
中学生の時かなぁ、傘を失くした。その傘の模様を今でもはっきり覚えているぐらい だ。
大内くんは、傘なんて数えきれないほど忘れて来てるそうだ。
出会ったばかりの頃、いきなり上着を忘れて失くして、買ってもらったばかりの高いスタジャンだったので、お母さんにたいそう叱られた、と言っていたのを思い出す。
その彼にしても、さすがに財布を失くしたことはあまりないらしい。

でも、大内くんはそんな自分の過去にはほっかむりして、叱る。いちおう、叱らなきゃいかんだろうし。
まあ、ケータイと定期券が無事でよかったよ。家のカギも。
今の生活で、失くして一番困るのはケータイだろうなぁ。
他は、お金で何とかなるけど、ケータイの中身、データは、相当辛いと思う。

もちろん財布を落とすのも充分に面倒な話だ。
面倒なことは、最初からやらないに限る。
息子よ、外に出れば7人の敵がいるらしいし、今後は気をつけてくれ。

15年4月20日

小学校からのママ友が、訪ねてきた。
さる宗教団体に所属する彼女は、数年に1度、選挙の前に、「おしゃべりをしに」(笑)来てくれるのだ。
今回は、3人の子供を育てながら親の介護をして看取ったベテラン主婦が新人として立つらしい。

でも、15年にわたるおつきあいの中で、宗教に誘われたり、投票を迫られたりしたことは1度もない。
いつも、簡単に世間話として候補者の話をして、あとはコドモたちの最近についておしゃべりをする。
ほとんど外に出ない、友達のいない私にとっては、大きな「社会の窓」だ。

そのママ友は今回、選挙カーに乗って「うぐいす嬢」をやるそうだ。
数年したら、彼女自身、立ってしまうのではないかなぁ。

そこんちの息子も2年後に就職なので、就活話に花が咲く。
母親に言わせれば、壁にべたべたとアニメキャラのポスター、しかもかなりエロいのを貼りまくっているらしい。
「もう、2次元の世界の住人なのよ!」と言うお母さんは、息子がオタクだ、と言い切るだけあって、用語が正確だなぁ。
一般人にも「2次元」って言って通じるもんだろうか?

理系だから、どこかの研究室に入れば就職はわりと堅いらしいが、そこんちの息子本人は、企業に就職するより小中学校でコドモたちにパソコンを教えたい、と言ってるそうだ。
良い目標じゃないか。

お返しに、
「うちの息子はやっとお笑い芸人になるのはあきらめてくれたらしいよ」という話をする。
就職が、今現在は「売り手市場」なので少しは安心かしら、夢を追うのもいいけど、やっぱり手堅い就職よね!と、ママたちは思わず力こぶを作って語ってしまう。
就職。深刻な問題だ。

1時間半ほどおしゃべりをして、「また来てね」と言って送り出す。
自慢じゃないが、ママ友なんて片手で足りるぐらいしかいないし、ツイッターのフォロワーも20人しかいない私だ。
体調の良い時なら、どんな用件でもいいから来てくれる人は大歓迎。

今回もしみじみ思ったが、いつ人が訪ねて来ても大丈夫なぐらい片づいていて、よかった。
大内くんのおかげだ。
彼のポリシーは、「家に余分なものを滞留させない」ということに尽きるようだ。
普段は、私のものまで勝手に捨ててしまうので怒っているが、こういう時には「ありがたい」と素直に思う。
彼がいなかったら、私はいわゆる「片づけられない女」になって、「汚部屋」に住んでいただろう。

そう言えば、こないだ息子が沖縄に行ってる間に彼の部屋を相当抜本的に片づけたのだが、今また、物はたまり始めている。
家の一部が「汚部屋」。
これも、相当イヤだ。
自分で片づけてくれるか、どこか我々の眼の届かないところで勝手に「汚部屋」に住むか、どっちかにしてほしい。

