16年9月1日

夕方5時になるとどこかにある公共のスピーカーから「赤とんぼ」の曲が流れ、コドモたちが家に帰って行く。
「おわれて見たのはいつの日か」という歌詞があるが、これを、「赤とんぼに追っかけられた」と思ってた人は多かろう。
今、この瞬間にも「ええっ?ちがうの?!」と驚愕している人がいるかもしれない。

あれはね、「負われて」、つまり、おんぶされて、ということなんですよ。
小さかったんでしょうね、夕方になって、遊びくたびれて、誰かにおんぶしてもらって帰ったのでしょう、「おんぶされて赤とんぼを見たなぁ。あれはいくつぐらいの時のことだっけ」と昔日を懐かしむ、そんな歌詞でございます。

このぐらいの時間になると、けっこうあちこちでコドモの泣き声がする。
「まだ遊んでいたいよう」と駄々をこねて、上記のようにさかさかと運ばれてしまう子もいるかもしれないけど、どうも、赤ちゃんとか小さい子には「夕暮れ泣き」というものがあるらしい。

私も唯生が生まれた時は必死に育児書を読み、「夕暮れ泣きの正体は『コリック』という腹痛である」とかいろいろ勉強したが、第2子が生まれる頃には、結論として、
「夕方は、寂しいものなんだ。おまけにお母さんはたいてい夕食のしたくとかで忙しい。赤ん坊としては、人生デビュー早々ではあるが、そのもの悲しさに共感し、つい泣いてしまうのである。つまり、これは情緒の発達であり、腹痛なんかとは関係ないのだ」と思うようになり、適度にあやし、適度に放っといた。
今だとネグレクトで訴えられるか?

知能の発達しなかった唯生と違い、息子が育って行く過程ではいろいろ面白いことがあった。
そのひとつが、「あらたない」。

「あらたない」とは、「あれじゃない」と回らない口で訴えるのが可愛くて、うちの辞書に残った言葉だ。
なにか、自分のしたいことと違う、あの靴じゃなくて別のやつが履きたい、そのカバンは気に入らない、スコップでなくバケツが持ちたい、ステキに大きなダンゴ虫が通ったのに抱き上げられてしまった、とにかく「今起こりつつあること」がすべて気に入らなくて、「あれじゃない」という貧弱な語彙で表そうと必死になっている様子を指す。

子どもが成人してもうずいぶん、そのうちおばあちゃんになっちゃうんじゃないかという年頃の私には、コドモの声は少しもうるさく感じられない。
「えーん、えーん、いあうー、あえじゃあい」という泣き声を聞くと、おそらく「ちがう、あれじゃない」と言っていると推察し、ああ、どこかで、「あらたない」をやってるなぁ。お母さん、どうごまかして連れて帰るかなぁ、と楽しくなっちゃう。

そして、息子がもうじき23歳になろうとしている今でも、妙に不機嫌な時などは、大内くんと、
「ほらほら、『あらたない』になってるよ。もう、泣かないから、面白くないねぇ」と忍び笑いをしている。
個人的な希望としては、息子のコドモの「あらたない」を聞きたいもんだ。

蛇足ながら、類語に「ばれんで」というのがある。
靴を履くのとか、服を着るのに、「自分で」やらないと気がすまない、だが、目の前で明らかに「シャツを履こうとしている」ので仕方なく脱がせてズボンを履かせてやろうと思うと、泣く。
「ばれんでー(自分で、と言いたいのだろうが、我々にはこう聞こえた)、ばれんでー」

「自分でやりたい」と言って泣いているのだろう、と気がつくのに、ずいぶんかかった。
しかも、
「はいはい、じゃあ、自分でやりなさい。ほら、シャツだよ」とこちらが態度を軟化させても時すでに遅く、彼にとって、問題なのは「さっきの時間」なのだ。「今」じゃない。

「さっき、やりたかった。時を巻き戻して、さっきの自分に戻してくれ。すべてをさっきにしてくれ」と、顔を真っ赤にして泣きながら、タイムトラベルを要求する。
それだと、あらゆる恐ろしいタイム・パラドックスを無視できたとしても、泣いてる幼児が2人に増えるだけだと思うので、時間も迫っていることだし、親は無慈悲に「ばれんでー(自分で)」の声を無視して、ちゃちゃっとズボンを履かせシャツを着せ、まだ泣きわめいてるのを自転車に乗っけて保育園に運んでしまうのだ。

親は知らない。
その日の息子の保育園活動が、泣きながらズボンを脱いでしまうところから始まる、ということを。
ああ、カワイイもんだったなぁ。
今の、三白眼で人を見て、
「オレはあんたの人格を変えるつもりはないし、逆にオレの人格を変えられるつもりもないから。そこは割り切って」と冷たく言い放つ生き物になると知っていたら。
こっちこそ、時を戻して「あの日に帰りたい」のであった。

16年9月3日

気が滅入るので、映画でも観て憂さを晴らすか、と相談。
今、この時期に見るなら「シン・ゴジラ」しかあるまい。
「シネコンに行って、2本観ようよ。『君の名は。』も、息子が好きな新海誠監督だから、気になってるんだよ」と言うと、大内くんは喜んで、
「初週動員数が1位なんだよね。今、どんなアニメがそれほど評価が高いのか、僕も知りたいよ。息子を理解する道でもあるし。ぜひ、景気よく2本立てで行こう!」と乗り気になった。

「あまり人が集まるところには行きたくない」という気分も一致したので、「シン・ゴジラ」のMX4Dには多少の未練が残るものの、新宿は避け、買ってからまだあまり乗っていないアクアでのドライブも兼ねて、多摩センターに行くことにした。

いつも映画は「TOHOシネマズ」で観ていたが、「イオンシネマズ」も、コンセプトと言いたたずまいと言い、まったく変わらない雰囲気。
特製のトレイに乗った大きな紙箱のポップコーンとカルピスが、座席の肘掛けにぴったりはまるところまで。
「バター醤油/塩」の2色の味のポップコーンを食べながら、まずは「君の名は。」。

前から3列目ぐらいの席を取っていたのだが、並びに数人しかいなくて、「あまり入ってないのかな?」と後ろを振り向くと、ぎっしり人の波。
皆さん、あまり前の方の列は好きじゃないんだな。
昔と違って段差の激しいシネコンでは前の人の頭が邪魔になることもないし、むしろ、正面からスクリーンを観られるのはやや後ろの方なのだろう。
「シン・ゴジラ」でも同じような現象が見られた。

それぞれ感想はシネマ日記だが、両方とも素晴らしかった。
特に、庵野監督については島本和彦の「アオイホノオ」を鵜呑みにしているので、
「『オタク=変態』と決めつけずに、『オタク=素晴らしい潜在力と集中力という才能に恵まれた特別な人』と思ってほしい」と日頃から思っていた私にとっては、
「ああいう、ヘンな人が、これほどの作品を作り上げたことは、日本オタク界の大きな飛躍だ。もっと頑張ってもらいたい!」と素直に拍手を送れる。
奥さんと「ダブル・アンノ」で、映画界・マンガ界に刺激を与え続けてほしい。

