15年7月1日
新築のこのマンションを買い、すぐ近くの社宅から移り住んで来たのが11年前。
さすがにあちこちガタがきている。
リビングのプリーツ網戸が破れ、もうそのタイプは扱っていないので、普通の網戸になる、と言われた。
元々プリーツ網戸のどこがいいのか、よくわからなかったので、言われるがまま。
(大内くんによれば、「冬場は畳んでおけるから、汚れにくいのが利点」なのだそうだ)
今日、こないだ見積もりに来た修理の人がまた来てくれて、さかさかと網戸のレールを作り、古いプリーツ網戸を撤去し、新しい大きな網戸を取りつけ
て行った。
いつ、何を見ても思うが、「プロの仕事」は美しい。
さらに、今日は、先日エラー音が鳴った食洗機を見に、パナの人も来た。
半年前に修理したばっかりなんだよね。
それに、今日のところでは悪いところが見つからないそうで、
「いくつか、アヤシイな、ってとこはあるので、部品があるかどうか、調べてみます。でも、もう10年以上お使いになってますよね。そろそろ『耐用
年数』が切れた、と思っていただいて、新しいものをビルトインしていただいた方がいいかも・・・」と、とりあえず帰った。
さて、こうも次々とモノが壊れる、これがいわゆる「10年目シンドローム」というものだろうか。
結婚して、新しい電化商品を買いそろえたところ、10年ぐらいたったところでいっせいに壊れ始める、という現象を言うらしいが、うちの場合は、
「引っ越しによる10年目シンドローム」かも。
幸い、網戸は必要になるギリギリ直前にまにあってくれたし、食洗機は、基本、手で洗えばいいので困らない。
昨夜、私がお皿を洗っていたら、
「こんな光景を、あまり見ることはない。苦労かけるねぇ」と言われ、思わず、
「おとっつあん、それは言わない約束だよ。さあ、横になって」と返しそうになった。
私のザルな脳みその間を、しゅるしゅると金額がすべり落ちて行く。
網戸、食洗機、ほぼ衝動買いしたiPad Air2、同じく超衝動買いのiPad mini3。
自転車とかオーディオデッキとか、細かいものもあるよ。
あー、そう言えば私のメガネを新しく作ったうえで読書用の老眼鏡も作らねば。
合計いくらだ?キター―――!
私の体調もよくないし、この夏は旅行をあきらめよう、と話し合っていた矢先に、国内贅沢旅行レベルのお金が飛んで行く・・・
ボーナス出たからそのまま老後の資産に回そうと思っていたのに、思わぬところから出費が。
いつも言うように、私は「趣味:貯金」の人間だが、「趣味:節約」ではない。
使いたいだけ使って、その残りを通帳に入れておくのが好きなだけだ。
なので、こういう「お金が流れ出して行く」時にも、
「ああ、今年は貯金があんまりできないなぁ」と思うのみ。
とにかく大内くんの収入で充分暮らせているんだから、それ以上言ったら、バチが当たるよ。
来年は車検を通す前に車を買い換えようか、という話も出ているが、今回のこの出費が痛くて、影響大。
10年乗ったノアに、もう2年乗るか・・・車には、10年目シンドロームって、ないのかな。
15年7月3日
唯生の、年に1度の面談。早いものだ。前回から、もう1年たってしまったか。
最近、年月が過ぎるのが速いなぁ。
あっという間に老人になってしまいそうだ。
定刻10分前に病棟に行くと、唯生はベッドで少し眠そうな顔をしていたけど、声をかけたり腕をなでたりしていたら、少し目が覚めたみたい。
担当のドクターや看護師さん、その他の皆さんの準備ができたようなので、唯生には「またあとでね」と声をかけ、会議室へ。
幸い、この2年ほど、大きな病気や不調はないそうだ。
2年前に急性のイレウス(腸閉塞)を起こして緊急手術、人工肛門建設となったが、ストーマに若干の問題はあるものの、現状を維持できれば、という
ことらしい。
看護師さんからも、元気で、問題ない、というお話を聞いた。
「保育」の看護師さんや、PT(理学療法士)の人からも、同様のお話。
毎年、書類を書かなくちゃならない。
「脳死状態時に、延命処置を希望するか」という主旨だ。
最初の頃はけっこう悩んでいた大内くんも、何年もたって慣れてきたので、「希望しない」と記入するようになった。
後は、「身体拘束の許可」「研修生が参観をしてもいいか」というような、問題ないものばかり。
30分ほどで終わってしまった。
北区の養護施設からこちらの病棟に移って来てから、もうどのくらいになるだろう?
高1の春だったから、8年ほどか。
家からも近くなり、また、重度の患者さんが多いため、スタッフも慣れていて、助かる。
もう1度唯生の顔を見て帰ろうとしたら、看護師さんが笑いながら、
「ほら、唯生ちゃん、お父さんお母さん、帰ってみえたよ。さっき、お2人が行っちゃってから、しばらく泣いてたんですよ」と言う。
情緒も安定的に出るようになったなぁ。よかった。
泣くも笑うも、健康あってのことだ。
スタッフの皆さんに何度もおじぎをしながら帰った。
胃ろう、腸ろう、人工肛門をつけた唯生は、もう家でみることは難しい。
3回、唯生のいないお正月を過ごして、心が定まった気がする。
来年には、唯生の車椅子を積む前提で買ったトヨタのノアを、小さい車に買い替えよう。
我々は、もうじき、「すべての子供と、手が離れた状態」になるのだ。
息子も就職後は家を出るだろうし、結婚するかもしれない。
唯生は、ひと足先に「独り暮らし」を始めたわけだ。
もちろん、大勢の人々の支えがあって初めて成り立つ暮らしだが。
息子がオトナになったように感じるせいか、唯生もまた、もう我々の保護を必要としない世界に行っているような気がする。
障害者の自立を、社会が助けてくれるありがたい制度の国で、よかった。
15年7月4日
同じサークルの後輩コンビと、「合同ライブ」を行うつもりらしい息子は、「深夜練習」と言って、帰ってこなかった。
去年、やはり「合同ライブ」をやった時も、夜中に練習してたなぁ。
スタジオを借りたりするので、深夜は安くていいんだそうだ。
「フライヤー」と呼ばれるチラシを作ったり、練習したり、気合が入ってきた。
正直、去年の年末に初めてやった「合同ライブ」の時ほどは頑張ってないなぁ、と思っていたんだけど、さすがにここに至ってやる気が出てきたみた
い。
去年の年末のライブは、素晴らしかった。
2時間、最高の芸を見せてもらった。
だから、と言うのもなんだが、あれほどのものは、もう二度と見られまい、という思いが強い。
万が一、同じか、それ以上に面白くビックリさせてもらったら、息子が芸人になりたいと言っても止めないかも、と思うぐらいだ。
とても楽しみでワクワクする。
春に一緒に焼肉食べに行った時、「今年1年、お笑いをもうちょっと頑張ってみる」とつぶやくように言っていた彼は、はたして、どれほどのものを見
せてくれるだろう?
