17年7月1日
息子のカノジョが泊まりに来たので、朝、2人がゆっくり起きてくるのを待って近所の中華レストランに行った。
前から約束していた、息子の就職祝いと私の快気祝いだ。
もう夏になってしまい、カノジョの来年の就職も決まったということで、そのお祝いも兼ねた。
11時半にお店を予約した、って言ってるのに息子がいつまでもシャワーを浴びていて時間を過ぎてしまった。
いくら歩いて5分のお店でも、あんまり遅れるわけにはいかないと、大内くんと先に行ってることにした。
「連れの2人はもう少し遅れます」と言って、奥の落ち着いた席に通されて2人で窓の外を見ていたら、5分ほどして息子とカノジョがお店の前を横切って入り口に向かうのが見えた。
出迎えに行こうとしたら、様子で察した店の人が、「大内さまですね?」と言って2人を我々の席に誘導してくれる。
2人と向かい合って座り、メニューの検討。
私は、お粥が食べたいな。あと、前菜に棒棒鶏食べたい。
息子は「麻婆豆腐」。大内くんが、「そんなの、作ってあげるよ。もうちょっと変わったもん食べなよ」と言う。
「空芯菜の炒め物」「ホタテと夏野菜のあんかけ」「じゃがいもと豚バラの炒め物」それは変わっている。
カノジョにも一生懸命すすめたが、特にオーダーはナシ。
嬉しいのは、息子が、
「今日は、オレの給料から払うよ。いいのいいの。払わせて」と言ってくれたこと。
キミのお祝いでもあるのに。どうもごちそうさま。
オーダーをして、息子が、「ビールも飲もうよ。ビン2本でいい?」。
珍しいね。いつもは、あとの予定がある時は飲みたがらないのに。
みんなで、乾杯!
カノジョの就職先は、現在インターンで行ってる会社で、劇団の外国公演時に発生する事務手続き関係をやるらしい。
英語とフランス語が使えるカノジョらしい仕事だ。
「早く辞めなよ」と息子が言うと、「しばらくは勤めますよ〜」。
キミは、自分が今の会社を辞めたいからと言って、人にまでそんな無茶を言うな。
「劇団に入りたい話はどうなったの?1月のオーディションを受けるの?」と大内くんが聞くと、
「いや、特にあそこにはこだわってない。シナリオの学校に行きたいんだよね。松竹とか」。
大「そういうのなら、夜間もあるんじゃないの?そもそも、行きたいって言ってたとこも、週2、3回の夜間なんだよね?」
息子「うん。でも、勤務形態を変えないと、今の会社では夜、そんなに早く帰れないから」
大「変えるわけにはいかないの?」
息子「うーん、まだ、わかんないなぁ。ただ、昨日休んで、夜7時からの舞台観に行ったらすごくリフレッシュしたんだよね。もっと、ああいう時間を持ちたいな」
大「しばらく会社は辞めないの?」
息子「7月に辞めて、2カ月ぐらいアメリカに行ってこようかな。オヤジの従姉のとこを頼って」
大「じゃあ、航空運賃ぐらい貯めなよ」
息子「もう間に合わないよね。給料はたかなきゃ。あ、でも、9月にコントグループのライブやるから、ムリだわ。アメリカ行くの、やめた」
ああ、結局、何にも考えてないのね・・・
でも、全体にとてもいい会話の場だった。
つきあって1年たとうとしているカノジョとの仲は良好らしく、2人の間にはしっとりとした空気がただよっている。
もっとも、カノジョは息子の経済観念には危惧の念を抱いているらしく、そこは我々も同感なので、とりあえずもっと積極的に貯金をするように言っておく。
「大内くんと会ってもう35年ぐらいたつけど、今でも大好きだ」と、どうでもいいうえに、息子の恋人に言うのはどうかと思うようなことばかり言う私に、カノジョは、
「私が生まれてからよりはるかに長い間ですよね。すごいですねぇ・・・」と相槌を打ってくれる。
「外で待ち合わせとかして、『ああ、私の好みにどストライクのカッコいい人がいるなぁ』と思うと、たいていそれは大内くんなんだ」と臆面もなく言うと、コントグループのマネージャー的な仕事をしてくれているカノジョは、
「大内さんのお父さんは、メンバーの間でも『カッコいい』って評判なんですよ!」と熱心に言ってくれた。
そうだろう、そうだろう。いいコだなぁ。
料理を食べ終え、息子の発案でデザートを食べたあと、彼らはそれぞれ用事があるので出かけると言う。
「代金はオレが持つけど、今日は金持ってないから払っておいて。あとで返す」
はいはい、と伝票を持ってレジに行くと、カノジョが息子にいざなわれて店を出ながら「ごちそうさま」と言うので、「それは息子に言って」と言いながらお会計。
デザートを、ランチデザート扱いにしてくれたので1人450円が280円になった。嬉しい。
1万円札で小銭のおつりが返ってきた。
「おいしかったね。楽しかったし」と言いながら、レストランのとなりにある本屋に寄って行こうとドアを押すと、おや、2人がいるじゃないか。
文庫本を物色している息子に「何買うの?」と聞いたら、ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を見せながら、
「これ、『ブレードランナー』」。
やっとそういうもんを読むようになったのは嬉しいが、その講釈は40年遅い。みんな知ってる。知らなかったのはキミだけだ。
私が毎月買っている低俗なレディース雑誌と一緒にディックをお会計して、息子に渡すと、嬉しそうにディパックにしまっていた。
では、我々は帰るよ。
お若い方々には、お疲れさまでした。つきあってくれて、どうもありがとう。
17年7月2日
昨日録画しておいた「ツイン・ピークス Return」を観る。
結婚してしばらくの頃、夢中になって観たデヴィッド・リンチ監督のTVドラマ「ツイン・ピークス」の「25年後の続編」だ。
前作は、DVDボックスを買うほどの入れ込みようだった。
しかし、25年の間に忘れていた。
デヴィッド・リンチはたいへんな猟奇趣味の持ち主だった。
登場人物はフリークスばかり、おどろおどろしい雰囲気の中、奇怪な殺人事件が次々と。
思えば、25年前は唯生が生まれたばかりで、将来障害を持つだろうと宣告されてはいたもののまだ身体の柔らかいただの赤ん坊で、必ず正常に育ててみせる、との意気込みも強かった私たち夫婦。
今の唯生の骨ばって歪んだ身体を見るにつけ、フリークスはつらい。
第1話のみの無料放送なので、WOWOWを契約して続きを観ようかと思っていたが、すっかりやる気をなくしてしまった。
おまけに、7月中にも大内くんが研修のため4日間家を空けるかもしれない。
息子も帰りが遅いのに、誰もいない家で巨人やら死体やらの影におびえるのもイヤだ。
同じ理由で、前作のDVDボックスを観る気にもなれない。
ベッドの端にしゃがみこんでる「キラー・ボブ」の映像がせっかく薄れているのに。
しかし、25年前の登場人物たちがすっかり年くって登場するという楽しみもあり、なかなか無視できない。どうしよう。
とりあえずWOWOWは契約して、「Return」を録画しておいて、大内くんが研修から帰って来てから一緒に観ようかな。
その時には前作も観たい。
カイル・マクラクランの「クーパー捜査官」はかなり寂しい眺めだったけどね。美男子が老けるとヒサンだ。
17年7月3日
FACEBOOKの記事で、驚くべきことを知った。
50年続いた下北沢のパン屋「アンゼリカ」が、この7月いっぱいで、閉店すると言う。
35年前に最初の結婚を解消し、下北のアパートで1人暮らしをしていた時からカレーパンを愛顧してきた「アンゼリカ」。
引っ越して、大内くんと結婚してからも、機会を見つけて下北沢を訪ねてはたくさん買って冷凍庫に入れて楽しんだ。
息子が駒場の都立高校に通っている間は行く機会も多く、大学時代は小さなライブハウスに彼のコントライブを観に行くなど、やはり定期的に通うことができた。
でも、もうなくなっちゃうのかぁ・・・
大内くんは私ほどカレーパンが好きではないと思うが、やはりびっくりしていた。
「じゃあ、今週末にでも、下北沢に行かなくちゃね」
うん、カレーパンを買い占めに行こう。
せっかく下北にいくなら、「a亭」で「ラーチャン」食べたいね。
喫茶店「パルファン」にも寄って、マスターがまだお元気かどうか、見てこよう。
問題は、むちゃくちゃ暑くて私がへばってることだけだ。
17年7月4日
漬物を作ろうと思った。
我が家では「エバラの浅漬けの素」の大瓶を愛用している。
唯生の施設の近所にある、業務用のお店で買うのだ。
ナスときゅうりを切り、ビニール袋に入れて、浅漬けの素を注ぎ、口を結んで深い皿に入れ、冷蔵庫に入れておく。
浅漬けの素をどぼどぼどぼ、と。
ああっ、間違えた!これは、「白だし」じゃないか!瓶の大きさが似ているのだ!