その、「息子が2次元の住人」であると嘆いていたママ友も、帰り際に玄関の隣にある息子の部屋をちらっとのぞいて、「水樹奈々」のポスターだらけであることに感心して帰った。
部屋が腐海に沈んでる状態ではなかったので、よかった。
油断してるとすぐに腐海だからなぁ。
その部屋にカノジョなんか泊めちゃうんだから、若い人の神経は理解できない。
遊びに来てくれたママ友も、いろいろ困った顔はしてたが、まあ、元気が何よりだよね。

15年4月21日

前記ママ友に、
「更年期障害なのかもしれないけど、最近、やたらに汗をかくし、そのくせ手足は冷たいんだ」と話したら、
「それは立派な更年期障害!」と太鼓判を押された。
彼女もいっときはそれで苦労して、病院で薬をもらうようになってから少しは良くなったらしい。

年末に別のママ友達と忘年会をした時、皆さん身に覚えがあるようなんだけど、
「医者に行ってもたいして良くならない。自然に治るから、ほっといても大丈夫。病院に行って順番待ってる方がよっぽど身体に悪い」という意見だった。
そう話したら、
「人それぞれだけど、私は病院に行ってから良くなったわよ」と言われた。

なんでも、ひどい時はめまいがハンパなくて、車の運転中にめまいを起こし、すぐに路肩に停められたからよかったけど、しばらくはトラウマになって車に乗れないほどだったそうだ。
私もめまいはするなぁ。激しい時は立っているのがやっと、という感じ。
幸い、家からあまり出ない生活なので危険な目には合ってないが、それでもお鍋を運んだりしてる時にめまいが起こったらどうしよう、と思う程度にはひどい。

だが、ただでさえ医者通いが多いのに、このうえレディース・クリニックにまで行くのは面倒だ。
「行かなくても治る」派になっておこう。

もうひとつ、ためになったのは「五十肩」の話。
さすがの彼女も、
「あれはねぇ、やったけど、自然に治るのを待つのが一番」と言っていた。

ただ、驚いたのは、五十肩と言えば腕が上がらなくなるものだと思っていたのが、実は腕を前に出したりひねったりするだけでかなり痛いこと。
日常の動作に、いろいろ不便が生じている。

たとえば、シーツ交換。
これは、腕をそうとう使うので、今はできない。
洗濯はするけど、はずしたりつけたりの部分は大内くんにやってもらっている。

お風呂上がりに自分の使ったバスタオルを浴室のタオル掛けにかけるのも、腕が上がらないので、大内くんに頼む。
「僕でさえ、少し痛い」とこぼしているので、数年後には浴室内にタオルをかけるのは無理になるかもしれない。
あれだけリーチのある人でも、タオル掛けまではけっこう高さと距離があるのだ。

「老人になったら、こういう用事はためておいて、ヘルパーさんが来てくれる時にまとめてやってもらうのかなぁ」と、少し具体的に、老後が心配。

ともかく、少なくとも女性の場合、「更年期障害」と「五十肩」はセットで必ずやってくるもののようだ。
うちは大内くんが若いし、家事への参入も徹底的なので助かるけど、更年期障害なんか理解してもくれないダンナさんもいるんだろうなぁ。
「オレは、会社でさんざん働いて苦労してるんだ。更年期障害?怠け病だろう!」とか言ってね。
大内くんがそういうタイプじゃなくて、本当に良かった。

ちなみに、大内くんサイドでも、私が「夫に過剰に出世を期待する」タイプでなくて良かったそうだ。
だって、私、7年しか勤めたことないもん。
25年以上働いてる、ってことだけで充分驚くし、ありがたいよ。
男性にも更年期障害はある、というのが最近の通説らしいので、身体には充分気をつけてもらいたい。

15年4月22日

めずらしく夕食時に家にいるので、息子の席にもお皿を並べたら、素直に席に着いた。
これがまた、めずらしい、というか、過去においては「自分の分をお盆に乗っけさせて、テレビの前とか好きなところに行って食べている」がデフォルトで、さらにその昔には、自分の部屋に持って行ってしまっていたので、大進歩と言えよう。