15年7月5日
梅雨の合間を縫うように、吉祥寺に散歩。
これ以上暑くなったら、歩けなくなるだろうなぁ。
さっきまでの雨が上がったばかりの街は、まだ涼しい。
昼過ぎていたので、時間的にも財布的にもダイエット的にも、外食はやめておこう、ということで、懸案だった私の老眼鏡を作るのに、メガネスーパーに行った。
去年ぐらいまでは三鷹の駅前にもあったんだけど、つぶれてしまったんだよね。
でも、データを移動させてくれていたようなので、私のこの20年近くのメガネ遍歴が一目でわかる。
大内くんを待たせてしまってすまないけど、20分ほど検眼してもらい、今現在のデータを取る。
フレームはあまり悩まずに決めたが、今回のコンセプトは、「葬式にして行けるメガネ」。
これまでのメガネは赤いメタルフレームだし、何より、紫外線防止のために陽に当たるとグレーに変色してサングラスになってしまうのだ。
私は虹彩の色が薄いのか、普通の陽射しでも眩しいと感じがちなので、よく変色ガラスのメガネを作るけど、今回は意図的にそれはやめておいた。
全体に、地味だ。
あと、これはホントにもうどうでもいい安いフレームで、「読書用の老眼鏡」を作った。
大内くんは既に使っており、とても便利だと言う。
もちろん普通のメガネと頻繁に替えるのは面倒くさいが、
「これから2時間、本を読む」
「これから1時間、パソコンを打つ」と決まってるような時には絶大な威力を発揮するらしい。
これまでは裸眼でちょうどよかった読書やパソコン作業が、ぼやけて見えなくなってきている。
なので、「弱い近視のメガネ」を老眼鏡に使うといいということ。
ここしばらくは読書などにストレスを感じていたので、解決したら嬉しい。
新しいメガネの出来上がりを待つ気分、これは、メガネ使いにしか判らない楽しみだ。
15年7月6日
パナソニックの人から電話がかかってきた。
先日来、調子の悪い食器洗い機の、部品が調達できたので修理に行く、という内容だった。
もう10年も使っているので、新しいのを買ってビルトインしてしまおうか、そしたら台所回りで結構な修繕が展開されるので、ついでにガラストップ
のガス台を、前から気にかかっていた「IHヒーター」に替えてしまおうか、と、夫婦でやたらにお金のかかる話をしていたところだったのだが。
まあ、直るものなら直してもらおう、部品も発注してくれたことだし、と思って修理の人が来るのを待つ。
来て、キッチンに養生シートを敷いた彼は、しばらく機械を外してみたりしていたが、どうやら、
「箱ごと新しくするつもりだったが、フタとの間のパッキンがゆるんでいただけのようで、取り替えなくてもすみそうだ。ついては、値段も、時間も、
当初予定されていたよりはずっとかからない」ということのようだ。
そうか、いっときはIHヒーターまで夢が広がってたんだが、と思いつつ、30分ほど、修繕が終わるのを待つ。
「お待たせしました!終わりました。これで大丈夫だと思います!」と修理のにーちゃんが言い、請求されたのは出張修理費込みで2万円ほど。
確かに、3、4万はかかると言われていた見積もりからするとかなり安い。
「また何かありましたらどうぞ〜!」とさわやかに帰るにーちゃんを見送りながら、
「IHヒーター、欲しかったなぁ。一瞬の夢であったか・・・」と家計簿をつける私。
その後、食洗機は調子いい。
直せば直るものなんだなぁ。
消費するばかりではいけない。少し、家計をひきしめよう、と、ボーナスを抱きしめて思う。
ただ、「3百万はかかる」と勝手に思い込んでいる老後の「シベリア鉄道の旅」に対して、2万、3万を節約して、いったいどれほどの効果があろう
か?と少し厭世的にもなるものだ。
気の早い私は、そろそろ「老後」のことを考えている。
老後は、お金がない。
老後は、気晴らしがしたい。
この対立する命題をどのように解決していくのかが、「若いうちの私」にとっての大切な使命である。
収入が劇的に増えることはありえない(逆は簡単に起こる)ので、やっぱり、節約から入るしかないか。
15年7月8日
息子が20歳過ぎるまで、
「あまり本好きではないな、大内くんと私のDNAで、この(自炊前の)環境で本を読まないってのは不思議だ」、と思って来たのだが、ついに、キ
ターーーーーー!という感じになってきた。
先日は「推薦図書は何か」と聞かれて、とっさに何が「凄くいい本」だったかわからなくなっちゃったのが口惜しい。
それでもまあ、アシモフとか冷たい方程式とか言っておいたら、彼は彼で独自の動きをしているらしい。
「早稲田の近くに、いい古本屋さんがたくさんあるね」と言われた大内くんは、
「うん、父さんも好きな古本屋さんがある」と答えていたが、息子にとってはとにかく「安い」ことに感動したらしい。
「クリスティの『そして誰もいなくなった』が10円で売ってたんで、買った」
あうー、「そして誰もいなくなった」。
これは、薦めておくべきだった。またも失点1ポイント。
早いとこ、「Yの悲劇」を薦めよう。
ちなみに、うちにあるそれは、すでにデータ化されている。
というか、データ化せずに読んだら、はじからほこりになって崩れていきそうな状態だった。
なにせ、昭和30年に出版だもん。
おそらく、SFの好きだった父のものだったのだろう。
同じハヤカワミステリを、3世代で読むのか。なんか、感慨深い。
息子のは普通の文庫版、私が父からもらったものはちょっと細長い「ポケットミステリ」だった。
放っとくと「中島らも」とか読んでる。
大内くんが「中島らもって、知ってる?」と聞かれて、
「うん、いとうせいこうとかと同じ時期だね」と答えたら、
「そうか、そういうラインなのか!」
「糸井重里とかね」
「そうか、そうか。ふーん」と、めずらしく知的興奮状態になったようだった。
母親は、「糸井重里の萬流コピー塾」を全部持ってるんだ。
データは読みにくい、とかぜいたく言わずに、全部読め。
15年7月10日
実は、家のカギを落としてしまった。
今日、ドアのカギを交換してもらったので、初めて書ける。
それが終わるまでは、防犯上、ちょっと書きにくかったから。
だいたい、失くしたプロセスがすごく不思議。
病院から帰り、マンションの裏口のドアをカギで開けて入って郵便受けを見て、エレベータに乗り、上に上がるまでの間に自分がカギを持っていないの に気づき、エレベータからは降りずに1階へ戻った。
つまり、カギは、マンションロビーからエレベータ内までのどこかにあるはずなのだ。
幸い、合鍵を持ち歩いているので、家に入るのには困らない。
でもとりあえず家には帰らず、ロビーのソファに座って、自分の手荷物を徹底的に検査する。
バッグの中身は全部出してテーブルの上に並べ、病院からもらった薬袋も中を一つ一つ点検し、バッグも着衣のポケットのたぐいも全部ひっくり返してみた、その結果。
やはり、カギは出てこない。
開けた扉に刺さったままなのではないか、その近辺に落としていないか、も充分に検分。
郵便ポストまでの通路、ポストの中、そのあたりの敷物を裏返して見るほどに徹底的に見た。
エレベータまでの通路も、両側の植え込み、エレベータの中、これまた敷物の裏、すべて精査。
これで見つからないんだから、どうなってるの?