話は前後するが、「君の名は。」を観終った時点で、いったんシネコンを出る。
期待通り、我々の好きそうなショッピング・モールがあるぞぉ。
まずは調べておいた「モス・バーガー」でお昼。
「特別な日だし、2個食べちゃおか!」と言っていたのだが、いざ、できたてのおいしいモスバーガーを食べてみると、
「同じものを2個食べてお腹を満たしてしまうのはもったいない。モスの美味しさはよ〜くわかったから、帰りに『サブウェイ』のサンドイッチを買って帰るのはどう?」と提案すると、大内くんも同じ気持ちだったらしく、とりあえずモスバーガーを出る。
それにしてもモスバーガーには思い出が多い。
阿佐ヶ谷に住んでた頃には、自転車でちょっと走ると行ける距離に店があり、当時、「鶏つくねとごぼうのスープ」を売っていたので、よく2歳の息子を自転車の前に乗せて家族で行ったが、私が風邪をひいた時など、
「ママに、スープかっていくの」と息子と大内くんがお店で食べたついでに見舞いのスープをテイクアウトしてくれたものだ。おいしかったなぁ。

さて、現代の多摩センターに話を戻し、目の前にいきなり大きなGUのお店があったので、大内くんの綿シャツと私のTシャツを衝動買い。
大内くんが自分の服を買うのを承諾するなんて、よっぽど気分が良いんだなぁ。
何を見ても亡くなったばかりの友達を思い出すが、こうして我々が楽しく遊ぶことは、きっと彼の供養につながると信じてる。

シネコンに戻って、「シン・ゴジラ」。
うーん、MX4Dだったら、ここで揺らしたいんだろうな、ここで水をかけたいんだな、と想像してしまう。
ディズニーランドじゃないんだから、映画は画で見せるものなんだから、やっぱりMX4Dにしなくて正解だった、と思った。

映画と食事とショッピングを堪能して、さて、帰ろうか。
『サブウェイのサンドイッチ』を買って帰るか、については、
「そこそこおなかはすいてないし、その気になれば吉祥寺のお店でいつでも食べられるから」と、今日はやめとくことにした。
ダイエット道はキビシイ。

良い1日だった。
休日というのはこういうふうに使いたいものだ。
日頃、同じパタンで生活臭がにじみ過ぎていることを反省した。
お金を使う、という意味ではなく、もっと心に栄養をあげるような生活をしよう。

16年9月4日

ここひと月ほど、いかに余裕がない生活を送ってきたかが、毎週楽しみにしていた大河ドラマ「真田丸」が4話もたまってしまったことからもうかがえる。
お盆休みも取ったというのに。
もちろんオリンピックがあったせいもあるが、そのオリンピックも、充分には楽しめなかったのだ。
大内くんより働いている人ばかりなので口にはしにくいが、大内くんとしては忙しい夏だった。

今日は久方ぶりになにもせず、のんびりと過ごした。
結局、昼寝の時間が長いし、食料品の買い出しにも行かねばならないのだが、それ以外にも、大内くんがため込んでしまった自炊を待つ裁断済みの本の山が、なかなか減らない。
おかげで、「真田丸」を3話しか観られなかった。
今晩、また1話、録画がたまっちゃうなぁ。

友人Oくんの死のショックを、なかなか乗り越えられない。
どうかすると彼のことを考え、ため息をついてしまう。
「こんなことではいけない。人生が有限であることを教えてくれた彼のためにも、有意義で意欲的な人生を送らねば!」と大内くん相手にアジってはみるものの、語尾に勢いがつかないのが、自分でもわかる。

いや、ホント、順調に行ってもあと30年程度しか生きられないんだなぁ。
やりたいことは、今のうちにやっとかないとなぁ。
でも、無趣味だし。
老眼が進んできて、本を読むのが少し苦痛になってきているのを感じる。
本が与えてくれる新しい刺激が、受け入れにくいものになってきていることも。
「認めたくないものだな、自分自身の老いゆえの無力さというものを」とかつぶやかざるを得ない。
まさか、読書を厭う日が来るとは思ったこともなかった。
「老い」とは恐ろしいものだ。
60歳前にそう思うぐらいだから、70歳、80歳と歳を重ねていくと、この思いがもっともっと強くなるわけだ。
本当に恐ろしいのは、こうして気力を奪われて行くことなんだろう。

50歳過ぎてから、さまざまに病を得ている。
Oくんのように即刻命にかかわる、と言うような重病ではないが、普通の人ほどは長生きできないかもしれないし、10年ほどの間には手術を受ける可能性も高い。ひざとか心臓とか大動脈とか眼とか。
複数の通院も、管理すべきさまざまな薬も、ストレスの元になる。
人は、ストレスでは死なないと思うが、死にたくはなるかもしれない。

いや、そんなことは、考えるだけでもOくんに失礼だ。
彼の無念、ご家族の悲しみを思えば、今こうして、大内くんと昼寝できるだけでも本当にありがたいことなのだ。
どうも、「ふさぎの虫」に取りつかれている気がする。

大昔、大内くんのご両親に結婚を猛反対され、家出同然に私のアパートに転がり込んできた大内くんと、病気療養のため休職中だった私が、世界で2人きりのような気分になって煩悶のどん底にいた時、「ジャズ大名」という名作映画を観ていっぺんに憂さが晴れたことがあったのだが、今また、そんな経験ができないだろうか。
「シン・ゴジラ」ですら、この憂鬱を完全に払うことはできなかった。
観ている瞬間は、確かに楽しかったのだが・・・ああ、長持ちする幸福が欲しい。

Oくんのご位牌に、お線香を上げさせていただいたら少しは気持ちが晴れるだろうか。
しきたりを全然知らないのだが、四十九日を過ぎてからの話なのかも。
少なくとも、我々とは比較にならないご遺族の「喪の仕事」をさまたげるようなことがあってはならない。

今、初めて思いついたが、我々なりの「喪の仕事」はどんなものがあり得るだろう?
20年以上に及ぶクラブのメーリング・リストから彼の文章を選び出してまとめてみるとか。
少なくとも、最近の「メッセンジャーでのやり取り」はワードに貼りつける等して保存できる形にしてみたい、と大内くんが言っていた。
今度、まとまった時間ができたら、2人でその作業をしてみるのがいいかもしれない。

いっときは、Oくんのことを思い出してますます悲しくなるだろうけど、いったん、悲しみ切るのが大切なのかも。
彼自身がメーリスに流したあたりさわりのない文章をまとめてネット上のどこかに置いて、クラブのメーリス加入者や、場合によってはご遺族も見られるようにしておくとか。
うん、そういうことを考えていたら少し元気が出てきた。
これが、人々が「希望」という名で呼ぶものなのかも。

16年9月5日

iPod/iPad充電器が壊れたらしい。
本体のランプの点灯具合から充電はできるようなのだが、放電ができない。
機器につないでも、充電パーセンテージは減る一方。
せっかくの可愛い「ダンボーくん」だったのに。

とりあえず、先日スピーカーを買ってファンになったANKERの「13000」を買ってみる。
外出しない私にはまず不要のものなんだが、なぜか焦って買ってしまうのだ。
届いたものを見て、つや消しの黒いボディや全体のデザインが気に入ったらしい大内くんが、
「僕、これ普段に使っていい?あと、これの20000を買おう。2千円は絶対安い!」と興奮して、さらに密林へと分け入る。