ああっ、おまけにビニール袋に穴が開いてるじゃないか!
貴重な白だしが、どんどん漏れる。
焦りまくって、新しいビニール袋を出し、3分の2ほどの白だしを救済したが、さて、これをどうしよう。
いっぺんナスやきゅうりに触れてしまったこの液体を、瓶に戻すわけにはいかない。
考えたあげく、「漏斗」を使って、500mlのペットボトルに入れておくことにした。
次の料理の時に使おう。
間違えないように、ちゃんと「白だし」と書いておかなくちゃ。
これでまた間違えて、冷蔵庫に入ったペットボトルの白だしを飲んでしまったりしたら、目も当てられない。
アメリカでは独立記念日だというのに、何をやっているのか、私よ。全然関係ないが。
17年7月5日
漬物のお皿を割った。
冷蔵庫のものを出していて、あまりに満杯だったため、漬物の置き場所を探しているうちに手がすべって落としてしまい、冷蔵庫の底(地上1メートルほど)に当たって割れたのだ。
お風呂上がりで裸だったので、破片が当たり、おなかを切ってしまった。
横に7ミリほどの浅い切り傷だが、血がにじんで止まらない。
ティッシュで押さえてなんとか出血は止まった。
大内くんが帰って来てお風呂に入ったので、傷が目に留まって詮索されても、と思い、見つかる前に申告しておいた。
「お皿を割って、おなかを切っちゃった」
驚いた大内くんの答えは、
「どうしておなかなんかケガするの?まさか、割腹自殺を試みた?浮気相手と、ヘンなプレイをした?!」。
んなわけないじゃん!
裸でお皿を取り扱った、ということをひとしきり怒られた。
「お皿を割ったことは全然いいんだよ。毎日使っていれば、割れることもあるよ。でも、裸で台所に入るのは危険だって、いつも言ってるでしょ?」
はい、すみません。
自分でも、衣服の大切さを思い知りました。
そもそも、誰もいない日中のこととは言え、50女が全裸で家の中を歩き回ってちゃいけないよなぁ。反省しよう。
でも、暑いんだよぅ。
寝て、朝、驚いた大内くんの声に驚いた。
「どうしたの?大丈夫?!」
パジャマのおなかの部分に大きく血のシミがついている。
寝ている間に出血したらしい。
「血液をサラサラにする薬、ワーファリンのせいかなぁ」と大内くんは心配そうに、おなかにバンドエイドを貼ってくれた。
私がさらに驚いたのは、洗う力がさほど強くないと思っていた全自動乾燥洗濯機なのに、パジャマを洗ったら血のシミがきれいにとれていたこと。
洗剤の洗浄力がスゴイのか?
17年7月6日
大内くんと4時に起きたら、息子の部屋が閉まっている。
最近はエアコンかけて寝ることもあるので、玄関を見ると、カノジョの靴が。泊まっているらしい。
7時半になっても誰も起きてこないので、ドアをノックすると、息子だけがあわてて出てきた。
「オレ、先に出るから」と言ってシャワーを浴び、嵐のように家を出て行ってしまった。
8時に、大内くんも出かけた。
家にはカノジョと私の2人きり。
起きたら一緒に朝ごはんを食べようかなぁ。
ところが、カノジョは全然起きる様子がない。
待ちくたびれてうとうとし、はっと目を覚ましたのが11時。
あせって玄関を見たところ、まだ靴がある。出かけてはいないようだ。
炊飯器をセットし、寝室に戻って本を読み、しばらくしてごはんが炊けたのでおとといの残りの鶏の照り焼きとお漬物と味噌汁で昼食をすませ、息子の部屋をうかがう。
イビキの激しい息子がいる時と違って、寝息ひとつ聞こえない。
こんなに起きないもんだろうか。
夜中の2時に私が起きた時は、もう扉が閉まっていたから2人とも寝ていたんだと思うが、11時間も眠れる?
まさか、死んでる?
息子が殺害して、何食わぬ顔で会社に行った?
死体の第一発見者って、どこに電話すればいいんだっけ?救急じゃないよね、警察?
1時になって、ついに息子の部屋のドアの向こうに声をかける。
「Mちゃん。1時になったよ」
答えがないので、すわ、死体か?とあせっているところに、眠そうに、でもやはりあせった感じのカノジョの声が。
「あっ、すみません!起きます〜」
ああ、生きてた・・・と胸をなでおろし、「はいは〜い」とだけ言って私も自分の寝室に戻ったが、そのあと30分、再びカノジョは静まり返っていた。二度寝か。
やがてドアが開いて出てきたようなので、リビングに行くと、カノジョが洗面所で歯を磨いていた。
私「こんにちは。何か食べる?」
カノジョ「あっ、こんにちは・・・えーっと・・・」
私「もし、時間があれば。残り物だけど」
カノジョ「はい、じゃあ、いただきます!」
昨日、大内くんがたくさん作ってくれたチキンライスの残りを温め、サラダを作って、麦茶と一緒に食卓に出す。
元気よく昼ごはんを食べるカノジョの前に坐って、いろいろ話をした。
先日も中華料理を食べに行って話したが、今日は2人きりなので、妙に話がはずんでしまった。
「Mちゃん、食べ切れなかったら残してもいいよ」と言うと、
「え?どうしてですか?私、もうすぐ、完食ですよ!」と、小柄なのに健啖なカノジョであった。
驚いたことに、カノジョは「下北のパン屋」という話題を出したら即座に「アンゼリカですか?」と聞きかえして来た。
さすがは演劇少女。下北は縄張りらしい。カレーパンが好きなんだそうだ。
店を閉める、と言ったら、とても驚いていた。
「行かなくちゃ!」
私もまったく同じことを考えているよ。
カレーパン買ってきたら、食べさせてあげよう。
バイトがあるから、と言ってカノジョが帰ったあと、
「あー、またいらんことばっかり言ったなぁ・・・これで、カノジョがあきれて息子のことまでうざったくなったら、息子にどいだけ怒られるだろう・・・あー、失敗したなぁ」といつもの自己嫌悪にどっぷり浸かる。
帰ってきた大内くんにそう訴えたら、
「そんなに長いこと話せてよかったじゃない。カノジョも、もうキミの気性には慣れてるよ。今さら、驚きゃしないよ。2人が長いことつきあってくれるといいねぇ。息子にも、『いいカノジョだから、離すな!』って言いたいねぇ」と、いつものことだが彼は彼で浮かれてる。
息子の恋人で、親はこんなにも盛り上がれるものなのか。
17年7月7日
有名なチーズケーキの店、「BAKE」が、東京駅にもあるらしい。
食べたことはないが、写真で見る「チーズタルト」はいかにも私の好みの色をしている。
大内くんに、買って来てくれるようお願いした。
「どこにあるの?」
「ググって!」
という乱暴なやり取りのあと、大内くんは会社の隣のシマの室長に相談してみたようだ。
隣のシマには、「おいしいおやつを愛する人たち」の団体、「甘部」(あまぶ)が存在するのだ。
はたして、室長は「BAKE」のことを先刻承知だったとのこと。
2人の話を漏れ聞いた「甘部」のメンバーが、
「ええっ、『BAKE』が、丸の内にあるんですか!」と狂喜していたという。
今日の帰るコールの時に、
「昼間のうちに場所は確かめておいた。まかせて」と自信ありげに言っていた大内くんから、5分後にラインが入った。
「行列」
7、8人が並んでいる写真つき。
「そうだろうとも。頑張れ」と返信すると、「おー」との返事の15分後、「10個とともに帰る」。
嬉しいなぁ。