いったん家に帰り、荷物と着衣を再び徹底的に改めたのち、降りて行って管理人さんにわけを話したら、ひと通り一緒に見てくれたし、しまいに、もう
これ以外可能性がない、ということでエレベータの点検の人を呼んで、数時間後にはエレベータの隙間から下に落ちていないかまで見てもらった。
やはり、ない。
会社から帰った大内くんに相談したら、
「不思議だけど、なくなったものはしょうがない。誰が拾うかわからなくて怖いから、玄関のカギを交換しよう」と言われた。
まあ、それが現実的な線だよね。
問題は、カギがどこに行ってしまったかだけ。
カギの準備にひと月ぐらいかかったので、今日、やっと作業が済んだ。
ところが、数日前に、謎は謎を産んでいた。
管理人さんが、訪ねてきたのだ。カギを持って。
なんでも、住人の1人が、「覚えのないカギがバッグにに入っていた」と言って持って来てくれたのだそうだ。
開けてみたら、確かにうちのカギだ。
なぜ、よその人のバッグに?
管理人さんとも大内くんとも話をしたが、結論としては、私がその日、気づかないうちに誰かとすれ違っていた、そして、カギが偶然、私の手から落ちてその人のバッグに入った、ということしか考えられない。
不思議だし、そんな覚えもないのだが、それ以外に可能性がない。
「バッグに入っていた」という話そのものを疑うなら別だが。
とにかく、カギはもう交換を頼んで作ってもらっている途中で、キャンセルはできないし、出てきたカギが誰にもコピーを取られていない保証もないので、玄関カギの交換は実施した。
当日やってきたカギ屋さんは、その話を聞いて、
「不思議ですねぇ!でも、やっぱり交換するのが一番ですよ!」と言いながら、15分ぐらいで作業を終えた。
私は今朝、家族全員のカギを徴収し、まとめて持っていたので、
「古いカギは、どう処分するのが一番安全ですか?」と聞いたら、
「目の前で、折りますよ。それが一番確実です」と言って、大きなスパナ2つを器用に操って、合鍵まで含めた4本のカギを、ポキポキと折って見せてくれた。
うーん、プロってのは、すごいもんだなぁ。
こうして終わったカギ騒動、4万円ほどの費用は惜しかったが、生涯にわたって私の脳裏に「あの時のあれは、何だったのだろう?」と保管されるエピソードのひとつとなった。
新しいカギと鍵穴は、そろってピカピカしてる。
家計簿的には、これも「10年目シンドローム」のひとつにカウントされることになるだろう。
世の中には、不思議なこともあるもんだ。
15年7月11日
息子は、大内くんのお母さん(つまりおばあちゃん)から、
「たまには遊びにいらっしゃいよ」と誘われ、にわかに敬老精神が燃え上がったらしく、
「明日はおばあちゃんちに行くから!」と言うのはいいけど、まずはカノジョんちにお泊まり。
起こす手間がいらなくてこっちは大助かりなのだが、前回の実家訪問でも、
「昨夜はカノジョのアパートに泊まって、そこから直接来ました」って言って、昔気質のおばあちゃんをびっくりさせていたんだよね。
おばあちゃんち訪問とカノジョんとこへの外泊は、何か関連性があるのか?
午後4時頃、大内くんがお母さんにお礼の電話を入れると、どうやらステーキをご馳走になって、フルーツやナッツ、アイス等でもてなされ、おみやげに赤ワイン までもらっているらしい。もちろんおこづかいも。
早く帰ってこないと、それらの「ブツ」がちゃんと家に届くかわからない。
お義母さんは楽しかったようだ。
お義父さんは、ほとんど話に出てこなかったなぁ。
大内くんの家系は、「丈夫で長生き」らしい。
私の方は、母方も父方も短命な、「がん」の家系であるというのに。
何しろ、26年前に結婚してからこっち、大内家の葬式に呼ばれたことが1度もないもんなぁ。
こっちは両親の葬式を始め、何度か喪服で出かけているんだが。
「だから、僕はキミを看取ってから、支えを失ったように腑抜けてしまって、お葬式の始末とかしたと思ったら、あとを追うようにして亡くなるんだよ。人から、『仲の良いご夫婦だったからねぇ』って言われるんだよ」と、彼は自信に満ちている。
私としても、大内くんの葬式を仕切るのはイヤなので、その方向でお願いしたい。
もしがんになって余命宣告をされたら、盛大な「生前葬」を自分で主催したいものだ。
15年7月13日
2週間の通勤の行き帰りと、2度の週末を投入して、大内くんはついに「鋼の錬金術師」全27巻を読み切った!
「すごく面白いマンガだった。ファンタジーだけど、『等価交換』とかのお約束事がよくできていたし、『努力、友情、勝利』だった。今でも、こんな
に立派なマンガが描き継がれてるんだなぁ・・・」と半ば、放心状態。
まあ、何であろうと27巻も読めば放心状態だよ。
冷酷無比な私は、休む間も与えず、「今度、これ読んで!」とまだ完結してないよしながふみの「大奥」12巻を積み上げる。
いや、だってさぁ、これだって、いいマンガなんだよ。
私の気持ちがこんなにそっちへ向かってるのに、同居人があさっての方向いてちゃ、困るじゃないか。
幸い、すぐに読めたようで、
「男女逆転、っていう発想が面白いね。それに、確かに息を呑むような場面がある。神が降りて来てるかも」とのこと。
「源内・青沼編」が好きな私はそのへんばっかり読み返してるんだが、青沼が「ありがとう」の言葉を胸に秘めて逝ったこと、源内が、「あたしゃ、お金より地位より、人にありがとう、って言われるのが大好きさ!」と握手して去るところ、のちの黒木が、失敗した隠密に「かたじけない。とにかく休んでください」と言った言葉が相手の胸を打ち、
「隠密の身には生涯聞くことのできぬ言葉をかけてくださった。あの気持ちに報いたい」と使命を全うするところとか、もう、いい話のてんこ盛り。タ
オルなしには読めません。
「大奥」って、底流を流れるテーマは、「感謝」だと思うよ。
みんな、「かの者に報いたい」って言って頑張ってるじゃん。
青沼さんと源内さんの握手のシーンは、何度見てもいいなぁ。
大内くんは、若干違うところに感心したようで、
「10代家斉を男将軍にしたのはうまかったね。子供55人は、女公方には無理だもんねぇ」と笑っていた。
「でもさ」とにわかに関心を持ったら、疑問が出てきたようだ。
「もともと、赤面疱瘡で男子が少なくなって始まった話でしょ?男が死ななくなって、男女が同数いる世の中になりつつあるから、もう、その話は終わりなんじゃないの?まさか、この話で幕末と明治維新やるの?」
うーん、確かに、本来の大筋と外れて来てる感があるなぁ。
でも、黒船来ちゃったし、よしながふみだから、絶対面白くしてくれるよ。
そしたらまた、一緒に読もう!
