18年9月1日

息子が保育園の時のママ友と、今でも年に2回会って交流している。
今年もせいうちくんがアレンジしてくれた。
お店はグルメなKくんママのチョイス。
和食のお店だった。

いつものメンツのうち、Mちゃんママは同居のお母さんが先ごろ亡くなったそうで法事でばたばたしてるので欠席、ダンナさんと離婚しそうと言っていた人は本当に離婚してしまったのと仕事が忙しいので欠席、お店をやってる人はお店が忙しいので欠席、来られるはずだった人が1人急に忙しくなって欠席、となぜか女子の親ばかりが櫛の歯が抜けるようにお休みとなり、残るメンツで集まってみたら、男の子の親ばかり5人。

と言ってもうちが2人で来ているため、実際に話題になるコドモの頭数は4人。
我が息子以外はみんな定職に就いて働いている。
そんな話をしながら飲み放題コースのそれぞれのドリンクを頼んでスタート。

皆さん優しいので、コント師をめざす息子のことを、
「将来テレビに出たり、有名になったりするかも!楽しみだね」と言ってくれるのだが、異論があるぞ。
「サラリーマンになったからと言って『将来は社長になるかも!楽しみだね』とは言わないじゃん。その世界でそこそこ食えて行ければそれ以上は期待してないの」と主張したら、「なるほど!」とそれなりに賛同を得られた。
ごめんね、励ましてくれてるのはわかるんだが、過大な期待をしたってしょうがないのよ…

お母さんたちもみんな働いている。
パートだったり民間施設経営だったりいろいろだ。
確かなのは、我が家は働き手がせいうちくん1人でたいそう生産性が低いってこと。
某議員に糾弾されちゃいそうだ。
生殖しても、その結果のコドモがあんまり働かないからなぁ。
娘まで含めると、ああ、本当に社会に還元できてない。
せいうちくん、頑張ってくれ。

しかし、昔は楽しかった。
当時は毎日のように見ていた子供たち、とくに男の子は男の子同士のネットワークが強固で、あまり出かけられなくて人づきあいの少なかった私でさえ、中学校の卒業式ではほぼ学年全員の男子の顔と名前が一致していたことを思い出した。
なのに、今はもう、「あの子あの子、なんて言ったかなー、ちっちゃくて気の強い子!」とか言っても名前が出てこないので、ちょっとビックリ。
その場にいる全員がかなりそうだったので、なおさらだ。

そんな中、このメンツは保育園から一緒でずっと同じ小中学校に通い、高校でバラバラになるまで幼なじみとしてそれぞれの家を行ったり来たり、おやつを食べたりゲームをしたり、毎日のように顔を見ていて、私にとってはほぼ兄弟感覚、「準うちの子」。
大学に入る頃までお泊まり会をしていた気がする。

「子供たちも勝手に飲み会とかするといいね。新宿とかで集まればいいんだし」と、今は千葉に住むRくんママが言う。
保育園時代は小脇に抱えて移動していた息子たち、今では自力で電車に乗ってどこでも行けるんだと思うと隔世の感がある。
実際、外でイヤイヤになりそうな時などは、すぐさま「退場!」と言って抱えて逃げることが可能だった。
もう持ち運べない。

まだみんな25歳で結婚には遠そうだけど、うんと年上のにーちゃんたちを持つRくんママはすでに「おばあちゃん」だ。
息子にカノジョがいるのはみんな知ってるので、「せいうちさんとこは案外早いんじゃないか」と言ってくださるが、まだ自立してないからなぁ。
「カノジョがいるけど職がないのと、職があるけどカノジョがいないのと、どっちがいいか。カノジョがいるからって職にはつながらないが、職があればカノジョできる可能性がある!」と、またしても主張してしまったよ。

お母さんたちとコドモたち両方の今現在をいろいろ聞けて、過去が現在に、現在が未来につながる感じがした。
最近気分的に「もう老後」な気分でいたが、同じような年頃の人たちがまだまだ女子力高くきゃいきゃいしてるのを見て、老け込んでる場合じゃないぞと思えたよ。

ちなみに唯一の「お父さん」であるせいうちくんは、全然添え物なんかじゃない。
むしろ私より子育てにどっぷり取り組んできて、学童の役員もPTAも少年柔道父母の会会長まで務めたリア充だ。
保育園はどう探したか、お弁当に何を作ったか、お母さんたちと話が合うという点では完全に私を凌駕している。
「ガス台の汚れはどんな洗剤を使うより、使ってすぐの熱いうちに拭くのが一番!」ぐらいのことは軽々と言ってのける男だ。
今回もフツーにお母さんたちと話し込んでいた。

2時間半飲み放題の3時間コースで、たっぷりおしゃべりできた。楽しかった。
最後にお店の人に頼んで全員の写真を撮ってもらった。
「また忘年会をしましょうね〜」と言いながら帰ってきてから、写真を息子に送ってみた。

「保育園のお母さんたちと飲み会してきたよ。覚えてる?」
すぐに返事が来て、
「もちろん。みんな老けたね」
「よくあなたにおやつ出してくれた人たちだもんね」
「ありがたい」
という会話になった。
老けたね、とはご挨拶ではあるが、それもまたしみじみだ。
人とのご縁はありがたい。

18年9月2日

昨日、飲み会に出かけるまでの間、とても楽しい時間を過ごした。
高校時代の仲良しMちゃんとラインがつながったので、お互いの40年を交換したのだ。

向こうは長い年月の間に飛び飛びにではあっても私のHPの日記を読んでくれていたのでいろんなことを知っているんだけど、私は高校卒業後の彼女の生活をまったく知らない。
「わーっと書いてよ」と頼んだら、「会ってしゃべる方がいいよ」と言いつつ、かいつまんで書き記してくれた。
途中でコメントを入れながらラインし続け、気がついたら2時間半もたっていた。

来年また同窓会がある時には数日間名古屋に行くから、会とは別に会って話そうよ、と提案したら、喜んで会ってくれるそうだ。
これまで私の友達はみんなせいうちくんに引きあわされて無理やり友達にされているんだが、芸術家気質で繊細なMちゃん相手だから、稀少な野生生物に触るようにそろそろと近づきたい。
人見知りされないよう、せいうちくんは抜きで会おう。

自分の40年を総括して、「大した人間でもないけど、ちっとはドラマもある」と言うMちゃん、みんな大した人間じゃないよ、って言おうか、それとも、誰もが大した人間だよ、って言おうか?
私にとってあなたはずっと大きな存在だった。
お互いちょっとしぶとい中年女になってこうしてまた会えて、生きててよかったよ。