届いてみると、これは、ずっしりと重い。普段に携帯する物ではないね。
「旅行の時とかに便利だし、とりあえずフル充電して『非常持ち出し袋』に入れておこう」
3ヶ月に1度ぐらい取り出して、放電・充電をするのを忘れないように。

こうして、結局私の手元に残った充電器はひとつもないので、またしてもANKERの、今度は10000を買う。
軽くて、携帯に便利。
iPad miniを1回フル充電する力があれば、私のiPad Airの役に立ってくれる日もあるだろう。
それに、何より携帯の電源切れが怖いしね。

しかし、何度も言うようだが私はかなりの引きこもりで、通院以外に1人で家から出ることは少ないのだ。
それなのにどんどん充電器を買ってしまう。
アマゾンの「ぽちっと」にどれだけしてやられていることか。

アマゾンが登場して、人々の購買意欲は確実に高まっていると思う。
経済効果はあるのかもしれないが、確実にお金が無くなるのもまた、事実だ。
それがわかっていながら、今日も「ぽちっと」。
何だかくやしい。

16年9月6日

昨日の夜中、吉祥寺のガストにいると思われる息子に「何してる?」とラインしてみた。
「台本」という簡潔なレスがすぐにきた。
12日のコントライブのための台本を、まだ直してるのか。役者さんも大変だ、こりゃ。

ついでに、
「今日はカノジョ来たりしないの?」と聞いてみた。ホントに何も考えずに。
そしたら、「来る」。
え?そういうことはもう少し早く言ってくれないだろうか。
大内くんが仕事で起きてるとは言うものの、もう12時半だよ。

「何時ごろ来るの?」
「そろそろ」
えっ、もう着くのか?と一瞬焦ったが、こちらも息子の行動パタンに慣れてきたので、
「そろそろバスに乗る、って意味?」と聞くと、「そう」。
やっぱりね。
報告意欲が、私に比べてものすごく薄かったり遅かったりするんだよね。
彼の「そろそろ」は、私のそれに比べてとても長い時間をさすことが多い。

というわけで、来ました、カノジョ。
1週間ぶりなので、何だかとても久しぶりな気がすると思い、そう言ったら、おみやげと思しき梨をくれながら、
「富山に行ってたんです」
「あら、何しに?」
「すずきたかしの公演を観に」
(誰のことなのか、はっきり聞えなかったし、聞き返しても理解できる気がしなかったので、適当に)
「ずいぶん遠くまで行く追っかけだねぇ」
「そこに、行かないと観られないんです。そこでしかやらないので」
「ふーん、大変だねぇ。じゃあ、ごゆっくり」

と言って、大内くんが仕事をしている書斎に戻り、「すずきたかし」「富山」で検索してみる。
うわっ、間違ってたけど、「鈴木忠志」という演劇家が出た。
唐十郎らと並んで、「四天王」と呼ばれるほどの人らしい。

不思議だなぁ。
私は小学校から大学までずっと演劇部をやっていて、舞台に立ったこともたくさんあるはずなんだが、「ドラマツルギー」という、意味の分からない単語をひとつ覚えたっきりで、あとは何も演劇のことを知らない。
カノジョは、相当のめり込んだ演劇部員らしい。

「鈴木忠志、って知ってる?」と大内くんの背中に問うと、「知らない」という返事。
「唐十郎とか寺山修司、佐藤信と並んで四天王らしいよ」
「唐十郎と寺山修司は知ってるけど、佐藤信・・・なんとかテントの人だよね」
黒テント、だ。やはり、私よりよく知っている。
私は本当にものを知らんからなぁ。

「頭がいいから、その場で話されてる話題に楽々とついて行ってるように見えるんだよね。人の知識を拝借して、それっぽいことを言う。けなしてるんじゃないよ。本当に頭のいい人にしかできないことだと思うし、実際、話してる時の『もののわかりの良さ』は大したものだからね。会社に7年しか勤めてないのに、僕が仕事の話をすると、『それは、ここが問題なんじゃないの?』と、どストライクがかえってくる。頼りになるよ」
というのが大内くんの私評だが、自分の奥さんをそんなにほめるかね。

それはさておき、カノジョがあんまりものすごいので、
「息子は、何かにかぶれてしまうんじゃないかしらん」と心配すると、大内くんは、
「若者が何かにかぶれなくてどうするの!キミも僕もマンガとかいろんなものにかぶれてここまできたんじゃない。好きな人と一緒にかぶれる、いいことだよ」
「でも、もう就職だし・・・他のことに夢中になってまた留年したり、もう中退するって言い出したら・・・」
「キミらしくもない、当たり前のことを言うねぇ。そう言い出したらその時のことだよ。僕らの息子を信じようよ」
いや、あなたと私の息子だから信用できないんですけど・・・

そんな「信用できない息子」は、ICUで大道具製作があるらしく、
「車を貸してほしい」と頼んできた。
(ICUのカノジョはコントユニットの美術担当だし、ユニットのメンバーに、ICU生が2人いるので、現場になるのは何の不思議もない)
「絶対ぶつけないでよ。安全運転でね。機械式駐車場の使い方わかる?」とうるさくいろいろ言ってカギを渡し、2人が出かけるのを見送る。

その後、病院のハシゴをしていたら、2軒目の、ひざを診てもらってる吉祥寺の整形外科で彼からのラインを受けた。
幸いと言うか何と言うか、混んでいたので、外へ出て通信をする時間がたっぷりあった。

どうやら、「等身大の人間型の抱き枕」(女性版は「綿嫁」、男性版は「綿旦那」、という商品名がついていた)をネットで買ってくれ、という依頼のようだ。7千円ほどのものである。
(我が家では、アマゾン等のネット販売には彼はアクセスできないことになっている)
「代金はあとでみんなから集めて返すから」と言ってくるからには、コントライブで使うんだろうなぁ。
今日持って行った「ペンキ代1万円」もあとで返すと言っていた。
小屋代とか含めて、あんまり返って来たことがなくて、彼の借金に加算されて行くケースが多い。

「男性版が欲しい」とのリクエストだが、アマゾンでは「綿旦那」は売り切れ中で、いつ手に入るかわからない。
楽天では、「綿嫁」しか売っていない。
売り切れであることをのぞけば、どこでも、「綿嫁」の方をよく扱っているようだ。
やはり男性が買うのであろうか。

「今、病院にいるから、家に帰って調べてみる。自分でも調べて、もしあったら、『代金引換』で自分で注文して」
「わかった。ありがとう」
おお、お礼を言われた。最近、いちおう礼儀正しくなったなぁ。

で、診察を受けて、面白い顔の主治医がひざにいつもの注射を打ってくれて、
「痛いだろうけど、頑張ろう。貼り薬も出しておくからね。いいかい?」と独特のセリフで励ましてくれるのを聞いて、薬局で痛み止めのシートを手に入れて、おしまい。
電車で三鷹に戻り、駅前の薬局で1軒目の病院から出た薬を受け取って、薬局前に停めてあった自転車で家まで帰る。
効率の良い、大冒険であった。
家計簿をつけながら、うなぎ登りの医療費にため息をつく。