15年7月15日
作画・小畑健、原作・大場つぐみの「バクマン。」全20巻を読んだ。
1回目はちょっと絵に感情移入できなかったので「ダメかも」と思ったのだが、ラストへの盛り上がりがすごく、即座にもう1度読んだ。
今度は本当に面白かった。
15〜20歳ぐらいの子たちが人気漫画家になる、っていうのはあまりに無理な設定だろう、と思ったのに、気がついてみると、「想像力も創造力もない50代の自分」に直面しており、ちょっとずぶずぶ落ち込む。
若い頃は何かで一発当てよう(それが何かはわかってないのが、若い頃の怖いとこ)と思ってばかりいたのだが、こないだ、私のiPadを貸しても らった息子は、20年続けてるホームページの育児日記(もう育児でもないですね。はい、そのとおりです)を発見して一部、読んでみたらしい。やや 驚いたふうで大内くんに、
「オレの子供時代のことが書いてあるんだよ。自分が題材だからってわけじゃなくて、おふくろ、文章、めちゃくちゃうまいじゃん。こないだ読んだ俵万智の子育てエッセイによく似てて、レベル高かった。ひいき目でなく、スゴイと思ったよ。あの人には、何か、書いてもらいたいな」
と語っていたそうだ。
小学校に上がる頃のを読んだらしいが、過去のものはともかく、現在の大学生活が我々の知る範囲に応じて赤裸々に語られちゃってるのを見られたら、 グーパンチで殴られそうなので、さっそく封印しといた。
でも、ほめられたこと自体はすごく嬉しかった。
読んでくれている人たちと交流したいと思ったこともあるが、掲示板が荒らされて無茶苦茶なことになってるし、それを直す技術が私になく、直している時間が、大内くんにない。とうぶんあのままだ。
まあ、そのように、息子にほめてもらえたのは嬉しかったけど、「バクマン。」が面白かったのは、私には絶対思いつかないようなアイディアを次々出してマンガを描いていく主人公2人のおかげだ。(まあ、つまり、原作者さんのおかげ)
息子ですら、お笑いのコンテストに出たり、自分たちで合同ライブを行ったりしてる。
「想像力と創造力」のある若者たちには完敗だ。
「バクマン。」は少し古いのかもしれないが、やはりイマイマのマンガを読むと感動するというか、この世界に、自分はまだ連結されていることを感じる。
「鋼の錬金術師」を読み終わった大内くんも、
「ナルト、ワンピース、るろうに剣心など、読んでおいた方がいいものがたくさんあることがわかった。マンガが好きな者として、もっと頑張って読まねば!と思ったよ」と語っていた。
私も、せっかくヒマが売るほどあるのだから、昼寝ばっかりしてないで、もうちょっと本腰入れて読もう。
実家にある数冊の「サザエさん」をむさぼるように何度も読むしかなかった我々世代と違って、小学生のうちからマンガで鍛えてる人たちに、追いつきたい。
今度、息子と話す日のために、「ワンピース」読まなくちゃ。
こっちは、「宿命のある一族、って面白いよね」と言う彼に、柴田昌弘の「クラダルマ」を薦めたい。
ちょっと違うが、平野仁の「少年の町ZF」も好きな長編なので読んでもらいたい。かなり古いけど。
そもそも、「バクマン。」読んでないそうなので、そこから読んでもらわねば。
「7月の試験期間が終わったら、じゃんじゃんおススメ本出すよ!」と宣言しておいたが、さて、マンガとはいえ、そんなに読めるかな?
私はとりあえず同じ「小畑×大塲」の「DEATH NOTE」を読み返して、それから未読の「銀魂」とか「黒執事」にチャレンジしたい。
本当に、マンガは素晴らしい!
15年7月17日
萩尾望都の「ポーの一族」で、「ぱあになっちまった子供」が、「赤ん坊に戻っちまった子供」に書き換えられていた。
「巨人の星」を読んだ時も、「おしになった」が「口をきかなくなった」に変わっており、ご苦労なことに、「梶原一騎のせりふを勝手にいじっていいいのか、編集部!」と書き添えられていた。
差別語にはキビシイ昨今なのだ。
何かというと「何々に不自由な人」とか言ってるし。
あれって、要するに言葉に「良くない意味がついた時」に変えちゃうんだよね。
「らい病」を「ハンセン氏病」に言い換えるとか、良かったんじゃないかなぁ、と思うことも多い。
唯生に見せてもらった世界でも、もう「知恵遅れの子供」とは言わない。「精神発達遅滞」だ。
こればっかりは、言葉を変えたって現実は変えられないのに、という気持ちが先に立つよ。
「痴呆症」も「認知症」になったし、「精神分裂病」は「統合失調症」になった。
こういう例は、数えきれないよね。
差別用語が悪いんじゃなくて、差別する人の心が悪いんだ。
でも、偏見を抜きに生きていくのは難しいね。
15年7月18日
三連休なので、久々に大内くんとゆっくりテレビを観た。
連ドラを観始めるほどの気力はなかったので、録り貯めてあったBSの時代劇を少し片づけようと思う。
「斬九郎」とか「雲霧仁左衛門」とか、いっぱいあるよ。
とりあえず王道を行こう、という感じで、「鬼平犯科帳」。
ところが、多いんだ、これが。
一番なじみのある「中村吉右衛門」以外にも、「萬屋錦之介」とか「丹波哲郎」とか。
先代の吉右衛門もやっていたとは知らなかった。
1980年の「萬屋錦之介」を観てみようか。
暗い。
中村吉右衛門の底の抜けたようなほがらかさに比べて、全体の色調やトーンが暗い。
「鬼平」のメイクも、目のまわり全体を薄黒く隅取ったような。
「恐い」が勝った「鬼平」だ。
「荒御霊」が強く、「和御霊」があまり感じられない。
部下や、「犬」たちとの交流も、やや人間味が薄い気がする。
これを3本ばかり観たら、すっかりくたびれてしまった。
大内くんは、
「テレビドラマは80年代に入ると明るくなるんだけど、これは、70年代の暗さを引きずったままということだろうね。『北の国から』なんかも、
80年の始めの方は暗かったよ」と語る。
私は、テレビ番組で時代を語るほどドラマなんか見てないぞ。
せいぜい、「トレンディー・ドラマ」の頃、女性は信じられないほど肩パッドの入った服を着てたなぁ、ぐらいの感想しかない。
今度、中村吉右衛門の鬼平を観よう。
四季を描いたエンディングの、雪の中、白い息を吐きながら屋台の蕎麦を食べてるシーンが好きだ。
「ジプシー・キングス」のストリングス、私にとってはやっぱりあれが一番「鬼平」らしいなぁ。
15年7月19日
久々の3連休、大内くんも家に持ち返った仕事がいちおう片づいたので、たくさん昼寝をした。
起きたら12時。
昨日作ったビシソワーズ飲んで昼ごはんはおしまいにし、また昼寝。
5時に、最近過労でお肌が荒れている大内くんが病院に行くのにつきあい、そのあとはめずらしく夕方から吉祥寺に行ってみる。
普段は、料理屋さんの開く11時頃から行ってるんだけど。
メガネ屋さんで、こないだ私が作ってもらった「遠近両用」と「老眼鏡」を受け取る。
両方とも、とてもいい。
特に、遠近両用は、今までのが視力に合わなくなってきて苦労してたので、たいへん嬉しい。
小雨が降る中、ロフトで私の傘を買う。
大内くんは500円ぐらいの安物の「折りたたみ傘」を愛用しており、
「ひとかどのサラリーマンとして、それは恥ずかしい。朝から降っているような日には、ぜひ高い良い傘を使ってほしい」という私の希望は、
「僕って、傘とか、すぐ失くしちゃうんだよね。必ずどこかに忘れて来ちゃう。だから、安いやつしか使いたくない」ともごもご断られた。
私はというと、そもそも「雨の日に外に出なければならない」というシチュエーションがほとんどないひきこもり生活なうえ、「傘がキライで、少々の雨なら濡れて歩く」主義なので、ここ20年ぐらい、傘を買ったことがない。