晩ごはんのあと大内くんと1個ずつ食べたチーズタルトは、たいそうおいしかった。
昨日は息子は会社に泊まりで帰ってこなかったけど、今晩は帰るかな。カノジョ、連れて来ないかなぁ。
若い恋人たちにチーズタルトを食べさせてあげたい私であった。
17年7月8日
朝から車を出して近所の優秀な八百屋に行き、山のような野菜とスイカの大きなひと切れを買う。
スーパーに回って牛乳等を買い、週末の食料品買い出しはとりあえず終わり。
これをやっておかないと、ウィークディに自転車で走り回らないといけないから。
そのあとは本格的なお出かけ。
私のひざを診てもらってる病院に行き、かなり待ってヒアルロン酸の注射を打ってもらい、下北沢へ向かう。
有名なパン屋さん「アンゼリカ」が7月中に閉店になるので、カレーパンを買い込みに行くのだ。
12時すぎに着いたので、まずは「a亭」で腹ごしらえ。
昼どきなので店の前に行列ができているかとあせったが、手前の店で開店を待つ客の列だった。ほっ。
ラーメンとチャーハンのセット「ラーチャン」を頼む。大内くんはラーメン大盛り。
チャーシューで紅色に染まったチャーハンは、今日もとてもおいしかった。
駅の反対側のアンゼリカへ。
棚からカレーパンが消える寸前でピンチだったけど、すぐに追加が出た。12個買う。
この店がなくなってしまうなんて、本当に残念だ。
33年前に下北沢のアパートで1人暮らしをしていた頃から、ずっと愛用してきたのに。
ずっしりと重いカレーパンを大内くんのリュックに入れてもらって、次は喫茶店「パルファン」へ。
途中の街角では、「下北沢音楽祭」というものをやっており、ビートルズのコピーバンドが次々出てくる様子。
なつかしいサウンドに、思わず立ち止まって聴き入ってしまった。
皆さん、暑いのにご苦労さまだ。
着いたら1時過ぎで、ちょうどマスターが3階の住居から2階のお店に「出勤」してきたところ。
暑いのでいつもはホットの大内くんもアイスコーヒー。
「暑いですね。通勤電車は地獄でしょうね」と言うマスターは、大昔にちょっとだけ、コーヒー豆を扱う会社で「サラリーマンの真似事」をしたことがあるんだそうだ。
「息子がついに会社員になりました」と報告する。
思えば、駒場の都立高校で柔道をやっていた頃、大学でお笑いを始め、学生ライブに出ていた頃、よく下北沢に来る機会があって、そのたびにパルファンに来てはマスターに、
「息子を見に来ました」と言って、「ほう、そりゃあそりゃあ」と微笑んでいただいたものだった。
時代の流れで、「60分以上ご滞在のお客さまには、人数分の再注文をお願いしております」という札が出ているので、40分ほどで帰ることにする。
どっちみち、こう暑くっては長くは外にいられない。
早く家に帰らないと、溶けてしまう。
すごくラッキーなことに、ホームに上がったらたちまち吉祥寺行きの急行が来た。
永福町で座れたし。
吉祥寺の駅ビルで本屋の前を通ってガマンできなくなり、文庫本を4冊も買ってしまう。
普段ならブックオフ以外では買わないのに。
最近の新刊の文庫本は千円もするぞ!
魚屋に寄って、うなぎとアサリを買った。
来週はボンゴレ・ビアンコとうな丼が食べられる。
家に帰りつく頃には2人とも倒れそうだった。
とにかく昼寝をしよう、とエアコンをつけてベッドに倒れ込んだが、身体がチリチリと熱を持って眠れない。
熱中症の初期のようだ。
夏の日盛りに、外をふらふら歩いちゃいけないね。
悔いのないいいお出かけではあったし、目的はみんな達したので満足だが、身体には悪かった。
明日は1日寝ていよう、と大内くんと苦しく話して、晩ごはんは2人とも食べられないのでカレーパンとチーズタルトですませました。
夜遅く帰ってきた息子は、芸人さんのようなつば付き帽子をかぶっている。
コントグループのホームページによれば、下北沢で買ったらしい。
彼らも今日の午後は下北にいたのか。すれ違っていたかも。
「カタギとの訣別?」と訊いたら、
「一般人だって帽子ぐらいかぶる。偏見だ」とムッとしていた。
会社にもかぶって行く、と言っているが、早晩どこかに忘れてくると思う。
演劇学校に行きたいので、会社は7月中に辞めるのだそうだ。
半年で15万円の講習料はどうやって捻出するのか。
「7月一杯は勤めるから、給料が出る」
それは、翌月の生活費に消えるんじゃないの?
息子の計画性のなさに唖然としながら、止める言葉も持たない無力な我々。
17年7月9日
1日、ごろごろと冷房の中で過ごす。
「ツイン・ピークス」の新作が観たくてWOWOWに加入したので、オンデマンドで第2話から観た。
なつかしい人々がいっぱい出てくる。
カイル・マクラクランの「クーパー捜査官」は、いったいどうしちゃったんだ、というキャラクターの変貌があって、わけがわからないけど、まあ、わけがわからないところがツイン・ピークスらしい。デヴィッド・リンチ健在。
WOWOWのラインナップに興奮して、一週間分の録画を予約しまくった。
「WOWOWシネマも観られるの?」と、日頃から録画が多くて消化できないと言っている大内くんはいささか迷惑そうな様子だったが、「シン・ゴジラ」がもう1回観られるのは嬉しいみたいだ。
私は「宮沢賢治の食卓」が観たかったので、嬉しいよ。
夜中に息子がカノジョと一緒に帰ってきたので、やっとカレーパンとチーズタルトを食べさせてあげられた。
「カレーパンあるよ」とカノジョに言ったら、「アンゼリカ!」と声を上げて喜んでくれて、よかった。
つくづく、コドモにおいしいものを食べさせたいのは親の本能である。
おっぱいをやったり、離乳食を口に押し込んだりしてきた歴史がそうさせるのだろうか。
朝食を食べさせ、お弁当を作り続けた大内くんも、父親ながら、その本能を如何なく身につけている。
いまだに、息子のごはんを作る機会があると、私よりはるかに熱心なのだ。
「もう、家を出そうよ」という私の意見にはいつも、
「いや、もうちょっと置いてあげよう。ごはん食べさせたいし」と言う。嗚呼、父性愛。
カノジョに、
「帽子買ったの、見た?」と聞いたら、「はい、見ました」。
「カタギとの訣別、って私たちは呼んでる」
息子はうなるように、「会社には、明日、辞めるって言うから」。
「父さん寝てるけど、それ聞いたらびっくりするよ」
カノジョが「お父さん、明日の朝、大変ですね」と気の毒がっていたが、私は寝室に戻るとたちまち寝ている大内くんの耳元で話してしまった。
半覚醒で、「そりゃ、大変だ!」とつぶやきながら、また寝てたけど、大丈夫、経験則では、これで朝ちゃんと覚えてるから。
17年7月10日
「明日、会社に『辞める』って言う」と言っていた翌朝、息子はお休みすることに決めたらしい。
カノジョと出かけてしまったあと、大内くんと私にはメッセンジャーで、
「自分の考えをまとめるために、お休みをいただいてしまった。今夜、これからどうしたいか、2人に話すよ」と伝えてきた。
6時頃に帰ってきた彼になぜかハグしてもらい、無言でピザを食べ、大内くんの帰りを待つ。
9時過ぎに帰り、お風呂に入って息子の話を聞く態勢になった時は、彼がソファで眠りこけていた。
「うーん、もう5分」「もう3分」
だからさぁ、会社辞めたらまたそういう人になっちゃうの?