おっと、いけない、息子からラインが来ていたんだった。
「女の方でいいから、買って」
なるほど、「綿旦那」はあきらめて、「綿嫁」で行くか。
「本当に必要なの?高いよ?」とライン打っていたら、本人が帰ってきた。
「車は?ちゃんと停められた?こすったりぶつけたりしてない?」「ない」で、カギが返ってきた。まあ無事か。

ちょうどいいので、「綿嫁」の画像を見てもらったら、
「案外、胸がでかいな。取れないかな」などとつぶやいていたが、結論は、「買って」。
金曜には届くようだ。さぞかしでかい荷物だろう。
そう言えば、公演のあと、どこに置くんだろう?うち?
「わからん。とりあえずオレんちかもしれない。再演も考えてるし」
うーん、ボイン(死語)の等身大抱き枕。お客さまには見せられない。
「綿旦那」の方ならまだしも私が抱きついて寝てみたい気もするのだが。

そして、夜中である今現在、パソコンを使ってのテレビ会議が行われている模様。
なぜ、リビングで?
そういうヤングで楽しいことは、自分の部屋にこもってやるものじゃないのか?
彼は、家中が自分のテリトリーだと思っている。
突然「X-MEN」が観たくなった私だが、huluにもdTvにも見当たらず、DVDを持っているというのに、リビングで観ることもできない。
しかたない。iPadでhuluの「ダウントン・アビー」を観よう。

16年9月8日

「3日と上げずやってくる」という言い方があるが、息子のカノジョは3日どころか2日でやってくる勢いだ。
昨日も夜中にやってきた。
ちょうどビシソワーズとタンドリーチキンを作った翌日だったので、朝ごはんに出す。
ビシソワーズの塩加減はだんだん完璧に近くなっている、と大内くんが言っていたし、タンドリーチキンはカノジョに非常に評判が良かった。

2日に1回来ちゃうのは、カノジョのせいじゃないんだよね。
息子がシャワーを浴びている間に、カノジョが申し訳なさそうに言うには、
「こんなにしょっちゅうお邪魔して、とは思うんですが、大内さんが、『うちはリベラルなんだ。全然かまわないから、おいでよ』って言ってくれるんです。本当にいいんでしょうか?」。

いや、そこはね、実を言えば、やはり他人が始終出入りしていて平気なほど私は神経が太くないし、彼女自身、常に他人の家族を意識しているわけで、気の毒だと思う。
息子が、勝手すぎるのだ。
気を使い合うカノジョと私の間で、堂々と朝シャワーを浴び、肩に掛けたバスタオルの端でかろうじて股間が隠れているかいないか、というようなオープンな姿で出てきて、リビングの扇風機の前にどっかと座り込んで涼む、その後ろ姿は完全に全裸である。

食事時もパンツ一丁の息子に、カノジョの隣でスープだけご相伴していた私に笑いを含んだ声で、
「テーブルはさんで座ってると、全裸にしか見えませんよね?」とささやくカノジョ。
カノジョも、ヘンだとは思ってるんだなぁ。一緒にヌーディストクラブに入ってるわけじゃ、ないんだなぁ。

こうしてますます家族の評価が下がる中、息子の前期の単位数が出た。
結論は、「卒業までに、落としていい単位は、1単位」。
「1単位!」
もう、チキンレースか何かをしてるとしか思えない。
ギリギリの、首の皮1枚だよ。

本人は、
「全然、大丈夫。再試とかもあるし。予想の範囲内」と、落ち着き払っている。
しかし、発表日の今朝、起きてきた彼に単位の件について聞いたとたんに答えが返ってきた、ということは、彼自身、まったくどうでもいいわけではないようだ。

これで卒業できたら、また彼は伝説を作ってしまうのかもしれない。
「ゼロ単位の1年」とか、「バイトで稼いだ120万円のうち、90万をパチンコにつぎ込んだ」とか、在学中の伝説は多い。
そこに、「1単位ですり抜けた卒業」が加わるのか・・・

16年9月10日

買って半年たったアクア、トヨタで無料の「半年点検」をしてもらうことにした。
点検作業を待つ間、大内くんはiPad mini、私はiPad Airでそれぞれ本やマンガを読んでいたら、担当のにーちゃんがお茶を出してくれつつ保険の勧誘に来て、妙に驚いていた。
「ご夫婦とも、iPadをお使いなんですか!」
「家では息子がRetinaを使ってますよ」
「そのうえ、ご家族様全員がiPhoneをお使いなんですか!」
(トヨタは今、auと仲良くしているらしく、こんな話も出る)

「進んでますね〜」と感心されたのは嬉しかった。
息子の元カノがiPad第2世代をウチから借りて、別れた今も息子によれば「友達として貸している」ので取り返せないこととか、大学に入ってすぐのGWにサークルの人たちとベトナムに行って、第1世代を忘れて来たこととか、話したいことはいっぱいあるのだが、彼には彼のお仕事があるからなぁ。
(でも、大内くんたら、「そういえばiPodも使ってますよ」とさりげなく自慢してた)

私はiPad Airがなければ1日も暮らせない。
持ってる本を全てデータ化してしまったら、「出口」としてのタブレットがないと困るよ。
なので、決して安いものではないのだが、もし新型が出たら迷わず買おうと思ってる。

16年9月12日

数時間前に知らなかったことを、知る。
楽しみにしていた公演が、終わってしまう。
観終って、茫然としている自分が残るだけ。
時間。それは、不可逆。

と言うと、「そんなにすごい内容だったの?」と各方面から聞かれそうな気がするんだが、、実のところ、まことに何なのだが、息子のコントライブは期待していたほどは面白くなかった。
そっち向きに、茫然ね。

期待が高すぎたのかな。
全体の出来は、これまでの4回ほどの「合同ライブ」に比べて良くなかった。
新しいユニットを組んで、第1回のライブだったから、完成度が低かったのかもしれない。
12月にすでに第2回公演の予定を組んでいる。
しかも、初めての昼夜2回公演。その意気や良し。

面白くない、って言っても、私の中で過去の作品の方が強い印象として残っているだけのことで、普通にお笑いとして観れば、それほどひどい出来じゃない。
ただ、やはり親はハードルを高く設定してしまいがちで、
「もっと頑張れないの?」的なことを言ってしまうもの。それだけのことだ。
 
でも、それは彼らがムツカシイことに挑戦し始めているということだと思う。
「このぐらいやっときゃ、客は笑う」というラインは既に会得している人たちなので、そこを超えて来ようとしてるんだろうなぁ。

あと、まったく個人的な問題なんだけど、遺影を持ってテレビ出演、とか、お葬式でゾンビ復活、とか、「死」にまつわるネタが多く、先日、友人を送ったばかりの私は、ちょっとつらかった。
彼らが無神経なのか、「死」を笑いに昇華させるのが難しいのか、どっちでしょう。