それにしても、我々はいつから電話じゃなくて書き文字でこんなに長い話をするようになったんだろう?
話し言葉は宙に吸い込まれて雲散霧消だから、記憶力が弱くて記録魔になってる私にはあとに残るラインやメールはありがたいんだけど、昔だったら「きゃー、なつかしー!」って叫んで受話器握りしめてる場面だよ。

「人差し指が痛くなった」と笑うMちゃんにお別れ言って飲み会に出かけて、20年以上のつきあいのママ友たちに会ったわけで、なんと豊饒な自分の過去。
連綿と綴るタペストリのそこここに輝く宝石のような出会いが織り込まれている。
多くの人から「生き急いでいる」と言われながら夢中でここまできたけど、やっとひと息つけたので、大切にするヒマもなく放置してきたそれらの貴重な宝石を、ここからは手に取って愛で、お墓まで持って行きたい。

しかし、やや早死にの母の歳までしか生きられないとしても20年近くの余命があるのに、生きるの死ぬのって言ってもうお墓のこととか考えてしまうのって、まだ生き急ぐ習慣が抜けない?墓地へまっしぐら?
長生きの家系、しかも年下なのに、早くから遺言のこととか考えさせられるせいうちくんはまことに難儀なことだなぁ(笑)

18年9月3日

明け方に長い夢をみた。

大学でアメリカに留学している、という背景なんだが、実質は高校みたいなところにいて、厳しい中年女性の先生に目の敵にされている。
現実の高校時代の友人Mちゃんが私サイドに立ってかばってくれるのに勇気を得て、なんとか女教師をぎゃふんと言わせて撃退する、というラストまで持って行ったところで目が覚めた。

夢から覚めたばかりの時にいつもそうなように、ぼーっとして、無性にMちゃんに会いたい。
「今日、あなたの夢をみたよ」とラインしてみようか、とか思う。
でもまだ明け方の4時だ。
穏当な時間になるのをじりじりと待っている間にだんだんアタマが冷えてきて、5時半にせいうちくんが起きる頃にはかなり正気に戻っていた。

Mちゃんと長い話をしたから思い出してるんだろうな、お互い現実の生活に追われている中で、あんまり急に一方的に盛り上がっちゃいけないな、と一生懸命冷静になろうとするんだが、なんだか懐かしさと人恋しさが止まらない。

SNSだけで人と会話して、本とマンガばかり読んで、リアルな話し相手はほぼせいうちくんしかいない、っていう生活がいけないのかも。
去年の11月に息子が家を出たことも関係あるのかな。
「空の巣症候群」にだけはなるまいと思ってるんだが。

「これだけ人と接することが少なく家に閉じこもってて、なおかつ客観性を失わないのはかなりスゴイことだ。キミが生まれ持った理性と知性に感心する」とせいうちくんがほめてくれるのは嬉しいけど、けっこう正気を失ってる気がするよ。
特に、悪夢が止まらない。
萩尾望都の「モザイク・ラセン」や「スター・レッド」のように、「夢」につかまってしまうようで恐ろしい。
そのうち戻ってこられなくなるんじゃないだろうか。
そう思うと眠るのが怖くて、ただでさえ不眠症なのになおさら眠りにくくなるぞ。ああ眠い。

18年9月4日

紀伊半島のへんから超大型台風が上陸し、直撃を受けた関西方面はものすごいことになっているようだ。
関西在住のFBの友達から、
「午後は帰宅命令が出た」
「水が止まった」などの報告があり、極めつけは、
「停電した。ウォシュレットも止まりトイレでお尻を拭けないので、カミさんに『懐中電灯で照らしてくれ』と頼んだら、怒られた」という男性であろう。
午後3時に消えた電気は、9時頃になってやっと復活したらしい。もうお尻も救出されたろうか。

私も今日の朝一番に自転車で3分の病院にリハビリに行こうと思い、「自転車で行けるかな?雨だったら傘さして歩いて5分だな」と窓の外を見ていて、降ってないのでギリギリに家を出たら、その瞬間に強い雨がざあっと降ってきた。
あわてて傘を取りに戻り、歩いてる時間はないので病院に「5分遅れます!」と電話を入れて傘さし自転車で急いだ、というバタバタになってしまった。

せいうちくんは定時に帰るはずが会議が入って1時間遅れたと思ったら、帰る頃には電車が止まってしまったらしい。
幸か不幸か、駅構内で上司とばったり会い、一緒にタクシーで帰ってきたそうだ。
家でパソコン見てたら、タクシー配車の記録が出てきた。
帰ってこられた無事を喜びながら聞いてみたら、駅ではもうタクシーに長蛇の列ができていたため、アプリで呼んだんだって。
「アプリ入れといてよかった!使える!」と、珍しく文明の利器を使いこなしていた。
上司も、
「せいうちに会わなかったら、帰れてなかったなぁ」とお喜びだったそうである。

晩ごはんを食べている間にもびゅうびゅう風が吹きまくり、窓をぴっちり閉め切っていても換気扇の排気口からごうごうと音がする。
心が騒ぐ。
子供の頃は台風とか雷とかの天変地異はどちらかというと好きだったんだが、オトナは「明日は洗濯物干せないだろうな。乾燥器使うか?」とか「会社に早く行かないとダメかな」とか考えなきゃいけないことが多くて、できれば何もない方がいい。

台風情報を入れようと珍しくテレビでニュース番組を見たら、看板は落ちる木は折れて枝が飛ぶ橋は壊れる空港は水浸しと、まあすごい有様。
雨よ風よ吹き荒れろ、と誰かが号令してるかのようだ。
25年ぶりの大型台風だそうで、私が生まれた年に東海地方を襲った伊勢湾台風もこんな感じだったのだろうか。

生まれたての赤ん坊と1歳半の幼児とともにエアコンも冷蔵庫もない小さなアパートに閉じ込められ、買い物に行けない、風呂にも行けない、おむつは乾かない、蒸し暑い部屋の中で汗まみれの子供たちは泣きわめく、ああもう阿鼻叫喚。
成長過程のどんな親不孝よりも、この点について「母よ、すまん!」と申し訳なく思う。

しかし、なまじ便利な家電に取り囲まれている分、いったん電気が停まった現代も苦労だろう。
ほら、お尻拭くとこから大変なわけだし。
一方ケータイとSNSの発達により、あり得ないような画像がツィッターに流れる流れる。
FBで友人知人のリアルな被災状況を知るのと同時に、関西の荒れ模様を疑似体験してしまった。