母さんは、もう一生、あなたのことは起こしたくないと思ってるんだよ。
なんとか起こして、食卓で彼の話を聞く。
演劇学校のチラシは見せてもらっていたが、そこにはこだわらないんだそうだ。
「演技と、脚本と、どっちがやりたいの?」と聞くと、「両方」。
要するに、今やっているコントグループで飯が食えるのが理想らしい。
しかし、バイトして食べて行く、とは言いながら、どういうバイトをするかは全然イメージがないらしいし、会社を辞めると支給されてるパソコンを返さなければならないので手持ちのマシンがなくなる、ということにも考えが及んでいなかったらしい。
大内くんは、
「脚本書いたりするのに、パソコンはいるよね」と、もう買ってあげたそうな顔をしているし。
・会社が忙しすぎて、自分の時間が持てない。
・ゲーム事業から撤退して情報産業に特化するので、そもそもやりたかった仕事と違う。
・会社で、自分らしさが出せない。
・面白いことが考えられなくなって、コントグループの脚本にも影響している。
といったところが彼の主訴だ。
大内くんは、
「自分らしさが出せない、と言うけど、辞めようとまで思ってるなら、もっと思ったことを言えばいいんじゃないの?」とアドバイスしていたが、息子は浮かない顔で、
「オレ、ダンドリが悪いって思われてるんだよね。苦手なところではあるんだけど・・・」とつぶやく。
「面白いヤツだ、って言われて入社したのに、そこが評価されなくなって、自分でも、面白いことが考えつかなくなって・・・」
「要するに、スランプなんだね?」と大内くん。
「まあ、そう」
彼はこれまで、あらゆる場所で「1年目」が苦手だった。
学校でも学童さんでも部活でも、最初に調子に乗り過ぎて、まわりが見えなくて、不協和音を醸してしまうのだ。
落ち着いて取り組めるようになるのは半年以上たってから、そのかわり、「最終学年」では見違えるような結果を出してきた。
しかし、社会人には「最終学年」がないからなぁ。
私は、正直言って、イライラしている。
今、キミがしきりに鼻をかんでいるティッシュだってタダじゃないんだ、エアコンかけてるけど、電気代もかかる。
キミはそういうものは全部タダだと思って暮らしてきてるよね、本当に、ゼロから自分で暮らす覚悟なんかないんじゃないの?
少なくとも、会社を辞めて夢を追いたいというキミの「両親向けのプレゼン」は、まるっきりの失敗だよ。
そう思うそばから、大内くんは彼がテーブルの上に山にしたティッシュをまとめてゴミ箱に捨ててあげてる。
世話を焼くのを、やめようよ。
「もうちょっと考えがまとまったら、また話して」と言ってその夜は終わった。
この歳になって、まだコドモのことで苦労するとは思ってなかったなぁ。
息子が会社員になってから、学費もおこづかいもいらなくなって劇的に健全化した我が家の家計が、また余分な口をしょい込んで圧迫されるのであろうか。
そんなことばかり考える私って、本質的にケチ?愛情が、足りない?
17年7月11日
昨夜、遅くまで起きていた息子だが、朝は7時半に起きて会社に行った。頑張ってはいる。
でも、早く寝られる日は寝て、疲労回復に努めるべきだと思う。
「疲れ過ぎて何も考えられない」のであれば、努力はしてほしい。
それはともかく、大内くんと私は話し合って、
「家を出すべきかもしれない」という結論に達しかけている。
親元にいると甘えてしまうし、いい歳して自活してないと「クサくなっちゃう」と思うのだ。
一番いいのは、来年の春、カノジョが就職したら家を出たいそうだから、その時に一緒に暮らし始めるという未来なんだけど。
「こっそり、カノジョに頼んどこうか」と、悪だくみをする我々。
そんな思惑を知らない彼は、お給料の残り6万円を全部持って行ってお財布に入れていた。
30万もらって、親への借金を3万円返して、住居費諸々で2万円払ってもらって、その残りが25万円。
「それがどうしてひと月でなくなるんでしょう?」とカノジョをも嘆かせている経済観念のない彼で、今月もあと9日残っているところに、残金6万円しかなくて、しかもそれを全部おこづかいに使うつもりらしい。
来月からの生活費とか、どうするつもりなのかなぁ。
会社を辞めるんなら、お給料ひと月分ぐらいの貯金はしたいところなのに。
「7月分の給料はもらえるから」と言うが、それは違う。
キミが就職した時、最初のひと月はお給料が出なかったでしょう?
4月いっぱいと、5月20日までの生活費は、7月に働いた分で相殺するのが普通の考え方だよ。
7月のお給料は、8月に使っちゃっていいお金じゃないんだよ。
そもそも、演劇学校の費用、15万円って、どこから出るの?
「7月の給料があるから」
だから、それはないも同然のお金なんだってば。
手取り15万の頃からアパート代を払い、貯金をしてきた私は、お金のことには鷹揚になれない。
今の、専業主婦の身分が自分でイヤになるぐらい、人間はお金を稼いでナンボだ、と思っているのだ。
息子よ、夢を追うなとは言わない。
ただ、世の中はお金で回っている。あらゆる意味で無視できない。
キミをこんなに甘ちゃんに育てた我々の責任かなぁ。
17年7月13日
スイカが食べたい。
週末になると、優秀な八百屋に行って大きな4分の1切れを買って来るんだけど、2日で食べちゃう。もうない。
牛乳もないし、アイスもマドレーヌも息子が食べちゃったから、買い物に行こう。
暑いけど。
午後3時の日差しはキビシイ。
自転車で八百屋まで5分の間に、汗が額からぽたぽた落ちる。
スイカと牛乳を買って、帰り道のスーパーに飛び込んで涼みながら買い物。
息子も食べるおやつのマドレーヌを、たくさん買っておかないと。
重い袋をたくさん下げて、汗だくになって帰り着いた。
アイスを冷凍庫に、スイカと牛乳を冷蔵庫に入れて、水風呂に飛び込む。
またエアコンをかけて、ベッドでタメイキ。外には出たくないよぅ。
こんなに暑いのに外に働きに行っている我が家の男性2人は、なんだかんだ言って働き者だ。
17年7月15日
月に1回の通院日。
血液と尿の検査を受け、血液をサラサラにする薬、ワーファリンの血中濃度が適当かどうかを調べ、ドクターの診察を受ける。
オールグリーン。
胃腸の調子が悪いので、来月、別のクリニックで内視鏡の検査を受けることになっており、その際ワーファリンを3日ほど止められるかどうか専門医に聞いてきてくれ、と言われていた。
万が一ポリープが見つかったりした場合、薬を飲んでいると血が止まらないので、処置ができないのだそうだ。
しかし、心臓のドクターは言う。
「大内さんの場合、機械弁を入れていますから、ワーファリンは1日も止められません。ポリープが見つかった場合は、あらためて入院する等してきちんと処置を受けてください。日帰りの診療では無理です」
そうかー、生涯、薬とつきあう覚悟はしていたが、それほど厳密なのかー。
「歯を抜く、ぐらいならいいんです。押さえておけば、血は止まりますから。でも、内臓は無理ですね」
ちょっと茫然としながら隣の薬局で1ヵ月分のワーファリンをもらって帰ったが、機械弁を入れた時にはそこまでの覚悟をしていなかったなぁ。
じゃあ、考えていたら機械弁を入れなかったか、というと、あの時点で弁の交換をしないという選択はあり得なかった、それぐらい、具合は悪かった。
そして、10年しかもたない「生体弁」を入れるのは、やはりあり得ないだろう。10年後に再手術なんて。
つまり、機械弁を入れること、ワーファリンを飲むこと、納豆を食べられなくなること、一生薬とつきあうこと、は避けられない運命だったのだ。
追い打ちなのか、救いの手なのか、市役所から「申請されていた障害者手帳ができました」という連絡が来た。
私は障害者1級に認定された。唯生と一緒だ。
もちろん障害の程度が全然違うので年金とかは出ないんだが、バス代やタクシー代の減免、その他いろいろな優遇が受けられるようになる。
今度、市役所に行って手帳をもらってこよう。
「唯生で慣れてるから」と言って申請の書類を書いてくれた大内くんによると、私の心臓の「血液を送り出す力」は50をちょっと越えているぐらいなのだが、その値が40台だと、年金が受けられるのだそうだ。
「もうちょっと、だったんだよね。まあ、年金が受けられる障害者っていうのはそう生易しくないから、もしその状態だったら、常に顔が真っ青で、日常生活は送れないと思うよ。数値が良くて、よかったよ」