音響さんが不慣れなのか、音が切れたり出すとこ間違えたり、けっこうミスだらけだった。
記録映像の撮影もうまく行かず、半分ぐらいしか撮れてなかったという。 (SDカードの容量が全然足りなかった、というのが息子の不満だが、パソコン上で見ると、まだ3分の1ぐらいしか使ってないよ)

やはり、学生お笑いでサークルにいる間は、演者さんはネタ作ることだけに専念できたんだろうなぁ。
今回も、ICUお笑いサークルと早稲田のサークルから何人かスタッフを申し出る人がいてくれたみたいだけど、裏方さんも大事なのね。
自分も演劇部で大道具作ってたくせに、今回初めて知りました。

すでに次回の公演が予定されており、チラシが挟んであった。
12月11日(日)に、今度は下北沢で。
しかも、昼夜2回公演!初めての試みだなぁ。
会場を借りるのは1日単位で、2回やると、より儲かるのかしらん?。

本人は、出来が特に悪かった、と思ってる風はなく、「やり遂げたー!」という充実感がすごかったみたい。
コワイので、面と向かって感想を述べるのは難しく、大内くんはメッセンジャーで送ってたし、私は、今朝、起きてきた彼に「よかったよ」と短く言ったら、「金、取れんのかなぁ」とつぶやいていた。

脚本を書く4人の中の1人は、ツイッターに、
「次回は完全オムニバス形式で行きます!」と書き込んでいる。それは楽しみだ。
息子も、
「今日はありがとうございました。次回はもっとすごいのを見せます!」と、意気があまってはあはあ言ってる感じ。

とりあえず、「より高く跳ぶためには、より低く身をかがめなければならない」という言葉を彼に送りたい。

16年9月13日

コントライブのために息子が車を出す日も多かった。
同乗はしていないが、まあまあ普通にうまくなったんじゃないかな。

6月に買い替えたトヨタのアクア、前のノアよりずぅっと小っちゃいんで、あんまり機材が積めなかったみたいね。
なんとなく罪悪感。

運搬をした結果、折り畳みテーブル4卓、「綿嫁」と呼ばれる謎の「人間型抱き枕」など、「うちにしまっといて」と言われるモノがけっこうある。
前にホームページでプロフィール見た時、「出演」「作・演出・出演」と役割が書いてあるのだが、息子は、「主宰・作・演出・出演」とウルトラスーパーデラックスだったから、大内くんと2人で「主宰、だって。カッコいいね!」と喜んでいたのだが、今回気づいた。
車を出して機材等運んでくれて、おまけに次まで使わない大道具もしまっておいてくれる便利な男…それが主宰だ!

みんな、それぞれのお笑いサークルを引退したので、これまでと違って、部室に大道具預かってもらう、当たり前のようにスタッフが大勢いる、ってわけじゃないんだよね。
この調子で、就職後何年ぐらい舞台を続けて行けるだろう。

そう思うと、何やら胸が痛む。
若者よ、頑張れ。少なくとも親は応援してるぞ。
高校の時の友達も来てくれてたじゃないか。
親はもう、涙で前が見えないぞ!

16年9月14日

今日は大内くん、大阪に1泊の出張。
無理すれば帰れないこともないんだが、1時に東京駅に着いて、それから家に帰って来てもらってもほとんど話もできないし、朝も早くいかなくちゃならないし、時間のロスが甚だしいので、私から頼んで泊まりにしてもらったのだ。
前は、大内くんがいないと不安だったので出張はなるべく断ってもらっていたが、私もずいぶん体調が上向いてきたものだ。

10半ごろ、ライン電話がかかってきた。
この、無料の通話もまた、出張を後押ししているファクターかもしれない。
30分でも1時間でも話していられるのなら、帰ってきているのと大して変わらないものね。
もっとも、日頃睡眠不足の大内くんを少しでも早く寝かせてあげたいので、そんなに長話はしないのだが。

息子は元気に旅行に出かけたよ。
何の照れもなく、「カノジョと旅行行くから、お金貸して」と言ってくるし、バイトは探さないし、運転免許の書き換えだって、多分散々うるさく言って何とか期限内にやってもらわなくては。

出かける前にギュッとハグしてもらった、と言ったら、電話の向こうで大内くんが指をくわえているような雰囲気。
うらやましいでしょ。ふふふ。

今日は1人で寂しいから、「ダウントン・アビー」第4シーズンを観て寝ちゃおう。
あと2話ぐらいで終わっちゃうんだけど、そのあと私はどうしたらいいんだろう?

16年9月15日

戦いすんで世が明けて・・・ともう3日も前のコントライブの余波がまだまだ去らない。
「舞台で使うから」と言われたヘンな人形の「抱き枕」(商品名「綿嫁」。男性版は「綿旦那」)を買わされ、折り畳み机3つを「また使うから、しまっといて」と言ったきり、息子はカノジョと2泊3日の旅行に行ってしまった。
「しまっといて」って、あなたのマンガがあふれてきているこの家の、どこにしまっとけばいいのか?!
あー、やっぱりサークルを卒業するとこういうとこが不便だわぁ。
これまでは部室とかで預かってくれたもんね。

「綿嫁」、私も抱きついて寝てみたが、意外といい。寝るのが楽。
もちろん、コントの中では抱き枕として使うわけではない。
ゾンビにボコボコにされてる人間、の役で出てます。

しかし、みんな「ベルサッサ」という言葉を知っているのだろうか?
少なくとも私がまわりの人に聞いてみたところでは、大昔OLをやっていた人が1人知っていただけで、息子は「知ってるよ」と言うけど、カノジョは知らないと言っていた。
こんなポスター描いておきながら。

「ベルがなったらさっと帰ってしまう」迷惑な人の話を作るんだとばかり思っていたのに、「何かが襲ってくる」と逃げ惑うオープニングから、「踏みつぶされて死んでしまったクラスメートの話」で終わるまで、ベルサッサの説明はほとんどなかった。
きっとみんな、何か、怪獣みたいなものを想像して、で、いつか説明してくれるんだろうな、と思ってずうっと観てて、結局、「私はベルが鳴ったらスムーズに帰りたい人なの」というセリフ以外に説明らしきものはない。
皆さん、欲求不満にならないだろうか。

あと、一緒に見に行った友達が「シン・ゴジラ、こないだ観たけどもういっぺん観たくなった!」と言っていた通り、そこは作ってる皆さんも意識してると思う。
企画が始まった時、まだ映画公開されてなかったのに、こんなに人気出て、その分、牽引してもらって、よかったね。

16年9月17日

曜日の並びが悪いので、今年はほとんど意味のないようなシルバーウィークだけど、いちおう3連休で始まる。嬉しい。

大内くんは睡眠が足りないので、寝る。とにかく寝る。
私は睡眠が足り切っているので、ベッドの頭上のiPadでhuluの「ダウントン・アビー」をひたすら観る。
もう、第4シーズンまで来てしまった。
これ以降は、少なくとも無料では楽しめない。

昼過ぎに起きて買い物に行き、ネットで仕入れた新しいメニューに挑戦してみようと、「ささみとピーマンのマヨネ和え」用のささみを買う。
先週、近くの優秀な八百屋でビニール袋いっぱいのピーマン(15個ぐらい。200円)を買ったので、消費したいのだ。