「サザエさんなら。一家総出で雨戸を釘で打ちつけるとこだね」と話しながら、びゅうびゅう吹く風の音に耳をふさぐようにして、とにかく寝よう。

18年9月5日

アメリカの従姉からラインが来た。(英語だ!)
「あなた方の息子は認知症の母の新たな介護スタッフです。たいへん優しく、思慮深く、辛抱強い。あと6日でNYに行ってしまうね。我が家に来てくれてよかった」
息子が「大伯母さん」の手を引いて歩く後ろ姿の写真がついていた。下駄履いてるわぁ。

そうかそうか、息子はそれなりにお役に立っているのか、よかったねぇ、と話していたら、今朝、息子からメッセンジャーで、
「おじいちゃんのライン知らない?」と聞いてきた。
おじいちゃん?せいうちくんのお父さんのことだね?
ラインなんかやってないんじゃないの?
というあたりを確認して終わり。

そのあと、ライン電話がかかってきた。息子だ。
「朝早くごめん、オヤジいる?」と言うので「おーい、息子から電話だよー」と大声で呼ぶと、電話の向こうで「誰を呼んでるの!」と女性と言い争う声がする。何ごと!?

せいうちくんが電話口に出ると、どうやら従姉のお母さん、つまりせいうちくんの伯母さんと話をしてくれということらしい。
そして、伯母さん(完全日本語OKの人である)が厳しく訴える。
「あなたの息子はね、とっても失礼なの。私に、ひどいのよ!言葉遣いも悪いし、態度もとてもひどいの!私の兄弟の息子がこんな風だなんて、信じられないわ!」
この時点ですでに「兄弟の孫=うちの息子」を「兄弟の息子=せいうちくん」と間違えているわけで。

瞬時に事情を察したせいうちくんが、
「それはすみません。本人に言い聞かせますので、かわっていただけますか?」と言うと、「あなたは誰?」。
○○です、あなたの甥です、と説明したけど、あんまりわかってないみたい。
で、電話をかわった息子が、
「いや、ちがうんだよ」と言ったとたん、「ちがわないわよ!なに言ってるの?!」とうしろで伯母さんが怒ってる。

せいうちくん「いいから、お説教されてるふりをしなさい。あやまりなさい」
息子「はい、すみません」
せ「もっときちんと」
息子「ごめんなさい!」
せ「演技の練習だと思って、思いっきり反省してるつもりで、泣きなさい」
息子(泣き声で)「ごめんなさい…うっ、うっ」
せ「もうしないね?」
息子「もうしません。ううう…」
せ「はい、じゃあ、伯母さんにかわって」
伯母さん「もしもし?」
せ「今、叱りました。本人も反省してるようですから、許してやってください」
伯母「でもね、本当にひどいのよ」
せ「はい、すみませんでした。きちんと言い聞かせました〜」
伯母「そう…じゃあ、いいわ。で、あなたは誰なの?」

またひとしきり甥だということを説明して、息子にかわってもらって、
せ「これで大丈夫?」
息子「うん、ありがとう、今向こうに行ったから、もう大丈夫。5年前に来た時よりずいぶん進んでるねぇ」
せ「大変だね。よくやってるようだね」
とねぎらって、NYに行く話を少しして、電話は終わり。
せいうちくんと顔を見合わせる。

私「従姉からラインをもらってなかったら、息子が本当に態度悪いのかと思ってあせるところだったね」
せ「うん、手助けになってるってのは本当らしいね」
私「『おじいちゃんのライン』聞いてきたのって、伯母さんが弟、つまりあなたのお父さんに訴えるって言い張ったからなんだろうね」
せ「うん、きっとそうだ。その線がつながらなかったから僕にまわってきたわけだね。父親の認知症も進んでるらしいし、対談が実現してもあまり進展はなかったろうけどね。血筋の宿命だなぁ。僕も最近物忘れが激しいんだ。なんだか心配だよ…」
私「物忘れ外来とか、行ってみる?」

と、自分たちの話になってしまったが、いやいや、老人介護は大変だ。
最近、まわりの人ともそんな話ばかりしている気がする。
ちょうどそんな年頃で、古い友達に会うことが続いたせいなんだろうけど、高齢化社会日本のこれからを大いに憂いてしまうよ。(いや、アメリカでも事情は同じか。従姉よ頑張れ)

そのあと従姉からラインで、
「I heard my mother was being difficult today with you and your son. Sorry about that. I hope you were able to laugh about it! (I did)」と言ってきたので、
「We laughed a lot!」とせいうちくんが返してくれた。

息子はNY滞在期間中にコミコン(comic convention)があると知って大喜びしてるそうだ。(いいなー、私も行きたい)
荒木飛呂彦が「変人偏屈列伝」で描いてる「カリフォルニアのウィンチェスター・ミステリー・ハウス」に従姉一家と一緒に連れてってもらったらしい。(これも行きたいー)
なかなか実りある渡米生活だ。
あっという間にひと月か。3ヶ月なんてすぐに経ってしまいそうだなぁ。

18年9月6日

FBでは、過去のこの日に自分が書いた記事を知らせてくれる。
2年前には「赤毛のアン」の原書について書いてたのを、最近FB友達になったアン好きの友人に読んでもらいたくて、シェアしておいた。

表紙に写真が載っており、観たことはないんだけどおそらくテレビドラマになったんだろう。
アンは確かにそれっぽい。
何やら語り続けていそうなアンの表情がいい。マシュウもいいと思う。
しかし、マリラはなんだかでっぷり太っており、どうにもイメージが合わない。むしろ「リンドのおばさん」な感じ。

そんな記事を読み返していたら猛烈に原書が読みたくなり、電子化してあるペーパーバックを開いてみた。
うーん、本シリーズの8巻を全作持っていると思っていたのに、最後の「虹の谷のアン」と「アンの娘リラ」は持ってなかったか!