でも、でかい音出してiPad見ながらごはん食べてるので、大内くんが、
「食事中なのに、うるさいよ」と注意したら、ポケットからイヤホンを出して、それを耳に突っ込んで、食事再開。

大内くんがため息をついて、
「まだ反抗期が終わってないのかねぇ」と私に言ったら、
お笑いを見ていた当の本人がひょいと顔を上げて、

「終わったよね?」

と同意を求めてきた。思わず笑ってしまった。
そうね、確かにある種の反抗期は終わったかもしれない。

「反抗期だった、って自覚はあるの?」と聞くと、「うん」と簡単な返事。
ここ2年ぐらいかなぁ、「死ね」とか「クソブタ!」とか言わなくなって、かわりに、「ありがとう」「すまないね」という言葉が聞かれるようになった。
他人事のようだが、成人するまで反抗期がやまない、ってのもスゴイな。

本人も、20歳の誕生日を祝ってもらうあたりでは、
「18、9の時は、荒れてたから」と自分で回顧してた。
いや、その当時、キミはまだ荒れてたよ。

21歳と半年、やっと最近、安心して見ていられるようになってきた。
起こしてもなかなか起きなかったり財布を落としたり、まだまだ修行中ではあるが。

オクテな男子って、怖いなぁ。
ハタチになるまで反抗期。
選挙権あるのに反抗期。
ひと月に10万円近く使っちゃう反抗期。

最後の項目については、半分はバイトで稼いでくるし、本人が、
「使い過ぎだよなぁ・・・でも、映画とか芝居とか観に行きたいし」と情けなさそうに言うのがカワイイので、許す。

そう言っているたった今も、「行ってきま〜す」と、ちょっと言い慣れないので誰に言うとでもない雰囲気で、出かけて行った。
「そんなの、当たり前じゃないか」と言われそうだが、我が家的には、
「こんな日が来るとは思っていなかった」と感涙にむせぶようなひと言なんだ。
常にむすっと押し黙って勝手に出かけていたから。
期待値が低いと満足度が上がる、ってこういうことかぁ。

15年4月23日

大内くん、また日帰り海外出張。
朝一番に出かけて行き、帰りは夜中。
空港と吉祥寺のバスの中とか、飛行機の中では寝倒しているそうだが、帰ってくるなりその日のまとめを翌日に出さなきゃいけないのはつらかろう。

3時ぐらいまで作業して、
「もーダメ!1時間ぐらい寝る!」と言ってあっという間に寝てしまった。
徹夜仕事につきあうつもりで昼寝していた私は、役割変更、起こす係だ。
息子にも「朝、8時45分に起こして」と言われてるし、家中の人の目覚まし時計になっている。

徹夜の友に、宮部みゆきの「ソロモンの偽証」を読み返している。
新刊書で買って、自炊して読み、文庫版が出たので、「データでは本が読めない」と言う息子用にブックオフでひとそろい(全6巻)買い、さらに自分が文庫版が一番読みやすいからともうひとそろい買って、自炊。
今、それを読んでるが、同じ本を3回も買ってるわけだ。
新刊書を買わずに文庫が出るまでガマンするべきなんだろうけど、出るとすぐ読みたくなっちゃうんだよね〜。

おまけに、今回、大変なことが発覚した。
文庫版を自炊したデータ、第4巻が、表紙は4巻なのに、中身は3巻!
何をどう間違えたのか。
元の本はとっくの昔に資源ゴミに出してしまってるので、確かめようもない。

幸い、と言うか何と言うか、息子用に買った文庫版、1巻を読み始めたと思ったら、
「これ、面白いの?!軽すぎて、気分悪いんだけど!」とクレームをつけて、もう投げ出してる。
「面白そう。読みたい」って言ってたのに!
まあ、別にどうしても読むべき本なわけじゃないから、そのままにしてあった。
どうせ読まないんだったら、もらっちゃえ!