それは作り置きとして、今夜は大内くん作の「担担麺」。
こないだ息子のカノジョとみんなで中華料理屋に行った時、食べてみて美味しかったから。
大内くんは、料理の本を見て研究したらしく、
「うちにある芝麻醤(チーマージャン)の大瓶ですぐにできる。棒棒鶏を作ろうと思って買ったものが、こんなところで役に立とうとは!」と奮い立って、中華麺を2つ買っていた。
ただ、彼が辛味の元だと思っていたのは豆板醤ではなく、辣油だと知って、軽くショックを受けていたようだが。

息子は旅行中でいないし、簡単に担担麺ができて、夕食はそれきり。
でも、お店のものと遜色ない、実に美味しい担担麺だった。
本当に、大内くんは人生の進路を誤ったのであるまいか。
彼が「ラーメン屋さんになりたい」と言った小学生の時、ご両親が怒らないで丁稚に出してくれていれば・・・

我々も、その愚を犯していないかが今一番の気がかり。
息子の行きたい会社に行くことになっているが、それは本当に息子のためになるのだろうか。
ま、少なくとも「好きな道を行くのを阻んだ」と言って怒られることだけはないはずなのだが。

16年9月18日

お休み2日目。
駅前に行ってパッ・タイとカオソーイを食べる。
いつものように美味しかったが、席を立つ時に大内くんがトイレに行っていていなかったのがいけなかったのか、ふらついて、あやうく隣の卓上をむちゃくちゃにしてしまうところだった。
「すみません」と謝ったら、それよりも「大丈夫ですか?」と心配され、ショルダーバッグの肩掛けベルトが、大内くんの食べたカオソーイの丼にとっぷりとひたっているのを発見した。
幸い、席に潤沢にあった紙おしぼりで拭いて大事なかったが、この頃、どうもふらつきやすい。
なんでも更年期障害のせいにしてほったらかしてあるが、大丈夫なんだろうか、自分。

お勘定をすませ、出口で待っていてくれた大内くんに簡単に事の経緯を報告すると、いつものように過剰に心配していた。
カオソーイまみれのバッグなんか見られなくて、よかった。

車で来ていたので、少し離れたところにあるニトリに行った。
今は息子と一緒に奈良旅行に行っているカノジョだが、帰京して、また泊まりに来ることがあるだろうし、そうなると季節に合った掛布団が足りないのだ。

薄手の布団を1枚とカバーを1枚、それに、2人におそろいの枕カバーを2枚買った。
「これで、旅行のあと別れた、とか言われたら無駄な出費だなぁ」と思ったり、布団まで買って息子のカノジョを家に泊めているのが本当に世間的に許されることかどうか、思いは千々に乱れる。
すべては我々に常識というものが欠如しているせいだ。
こればかりは、なかなか身につかないものだなぁ、と、改めて思う。

こないだ買ったテーブルクロスがとてもよかったので、色違いのものを買おうと思っていたのに、忘れたのは痛恨だった。
どうも、2人とも疲れている。
息子がいないのは寂しいが、
「いればいたでありがたいけど、いないならいないでなんとか暮らせる」との合意に達し、脱力しているせいもあるかも。
とにかく、突拍子もない時間に食事を作らなくてもいいし、いつ寝て、いつ起きても息子が何かに遅刻するという心配がないのだ。
やはり、就職したら出て行ってもらおうかなぁ・・・

16年9月20日

「3泊4日の旅行に行ってくる」と言って出かけて行ったのが9月15日(木)の夜。夜行バスで行くらしい。
ときおり「どうしてるかねぇ」とつぶやきながら彼の不在を楽しんでいたが、18日(日)の夜、
「今日、帰ってくるんだよね?」とラインしたら、「明後日」。
「火曜?」
「そう」
「気をつけてね」
「ほーい」と緊張感のない会話を交わしたが、いったいあの人の日付感覚ってどうなってるんだろう。

その謎が解けたのが今日の朝。
確かに火曜だが、朝の9時に帰ってくるとは思わなかった。つまり、また夜行バスで帰ってきたのか。
奈良に着いたのが金曜朝、出たのが火曜夜、と考えれば、間は3泊4日になる。
つまり、木曜に出て火曜に帰る、という意味では5泊6日のそこそこ長い旅行だが、彼にとって「車内泊」は全然旅行にカウントされていないのだった。

まあ、適度な不在であったので、元気に帰ってきて嬉しい。
ただ、奈良に何しに行ったのか、何を見てきたのか、カノジョ先導型なのか息子の希望なのか、わからないことだらけの旅行だった。おみやげもないし。

今朝家を出て、夜に帰ったように、時間がシームレスに流れ、勝手にくつろぐ彼を見ていると、この人に余計な干渉はやめよう、こっちがくたびれるだけだ、とあらためて考える次第であった。
さて、次にカノジョが泊まりに来るのはいつかな?
布団も買って用意しているよ。
いかん、こういうのがすでに「干渉」だ。

16年9月22日

この頃息子と話す時間があまりなかったので、吉祥寺に一緒に行って昼ごはんを食べて来てくれ、と大内くんに頼む。
私が一緒でもいいんだが、どうも息子は大内くんと2人きりの時が一番舌がほぐれるようだ。男親だから?

4時間ほどして帰ってきた大内くんの報告によると、いつも行くタイ料理屋で、大内くんはカオソーイ、息子はカレーを食べ、これまたいつも行く酒場兼喫茶店でビールを飲み、最後は行きつけの喫茶店でコーヒーを飲んで来たらしい。
見事に普段の行動半径を離れていない。
息子は「お父さん」とじっくり話をして、少しは楽しかっただろうか?

大内くんの報告によれば、彼は、「早く稼ぎたい」のだそうだ。
もうしばらく大学生でいたい、とか腑抜けたことを言われたらどうしよう、と思っていたので、これはありがたい兆候だ。
実際、私も人生で一番楽しかったのは1人暮らしのOLをやっていた7年間で、自分で稼いだお金で銭湯へ行き、帰りにビールを買って帰るのが楽しみだった。
充実してたなぁ。

その7年間に、いささか頼りないボーイフレンドとして出たり入ったりしていた大内くんと結婚し、今現在、これほどの幸せを得ているわけで、自分の男を見る目の良さと運の良さの両方に感謝する日々である。

それはさておき、息子は今現在活動中のコントユニットを続けつつ、ゲーム会社の企画畑で働いて行くことになりそうだ。
大学生活のこと、お笑い活動のことなどをいろいろ話してくれたらしい。
もっとも、今彼の頭を一番占めているのは交際3カ月のカノジョのことではなく、先日講演を終わったばかりのコントユニットの次の公演が12月に予定されているため、その台本や構成でいっぱいになっているらしい。

「なんで今日はオヤジだけなの?」と聞かれて、
「いや、母さんは少し疲れ気味だから」と答えたら、
「オレがヒマな時ならつきあうから、また誘って」と言われ、大内くんは腰が抜けそうにびっくりしたそうだ。
彼は、口先だけ、というか、気分でモノを言うから、あんまり本気には取らない方がいいかも。