Kindleを見てみたら、おお、8巻組が600円!
大部分がダブってしまうんだが、持ってるのとは表紙が違うんだよね。
コレクターではないけどいろいろな表紙があるのは楽しい。
思いきって買ってしまおう。

電子書籍の英語版を買ったのは初めてだが、なんと「辞書をインストールして単語をタップすると、日本語の意味が出る」のであった。
死ぬほど楽!
翻訳家をあきらめて25年、全然英語に触れないでいたら完全に忘れてしまって今では簡単な英会話も出てこないありさまなんだが、まったく新しいことを始めるよりはマシかもしれないから、老後は少し英語の勉強でもしようかなぁ。
きっとしないけど。勉強と名のつくものはなんでも死ぬほどキライ。

件の友達にもKindleで安く買えると教えてあげようとラインしたら、
「iBookでは無料です」と言われて愕然。
なんか打ちのめされて、今は日本語版の「アンの想い出の日々」上下巻を読んどります。

「赤毛のアン」と「ジブリ」の両方が好きなくせにアニメの「赤毛のアン」を未見であるというその人に、せいうちくんは押しつけがましくGYAOかなんかの映像を送りつけていた。
私は今から第6赤毛のアン「アンの幸福」の原題が「Anne of Windy Willows」と「Anne of Windy Poplars」の二種類あるといううんちくを送りつけよう。
それぞれのオタク道を行く夫婦(笑)

18年9月7日

年に1度、娘の主治医やスタッフさんたちとのカンファレンスがある。
日頃彼女の生活に関わってくれている人たちから、医療上のことも含めていろんな話を聞く機会。
去年は主治医から気管切開の可能性を告げられてやや動揺したが、今のところその話は進まずに来ている。
今年はどうかなぁ。

せっかくせいうちくんがお休みを取ってくれたので活用しようと、日頃は土曜日に行く私の心臓の定期検診に行っておくことにした。
ここのところ安定しないワーファリンの値は「2.0」。やっと「1.8〜2.2」という適正値の範囲に入った。
前回は「3.8」だったからなぁ。
ドクターも安心したように、「これで行きましょう!」とカルテに書き込んでいた。

しかし油断大敵、ずっと警報が出ていたコレステロール値が更に高くなってしまった。
糖質制限で肉やチーズ、卵をたくさん食べているせいだと思い、
「もう少し動物性たんぱく質を控えますから」と言ってみたのだが、
「食生活だけでコレステロールを減らすのは難しいです。心臓に爆弾を抱えていることを考えると、コレステロールは怖いですよ」と言われ、薬をのむことになってしまった。

いや、私自身はあまり薬に抵抗がないタイプなんだけど、せいうちくんはやや自然派で、私の薬が多いのが気になるみたいだ。
最近まわりの人の話を聞いていて、コレステロールの薬は避けたいという意見が多いせいもあるんだろう、なんだか悲しそうだった。
かつてのんでいたほとんど手のひらいっぱいの薬の量に比べれば、朝に10錠ぐらいの今は全然大したことないのになぁ。

薬局で薬をもらって、娘の施設に向かう。
いつものプロ用食材スーパーと巨大本屋に寄ってから行ったらちょうどいい時間だった。
でもスタッフが全員そろうまで少し時間があったので、娘に会って過ごす。
なんだかふっくらして元気そうだ。
身体も今日はよく伸びていて、笑顔も出る。
いろんな体調の日があるんだろう。

準備ができたと呼ばれたので、娘に「待ってて」と言って会議室へ。
主治医の女医さん、看護師さん、保育担当、PTさん、OTさんなど全部で7人ほどが出席。
娘が生活するうえでこんなに大勢の人が関わってくれているのかと、いつもいつも感心する。

主治医の話は去年ほどショックじゃなかった。
胃からの排液が増えていること、体重を増やすために栄養の高い液を入れていること、側彎が進んでいること、毎年じわじわと進んでいる「娘の限界」の話だ。
成人してから、いや、5年前に胃ろう腸ろう人工肛門をつけた時から、少しずつ少しずつ覚悟して来ている話。

気管切開を含めて、毎年確認される「緊急時の延命処置」の話もシビアさを増している。
世の中の趨勢も関係あるだろうが、やはり娘の体力の限界が近づいているせいだろう。
最初に聞かれた時からせいうちくんとの間で「あまりに無理とわかっている延命はしない」方針を確認し、施設側に伝えているけど、今回は特に深刻に聞かれた気がする。

「お父様のご意向はどうですか?」と聞かれたせいうちくんは、
「生まれた時に、まあ言わば『無理に連れ戻してしまった』わけで、今後そういう無理を重ねていくつもりはありません。でも一方で、健常者が普通に受ける救急救命措置は、受けさせていただきたいと思います」と答えていた。
横で私もうんうんとうなずく。

自分自身についてさえあまり積極的に延命しない主義の自分は、娘についてどう思うべきなんだろう。
多くの人が、「ただ生かされている生」なんてぞっとするだろうが、「サポートを受けながら充実した生を生きる」こととの間の広いグレーゾーンのどこに境界線を引くべきなのか。

「娘さんは不快になると声を出してくれるので、体位変換の時間になる前でも発声があれば対応しています」
「気持ちがいいと笑顔を見せてくれて、コミュニケーションが取れています」
とスタッフが言ってくれる娘は、充分にこの世界で居場所を持ち、充実した人生を送っているんだろうと、やっと思えるようになってきた。

娘の暮らす部屋は、たいそう重度の人ばかりだ。
ほとんど意識がないように見える人も多いし、最初は驚いたことにそういう人たちもかなりの高齢だったりする。
比べるのもおかしいが、意識的ではないにせよ動く身体を持った娘は、若くて健康で希望に満ちているようにすら見えるのだ。
この生命が燃え尽きたら悲しいだろう、と素直に感じる。

その一方でいつも心のどこかで最悪の場合の覚悟を固めている、この矛盾がある限り、私はこの世で本当に幸福になり喜びにひたることは二度とないかもしれない。
それこそが、パール・バックが書いている「避けようのない悲しみを経験してしまった者」の道なんだろう。
ただ、大きな川に水が合流してくるように、親を送り友を送りやがては自分も送られると悟った人たちがだんだんこの悲しみを共有して行くように思える。
世界はもともと悲しみでできていて、若い頃はそれを見ないですんでいるだけなのだと思う。
だからこそ、息子にはなるべく今いるところに留まっていてほしい気がするし、いつか私を送る時も「せいせいして」いてもらいたい。
負け惜しみじゃないよ。

今年も書類にサインして娘を施設に託し、よくよくお願いするという手続きを通過した。
せいうちくんと帰る時、楽しかったことや悲しかったことが一気によみがえる。
それもまた人生だから全然OKなんだけど、2人ともものすごく眠くなるのだけは確か。
帰って早寝した。ぐー。