というわけで、息子用の第4巻を自炊。
もし、気が変わって読み始めたら、その時になってから買い直しても充分間に合うと思う。
3巻の終わりまで読むのは、けっこう時間かかるから。

で、今、第4巻をiPadで読んでおります。
息子と正反対で、私は今や普通の本が読めない。
理由は彼とは違い、要するに、あお向けに寝たまま本が読みたいが、手で持つのは疲れるので、iPadスタンドを使わざるを得ない、ということ。
昔はうつ伏せで読んでいたが、「五十肩」になって以来、ひじで身体を支えるというのが無理になってる。
腰にも悪い姿勢らしいし。

なので、ここ2年ほど、私は入院患者のようにベッドから出ない。
もし万歩計つけてたら、1日に百歩も歩いてないと思う。
日中なんか、誰もいないからトイレ以外に起きる用はないし。
困ったもんだ。せめて週末に散歩して身体を動かしたいけど、大内くんが忙しくて、家から出る時間があんまりない。
平日の日中に1人で散歩せよ、という意見もあろうが、私はそもそも身体を動かすのがキライだし、1人で歩くのは寂しくて、イヤだ。

それでも昨日は、あんまり天気がいいのと、フェイスブックに載せる写真を撮ろうと思ったのとで、マンションの下までは行ってみた。
植え込みのつつじとか、敷地内に置いてあるベンチとか、何枚か写真を撮って、今、挑戦中のインスタグラムでアップする。
レイアウト用のアプリも使えるようになって、うんうん、だいぶ、それらしくなってきたぞ。
大内くんの助けを借りずにITまわりのことをするのは非常に珍しい。
自立だ、自立。

これから陽気もよくなるし、少しは外に出ないとなぁ。
でも、ベッドの中で本を読んでる時が一番楽しいんだよね。
暑い季節に、適度にエアコンを効かせた部屋で寝そべってるのが大好きだ。
こんな私は、人より早く「寝たきり老人」になってしまうのだろうか。
やはり、大内くんにつきあってもらって、週末だけは歩こう。

あ、そろそろ1時間たつ。
大内くんを起こさなければ。
寝起きが悪くて起こすと怒る息子よりは、「起きなきゃ」と思ってる分だけ楽な相手だ。
私は寝つきが悪く寝起きがいいので、息子の「あと5分」「あと3分」という引き延ばし策はあまり理解できない。

タイマーが鳴った。
「起きられますか〜?」と声をかけたら、「頑張る〜」という返事とともに大内くんが起きてきた。
やっぱり、オトナはたいしたもんだ。

15年4月25日

木曜日にほとんど寝てなかった大内くん、金曜夜から爆睡。
今朝起きたのは、10時頃になってからだった。
よかった、睡眠不足を取り返せて。

仕事に振り回されて、お互い、家を顧みる余裕がなかったので、カーテンを洗濯したり片づけ物をしたりして過ごす。
午後は少し会社の仕事があったみたいだけど、2,3時間のことですんだ。

久々にテレビを観る時間と心のゆとりが生まれる。
先クールは全然観てなかった「相棒」、最終回の2時間スペシャルだけ観よう、ということになった。
友人たちの間ではえらく評判が悪い。
また相棒を解消して、しばらくお休みのようだ。
3人目の相棒である成宮くんは、どのようにリタイアしてゆくのであろうか。

で、観ました。終わりまで。
うーん、言われていたほどひどい内容ではない。むしろ、面白かった。
友人たちは、成宮くんの去り方に納得がいかなかったのかもしれない。
我々はあまり彼に思い入れがないせいか、全然OKだなぁ。

ただ、ドラマとしての「相棒」は長く続きすぎてると思う。
そもそも面白かったのは「薫ちゃん」が相棒だった時代で、ミッチーとか成宮くんが面白い相棒だとは1回も思ったことがない。
皆のウワサでは、「次は反町じゃないか」「いや、反町をスペシャルで使って、本編は仲間由紀恵で行くらしい」と様々な憶測が乱れ飛ぶ。
もし本当に仲間由紀恵だったら、もう観ないかもなぁ。いや、1回ぐらいは観てみるのか。