そうね、私もそう思うよ。
収入があったら嬉しいだろうけど、元気な方がいいよ。
「家族4人のうち、2人が障害者」のご家庭になった我が家。
息子も会社を辞めるつもりのようだし、まともに稼げる世帯構成員は大内くん1人となる。
こう書いてみると、なかなかキビシイ。
すまんねぇ、大黒柱。
17年7月16日
1日、涼しい家に閉じこもって、録画したテレビ番組や映画を観まくる。
WOWOWドラマ「あきらとアキラ」は面白かった。
齋藤工のファンになることにしよう。
映画「団地」にも出ているじゃないか。これも面白い。まだ途中だけど。
帰って来て夕食を食べた息子がソファに寝転んでいたが、委細かまわず地上波のドラマ「うちの夫は仕事ができない」を観始めたら、首をテレビに向けてしばらく眺め、おもむろに口を開いた。
「なに、これ。こんなドラマ、面白いの?何のためにやってるの?ドラマって、人が元気になるように観るんじゃないの?」
大「キミは、今、『仕事ができない』『会社で浮いている』ってのがつらいんじゃない?」
息子「そんなんで言ってんじゃねーよ。ヒドいドラマだから言ってんだよ」
私「それなりに、面白いよ。今から、この主人公が仕事を誠実にやって、浮かび上がって行くんじゃないのかな」
息子「・・・観てらんねーよ」
あらら、部屋に行ってしまった。
「じゃあ、別の映画でも一緒に観よう」と大内くんが誘いに行ってくれたが、もうすっかりやる気をなくした彼は、部屋から出てこない。
しまいに2人で押しかけて、最近の心境を聞くことにした。
お給料を使い果たしてしまったので、親に借りたいと言う。
「ダメだよ」と言ったら、しばらく考えて、いらない本やゲームをブックオフに売りに行って当座をしのぐことにしたらしい。
「自分の本やゲームを売って金を作る、って、オレの変化だよね。いい方向だよね」
そう思うよ、と言うと、
「いろいろ考えてるんだけど、もうちょっと考えたい。ただ、家を出た方がいいんじゃないかと思うんだよね」と言い始めた。
我々もそう思うよ。
「来年の春ごろに、出ようかと思うんだ」
「いいんじゃない?お金はどうするの?」と大内くんが答えると、「春までに貯める。貯める方法はまだわかんないけど」。
いろいろ考えてはいるようだが、つらそうだなぁ。
親もつらいよ。
8月いっぱい会社には勤めるつもりらしい。
辞めて、計画通り演劇学校に行くようになれば、本人のもやもやした感情も整理できるのかな。
「オーディションは、絶対受かるに決まってる」
15人しか取らないようなのに、その自信はどこから?
そんなことも、現実になってみて初めてわかることなんだろうね。
まあ、頑張れ。
17年7月17日
カノジョやコントグループの仲間と一緒に演劇の1日ワークショップに行く息子は、朝、起きない。
1度起こして朝食を食べさせたのに、また寝てしまい、結局、行く寸前の1時半に起きるという体たらく。
「本やゲームをブックオフに売って金を作る」ヒマがあろうはずもなく、大内くんから3千円借りて出かけて行ったようだ。
(家計からは貸したくなかったので、私はあえて話に入らなかった)
あとから聞いたら、
大「お金は自分で作るんじゃなかったの?」
息子「あ、そういうこと言われたから、もうイヤになった」
大「じゃあ、お金はどうするの?」
息子「今日会う友達に借りる」
大「そんなの、ダメだよ。いくらいるの?」
息子「5千円」
大「そんなに使うの?」
息子「いろいろ言われて、もうイヤになった」
大「そう言わないで」
息子「3千円でいい。なるべく残す」
大「(しぶしぶ3千円渡しながら)大事に使ってね…」
残されて、大内くんとため息をつきながら、
「きっとメッセンジャーで何か言ってくるよ」と話していたら、果せるかな、予想通り「ごめん」という短いフレーズがスマホに浮かんだ。
「元気に過ごして」と大内くんが返信していた。
「彼は、自立についてどう考えてるんだろう?」と私が言うと、大内くんはつらそうに、
「考えてなくもないんだろうけど、コドモ過ぎるんだね。反抗期は抜けたけど、思春期は続いているよ」と答える。
私「親につい甘えちゃうから、彼もつらいんだろうね。やっぱり、家を出た方が彼の精神衛生にいいよ」
大「そうかもね・・・」
夜、カノジョを連れて帰ってきたので、起きていた私は2人にカルビクッパをふるまった。
息子「悪いねぇ」
私「いいよいいよ。もう目は覚めた?」
息子「え?」
私「今朝は、寝起きが悪かったから、父さんが悲しんでいたよ」
息子「うん、目が覚めたよ。人生の目が覚めた」
私「それはよかった」
カノジョ「大内さん、今朝、寝起きが悪かったんですか?私のせいですね」
息子「いいや、別にそういうわけじゃないよ」
カノジョ「それはそれで、全然影響ないのかと思っちゃいますね!」
息子「うーん・・・」
どういう流れかはわからないがほほえましい会話になったので、私も食卓で少し夜食を食べようとしていたら、
「DVD観たいから、ちゃぶ台で食ってもいい?」と言って移動していた息子が、
「母さんもこっちで一緒に食ったら?」と声をかけてくれて、驚いた。
私「いや、こっちでいいよ」
息子「そう。気が変わったら、おいでよ」
私「そこまで言ってくれるんなら、ちょっとお邪魔しようかな」
カノジョも「どうぞどうぞ」と言いながらちゃぶ台の上を片づけて、私の場所を作ってくれた。
一緒に、カノジョが持って来たフランス人女性舞踏家のドキュメンタリーDVDを観ながら、深夜のカルビクッパをおいしくいただいた。
私は早々に離脱して寝たが、2人は3時頃までDVDを観ていたようだ。
明日も元気に働いてね。
17年7月18日
朝、息子はまた大内くんに3千円借りて、カノジョと一緒に家を出て会社に行ったようだ。
「『人生の目が覚めたんじゃなかったの?』とは聞かなかったの?」と言うと、
「そうか、聞いてみよう」と言ってメッセージを打っていた。
「やはり大内は面白い、ので、もう少し、この道を行ってみようかと思う」という返事が来た。
「???」となった大内くんの返事は、
「自立する話じゃないの?」。
「それもある。とりあえず、3月に家を出るつもりで、金を貯める」
しごくまっとうな返事が来たなぁ。よかった。
もしかして、昨日のワークショップで何か才能を認めてもらった気になるようなことを言われたのかしらん。
だが、親に金を借りるのはやめてもらいたいもんだ。
大内くんも家を出て、私はやっと平和に昼寝ができる。
洗濯しようかと思ったが雨の予報だ、やめとこう。
実際、午後はすごい嵐がやってきた。
雷がゴロゴロと鳴り響き、強い雨が窓を叩き、思わずおへそを押さえてしまうほどだ。
夏の嵐だなぁ。
夕方になって天気はおさまったが、SNSで見るところでは落雷はする、停電はする、雹は降るで、世の中は大変だったらしい。
帰ってきた大内くんに聞いたら、外出した時にほとんど地下道ではあったものの、少し雨にあったのだそうだ。
「頭に当たると痛いほどの大粒の雨だった」とのこと。
外に出ている人は大変だね。
「この夏はむちゃくちゃに暑いし、天気はおかしいし、亜熱帯になってきたのかねぇ」と話す。
私はエアコンが停められなくて、7月ですでに夜もつけっぱなしでないと眠れないので困っている。
もちろん日中もずっとエアコンの中だ。1人で電気代を浪費している。
室温が26度を超えると汗をかいてしまうのを、いったいどうしたらいいんだろう?!
17年7月20日
大内くんが出張。朝一番のお出かけだ。ご苦労さま。
私が4時半に起きた時はもうパソコンに向かっていて、5時には家を出ると言う。
ベッドサイドに置いたメガネの下から、枕元に置いたスマホの下から、着替えを入れたカゴの中から、ひとこと書いたメモが出てくる。
「ゆっくり休んで」
「今夜はさみしくさせてごめんね」
「息子は大丈夫だよ」
留守の間に私をなぐさめるはずだった、愛のメッセージだ。
「あー、もう見つかっちゃったよー!」と嘆きながら出かけて行った。
家のあちこちを見たけどそれ以上は見つからなかったので、「3枚だけ?」と大内くんにラインを打つ。
「まだあるよ。教えてほしい?」
「いや、今日明日の楽しみにする」
今夜は帰らない。留守の間に探そう。
あっ、見つけた!