18年9月8日

今日はお友達の家におよばれ。
そのために検診を昨日のうちにすませて1日空けておいたんだ!
張り切りすぎてやっぱり眠れなくなっちゃった。
おみやげのお菓子と低糖質のチーズケーキを焼いたのをクーラーボックスに詰めて、車で出かける。

途中のファミマでは、クーポンでもらえるシュークリームを1個ゲットし、目的地の近くのケンタッキーに昨日注文しておいたチキンをピックアップして、ここでも「チキン1ピース無料お試し券」でお得に買い物。
スマホに入ってるたくさんのクーポンを呼び出し、画面にバーコードを出す時は、ほとんど恍惚としちゃうよ。
おみやげをたくさん持って行けた。

あいかわらずせいうちくんのナビ感覚は抜群で、1時間近くかかる道のりなのに5分の誤差で着いた。
京都から来たお友達のEさんにもまた会えた。
秋には京都を訪ねてEさんのおうちに泊めてもらうことになっている。
噂だけさんざん聞いているダンナさんに会うのも楽しみで、友達の輪がどんどん広がるのが嬉しい。

「うさこさん、やせましたね!糖質制限、スゴイですね!」と女性2人に感嘆されるのはまあいいが、小学生の娘さんまでが私の顔をのぞきこむようにしてにんまりと、「やせたねぇ!」と言ってくれるのには参った。
「女性は小さな時から女性である」って、真実かも。

ランチとお茶をはさみ、「お靴にお船に封蝋に キャベツに王様ぞろぞろと」という感じで、女3人はありとあらゆる話題についてにぎやかに論じ合った。
ダンナさんはおもにキッチンで立ち働き、せいうちくんはそこんちの大勢の子供の話を順繰りに聞きながら、夫たちもそこそこ参戦。

朝の10時半に始まったアルコール一切抜きの宴会は予定通り5時に終了、もっとしゃべっていたい私はいつものように「はいはいはいっ、もう時間だよ。帰ろうねぇ。おいとましようねぇ」と言うせいうちくんに引きずられるようにして退場し、玄関で靴を履きながらもまだ未練がましくしゃべり続け、出窓から手を打ち振る子供たちの姿に涙しながら帰った。

Eさんは新幹線の中から名残惜しげにラインをくれて、
「最初に10時半から17時と聞いた時、そんなに話が持つのだろうかと不安だったのですが、蓋を開けてみたら全く話し足りず、むずむずしています」と驚いていたけど、私はこの集まりで時間が長すぎるなどと思ったことはない。
いつもいつも、時間は飛ぶように過ぎてしまう。

秋まではそれぞれのSNSやブログで近況交換しましょう。
楽しい時間をありがとう!

18年9月9日

息子はそろそろサンフランシスコのせいうちくんの従姉の家を離れてニューヨークに行くはずだ。
せいうちくんがライン電話で従姉にお礼を言いがてら、息子についていろいろ話を聞いていた。

従姉によれば、息子はたいそうガマン強くて、かなり認知症の進んだ大伯母さんの相手を倦むことなくにこやかにしているのだそうだ。
大伯母さんは毎日息子に聞く。
「あなた、どこから来たの?」
息子は答える。
「日本の、東京です」

そうすると、「そう、私は成城なのよ」から始まって、大伯母さん自身の出身大学と自慢のお兄さん(せいうちくんの伯父さんですね)の大学が披露され(気の毒なことだがせいうちくんのお父さんは省かれている。お兄さんと大学同じなのに)、そこまでくると彼女は必ず同じ質問をするのだそうだ。

「で、あなたは大学どこなの?」
息子が「早稲田です」と答えると、大伯母さんは一瞬沈黙する。
そして、態勢を立て直して、「あらそう。まあよかったわね」と言う。
それが毎朝毎朝繰り返されるんだって。
(単調さを破るためだろうか、息子は時々、「台湾から来ました」と言ってみるらしい。もちろんそれで大伯母さんが特にビックリするわけではないようだが、少なくとも聞いてる従姉は吹き出すって)

せいうちくんのご両親を見て非常に学歴主義だとは思っていたが、ルーツはこんなところにあったのか。
こういう小姑がいたんじゃ、お母さんはせいうちくんの教育に燃えざるを得なかっただろうなぁ。
従姉は、
「下の世代では息子くんが一番ランクが高いらしいわよ」と笑っていたが、せいうちくん情報によると、東京に住む別の従兄の子供が医学部に行ったので息子の地位はすでに崩壊しており、お母さんはまた燃え上がっているのだそうだ。
幸い息子にはまだ若い従妹がいるので、期待はそちらが一身に背負ってくれてるらしい。
と言うか、会社を辞めた時に、
「いいんだよ、『お気に入りの孫度』が下がるだけなんだから」とクールに語っていた息子は、よくわかってるもんだ。
我が息子ながら、そういうとこは冷静。

基本的に「ジェントルなナイスガイだ」と誉めてくれる従姉だが、彼が「よく眠る」のには驚き、かついささか辟易しているようだ。
「朝、起きないのよ。夕方4時まで寝てるの。早く寝なさい、って言うんだけど、Netflixで字幕つきのドラマ見てて夜更かし。もっと街を見に行くとか遊びに行くとかすればいいのに、何しにアメリカに来たの?って思うわねー」とあきれていた。
もっとも従姉のダンナさんは、「たくさん眠るってことは、身体が眠りを必要としてるんだから」と言って、できるだけ息子を寝かせておいてくれようとするらしい。
なにやら自然志向な人なんだろうか。ありがたい。

息子が従姉からせいうち一族の話をうんとこさ聞いて(また、逸話の豊富な一族なんだ。どこでも親戚の内輪話ってのはそんなもん?)、何を聞いても、
「何それ、初めて聞く。どうして両親はオレに隠してたのかなぁ」と驚くので、従姉は我々の親子コミュニケーションに大いに疑問を持ったようだ。
一族の歴史も何も、我々の結婚のいきさつぐらいからもう、ろくに聞いてやしないじゃないか。
つくづく子供は親からなんか何も学ぼうとはしない。

ただ、従姉は何度も繰り返して言ってくれた。
「彼は、あなたたち両親をとても尊敬しているし、すごくほめている。面と向かっては言わないけど、立派な人たちで大好きだって」
人受けのすることを言う傾向はあるヤツなんだが、この際ありがたく聞いておこう。