夜は、たまった自炊をして過ごす。
大内くんは歴史書とか参考書を読むのを少し中断して、最近は小説の方に手を伸ばしている。
本棚が目の前にあって本が並んでる頃と違って、ファイルをのぞかないと、お互い、相手の持ってる本がよく把握できない。
今回、大内くんが有吉佐和子を集めてるのを知り、
「それなら私も少し持ってる」と言って、調べてもらったら、「悪女について」とか「開幕ベルは華やかに」あたりがダブっていた。
アマゾンで買った古本なのでさほど金額が高いわけではないが、自炊の手間も、ゴミに出す本の量も増えてしまうではないか。

私は、マンガでない本はそれほど持っていない。
いや、持ってるものがかたよっているというか、清水義範と林真理子と北村薫と宮部みゆきと東野圭吾とマキャフリイとアシモフとハインラインはたぶん全部持ってるが、それ以外のカタマリと言うと難しい。
でも、有吉佐和子はわりと好きで、まとまった数あるかもしれない。

「なんだ、持ってたのかぁ」と言いながら、とりあえず買うつもりだったらしい何冊かを取りやめて、私の電子本棚から自分とこにコピーしているので、
「わざわざ持ってかなくても、読みたいものがあれば、私の本棚から直接タブレットに入れればいいじゃん」と言ったら、
「そうだった!」と頭をかいていた。
橋本治の「桃尻娘」のシリーズも買おうとしていたらしいけど、「雨の温州蜜柑姫」まで全部あるよ。

話に上がった中で、私のイチオシは有吉佐和子の「真砂屋お峰」なので、そう言って、タブレットに入れておいてもらう。
通勤電車の中で読んでくれたら、共通の話題になるから嬉しいな。
しかし、有吉佐和子って、「恍惚の人」とか「夕陽丘3号館」とか読むと、私の大好きな「ご近所スキャンダル」とかのレディース・コミックをちょっ と文学的に書いてしてみただけのもので、内容的には実はあんまり違わないような気がする。
「それを言ったら、城山三郎だってそうだ」と言う大内くん。
昔、彼に勧められて読んだ「素直な戦士たち」は、確かにそんな感じだった。

頭の中身が下世話な私と違って、大内くんはコムツカシイ小説が好きなんだと思っていたが、彼に言わせれば、
「ドストエフスキーが好きなぐらいで高尚だと思われても困る。あればあれで、『ご近所スキャンダル』なんだ」とのこと。

私は早熟すぎて、中学校に入るぐらいまでに日本文学全集と世界文学全集は全部読んでしまったコドモであったが、小学生にラスコーリニコフの苦悩と屁理屈がわかるはずもなく、夏目漱石の胃弱と諧謔もてんでわかっていなかった。
なのに、「いちおう押さえた」ということで、理解できる年頃になった時にはもう読まず、SFばっかり読んでいた。
「教養としての読書」は、心の栄養にならない。
本は、ふさわしい年頃に読むべきなのだ。

でも、久々に大内くんと本の話をたくさんして、面白かった。
我々はマンガクラブで出会って結婚したのに、それぞれのマンガを持ち寄ってみたら、ダブってて処分できたのは「めぞん一刻」だけだった、というぐらい趣味が違うので、文字の本となるとさらに離れてくる。
私は歴史書なんか読まないし、大内くんはSFとミステリにはてんで不案内で、そもそもの生息地が違う。
だから、たまに同じ 本を読んでいると大喜びだ。
今は宮部みゆきの読み返しループから抜け出せないけど、そのうち大内くんが買った橋本治の「リア家の人々」でも読んで、感想を交換してみよう。

15年4月26日

よく、警察署から「子供『声かけ』」という注意のメールをもらう。
60代男性に「そんなことじゃ、日本代表になれないぞ」と声をかけられた、など というお知らせには、「きっと、孫がサッカーをやっているおじいさんなんだろうに・・・」とか思うし、ましてや「こんばんは」と声をかけられた、 ということまで通報されると、「知らない人にも明るく挨拶」と教えられた自分の子供時代と引き比べて、どうかと思ってしまう。