バッグの中のお財布にはさんであった。
「大好きだよ」
嬉しいー!
「これで全部?」と聞くと、「あと1枚」。
家中の戸棚を開けて扉の内側に貼ってないか見て、リビングのエアコンのリモコンの下とか、電話の子機とか、全部見て回ったが、ないなぁ。
もう、降参するか?いやいや、まだ明日がある、と思いながらシュミレーション。
1日の流れとして、夜になると見るところってどこだろう?
ごはん食べて、お風呂に入って・・・で思いつき、着替えの入ってる引き出しを開けてみたら、あっ、あった!
2枚目の「大好きだよ」が、パンツの上に乗っていた!
さっそくラインする。
やがて返事が来た。
「1日かかって見つかるようにしたんだけど、探してくれたんだね。ありがとう」
そうね、考えに考えたあとがうかがえたね。
「孤独のグルメ」の久住昌之が原作を書いた「花のズボラ飯」を読んでからずっと「コロッケサンド」が食べたかったので、サンドウィッチをたくさん作って昼と晩のごはんにしようと思う。
コロッケサンドと野菜サンドとツナサンドと卵サンド。
昼に半分、と思ったけど、ボリュームがあり過ぎて残った。
クラブハウスサンドみたいに中身がこぼれてきて、食べにくいし。
昼寝して、本を読んで、毎日のことではあるが大内くんが帰らないと思うと自堕落感に拍車がかかる。
1人のためにわかすのはもったいないなぁ、と思いながら風呂に入り、夜の10時過ぎにサンドウィッチの残りを食べながら映画「グランド・イリュージョン」を観終って、続編の「グランド・イリュージョン
見抜かれたトリック」を観始めた頃に、大内くんから電話。
「寂しいねぇ」と言い合って、「明日帰るからね」と言われて、「おやすみ」を言う。
「父さんが出張で寂しいから、早く帰ってね」と言っておいた息子は、夜中の1時過ぎにカノジョと一緒に帰ってきた。
そうですか、デートですか。
今日は大内くんのダブルベッドで広々と寝てみよう。
17年7月21日
息子とカノジョを起こして送り出して、また寝て、目が覚めたら昼。本当に自堕落だ。
サンドウィッチの残りを食べて、本を読んで、また寝る。
息子がシャワーを浴びてるすきにカノジョから聞いたところでは、
「大内さんは、3月に家を出るつもりみたいです」。そうか、カノジョにも話したか。
と言うか、来年春に就職するカノジョも、
「お金が貯まったら、家を出たいです」と言っているので、何とか一緒に暮らしてもらえないだろうか。
部屋代とか、電化製品とか、1人暮らしより合理的じゃん。
「もうオトナだからね。家にいるのは、本人もつらいだろうし、こっちの精神衛生にも良くないのよ」と言ったら、カノジョは少し笑って、
「いやー、私たち、まだまだコドモですから。社会に出ても、勉強中なんです」と言う。
20代前半、大学を出るか出ないかでは、そんなにオトナになった気はしないか。
私は早くオトナになりたくて、大学卒業の1年後に1回結婚してみたりしたが、モラトリアムな方々はまだそんな「オトナな決断」はしたくないかもなぁ。
昼間、家に1人でいると、いろんなことを考える。
最近特にヒマ感が増して来たのは、やっぱり息子が大学を卒業して、「子育て」が終わってしまったからだろう。
大学生は全然家にいないし、手がかかるわけでもないのだが、社会人とは全然親の心持ちが違う。
彼が会社を辞めたら、私は、再び「コドモを抱え込んだ」気分になるのだろうか?
少なくとも、経済的には自立していてほしいのだが、今すでに難しくなってきてる。
いざとなったら手切れ金を渡して家を出して、無理やり「自立」させちゃうんだろうなぁ。
主婦だと言うだけで何十年も徒食している私にそんなこと言われて、息子も本当に気の毒だ。
17年7月22日
土曜の朝は、八百屋での買い出しで1日が始まる。
しかし、昨夜は遊びすぎた。
起きたのが10時過ぎで、八百屋が一番混んでいる時間。
しょうがないから12時頃まで待って出かけたので、暑かった〜!
じゃがいも、レタス、トマト、スイカなどを買い込んだ。
さわやかなものが食べたくて、安売りのゼリーもたくさん。
続いて西友にまわる。
こちらでは牛乳がメイン。八百屋でも安売りをしているのだが、今日はもう売り切れていたから。
コーヒー牛乳とか飲むヨーグルトとか、飲料全般を買ってしまうのも、暑いせいだろうなぁ。
大内くんがスパゲッティ・ボンゴレ・ビアンコを作ってくれると言うのであさりを買おうと魚介の売り場に行ったら、しじみはあるけどあさりはない。売り切れか。
「じゃあ、ベーコン・スパゲッティにしよう」と肉売り場に行こうとするのを、
「かつお、買わない?たたきが食べたいなぁ。明太子はどうかなぁ」などと言いながらなんとなくうろうろする私。
2、3分魚介を眺めていたら、バックヤードからあさりのパックをたくさん積んだカートが出てきて、店員さんが売り場に並べ始めた。
大内くんはとてもビックリしたらしい。
「あさりが出てくるって、知ってたの?キミは、ねばるねぇ。目的のものを、なんとかして手に入れちゃうねばり強さは、僕にはないものだ!」
うーん、確信があったわけじゃないけど、出てくるかなーって思ってた。
もっとも、店員さんに「あさり、ありますか?」って聞いてみる方が早いんだけどね。
最後に、「とにかく暑い。冷たいものが食べたい」と言い合いながら、アイスを山ほど買ってしまった。冷凍庫に入るかしらん。
家に帰ってそうめんを食べて昼寝をし、映画を観て、夜には大内くんに手伝ってもらってビシソワーズを作った。
大量に買ったじゃがいもが役に立ったし、皮をむくのと洗い物をしてくれる人がいると作業がすごく楽。
今年初めてなのでちょっと失敗しちゃったけど、じゃがいもはまだまだいっぱい余っているから、また今度手伝ってもらって作ろう。
晩ごはんはかつおのたたきね。
最近食事が健康的だ。夏バテしないように、ちゃんと食べよう。
17年7月23日
大内くんがスパゲッティ・ボンゴレ・ビアンコとサラダを作ってくれて、昨日私が作ったビシソワーズを添えて、息子と3人で優雅な朝ごはんを食べた。
彼は、9月にせまったコントライブのためにグループのみんなと会うらしく10時頃に出かけてしまったので、そのあとはずっとテレビを見て過ごした。
夜、ユニクロで買った服に着替えた息子がカノジョを連れて帰ってきたので、さっそくカノジョにビシソワーズを飲んでもらう。
「去年の今頃、ごちそうになったなぁ、って思ってたんです。今年もおいしいですね!」と言ってくれた。
そうなの、あなたがこないだ来た時、コンビニのレトルトのビシソワーズを買ってきたのを見て、「そうだ、今年も作ろう」って思ったんだよ。
息子とつきあって、もう1年になるね。
「私はけっこう別れるの早いです」って言ってたけど、まあまあ長もちしてくれてる。
1年もてば、3年もつかも。3年もてば、結婚するかも。
そんなふうに虎視眈々と見てるのは、若い2人にはナイショだ。
17年7月24日
息子が朝、1人で会社に行ってしまったので、残されて寝ていたカノジョが起きてから一緒にピザを食べたが、ちょっと相談事をされた。
息子と意見が合わないことがあったらしい。
ワタシ的にはカノジョの意見の方が正しいと思ったので、
「別れたくなっても不思議はないし、自分の息子のことでなくよその男の話だったら『そんな男とは別れた方がいい』ってアドバイスすると思うので、Mちゃんの好きにしてくれてかまわない。とっても残念だけど、Mちゃんの幸せの方を尊重する」と答えたら、考え込んでいた。
別れはしないそうだが。
「お話できてよかったです」と言いながらカノジョが帰ったあと、私もいろいろ考えてみたが、やはり結論は変わらない。
息子は可愛いが、今のところ、1人のかなりダメな男だ。
帰ってきた大内くんとごはんを食べてその話をしたら、カノジョとゆっくり話せたのがうらやましいようだ。
意見としては、私に賛成だそうで。
「まったく、息子は何をやっているんだ」といらだたしそうな大内くんも、今のカノジョがいることで、息子の将来をかなり安心して考えているのだろう。
少なくとも私は、カノジョと別れたら息子はもうこんな上物とは2度と出会えないだろうなぁと思っているので、大事にしてもらいたい。
3年後のオリンピックの話をしていて、カノジョが少しはオリンピックを見たいと言うので、
「暑くて混んでるから我々は行かないけど、若い人たちは行けばいいと思うよ」と言ったら、
「人は、いつまで若くいられるんでしょうか?」と私をひたと見て聞いてきたまっすぐな目が、私は大好きだ。
うちの豚児にはもったいないよ。
17年7月25日
今日は土用の丑の日らしい。
冷蔵庫にはうなぎがある。食べよう。
絶滅寸前だそうだが、食べていいんだろうか。
大内くんは、
「シーラカンスだってもういない。人間が、あれは獲っていい、これはダメ、なんて決めるのは傲慢だ。だいたい僕は動物愛護の精神ってのは胡散臭いと思ってるんだ!」と言って、食べる気満々。
「丑の日には『う』のつくものを食べれば健康にいいので、キャンペーンを頑張れ、香川県」という意見をツィッターで読んだ。
秀逸である。うさぎにも馬にもうににも頑張ってほしい。食べられることに変わりはないのだから。
17年7月26日
朝、息子が起きないので起こしたが、結局休んだ。
おなかすいたと言われて作り置きのカレーを食べさせ、皿も洗うことになる。
家にいない方が楽だ。
「あなたが会社を辞めるって聞いてから、母さんはやることが増えると思って気が重いよ。せっかく子育てが終わったのに。朝も、1人で起きられるようになったかと思っていたら、最近全然起きられないじゃん」と言うと、
「ほっときゃいいのに。何にもしなくても、オレはどうでもいいよ。なきゃないで、なんとかやる」という答え。
なかなかそういうわけにもいかないよ。
キミだって、「起こして」とか「腹へった」とか、言うだけは言ってみるでしょ?