大伯母さんが従姉と同居する前に住んでいた家に行って荷物の整理を手伝っていた息子は、彼女の日本語の本にいたく興味を示したそうだ。
(「今、ミシマを読んでるわよ」って言われた。アメリカまで行って、なぜ!?)
従姉は日本語をしゃべるのはまったく大丈夫だが読むのはあまり得意でないので、息子がずいぶん書類整理の助けになったらしい。
なんとせいうちくんの伯父さんが書いた「一族の歴史書」なるものまで発見され、「あなたの実家にもあるんじゃないの?」と言われても読んだ覚えのないせいうちくんは、「それ、欲しい!」と叫んでいた。
「息子くんが興味持ってたし、私は読めないから、あげるわよ。でも、彼の荷物はぐちゃぐちゃだから、ニューヨークに持って行ったら失くしそう。帰りに寄った時に持たせるわね」と親切な従姉。

全体に日本にいる時と変わらない息子の生活ぶりを聞いてなんだか前途多難だとは思うものの、まあこうして「他人の釜の飯を食う」だけでも何かしら得るものはあるのだろう。
これからニューヨークで2ヶ月、さらなる他人の釜が待っている。
つーか、ここまでは単なる親戚訪問。
ここからだって、ヘタしたら単なる観光旅行で終わってしまう。頑張れ。

我々の胸を一番重くするのは、人間最後にボケてしまって毎日同じことを言うようになると、かなり滑稽な価値観がむき出しになってしまうということ。
運良く長生きできたとして、私はどんなことを繰り返す老婆になるんだろう?
「長生きでボケるDNA」を共有する従姉とせいうちくんも、しきりに自分たちの老後を心配していた。

「母が亡くなる頃、絶対に私はボケてる!」と主張する従姉によれば、オレゴン州では余命のはっきりした患者にはお医者さんがお薬をくれるんだそうだ。(要するに安楽死ですね)
「夫も私も、そういう時がきたらぜひその薬をもらいたいと思っている」と熱っぽく語っていた。
「僕らもその薬、欲しいなぁ。移住しようかなぁ」とうらやましがるせいうちくんに、
「非居住者や外国人についての法律はカリフォルニアと同じだから、たぶん外国人にはお薬くれないと思う」と大真面目な返事が。
冗談ごとじゃないよ、まったく。
我々が老いる頃には、「死に方」を考えておくのが常識ある老人のたしなみになっているに違いない。

18年9月10日

午前中にリハビリが入っていたので、それに合わせてとなりの皮膚科に予約を入れ、一気に済まそうと思っていたら、朝一番にリハビリの時間変更依頼の電話がかかってきた。
担当のPTさんが急に午前休を取ったらしい。

さて、PTさんの新婚家庭に何か起こったか?といぶかりつつも、皮膚科との予約を連動させようといろいろ苦労した結果、両方とも水曜に移すのが一番無理がないとわかった。
ベッドに寝たまますべての手続きが終えられて本当にありがたい、と思う。
コツは、スマホに病院の電話番号を登録する時にメモ欄に診察券番号を入れておくことだろう。

そうすると、今日出かけるついでに明日の晩ごはんのポトフのための粒マスタードを買おうと思っていたのだが、それはどうなるのか。
この際、とばかりにアマゾンを見たら、2千円以上の買い物をすればマイユの粒マスタード中瓶がまあまあの安値で買える。
ちょうどエプソムのバスソルトが切れかけていたから一緒に買って、うーん、まだ目標額に足らないか、では10月に発売のマンガ「二月の勝者」第3巻を予約してみよう。
おお!二千円超えた。

というわけで、粒マスタードとバスソルトは明日宅配便で届く。
一歩も出かけないですんでしまった。
さらについでに、セシールのバーゲンチラシをもとに安くなった夏物Tシャツ等を買い込み、10パーセントオフのキャンペーン番号を入れて注文完了。
勢いづいてアマゾンでやたらに古本をぽちぽちと押す。
あー、散財した!
買い物欲求はすべて画面上で発散させているなぁ。

昨日せいうちくんとの話の中で、
大「早く脚が治るといいね」
私「別に。夜中に痛くて目が覚めるのだけはイヤだけど、歩かなければ困らない」
大「でもやっぱり外に行くと気が晴れるし」
私「全然!(きっぱり)親と暮らしてる時は1人になりたかったし、1人暮らししてる時は寂しいから人を訪ねて行ったけど、今は待ってればあなたが帰ってくるんだからどこかに行きたいとはまったく思わない。家のベッドの中が一番好き」
大「わかってるつもりだったけど、あらためて聞くと驚くね…僕だったら、1人でいたら街をさまよったりしたくなると思うよ」
とあきれられるひと幕があった。

試みにスマホに万歩計アプリを入れてみたら、なんと「ゼロ歩」の日が多いんだよね。
スマホを持ち運んでないだけで家の中なら少しは歩いてるが、それにしても100歩も行くまい。
自分の老後の健康が大いに心配。
まあ、この暑い日々が終わったらもう少しどこかへ行こうという気にもなるかもしれない。
少し涼しくなっただけでありがたがっているが、まだまだ充分に残暑なんだ…

18年9月11日

最近せいうちくんとシャレにならない深刻なケンカばかりするので、「離婚調停にかけたい」と言ったらうーんと考え込まれてしまった。
「何にでも第三者の視点を入れようというキミの発想には日頃大いに助けられているが、それはいくらなんでも…万が一話がするすると進んでしまって、気づいたら離婚されていたりするかと思うと、とてもとてもそんな冒険はできない」のだそうだ。

でもさ、まったくの他人から、
「ダンナさんはとってもいい人のようじゃありませんか。あなたの要求はちょっと過大ですよ」って諭されたら「そうか!」って思うかもしれないじゃん。
こういうことをね、友達から言われると無闇にむかっ腹が立って、ヘタしたら友達を失いそうな気がするのよ。

それでは一歩ゆずってカウンセリングではどうか。これも第三者、プロの視点。
せいうちくんは「うっかりミスが多い」し、私は「イラッとしやすい」。
もしかしたら我々、「空の巣症候群」かも。

これにだけはなりたくないと思い、息子の部屋もさっさとシアタールームにしてしまった。
実際、起きない人を延々起こし続ける必要もなく、食べると言ったのに食べない食事を作らされることもなく、日がな1日自分のためだけに時間を使えていくらでも本が読めて、超快適!と思っていたのだが、やはり寂しいのか?!
専門家から、
「子供が家を出て、これまで子供に向いていた注意が夫婦のお互いに向くようになると、相手の嫌なところや物足りないところがクローズアップされがちなんです。ご自分では仲良し夫婦だと思っておられるようですが、それでもやはり子供が緩衝材になって上手くいっていた、ということはあるものなんですよ」とこんこんと諭されてしまったらどうしよう?