大昔にガソリンスタンドでもらったテキトーな傘ですませていた。
関係ないけど、大昔って、ガソリンスタンドのチラシ持って行くと傘とかタッパーとかもらえた。
何にもなくても、満タンにするとティッシュ5箱くれたりしたし、灰皿には消臭剤をサービスで入れてくれた。
それでリッター100円とかだったんだから、スゴイよね。どこの世界の話だよ、って感じ。
余談はさておき、その、20年前にもらった傘もそろそろ壊れてきた。
まあ、梅雨時だし、たまには傘ぐらい買ってみようか、と、骨の多い高級そうなやつを買うことにした。
(大内くんの折り畳み傘なんて、骨6本だよ。こういうのは、すぐ壊れる)
本当は12本ぐらいのやつが欲しかったんだけど、気に入ったのがなくて、8本で妥協。3千円ぐらいのを買う。
私は、生まれてこの方、落し物や失くし物がほとんどなく、傘に至っては55年の生涯で1本しか失くしたことがない。
今でも40年以上前に使っていたその傘の模様が忘れられないほどだ。
なので、まあ、今回の傘を死ぬまで使うだろうなー。
バスオイルを3本買い足して(ラベンダー、グレープフルーツ、ゼラニウム)、いつものタイ料理屋、「クルン・サイアム」へ。
夕方6時頃だと混むかな?と思ってたけど、それなりにすいていた。
混むのはこれからかしらん。
たとえ少々の行列ができていても、回転の速い店なので待つつもりだったんだけど。
私はいつもの焼きビーフン「パッ・タイ」、大内くんは野菜炒めとごはん、それから、おいしそうなので「空芯菜の炒め物」を頼む。
どれもおいしかったし、特に「空芯菜」は初めて食べたが、苦みが心地よく、歯ごたえが良い。
でも、私は少し空腹感が残る気がして、つくづく、普段のランチの「スープ、生春巻き付き」ってのはありがたいんだなぁ、と思った。
同じ980円の「パッ・タイ」でも、何かついてくるとおなかいっぱいになれるんだが。
「ブック・オフ」を冷やかしに行ったら、宮部みゆきのまあまあ新しい「過ぎ去りし王国の城」が目に留まった。
1600円の新刊書が、1280円。2割引きということか。
買うつもりはなかったのだが、大内くんがのんびり見て回ってるので、待ってる間迷いに迷って、結局買うことにした。
しくしく。大内くんのせいで、いらん出費が・・・
雨はあがってしまったので、せっかく買った傘を使う機会はほとんどなかった。
途中の公園に置いてきた自転車まで歩いて、帰る。
お風呂に入って、大内くん、また少し発生してしまった仕事。
パソコンでつながってると、便利だけど会社にいるのと変わらんなぁ。
まあいいや、明日もお休みだもんね。
15年7月20日
大内くんが仕事をしている間、昨日買った宮部みゆきの「過ぎ去りし王国の城」を読む。
新刊書を生で読むのは本当に久しぶりだ。
買った本は基本、自炊してから読んでいる。iPadであお向けになって読めるから。
特に、文庫本や通常サイズのコミックスは、見開きで読むとちょうどいい活字の大きさだ。
新刊書になると、iPadをタテにして、片ページずつ読まないと活字が小さすぎる。
そのかわり、「タテにしたとたんに大活字本に早変わり!」という喜びがある。
ただ、この、「見開きで読めない」というところがイヤで、新刊書はあまり買わない。
宮部みゆきや林真理子のように、どうしてもすぐに読みたくて買ってしまうものはあるが、たいていあとから文庫版を買い直して、タブレットでまた読む。
どうやら私は、「本をデータで所有し、何度も読み返す」ことに惑溺しているようだ。
今回は、とても珍しい試みとして、「新刊書を生で読んで、読み終わったらブックオフで売る」ことにする。
その売り上げを取っといて、文庫版が出たらそれでまた買おう。
椅子に座って本を読むことってほとんどないから、くたびれた。
でも、あお向けで本を持って読むのは腕が疲れるし、うつ伏せは五十肩を患って以来、できなくなってる。
なのでスタンドを使ってあお向けで読む、だったんだけど、今回は自炊しない前提で買ったから。
確かに、紙の本はいいよね。装丁が凝ってたりすると、なおさら。
今回も、タイトルページの紙がキレイで、ちょっとうっとり。
読んだら売り払うつもりではあっても、裁断しちゃうよりはやっぱりマシだなぁ。
宮部みゆきは大好きでよく読むんだが、今回、ファンタジーなんだよ。
大内くんは、
「え?宮部みゆきって、ミステリ作家じゃないの?」と驚くが、ミステリ作家はけっこうよくファンタジーを書く。
東野圭吾の「ナミヤ雑貨店の奇蹟」だって、現実には起こり得ない話でしょ?
でも、私はファンタジーはあんまり得意じゃない。
SFの流れの「パーンの竜騎士」ぐらいしか読まない。(指輪も挫折したし。あ、ハリー・ポッターは好きで、全部読んだな)
宮部みゆきも、「ICO」とか「レベル7」とかはほとんど読んでない。
こないだは「英雄の書」を読んで、「やっぱり彼女のファンタジーものとは距離を置いてつきあおう」と思った。
だから、前評判でファンタジーだとわかっていた「過ぎ去りし王国の城」は買うつもりがなかった。
文庫本になって1ブックオフ(我が家の通貨単位。108円)で買えるようになったら、その時読めばいいや、と思っていた。
それが、つい手を出してしまった。しょうがないので、読む。
2時間ほどかけて、読了。ふー、これは、どう読んでもファンタジーだなぁ。
決してキライではないが、やはり、普通のミステリの方が好きかも。
「ソロモンの偽証」なんて、文庫で全6巻もあるのに、5回ぐらい読んでる。
ちょっとだけ例外は「小暮写眞館」で、厳密にはファンタジーなんだが、あまりにその成分がちょっとしか入ってないので、気にならない。大好きな作品だ。
時代物の「ぼんくら」シリーズも、何度読み返してるかわからない。
本の、どこが好きかって、難しいよね。
同じ作者でも、文体が好きとか、キャラクターが好きとか、大筋が好きとか、伏線の張り方が好きとか。時々、用語が好きだったりもするし。
宮部みゆきの、「名もなき毒」や「模倣犯」は大筋が好きだし、「ぼんくら」シリーズなんかだと、キャラクターが好きだね。
「小暮写眞館」は、高校生用語が好きだ。
(一番愛しているキャラは「ソロモンの偽証」の「廷吏ヤマシン」。彼が出てくるから読んでるような気がする)
そもそも、息子からは「簡単すぎてつまらない」とNGが出た、平明な、簡略な、ストレートな文体が大好きなんだ。
若い頃は、「コムツカシイ本」が好きだったし、まわりにも「難しい本を読んでる」と思われたかった。
でもこの歳になると、もう、自分の好きな本を読むのが一番だね。
読み返しも多くなるし。
少しテンポのゆっくりした、地に足がついたものが好きになってきた気がする。そうすると、人は結局、時代小説に移行してしまうのかもしれない。
少なくとも、SFの突拍子のなさにはついて行けなくなった。あんなに好きだったのに。
大内くんは、
「若い頃には考えらなれなかったほど、本が好きだ」と言っている。もともと好きだったくせに。
私はその昔、本と熱烈な恋に落ちていたような気がする。いっときも離れていられないほど。
今、旧友のような愛読書をゆっくり読み返していると、心が落ち着く。
これが、歳をとるということかなぁ。
そうすると、年齢を重ねるほどに、面白い、人の心を奪う小説が書けるようになる作家というものは、本当にすごい。
15年7月22日
息子の人生2回目の、「合同コントライブ」。
前回は去年の年末、お笑いコンテストで親しくなった他大学サークルの有志たち3組で、ありがたいことにうちの最寄駅前にある「芸能劇場」を借りて、2時間たっぷりコントの嵐をみせてくれた。