でも、彼の私生活についてとかいろいろ聞けたようだ。
何となく嬉しかったのは、
「旅行に行ってる間、家の風呂が恋しくなった」という一文。
朝に晩にシャワーを浴びる彼の、「家」の象徴が風呂場なんだろう。
拡げて考えれば、「家が恋しかった」「両親が恋しかった」と解釈することもできる、良い発言だった。

自らを「頭の回転が速い。いや、それほどすごく速くはないが、まあ、何とかなる程度には」と語る客観性は、私を経由して祖父から受け継いだものだろう。
本当に、72歳で肺がんで亡くなった父がいたら見せてやりたいぐらい、息子は彼の「おじいちゃん」によく似ている。
感情的に淡白なところ、冷静で勝手なところ、人が自分の思い通りにならない時に全く腹を立てず、冷たい目で見捨てて行くだけのところ、自分の能力に自信を持ち、かつ過大視していないところ、女で人生を誤りそうにないところ、等々。
私には母の血も入っていて「感情的に過剰で過大」だが、息子にはそれがない。
良い人生を歩んでもらいたい。
できれば、良いパートナーとともに、良い子孫を残して。
いいDNA持ってんだからさぁ。

16年9月23日

今日は大内くんが泊まりの出張。
彼はあんまり出張に行かないし、しかも土曜にかかるところが珍しい。
私は寂しくてたまらない。

だが、今夜は名古屋にいる高校時代の女友達とライン電話で話をする予定なのがちょっと楽しい。
事前に、
「金曜の夜、9時頃電話してもいい?」
「うーん、金曜はちょっと帰りが遅いのよ。今日(水曜日)か明日じゃダメ?」
「今日明日はちょっとバタバタしてて。金曜夜なら大内くんが出張に行ってるから、ヒマなんだけど」
「わかった。じゃあ、10時に電話して」
というやり取りをラインでして、終わりに、
「それにしても、電話の予約をラインでしておく、ってどういう時代なんだろう。電話って、もっと唐突にかかって来るもんだったよね」と打ったら、
「本当に(笑)」と返事が来て、おしまい。

あとは今夜電話すればいいだけなのだが、実際のところ、電話がかかって来ることってなくなったなぁ。
殆どの電話はケータイにかかってきて、例外はほぼセールス。
そういう意味ではもう固定電話はいらないようなものなのだが、習慣で、つい家に置いてしまうのだ。
近い将来、息子が1人暮らしを始めたら、恐らく固定電話は買わないだろう。

40年近く前に暮らした大学の寮には、電話室(インフォメーションルーム)と、その番をして、誰かに電話がかかって来たら部屋まで呼びに行く、という当番(デューティー)があったもので、公衆電話も置いてあり、夜ともなれば数人がたむろしておしゃべりに興じたり、それぞれの土地の訛りで実家のお母さんと話したりしていた。
そんなインフォメ・ルームもインフォメ・デューティーも、ケータイの普及とともに姿を消した、という話を、2年ほど前に寮が閉鎖・取り壊しになるので同年代の人たちとぞろぞろと現役寮生の暮らしぶりを見せてもらいに行った時に、聞いた。

時代は変わる。
ネットや通常放送以外のテレビ映像を見ようとすると、大きな渦に巻き込まれたような気がして、とても疲弊する。
コドモの頃からケータイに親しみ、50インチのテレビには見向きもせずタブレットで何やら見ている「デジタル・ネイティブ」の息子たちの世の中はどんなだろう。
自分が老人になってきてるのを、そんなところからも痛感する。
とりあえずスマホを使いこなせないとなぁ。

16年9月24日

大内くん、泊まりの出張の続き。
たった1泊だし、国内なので、普通のサラリーマンなら始終経験していることかもしれない。
でも、大内くんには珍しいことなのだ。

昔と違ってケータイという便利なものがあり、ラインや無料通話で連絡ができる。
今回も、向こうから飛行機に乗る時と、帰って来た時に連絡がもらえて、助かった。
最後はバス停までお迎えに行ったし。
もう人通りの少なくなった夜道は少し怖かったけど、バスから降りてくる大内くんを見て、嬉しさがこみ上げてきた。

「おかえり!」と言うと、「ただいま」。
ひと晩でも、不在は寂しい。
だけど、同じ部のHさん、通称「激務の人」は、あまりに有能で英語と中国語に堪能なため、こないだサンパウロに1週間の予定で行った出張では結局1ヶ月帰してもらえなかったし、今は中国に行きっぱなしなのだそうだ。

「なんでHさんはそんなに働くの?」と大内くんに聞いたら、
「僕も彼にそう聞いたんだけど、『私が仕事が好きでやってるんだと思うんですか?普通に、帰りたいですよ!』と憤懣やるかたない表情だったよ」という返事だった。
これでお給料を大内くんの倍もらっているというなら結構な話だと思えるかもしれないが、サラリーマンの悲しさ、有能な社員にも、凡庸な社員と同じような給料しか支払われない。
ヘッドハンティングとか、されちゃわないんだろうか。

16年9月26日

大内くんと、仕事上でおつきあいのある弁護士さんがいる。
日本でもトップクラスの弁護士事務所でパートナーを務める、優秀な人だ。
大内くんより16歳ほど若いだろうか。

その、奥様がいる。以前からちょくちょく名前を出させていただいてる、ミセスAだ。
ダンナさんは大内くんと同じ大学の卒業だが、奥様は私と同じ。
卒業年度を示す「ID」がちょうど私より20年下だ。
なぜか私のHPにとても興味を示してくれて、愛読のうえ、
「1度、大内ご夫妻にお目にかかりたい」とダンナさんにせがんでくださったのが去年の話。

驚くなかれ、ミセスAは妊娠8ヶ月で、4人目のお子さんであった。
身軽なこちらから会いに行かなければならないのに、わざわざ来ていただいてしまった。
吉祥寺のタイ料理屋(HPによく出て来るので、来てみたかったそうだ)で一緒にごはんを食べた。

マンガや仕事の話で大いに盛り上がり、
「ぜひまたお会いしましょう!今度はうちで!」と言ってくださるのは、これまた驚いたことに、武蔵小山に一戸建てを立てている最中だったのだ。
6人家族ともなれば、一戸建てじゃないと暮らせないかもしれないが、ゴージャスな話。

そして年が明け、無事に3男くん(男児3人、女児1人、の末っ子ということになる)が生まれ、3ヶ月ほどで落ち着いたので、遊びに行かせていただいた。
自分の子育てを思い出したり、大変お行儀の良いお子さんたちに驚いたり、とても楽しい時間を過ごした。

その後もメールでやり取りをしていたのだが、ミセスAから、
「ラインでつながりましょう」という提案を受けた。
ラインなら、大内くんやダンナさんを入れてグループも作れるし、お子さんたちの写真を貼ったりしてとても便利なのだそうだ。
さすが、20歳年下。考えることが、若い。

さっそくラインでつながって、カノジョが作って招待してくれたサークル名が「ICU東大インカレ漫画研究会」。
実のところ、私の母校に漫研があるかどうかはさだかではない。
私の頃にはなかったし、ミセスAの頃にもなかったと聞くが、今はあったような気もする。
何にせよ、良いインカレサークルができた。会員4名。(笑)