ソファで眠ってしまった彼をほっといて自分の部屋で本を読んでいたが、家に誰かいると思うと気になってしょうがない。
自分1人なら何にも考えないですむのに。
しばらくしてリビングに行ってみたら、起きて、私が録画した映画「グランド・イリュージョン」の続編、「見破られたトリック」を観ている。もう終わりの方だ。前から少しずつ観ていたらしい。
息子「これ、面白いね」
私「母さんは1の方が好きかなぁ。観た?」
息子「ずっと前に観た。2も観たの?」
私「うん、両方観たよ。女性メンバーは、1に出てくるヘンリーの方が好きだよ」
息子「そうだね。なんで2には出ないんだろう?」
私「コドモでも産んでんじゃないの?」
そんな他愛のない話をしながら終わるまで一緒にテレビを眺めてた。
このくらい話が通じる時はカワイイよなぁ。
それでもやっぱり気を使ってしまうので、出かけてくれた時はホッとした。
きっとまた夜中まで帰ってこないだろう。
アマゾンから、頼んでおいた本が届いた。
息子の参考になるかと思って買った「桂千穂のシナリオはイタダキで書け!」という本。
ぱらぱら見たら、けっこう面白そう。
「好きなシナリオを書き写すのも勉強になる」
なるほど。
息子が「シン・ゴジラ」や「かもめんたる」のシナリオを持ってるのも、そのせいか。
おっ、帰ってきた。まだ5時なのに。
「どこ行ってたの?」
「書きに行ってた」
近所のファミレスかぁ。
またごはん食べたいと言われたので、昨日の残りのゴーヤーチャンプルーをあっためる。
息子(食卓の上の桂千穂に気がついて)「この本、どうしたの?」
私「評判がいいから、買ってみた」
息子「どこで評判がいいの?」
私「母さんがやってるSNS。好きなシナリオを書きうつすのもいいらしいね」
息子「当たり前じゃん」
やっぱり、もうやってるのか。
しばらくしたら、友達と会うと言って出かけて行った。メシだけ食いに帰ってきたのかな。
食卓を見ると問題の本がない。持って行ったんだね。
なんとなく、しめしめと思う私。
夜中に帰ってきた彼が、寝室をのぞき込んで、
「あの本、面白いね」と言った時には、ますますしめしめと思った。
買うところからずっと見ていた大内くんは、
「キミは本当に息子を愛しているし、その計画性には脱帽だ。考えに考えて人を動かす力は、大昔から全然変わらない」と感心してくれた。
結局、私は人の心に影響を与えるのが好きなんだと思うよ。
だからこそ、思い通りにはならない、また、思い通りに操ってはいけない息子とは、あんまり近くにいたくないんだ。
お互いに影響を与え合い、縛り合ってもかまわない夫婦なら、ずっと一緒にいてもいいんだけどね。
早く息子を追い出して、2人きりになろうね。
17年7月27日
昨日今日ととても涼しい。
これぐらいの気温なら3年後にオリンピックと言われてもアリかと思うが、また暑くなると思うと・・・秋にしようよ。
それはさておき、お友達のミセスAから遊びに来ませんかというお誘いを受けた。
私の日記を愛読してくれているお友達が遊びにくるんだって。
あいにくその日は病院の予定が2件も入っていたが、私もどうしても会いたかったので、病院の予約を無理やり1週間早めて時間を確保した。
うかがえますよ、ミセスA!