でも、こんなのもあるので、やはりいちいち通報する方がいいのだろうか。

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4月○日、午後3時00分ごろ、○○町の路上で、児童が帰宅途中、男に声をかけられました。

●声かけ等の内容
・(児童の腕を引っ張り)
・膝の上に座ってキスしてくれ
(不審者の特徴については、30代、短髪)

15年4月28日

息子が近所の病院に夜勤のバイトに行って帰らない夜、11時頃に、寝ようと思ってツイッターをのぞいたら、
「全然お金持ってないままバイトに入ってしまい、朝まで何も食べられない。おなかすいた。患者、食べちゃうよー」とい うツィートが。
朝、「お金足りる?」と聞いたら「大丈夫」と言っていたのに。バカか。

彼は、月に4万円ほどのバイト料がつきると、私から借金をしておこづかいにしているのだが、余分なお金を持っているとパチンコに使ってしまう自分が怖くて、「2千円」とか「3千円」とかいう単位でしか申し込んでこない。
いつもいつも財布に小額紙幣を貯めておかなければならないのもなかなか面倒なので、
「1万円、とか借りて、それでしばらく暮らす、ってわけにはいかないの?」と聞いたら、
「無理じゃないけど・・・ちょっと、自信ない」という返事。
同様の理由で、「何かあった時のために5千円札を1枚、財布の奥にしまっておく」というようなワザも使えないのだ。

なので、今回もきっと50円ぐらいしか持っていないんだろうなぁ、とため息をついて、大内くんが、
「お金ないんだって?何かしてほしい?」とラインしてみた。
息子「いや、ひと晩ぐらい食べなくっても」
大「そうか。きみもオトナになったね」
息子「でも、腹へった」
大「お金か食べ物を届けようか?」
息子「でも、面倒でしょ?」
大「別に面倒じゃないよ。何がいい?」
息子「千円貸して」

というわけで、もうお風呂に入ってパジャマに着替えていた我々は、Gパンに着替えて、車で出かけることになった。
ドライバー大内くんはかなりぶぅぶぅ言っている。
「まあ、いいじゃん。こんなことも、あと数年だよ」と慰めたら、
「バイト先が近くて、いいんだか悪いんだかわからない。前みたいに慶応病院に勤めてたら、絶対、助けに行かなかった」。
「慶応病院の夜勤は、人が大勢いるから誰かにお金借りるとかできたよ。今の病院は、夜中、彼1人でやってるから、誰にもお金借りられないんだよ。まさか入院患者から借りるわけにもいかないでしょう」

と言ってる間にも病院に着いた。その間10分。
前は通ったことがあるけど、中に入るのは初めてだなぁ。
息子に言わせれば、
「当直医が1人しかいない。日によって担当の科も違うし。夜中に具合悪くなっても、他の病院に行った方がいい」という小さな病院だ。

大内くんに車で待っててもらい、私が降りて、病院に入ってみると、正面に受付の窓口があるけど誰もいない。
待合室も廊下も薄暗く、人の気配がない。
息子は、こんなとこでよく怖がりもせず夜勤をしてるなぁ。
夜の病院と言ったら、怪談の宝庫じゃないか。

窓口まで行ってのぞきこむと、左手の空間が少し広い部屋になっていて、机が6つほど。
そのひとつに向かって、息子が座っていた。
軽く手を上げた私に気づいて、「ああ!」と寄ってきた。

「ありがと。悪いね」と言う彼に、念のため多めに、と思って2千円渡す。
しきりに私の後ろをうかがうように首をめぐらせるので、
「父さんは車で待ってる」と言うと、「そうか」と目線を落とし、また、「すまないね」と言う。
「かまわないよ。じゃあ、バイト、頑張って」
「うん、ありがとう」と小声を交わし、静まり返った病院を後にした。