その時は150席ぐらいだったと思うが、今度は新宿の、50席の小さなライブハウス。
早稲田のサークルの後輩と2組で。
会社帰りの大内くんと現地集合で、観に行った。
時間にゆとりがあり、かつ方向オンチな私は、念のため開場まで2時間も余裕を持たせて家を出て、グーグルマップを頼りにライブハウスにたどり着いたが、やはりと言うか何と言うか、パチンコ屋とキャバクラが立ち並ぶ歌舞伎町の雑踏で完全に道に迷う。
20分ほど歩きまわって、ようやく場所を突き止めた。
要するに、雑居ビルの小さな看板しか目印のない、あまりに小さな小屋なので目に入らず、何度も前を通っていたのだった。
暑くてくたびれて、とりあえず目の前のプリンスホテルのロビーで休憩。
こういう時、ホテルは便利だ。
「看板が小さいので、注意!」と大内くんにメールを入れ、とても目立って目印になるラーメン屋の写真を送っておく。
ライブの案内状に載ってる地図には、近くにマクドナルドがあるって書いてあるんだけど、見当たらなかったので、フロントで聞いたら、
「出てすぐ右にございます」と言われ、行ってみたら実際に、あった。
ここも、何度か前を通り過ぎている。
私の目は、どういう粗い精度なのであろうか。
夕方5時過ぎの4フロアのマックは超混雑していたが、最上階でなんとか空席を見つけ、おやつにポテトとアイスコーヒー。300円。
あらためて大内くんに現況を報告し、本を読んで1時間半ぐらいつぶし、さて、そろそろ開場の時間だ。
開演より30分も早く来ているのは私だけ。
狭い階段の踊り場で待っていたら、じきに大内くんも現れた。
「僕らしかいないじゃない。『大内の親がまたはりきって観に来てた』ってウワサされて、息子が怒るかねぇ」と言っているうちに開場し、中へ入れてもらえた。
もちろん一番乗りなので、小さな舞台の前、最前列。その右手端で、舞台のカーテンの陰になりそう。
「目立たなくて、いいよ。舞台の50センチ真ん前に僕らがいたりしたら、息子はあがっちゃうよ」と大内くん。
こういうライブはだいたい「チケットを取り置いてもらう知り合い」ばかりなので、開演の頃には満席。無料だしね。
皆さんつきあいが良くて、「ガラガラにすいたライブ」と言うものは、まだ見たことがない。
そして始まるコントライブ。
去年の初ライブの時も、
「複数のグループが、自分たちの持ちネタを交互にやる」だけなんだろうと思っていたところ、前衛劇みたいになって行って、しまいに7人のメンバー
が全員舞台に上がっている時間も長かった、という、面白く度肝を抜かれた2時間だった。
あまりに面白かったので、
「もう、こんなものは二度と観られないだろうね」といまだに語り合っており、今回は、さすがに前回ほど面白い、というわけにはいかないだろうと、
と思っていた。
思っていたのだが。
前回のライブが、「終電を逃したサラリーマンたちがひと晩を過ごす」、時間を区切るコントだったのに比べ、今回は、「サラリーマン(これが息子)、小説家、浪人生、ひきこもりの4人が、同じアパートに住んでいる」として空間を区切るというようなテーマだった。
「それぞれ間違えて届いてしまった宅配便を前に困る」というメインテーマを中心に、様々なコントを見せてもらった。
とても面白かった。
小説家が着ている青いタートルネックのセーターは、息子が私に「黒いタートルネック、持ってない?」と聞いて、「あ、青でいいや」と持って行ってしまった物だし、「キムチの作り方」が書いてあるように読み上げてる料理の本もうちの物、とどめに、4人のうち誰かが注文して届いた、という小道具の「金八先生シリーズビデオ 第1シーズン」もうちの棚から持ち出されたものだ。全部、戻って来るだろうか。ハラハラ。
特に「金八先生」は高いんだぞ!
1時間10分ぐらいで終わってしまい、ちょっと呆然としてしまった。もっと観ていたかったなぁ。
「短くて、残念でしたが、とても面白かった」とアンケート用紙に走り書きして、我々以外は100パーセント、大学生しかいない集団に混じって、大
内くんと外へ出る。
「面白かったねぇ。2回目もここまでできるとは。こうなったら、3回目をやってもらうしかないね」と言いながら、新宿に来たらこれ、というサムラートのカレーを食べて、家に帰った。
息子は、我々が寝てしまった深夜になってやっと帰ってきたようだ。打ち上げかねぇ。
どうしてこんなにお笑いが好きになってしまったのだろう?という疑問はあいかわらずだが、仲間たちとの交流を含めて、とても充実した、楽しい大学生活を送っているのは確かだ。
それさえできてくれれば、他はみんな何とかなる。
面白かったよ。ありがとう。
15年7月24日
ここ数年、家の近くに「墓地」を買おう、と考えていた。
大内くんの実家のお墓はけっこう立派な「本家の墓」らしく、お義父さんたちまでは何とか入れてもらうという話になっているらしい。
だが、我々夫婦まで入る筋合いではないし、第一、そんなとこ入りたくない、という点で大内くんと私は完全に意見が一致している。
なので、お義父さんたちから、
「あなたたちも入りなさい」と言われる前に、「今住んでる家の近くに勝手に小さなお墓を買ってしまえば、断れるだろう」と思ったのだ。
それにまあ、家も車も買ってしまったら、あとはお墓ぐらいしか買うものはないんじゃないだろうか。別荘が欲しいなら話は別だが。
何度か、2、3カ所の墓地を見に行ってみた。
狭くて、大きな墓石が並んでいて、「どうも墓地というものは、場所を売る、というよりは石屋のギルドが商売をしているのではあるまいか」と思
うようになっていた。
いったんは、もう来週買ってしまおうか、というところまで来ていたんだが、なんとなく気が進まなくなって、唯生の具合が悪かったことも手伝って、
ここ1年ぐらいは、セールスの電話にも、
「身内に病人が出たので、ちょっとお墓を買う気になれない」と言って保留にしておいてもらった。
さすがに、「そういう時こそ、買い時です!」とまでは言われずにすんでいた。
ところが、ここにいたって、突如として、墓地購入をやめる方向に考えが転換し、「散骨」をしたいと思うようになる。
息子に、「お墓参り」という苦行を課してしまうのも何だし、そもそも、夫婦でお互いに「相手の墓に詣でたい」とは思っていないことに気づいたのだ。
「千の風に、千のか〜ぜにな〜って いつもあなたのそばを 吹き渡っていま〜す」でいいような気がしてきた。
「ねえ、もう、お墓買うの、やめようよ。出窓に写真立て置いて、お花飾っておけばいいじゃん。散骨しよ」と言ったら、大内くんは、お墓は買いたくないものの、「散骨の合法性」についてはたいへん懐疑的なようだった。
「勝手に海や山にまいちゃって、いいの?」と疑り深そうに聞くので、ググる。
結論として、勝手にやってかまわないし、これがすでにけっこうなビジネスになっていて、「東京湾60分散骨クルーズ」などというものが出てきていることがわかった。
「そうか、いいのか。じゃあ、やめよう。150万払ってお墓買うより、10万のクルーズでいいや」と言われ、私は、
「あと、人造ダイヤお願い」。
ここ数年、「遺骨から人造ダイヤを作り、指輪やペンダントにして、身につけるとよろしいですよ」という広告を時々見るのだ。
これは50万円ぐらいかかるんだが、いつも身につけていられたら、その方がありがたみがある。
「僕も、ペンダントとかつけるの?」と聞かれ、
「指輪に遺灰が入ってるのとかあるから、結婚指輪の代わりにはめといて。それがイヤなら、クリスタルの写真立てに人造ダイヤ埋め込んだの作ってくれるらしいから、私が先に死んだら、あなたはそれ買って家に飾っておいて」と頼む。
これで全部解決だ!