正直なところ、私は、
「東大生と結婚したかったからわざわざ東大のサークルに入った人。大内くんが東大生でなければ、結婚していなかったはず」と決めつけられたことがあり、怒涛の恋愛至上主義者であることに加え、
「そーなんですぅ。狙っちゃいました。てへぺろ」と言うには自分自身そこそこの大学を出ていると自負しているため、この侮辱には本当に我慢がならなかった。
ミセスAはダンナさんと高校の同級生で、その縁で結婚に至ったようなのだが、もちろん一緒に憤慨してくれて、2人で「いやですよね!」と叫んで憂さ晴らしをした。
この気持ちをわかってくれただけで、とても感謝している。

それもさることながら、ミセスAから受けた最大の恩恵は、野田サトルの「ゴールデンカムイ」を教えてもらったこと。
隠し金探し、民俗学、猟奇、グルメ、ホモまで入った「てんこ盛り」の名作である。
現在8巻まで刊行。続きが待たれる。
大内くんも読んで、
「凄いマンガだ。今でも、こんなマンガが描かれているのか!」と大感動していた。

今は、終了したので安心して一気読みできる浦沢直樹の「BILLY BAT」全20巻を読み、追いついてくる大内くんをゆっくり待ちながら流れで「PLUTO」と「20世紀少年」を読み返している私。
ミセスAも、
「『BILLY BAT』、完結したのですか!読まねば!」という反応で、インカレ漫研の活動は大変盛ん。
8ヶ月の第4子くんが立ち上がっている写真等を交えて、楽しくやり取りをしている。
ラインは便利だ。
良い時代に生まれた第4子くんを、この世界に心から歓迎する。

16年9月27日

土曜に出張していたため、大内くんが代休を取ってくれて、のんびり。
しかし、午前中は半分修羅場だった。
まず、起きたら息子から連絡があったとおり夜中にやって来たらしいサークルの同期男女各1名がリビングに適当に敷いた布団で爆睡しており、息子本人はちゃっかり自分のベッドでやはり爆睡。

そんな彼らは置いておいて、朝一番に私の通院につきあってもらい、心臓の具合が万全でない話を聞いて少し落ち込み、レンタルビデオを返しに行き、銀行で払い込みをし、八百屋で野菜を買い、スーパーで主に息子が消費する牛乳等を買い込む。
返すはずのビデオを持って出るのを忘れたため、いっぺん家に帰ったり、無駄もあったが、車でさくさくと回って用事を片づける。

昼過ぎに家に帰ってみたら、サークル男女は起きてソファに座っており、息子だけががーがー寝てる。
親の特権で叩き起こし、彼がシャワーを浴びるのを待って、全員が何らかの用事で帰るそうだ。
待たせてたのか。悪いじゃないか。

実を言うと、この同期女子が、息子の前カノの「女お笑い」の相方であった。
「であった」と書くのは、彼女曰く、
「今日、解散してきました!」だからなのだ。
コンビでよしもとに入っていたので、解散=クビなのだそうで。
ここ数ヶ月、元カノに起こったさまざまなことに、涙ぐまずにはいられない。
本人、しっかり者の不思議ちゃんなので、元気にやって事を祈る。

家に、見慣れないゲーム機が3つ4つ増殖していたので、誰かが遊ぶのに持って来たかと思ったら、同期男子のかずやくんによれば、息子が酔っ払って買いまくったそうだ。
息子に、
「そのお金はどこから!?」と詰問したら、いたってのんびりと、「かずやに借りた」。
同期女子が、「私も5千円ぐらい貸してますよ」と言う。

親にすでに300万も借金してる身の上で、それはないだろう、と泣きそうになったが、大内くんが、
「将来への投資だよ。何しろゲーム会社に入るんだから」と慰めてくれた。
そうあってもらいたいものだ。
ちなみにかずやくんも同じようなベンチャー企業に行くらしく、どこまで続くのか、この腐れ縁は。
また来てほしい。

彼らが帰って、掃除等をし、することがなくなったうえ、おなかがすいてきたので、昼ごはん兼晩ごはんを4時頃食べ、そのあとは8時頃におはぎとお茶でマンガ天国。
大内くんは「BILLY BAT」を読み終え、放心していた。

「いい1日だったねぇ」と言いながら、いつものように12時に寝たら、息子からラインが。
「カノジョ、くる」
そして、夜中には、本当に泊まりに来た。千客万来。繁盛しているハタゴの夫婦。

16年9月28日

先日、私の病院に向かう途中、大内くんは左折禁止箇所での違反で、切符を切られた。
病院の100メートルほど手前でつかまり、予約時間もあるので、ドライバー大内くんにあとはまかせて、私は歩いて先に行った。

すぐに呼ばれていつもの血液検査田と尿検査。
小さな敷地に6階建ての建物で、1階が受付、2階が検査室、3階がCT・レントゲン等の検査室、4階5階は行ったことがないが、6階が診察室になっており、晴れた日には遠くに富士山が望める。

2階で大内くんに「2F」とだけラインを打っておき、採血をしてもらっていたら、看護師さんに、
「今日はご家族の方はいらっしゃらないんですか?」と訊かれた。
いつも土曜日で、大内くんがついてきてくれるので、火曜に1人で現れたのを不審に思ったようだ。

「すぐそこの道路で、左折禁止違反で、おまわりさんに捕まっちゃったんです。あとから来ます」
「あら〜、あそこ、よく取締りしてるのよ。今は、『春の交通安全週間』かしら。おまわりさんが、ずらっと並んで見てますもん」
はい、確かに大勢いました。逃げようがなかったです。
もっとも、大内くんはそんな現場からパトカー振り切って逃げるような根性はないのだが。

やがて現れた大内くん、点数を1点引かれて(これでもう、ゴールド免許とおさらばだ)、6千円の切符をもらったという。
病院後の用事の山に「銀行に振り込みに行く」が加わり、
「罰金を発生させて、自分で振り込みに行く手間を増やしている。まさにマッチポンプというやつだ」と大内くんはダメージ大。
お疲れさま。気を取り直して、本でも読もうよ。ねっ?

16年9月30日

いやな夢をみた。
大内くんと、廊下を隔てた別の部屋で寝ていて、大声で話しかけていたら、返事がなくなった。
「どうしたのかな?」と起きて見に行ったら、あお向けで天井見てる。
「どうしたの?」と聞いてみたら、もう、私のことを好きじゃなくなってしまったんだって。
「飽きた」のだそうだ。
「一緒に暮らす努力はするけど、もう、今までのように好きな気持ちには戻れそうにない」と言われた。

そこでがばっと夢から醒めた。全身に冷や汗をかいていた。
半分泣きながら、隣のベッドの大内くんを揺すぶって、
「いやな夢、みたんだよ」と訴えたら、「そんなことでいちいち起こすな」という態度は一切見せず、
「大丈夫だよ。夢だよ」と慰めてくれた。

好きな人と暮らす、というのは幸せなことだけれども、相手や自分の気持ちが変わってしまったり、他の人を好きになったりしたら、どうすればいいのだろう。

足弱妻と胃弱夫のイタリア旅行記
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