車に戻ると大内くんがエンジンをかけながら「どうだった?」と聞く。
私「ありがとう、すまない、って言ってたよ」
大「ふーん」
私「仮眠の時間が4時間ぐらいあるはずだから、その時にコンビニとか行くのかな。彼がいない間、受付はどうなるんだろう。『御用がある方は声をおかけください』とか札でも出しておくのかね」
大「そうなんじゃないの?」
私「お金を届けるより、食べ物を届けた方が、救援っぽかったかな」
大「うん!冷蔵庫に入ってる豚汁を温めて、ごはんもつけて、彼が高校時代に使ってた保温できるランチジャーに入れて届けた方がよかったな」
私「『弁当箱、買ってくる』って言って、突然、道路工事のおっさんたちが使うようなあの保温ジャーを買ってきた時は、驚いたね。でも、高校時代、けっこう役に立ったよ。彼は味噌汁が大好きだったけど、昼ごろまで、熱々というわけにはいかなくっても、なんとか温かい味噌汁が飲めたから」
大「まあ、お金届けるんでいいよ。豚汁は、めんどくさいし、少しあざといよ」

そんな会話をしてるうちに家につき、車を停めて戻る。
パジャマに着替えて、もう寝よう。
「あなたは出かけるのが面倒くさくてけっこう不機嫌だけど、彼は、かなりしおらしく、感謝してたよ。バイトしてるとこ見られてよかったし」
「そうか。まあ、僕も楽しかったよ。もう2年もしたら、家からいなくなっちゃうかもしれないんだからね。何もかも、今のうちだよ」

大内くんはすぐに眠ってしまったが、私はいつものようになかなか寝つかれず、ひと気のない病院で1人、夜勤をしている息子のことを考えていた。
「大きい病院と違って1人だから、気楽だよ。本も読めるし」と以前言っていたが、こないだ、
「少し飽きてきたから、他のバイトをするかも」と言って履歴書書いてたなぁ。あれは、どうなったんだろう。

息子がこの歳になるとめったに見ることのない、「外での顔」を垣間見た。
救急車に乗って搬送されてきたり、急な腹痛で夜中に駆け込んだりする患者さんたちには、
「お名前は?症状は?」と訊く息子が、頼りがいのある相手に見えることもあるんだろうなぁ。
「豚児なのに。子ブタなのに」とつぶやいて、私も寝た。
息子の夜は、まだ長い。

15年4月29日

去年の秋、イタリアに行った時に同じツアーで仲良くなったおばさまから、手作りのオレンジピールをいただいた。
おうちでとれる夏みかんで作っ たそうだ。
旅行直後にも、庭でとれたという柿を樽柿にしたものをたくさんいただいた。
前橋の方だが、広大な地所を持つお金持ち、かつ、 働き者のおばさまなんだろうなぁ、と推察する。

定年後のご夫婦、新婚旅行、OLの気ままな一人旅、といったメンバーの中で、40になるという息子さんと2人で参加、というのはなかなか異色の組み合わせだった。
夕食のテーブルが一緒になったことから親しくお話しするようになり、「誰か、いい方はいらっしゃいませんかねぇ」と持ちかけられたが、あいにく我々の知人の独身女性はみなアラフィフで、ちょっと年回りが合わない。
どなたか、前橋の会社経営者の長男、バイオリンとス キーが得意な裕福な40歳男性に興味のある方はいないものだろうか?

「年に1回は息子と海外旅行をしている」というおばさまは、我々が「定年になったら、もう1度ぐらいは海外旅行に行きたいねぇ。慣れたところがいいから、もう1度ローマに行こうか」と庶民の夢をはぐくんでいる間に、「ギリシャにクルーズに行ってきた」のだそうだ。
「貧富の差とはかくも残酷なもの か」と、いただいたオレンジピールを大内くんと食いちぎり、やけ食いした。おいしかった。

15年4月30日

GWに突入です。
嬉しくて嬉しくてたまりません。

この連休はどこにもいかず家にいる予定です。
忙しかった大内くんの骨休めと、3カ月間全然観ていないレンタルDVDを観るのとで終わりそうです。
大内くんが昼間、家にいると、私がパソコンに向かう時間が減るので、GW明けの日記がどうなるか、よくわかりません。
更新はしますので、またその時にお会いしましょう。

皆さんに、良い休日が訪れますよう。

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