「あとは、僕の親より先に死なないことだね。万が一、僕が先に死んだりしたら、お骨持って行かれて、勝手に本家の墓に入れられちゃうかも」と大内くんはビビっている。
中学から一緒の友達が10年ぐらい前に亡くなった時、「本人の遺言」どおりに散骨したら、奥さんが、お姑さんから激怒されたらしいのだ。
母親同士のつきあいが続いていたため、その情報はこっちのお義母さんを通して聞こえる、というより「鳴り響いて」おり、大内くんは自分のお母さんから、
「勝手に散骨なんかしちゃって、拝むところもないじゃない!」とまくしたてられ、
「でも、本人の希望で、奥さんもそれでいいなら」と控えめに答えたところ、
「子供もいないんだし、奥さんなんか、いくらでも再婚すればいいでしょ!一番悲しいのは、親なのよ!」と撃破されていた。
もちろんこれは我々の「家族の基本は、夫婦」という考えと「1回転足して540度ちがう」発想なので、基本、大内くん同様、ビビる。
大内くんの葬式で、ひたすら泣いている私は、お義母さんから、
「あなたがちゃんと見ていてあげないから、かわいそうに、こんなに若いのに死んじゃって!どうしてくれるの?!」と怒鳴られたあげく、何を考える
ヒマもなく、遺骨を奪われてしまうに違いない。
「ご近所スキャンダル」というような低俗なレディースコミックを愛読している私は、現実生活ではまったく嫁姑問題は起こっていないにもかかわらず、けっこうこの手の妄想をしちゃうのだ。
お墓屋さんのセールスの電話は、
「あ、今までもめてたんですけど、本家のお墓に入れてもらえることになったんですよ!」で、即、解決。
向こうさんも、
「それは良かったですねぇ!」と言ってあきらめるしかない、無敵の言い訳のようだ。
こうして、「お墓問題」は若干の不安を残しつつ、我々的には完結。
お友達の皆さんも、もし我々が死んだら、家にお参りに来てくださいね〜。
来てくれなくても、「千の風になって」、勝手にいつもご一緒しますよ。
15年7月25日
今日は「土用の丑の日」。
鰻を食べると健康に良いらしい。
江戸時代に平賀源内が「コピーライターのハシリ」として考え出した、「夏場にさっぱり売れない鰻」の救済策。ホントかね?
それを信じているのかいないのか、息子は友人たちと鰻を食べに行ったらしい。
友人の1人がツィッターに流しているのを発見。
息子が、嬉しそうな顔して「うな重」を食べている。
我々だってもう何年も食べてないのに。
どうやら誰かがパチンコで儲けたので、「好きなもん食おうぜ」と、豪遊したようだ。
息子にはパチ禁止令を出しているが、そんなもん、聞くわけがない。
なので、「儲けた誰か」は息子かもしれない。
何にせよ、3人で1万8千円使うというのは、大学生としてはいかがなものか。
いったん外に出してしまうと何をしでかすかわからないよ。
大内くんと買い物をしている時に、
「鰻は高くなったねぇ。昔は3串680円ぐらいで買ってた。安いものなのでよく買っては冷凍しておいたもんだけど、最近じゃ、1980円出しても、貧弱な長焼きが1枚買えるだけ。もともと高いもので、安かった時期が異常だったんだから、あきらめて、どうしても食べたくなったら鰻屋に行こう」と話していた矢先の出来事だったので、何だかとても腹立たしい。
なぜ鰻が高くなったか、ないしはなぜ一時安かったのか、私たちは知らない。
安い中国産が出回っていたのが、市場に出なくなったのか。
中国が強気になったのか、国産品オンリーになったのか。
どっちにしろ、オトナが食べられないのに大学生が食うな!と思う。
せめて、バイトして食べてくれ。
パチの結果がたまたま良かっただけで、1人6千円!
よしながふみが描いてた鰻屋の「白焼き」が食べたいなぁ。
「わさびのっけて土佐醤油につけると、うひゃ〜、脂が浮く浮く」というセリフで、もう、食べたくてたまらなくなってしまう。
我々の贅沢は「うな丼」どまりで、白焼きなんて食べたことないんだ。
息子は、食べたのかなぁ?
あちこちよく出張に出かける友人が言うには、静岡のあたりの新幹線の駅では「鰻の白焼き弁当」が売られており、運よく買えた時には、車内で、弁当について来る小さな「わさびおろし」でこれまたごろんとついてくるわさびをおろし、白焼きにつけて食べるんだそうだ。
ますます食べたくなってきた。
ちょっとしか関係ありませんが、よしながふみの「大奥」に出てくる平賀源内は、たいへんチャーミングなキャラクターです。
「源内・青沼編」だけ、何十回も読み返しています。
「うな丼」が世に広まったのも源内のおかげ、となっていて、「この人ならそのぐらいやるだろうなぁ、うんうん」と思ってしまうと、もう虚構にとらわれているのです。ふふふ。
15年7月26日
4週間前。
週末に買い出しに行く、近所の優秀な八百屋で、たいそう立派な「大玉スイカ」を売っていた。
値段が、驚くなかれ、千円ぽっきり。(税別ですが)
普通、大きな4分のひと切れぐらいを580円で売っている、というのが相場なので、驚きながら買ってしまう。
これが、おいしかった。
「す」が入ってるでもなく、水気がたっぷり。
冷蔵庫のスペースを捻出するのが多少苦労だが、それ以外には非の打ちどころがない。
息子はスイカ食べないので、大内くんと、毎日4分の1を2人で分けて食べた。
四日でおしまいになるのが、少し悲しい。
それから毎週、ずっと千円の大玉を買い続け、今日で5回目。このひと月、スイカばかり食べている。
家計簿上、その1080円は「おやつ代」に計上されていて、毎晩のおやつが1人130円以内、というのは、とても安く感じる。
スイカを食べない日は主に「水ようかん」を食べているが、これが1人分140円ぐらい。
ボリュームを考えると、断然スイカに軍配が上がる。
でも、八百屋のにーちゃんが気になることを言っていた。
「はいっ、スイカ、安くて甘いよ!でも、もうスイカは今日で終わりだよ」
来週でやっと8月に入ったばかりなのに、もうおしまい?
スイカの旬って、そんなに早く終わるもんなの?