その息子は今日ニューヨークに移った。
従姉が頑張ってくれたおかげで、帰国時にはいったんサンフランシスコに戻ってゆっくり旅の報告をしてから日本に帰ってくるようだ。
「そういうのをラップアップって言うんだ」(出たな、ビジネス用語)とせいうちくんが深く感謝してた。
私は、彼がいきなりメシを食いにくる心配のない日々が少しだけ延びて、嬉しい。

18年9月12日

せいうちくんは朝の4時半に家を出て出張に行ってしまった。
私は午前中に病院のハシゴをこなす。
月曜に整形外科のPTさんが急にお休みを取ってリハビリが延期になったのは、突然の胃痛に襲われていたかららしい。
もう治ったそうだ。ほっ。

皮膚科では傷のケロイドを鎮める注射を打ってもらうと同時に、最近全身の皮膚がかゆいんですと訴えたところ、まあ夏の疲れだろうと言われた。
かゆみどめの飲み薬をもらったが、女医さんは、
「うさこさんは薬が多すぎ!」と不満そうだった。
別のお医者さんがのめと言うからのんでるんですよ。ぷんぷん。

帰ってからはずっとパソコンの前に座り込んで、宴会のアレンジ。
7月末に八ヶ岳でお世話になった長老がその後6連荘で宴会してるらしく、今週末は秋雨前線のせいでイベントが流れそうだからと、宴会をもちかけてきてくれた。
先日、「また八ヶ岳に行きたいですぅ」とすり寄ったらにべもなく断られ、「我々は長老に飽きられた?」と卑屈な敗北感にまみれていた似たもの夫婦の我々は、「飽きられてなかった!」と奮い立ち、今、急な宴会を成立させようと苦労している。
早い時間から飲めて、ビールがおいしい店で、2軒目はカラオケなんだそうだ。

飲み放題のビールについての長老のうるさい好みをかいくぐって店に電話をしまくる間にも、目星をつけていた人々がメッセンジャーとメールで次々と断ってくる、なかなかキビシイ状況だ。
さすがに皆さんもうオトナなので、直近の週末、しかも3連休ともなるとしっかり予定が入っていて、突然勃発した宴会はあまり歓迎されない。
私、こういうの苦手なんだよね。
状況が刻々と悪化して手の打ちようがない中、難しい要求を充たさねばならない。内憂外患。
失望と達成意欲のはざまで揺れながら、キリンのビールの店で手を打ってもらう算段を。
メンツについてはくらぶの名簿を前にうーんとうなってるけど、もう手持ちの候補がいないよう。

急な話なのでメールの返事を待っておれず、10年ぐらい音信不通の男性はケータイ鳴らしても出ないので、せいうちくんが家電話にかけてくれた。
1人暮らしのはずなのに、なんと女性が出たそうだ!
いつの間にか結婚してた?
飲み会は仕事があるからと断られたんだが、
「ところで、聞いていいかどうかわからないんだけど、さっきの女性は・・・?」と期待に満ちたせいうちくんが尋ねると、
「ああ、母です。2ヶ月に1度ぐらい、来てくれてるんです」と言われて、一気に力が抜けた。

結局、風邪をひいてるので治ったら参加、という1人の予備役を含めて7人のメンツが確定。
「むちゃくちゃ断られました!」と長老に報告すると、
「わし、人望ないのかなぁ」と不安がりつつも、「人数が少ない方がカラオケの順番が早く回ってくる!」と前向きだった。
2時間の宴会後、4時間半、70年代アニメソングを歌いまくる予定だ。大丈夫かしらん、ドキドキ。

息子が9月10日にニューヨークに着いたこと、翌9月11日にはワールドトレードセンター跡地の「9.11メモリアル」に詣でたことを、時差の関係で今日、サンフランシスコの従姉経由で聞いた。
このタイミングでのニューヨーク入りは計画的なものだろうか?
日本でも終戦の日とかには黙祷を欠かさないヤツだったし、わりと「正しい時に、正しい場所にいる」才能に恵まれていると感心する。

しかし、前述の1人暮らし男性のことを思うと、息子が50過ぎた時に80過ぎた私が通って世話をしている可能性もあるのかと、ちょっとアタマが痛くなった。
せいうちくんに行ってもらおう、という問題でもないしなぁ。

18年9月13日

このところ快調にマンガを買っている。
「美内すずえ作品集」や「坂田靖子セレクション」をそろえたり、気に入り作家の単行本を買いあさったり。
Kindleが充実していて、驚くほど古い版のものが買えたりする。

今日は庄司陽子の「Kindleで0円」をたくさん買った。
たいていは3巻とか4巻ものの1巻だけが0円になっているので、読んで続きが気になれば代金を払って買うことになる。
紙の古本を買うと送料がかかるうえ裁断して自炊する手間が発生するから、150円ぐらいより高かったらKindleで買う方がいいような気がする。
同じ手間のない電子書籍でも、試し読みやレンタルはどうも性に合わない。

せいうちくんが心配するところの「電子本屋のサーバー内の本棚に保管しておくことになり、自分のパソコンに取り込めないから、もし相手の本屋がつぶれたら買った本が全部無駄になる」点だが、電子書籍もずいぶん浸透してきて、おまけにKindleは世界的な大手だ、そろそろ大丈夫だろう。
私はバリバリの「所有したいタイプ」なので、本当は本は自分の管理下に置きたいんだけど、それを言ったら電子化した時点で紙の有体物よりはずいぶんあやふやなものになっているわけだから、まあいいや。

ところで最近、情報収集はおもにツィッターに頼っていて、いわゆる「バズった」話題を追いかけていろんなコメントを読んだりする。
今日のトピックは、某女性声優のスマホ画面がテレビにちらっとうつったところ、「生理管理アプリ」を入れていたことが知れ渡り、軽く炎上した件。

別に生理周期ぐらい、女性なら誰でも管理するだろう。
もう不要になってしまったが、昔は手帳につけていたし、今ならアプリを使いたい。便利そうじゃん。
しかし、世の中には「生理を管理する女は非処女でビッチ」と断定する輩がいるらしいのだ。
その根拠には二通りあり、
@ 処女は生理周期が一定で、管理する必要がない
A 管理するのは安全日を特定するため、つまり乱れた性生活を持っている
だそうである。
どういう迷信だ!どこの世界の童貞だよ!