思えば、そのお友達とは、1度電話でお話するチャンスがあった。
「私の家に来ています。お話できますか?」と、ミセスAからお電話いただいたのだ。
しかし、本当に間の悪いことに、ちょうど2度目の手術のために緊急入院をしていた時で、電話を受けた大内くんによれば私は「完全に気絶していた」ため、とてもお話できる状態ではなかった。
今思い出しても残念だ。
なので、今回会えそうなのはとても嬉しい。
おみやげのお菓子をネット注文しながら、どんな人かなぁ、何を話そうかなぁ、と夢をむやみにかきまわす。
人に好かれよう、ウケようと、言わなくてもいいことばかり言う自分の性格はよくわかっており、自重しようと思うのだが、いざよその人と会うと人見知りも手伝って猛烈に「あがって」しまい、結果、ますます言わなくてもいいことの嵐になるんだ。
私に目いっぱい好意的な大内くんでさえ、
「まあ、話は長くなるよね。細かいことまで言い過ぎて」とため息をつく。
座禅でも組もうか。
先日、大内くんのお母さんが「青汁」をたくさん送ってきた。
どうやら息子のケータイに電話があり、「いらない?」と聞かれたらしい。
「オレは、いらないって言ったつもりだけど。まあ、テキトーに返事してたからなぁ」
心臓に機械弁を入れた私はワーファリンという血液をサラサラにする薬をずっと飲んでおり、ビタミンKを多量に含む「納豆・クロレラ・青汁」はこの薬の効き目を打ち消すので、絶対禁止。
納豆が大好きな私はかなり悩んだが、手術を受けないという選択はあり得ない健康状態だったので、涙ながらに一生納豆と縁を切る決意をした。
その際、クロレラと青汁のことはまったく考慮の外だった。
わざわざ買わない限り縁のない健康食品だし、関心もなかったから。
それがこんな形で。
手術のことはまったく知らせていないので仕方ないといえば仕方ないが、お母さんは世に言う「健康オタク」だ。
話してないのも、誰かが病気だと知るといろんな健康法や民間療法を薦めてくるからだし、そもそも、
「病気になるような人は、心がけが悪い」と言ってはばからない人なので、手術を受けるほど身体が悪いとは言いにくい。
というわけで、誰も飲まない、私は決して飲めない「青汁」が、大量に余ってしまった。
息子は、朝、私が牛乳に溶いてやれば飲むが、言わなければ忘れているようで、毎朝そんな手間をかけるほど青汁を信仰している人は家にはいない。
余分なものを持つのを嫌う「断捨離男」の大内くんは「捨てるか、送り返すか」と言って息子から、
「どんだけおばあちゃんがキライなんだよ。どっちもどっちだが、コドモっぽいね」とあきれられている。
話は長くなったが、この険悪な状態を救ってくれる女神はミセスAで、青汁に興味があるのだと言う。
もらってくれないかと言ったら快く引き受けてくれた。
今度、おうちに行く時に持って行こう。
飲んでみた大内くんによれば「抹茶味。甘い」のだそうで、お子さんたちが喜ぶかも。
そして、スーパーで無意識に「グリーンティー」の粉末を買ってしまった私は、やはり「決して飲んではいけないものがこの世にある」という状態が気になってはいるんだろうなぁ。
次には、クロレラを食べてみたいと思うようになるのかしらん。
17年7月28日
大内くんと息子が、メッセンジャー上でケンカをしている。
私は正直言って息子の機嫌を損ねたくないので、傍観するのみ。
少なくとも、大内くんの尻馬に乗って息子を責めるようなことを言うと、
「言いたいことがあるなら自分で堂々と言え。オヤジの陰に隠れるな!」と猛烈に怒られるに決まっているからなぁ。
息子は、映画学校に通って演技やシナリオの勉強をしたいらしい。
8月中には会社を辞めて、バイトをしながら9月からの学校に備えると聞いている。
「申し込みはいつなの?」と大内くんが聞いたら、締め切りが7月末日。
就活の時、期限ギリギリに出した履歴書が郵便料金を間違えていたため家に戻って来て、結局その会社は受けられなかったことがあるものだから、締め切りには気をつけなよって言ってたら、日曜日に直接持って行くと言う。
でも、大内くんが聞いた話では日曜は学校がお休みだから、
「その前に持って行きなよ」って、さすがの私もそこまで調べるかって思ってたら、彼はさらに、
「一生がかかってるのに、真剣味が伝わってこない」ってメッセージ送ったので、息子がキレた。
だからって、「うっせー、ばーか」はないだろう、息子よ。
まるっきりコドモのケンカだよ、情けない。
「大変だね。もう、家を出て行ってもらおうね」とこっそり大内くんにメッセージを送りながら、私もなんだかすっきりしない暗躍をしているなぁ、とさらに情けなくなった。
息子が怒りっぽいので、家中がどんよりした雰囲気に包まれている。
彼の、機嫌のいい顔が見たいよ。
会社を辞めて学校に行くようになれば、気持ちが明るくなるのかな。
こんなふうに気を使うのもイヤなので、やっぱり早く家を出すのがいいんだろう。
17年7月29日
午前中に買い物をすませる。
去年、8月に入るとスイカの季節も終わりに近いと八百屋のお兄さんに言われたのを思い出し、このさい丸ごと1個買ってみよう、と大内くんと話し合っていたので、野菜売り場で買い物をする前に果物売り場の方をのぞいてみたら、やや大玉で1500円といういい品があったんだけど、野菜を買っている間に、ラスト1個が売り切れてしまった!
残っているのは1980円のとても大きいスイカたち。
冷蔵庫に入りきらないと思ったので、880円の大きな4分の1切れを2つ買った。
これが、消費税込みで1900円もするんですねぇ。
でも、大玉よりさらに大きなスイカを切ったものに見えるし、お店の人は「なんと言ってもこっちの方がおいしいよ!」と太鼓判を押してくれたから。
午後は病院のハシゴ。
まず、来月半ばに内視鏡の検査を受けるクリニックに行って、検査用のキットを受け取ってくる。
検査食3食と、下剤。
駐車場のついたマンションもクリニックの持ち物らしい。名前が一緒だ。
儲かってるなぁ、と下世話な感想を持った。
次の心臓の定期検査まで1時間もあったので、車で寄り道をしてもらってブックオフに行く。
ここに長居するのは危険だ。
店内で大内くんとすれ違うたびに、お互い抱えている本が増えて行く。
それでも2500円ほどですむところがありがたいかも。
心臓のクリニックでは、先日、感染症の検査をしてもらった結果が出ていた。
手術の時に血液製剤を使ったので、大内くんが先生に頼んでくれたのだ。
私はそんなこと、全然思いつきもしなかった。
しかし、先生は、検査機関から来たらしいハガキの開き方に手間取ってなかなか開けなかったうえに、中身を見て、しばらく沈黙していた。
私も、後ろに坐った大内くんも、息を呑んでしまったよ。
結局HIVも肝炎も大丈夫だったんだけどね。
受付に降りて行く小さなエレベータの中で大内くんに、
「先生がなかなか結果を言わないから、『まさか・・・』って思っちゃったよ」と言うと、
「僕も。ドキドキしたね」と答える。
「悪いけど、私がエイズに感染したら、とっくの昔にあなたもなってるね。考えてなかったでしょ?」
「いや、考えてたよ。2人でなるなら、それもいいか、って思った。もうそんなに長生きもしたくないし」
大内くんは最近アンニュイだ。
息子の将来が不透明だからだろうか。
心臓の機能を上げる薬の、量を少し増やしたい、と先生に言われた。
もらっている2.5mg(1mgを2錠と0.5mgが1錠の薬に0.625mgを1錠(半端でヘンな量だけど、4個で「2.5mg」になるという便利な調整用の小さな薬)を合わせて飲むことになったようだ。
何か心配なんだろうか。
いずれまたエコー等の検査をすることになれば、血液を送り出す力の値とかわかるんだが、今のところ、特に問題はないみたいだけどなぁ。
17年7月30日
朝、息子もそうめんを食べると言うので3人分で10把ゆでたら、ほとんど食いやがらねえ。
たくさん残ってしまった。
食べる時はバカみたいに食べるくせに、残りそうだからと言って協力して食べてはくれない息子に、コドモっていうのは本当に勝手な生き物だ、と怒りを禁じえない。
出がけに急に、
「ポーチ貸して」と言う彼は、きっと今日、コントのコンテストに出るんだな。
3人組で出場すると聞いているし、彼のやるネタには、水の小さなペットボトルを入れるポーチを使うのは見たことあるから。
この半月ほど、彼の知り合いが大勢そのコンテストに挑戦してて、予選を通過した人は大喜びでツィッターに書き込んでいる。
今日の予選のページを見たら、息子のチーム名が入っていた。頑張れ。
夜は昨日買い込んだ野菜を使って、「ナスとトマトの煮込み」と「ビシソワーズ」を作る。
私がトマトを湯むきする間に、大内くんはナスを切って素揚げし、じゃがいもの皮をむいてくれる。
たちまち2つの鍋で料理が煮込まれている状態になった。
2人で一緒に作ると早いなぁ。
晩ごはんを食べてテレビを観ながら予選の結果を待つが、コンテストHPになかなか流れてこない。
10時過ぎに、出た。
落ちてる。残念。
まあ、1回戦に通っても、2回戦、3回戦と胃が痛くなってどこかで落ちるだけだから、いいんだけど。
こういうのを「届かないブドウは酸っぱい」と言うんだろう。
17年7月31日
気がつかないうちに奥歯が欠けてしまった。
歯医者に予約を入れ、治してもらいに行く。
近所にできたばかりのところで、まだ3回ほどしか通ってないけど、若い夫婦の歯科医がやっている丁寧で綺麗なクリニックだ。
3つの診察室を行ったり来たりしながら、ダンナさん先生が手早くけずってプラスチックを埋めてくれた。
あっという間の出来事。
次は9月頃「歯のお掃除」にくることを勧められて、おしまい。
本屋に寄って取り置きのマンガを引き取り、スーパーで晩ごはんを買う。
今日は大内くん、接待で遅いんだ。
冷蔵庫には作り置きのおかずがいっぱい入ってるんだが、お惣菜売り場を見て、「ばってら」と「いなり寿司」が食べたくなったもんだから。
最近のお寿司には「ガリ」がついていないことが多い。
甘酢漬けの生姜を買ってあるからいいんだけどね。
誰もいないのをいいことに、ベッドに寝転んでマンガを読みながらお寿司を食べるという自堕落をして、昼とも晩ともつかない食事を終えた。
1人は、寂しいなぁ。
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