にわかには信じられないので、来週も買いに行ってみよう。
どっちみち、大内くんが「ゴーヤー」を買いたがっているし。
彼の得意料理のひとつが「ゴーヤーチャンプルー」で、今週、やっとゴーヤーが満足いく程度に安く、大きくなっていたのだ。
今年初のゴーヤーチャンプルーをいただき、満足。
スイカといい、ゴーヤーといい、夏の八百屋は元気いっぱい。
ナス、トマト、キュウリも安いので、ラタトゥイユが作れるよ。
それにしても、ゴーヤーって、怪獣の人形とかでおなじみの「ソフビ」にそっくり。
見た目も、触ってみたカンジも。
ソフビでゴーヤー作って店頭に並べても、皆さん、気づかずに買っていくと思うなぁ。
15年7月27日
夜、寝ようとしていると、エアコンや食洗機や洗濯機のモーター音のせいか、遠くで小人がラップのコンサートをやっているようなかすかな音楽が聞こえる気がする。
更年期障害の1症状である「耳鳴り」というやつだろうか。
大内くんは、
「僕にも聞こえるような気がするから、きっとモーター音が共鳴してるんだよ。更年期もあるかもだけど」と言う。
いやもう、更年期障害っつーのがこんなにがっつりくるもんだとは知らなかったですよ。
まず、異常に汗をかく。特に顔。
それなのに、手足の先は冷える。
ハンパなく、めまいもするし。
自分で一番驚いているのは、「水風呂に入れなくなったこと」。
私は毎年、遅くとも5月に入る頃には、お風呂を洗ったあとに水を張って、夜中とか日中、少しでも「あったかい」と感じると、その冷たい水風呂に入っていた。
秋が来て涼しくなっても入ってた。
一番激しかったのが、息子が大学入試を受けた年で、大内くんと、
「ま、『水ごりを取ってる』ようなもんだと思って」と話しながら、12月になっても年が明けても大寒の2月が来ても入り続けてた。
結局、その年は1年中途切れずに入ってたわけ。
それが息子の大学合格に何か関係があったかどうかはわからないけれども、それぐらい日常的に入ってた水風呂に、今年はほとんど入ってないんだよね。
こんなに暑い日が続くのに。
自分の体感としては、
「上半身は暑がっているが、下半身、特に足先と、『変形性膝関節炎』の左ひざが入りたがらない」
という感じだ。
そう言えば、今年の初めごろ、1月2月は、湯たんぽのお世話になってたなぁ。
私は足先が火照るタイプで、23歳で大内くんと出会った頃は、真冬でも素足にサンダルだったそうで、大内くんに言わせれば、
「『燃える女』だった。そんなところにも憧れちゃった」のだとか。本人、よく覚えてないが、確かに足先は熱かった。
そんな私が、水風呂に入れなくなってるんだから、ホント、更年期障害は怖い。
必ず終わるものだし、まわりのママ友に聞いても、
「医者に行って薬もらっても、たいして変わらなかった」
「病院で待つだけ時間のムダ」と一蹴する意見が多いので、とりあえず放っといている。
この冬にまだ湯たんぽが必要で、顔からだらだらと汗が止まらないようなら、ちょっと行ってみるかなぁ。
15年7月29日
老眼鏡を新しく作った。パソコンを見たり本を読んだりするのに、まことに具合が良い。
普段は遠近両用メガネを使っていて、本を読む時は外して裸眼で読んでいたんだけれど、それでもつらくなってきて、特にパソコンを打つ時はどうしても老眼鏡が必要な気がしたんだよね。
この道では先達の大内くんも、「パソコン仕事には老眼鏡が欠かせない、実にいいものだ」と強く薦めてくれたもんだから。
要するに弱い近視用レンズを使っているらしく、大内くんほどは近視がひどくない私は、家の中ぐらいだったらこのメガネで暮らせる気がする。
テレビを観たり料理をしたり、ということになるとまた話は別だけど。
というわけで、少し読書力を取り戻したんだが、難しいのは、寝る時。
これまではiPadスタンドを使ってあお向けになって読書していて、いつの間にか眠ってしまえば、部屋の電気も消してあるし一定の時間が経てば iPadは自然に消えるしで、不眠症の私には一番楽な眠り方だった。
本を読むのをやめて、「さあ、寝よう」と考えると、眠れなくなっちゃうから。
でも、老眼鏡をかけて本読んで、自然に入眠してしまうと、メガネかけっぱなし。
寝相が良くてほとんどあお向けで動かないので、大丈夫ではあるんだが、やはり、できればメガネは外して寝たい。
今のところ、スタンドを調整し、iPadを目に近づけて裸眼で読むことでどうにかなっているけど、度が進んで来たら、老眼鏡かけなきゃ読めなくなるんだろうなぁ。
まだ来ない
その日を恐れて、陰鬱な気分になっているのもペシミストの私らしい。
大内くんは、「どうして、困る前から困るのかなぁ。僕だったら困ってから困るけどなぁ」と、いがらしみきおの「ぼのぼの」のお父さんのようなことを言う。
「生き物は、必ず、困るんだよ。そして、困るのは、必ず、終わるんだよ」というあ
のセリフには、ずいぶん慰められてきた。
それでも、あいかわらず「困る前から困る」のは、貧乏性の一種なのかもしれない。
15年7月31日
息子が買ったらしい朝井リョウの「何者」を、彼の留守中に拝借して読み、満を持して帰りを待つ。
夜中に帰ってきて、カレーを食べているところに、 「朝井リョウ、読んだの?」と聞いてみた。
「まだ途中。なんで?」
「いや、母さんも読んでみたから」
「いつ?も、もう、読んだの?!」
(涼しい顔を装って)「2時間あれば1冊ぐらい読めるよ」
(カレーのスプーンを空中で止めて、驚愕の表情で)「はやっ!」
久々に息子からワンポイント取った感がある。彼は、本を読むのがとても遅いのだ。
最近までほとんど読書というものをしないできたので、まだ慣れてないんだと思う。
彼と勝負し、かつ勝利できる、ほとんど唯一のフィールドなので、こういう時は威張っておこう。
ホントは、「昔より時間かかっちゃうなー。3時間近くかかっちゃったかな―。老眼のせいだねー、きっと」と、少しサバ読んでるんだけど、高校時代には毎日5冊読んでいた、というゴールデンな記録を持っているが今や「主婦という名の引きこもりのプー」である身としては、得意な分野は過大に言っておきたい。
それぐらい、リア充の息子には、あらゆる面でかなわないんだもん。
「就活の話だよね」と言ったら、「そうなの?」と聞かれた。まだ、全然始まりのあたりにいるらしい。
あとで大内くんにこっそりと、「ネタバレだったかしらん」と聞いたら、「全編、就活の話なんでしょ?その程度なら、レビューとかにいくらでも書いてあるよ。ネタバレってほどのことじゃないよ」という答え。
ああ、どうして私は息子にこんなに弱く、大内くんにこんなに頼っているのだろうか。
今、いいカンジに読書の波が来ている。
宮部みゆきの「ICO-霧の城-」、バリバリのファンタジーなので無理かも、と思って来たが、うまく助走をつけさえしたら、この難物を読み切れるかもしれない。
たまたま今読み始めた谷山浩子のエッセイ集で時々気持ちをそらしながら、まだからくりのわからない「霧の城」を探索中。
苦手な本は少ないに越したことはないので、何とか読んでしまいたい。
谷山浩子の中でも1、2番に入る名曲「王国」を思わせるような雰囲気に乗って行ければ、なんとかなるかも。
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