かなり憤慨して、帰宅したせいうちくんとの雑談タイムに話したら、なんとせいうちくんも、
「性生活のために周期を見てるんでしょ?もちろん全然悪くはないんだけど」と言う!
オンナに縁のない青春を送ってきたかもしれないが、30年も結婚してる人がこうとは…情けない。

「女性がセックスのためだけに生活してるとでも思ってるの?仕事とか旅行とかと重なったら困るから、予定を立てる時には生理周期と相談するに決まってるじゃない。何もない時だって、もうじき始まるかなーって思ったら白いボトムズなんかはけないよ。普段から生理用品をひとつぐらいはバッグに入れとくにせよ、近づいて来たらたくさん持ち歩かなきゃいけない。そーゆー苦労も知らずに、いったい女性をなんだと思ってるの?!」

と、しこたま叱られる羽目になった可哀想なせいうちくんでした。
「初めて会った日にも、キミは『女性は生理があって損なうえ、常に侵入される不安とともにある。少しは穴のある立場にもなれ!』って怒ってたね。変わらないなぁ」と喜んでるから、いいんだろうけど。

私はひたすら重くて頭痛がするだけで特に機嫌が悪くなったり凶暴になったりはしなかったと思うのだが、世の中には、
「奥さんが生理前には3日間猛烈な勢いで罵倒してきて離婚しかねない荒れようなんだが、始まるとけろっとおさまる。一度でもそういう目に合った男が、奥さんの周期をアプリで管理してあげても全然不思議はない」と力説する男性までいるようだ。
「疑似陣痛」じゃないけど、それぐらいは共有してもらってもバチは当たらないかも。

さすがにそういうアプリはもう使わないので、「糖質管理アプリ」を入れてみた。
食事の内容を入力すると、糖質を計算してくれて、データがたまればグラフにしてくれる。
少し面倒だけど、達成感としては悪くない。
もっと早く入れればよかった。
体重を記録しておけるだけでも助かる。

こうして私のスマホはますます妙なアプリでいっぱいになっていくのでした。
神田松之丞のチケットを「e+」で入手した時も、引き換え開始日をリマインダーに入れてメモ欄に払込票番号を書いておいて、スマホに導かれてファミマで取った。
時代はこんなに便利になっていいんだろうか。
私が生きている間に、生活はどこまで進化するんだろう。
少なくとも技術的なことに関して、「昔の方が良かった」とはまったく思わない、天をも恐れぬ文明礼賛者である。きっぱり!

18年9月14日

さらに40冊ぐらい庄司陽子を買った。
紙の本で15巻のセットも届く。明日は5巻組と4巻組がくる予定。
「生徒諸君」だけでも第1部24巻、第2部25巻、第3部が現在までで28巻あるわけで(もちろん全部持ってる)、一体この人は生涯に何冊のコミックスを出してるのかなぁ。

先日は坂田靖子にはまってセレクション17巻組を買ったついでに、古めの作品集を10冊ほど買い(文庫でよければけっこう入手可能)、なんだか嬉しくなって、昔から坂田靖子ファンの友達に自慢してみた。
そしたら夜中にスゴイ勢いの長文のメッセージがきた。
向こうも少なからず興奮してしまったらしい。
好きな道というのはあなどれないものだ。

普段淡白な彼女にしては珍しく熱く語り、どのへんを読むべきか教えてくれた。
ただ、絵画オンチでストーリー重視の私がこの「不可思議な味わいの北陸の星」に走ったのが腑に落ちないらしく、
「長編好きのあなたが坂田に来るとは、ちょっと意外でした」と、あまり驚かない人なのに、驚いていた。
私としては、大作好みの成金が老境に入って侘び寂びも身につけたいと思い始めた、というイメージで行動しております。
こう見えても「D班レポート」はLaLa連載時から注目してたし。
あの頃はよかったよねぇ、花ゆめ、ぶーけ、LaLa、ASUKAぐらいまで、夢のような時代だったよねぇ。

困ったことにアマゾン徘徊が止まらない。
データで買う分には空間的な制限はないんだけど、お財布にはもちろん天井がある。それもそんなに高くない天井。
ふとチェックし始めた松苗あけみで、かなりの作品がKindle Unlimited読み放題になっているのを見つけた。
未読のものもけっこうあるし、何よりUnlimitedは会費払ってるのに全然使ってないんだ。今使おう。

というわけで、1日中タブレットでマンガ読んでました。
実は毎日そうなんですけどね。
本来有料のものを無料(しつこいようですが、会費は払ってます)で読めるってのが、いつもの読書よりも興奮度が高いかも。
バーゲンに突進する心理ですね。
そしていらないものまで買う…いや、世の中にいらない読書なんてものはない!

一番の問題は、よほどの駄作でない限り結局買い直してしまい、何のお得にもなっていない点なんだ。
服や宝石には興味ないんだから、と自分に言い訳してるけど、そろそろ宝石代に迫ってきてる気がする。
無産な専業主婦が使っていい額じゃないだろう…マンガ代のために、パートに出ようかしらん…

18年9月15日

夜中にせいうちくんと大ゲンカした。
もう離れて暮らした方がいいということになり、
「ホテルかウィークリー・マンションに移る。将来の蓄えは減ってしまうけど、仕方ない」と言うせいうちくんに、現実的な解を探すのが癖になってる私はほとんど自動的に提案してしまった。
「息子のアパートが空いてる。家賃は我々が払ってるわけだし」
大粒の涙をぼろぼろとこぼしながらも、この提案力!

ケンカの間中最大の気がかりは、
「明日はクラブの人たちに会うのに、どういう顔していよう?『今度、別居しま〜す!』ってわけにもいかないし」という点だった。
私の性格では会って5分で暴露してしまうだろう。
そもそも楽しくカラオケできるわけもなし。

さりとてこれだけ苦労してセッティングして強制招集かけておいて、「欠席する」って選択もあり得なく思えた。
まあ結局仲直りしたわけなのでよかったが、朝の5時までもめてたので起きるのつらい。
生活が続いて行くならば八百屋にも行かねばならないし、ごはんも食べる。
Life must go on.

参加メンバーは6人。

A:まんがくらぶの長老。ビールとカラオケを愛する前期高齢者。やもめ。
B:長老世代の副官的存在。システムエンジニア。既婚。
C:某ビール会社勤務。ソムリエの資格を持つワインマニア。独身。
D:酒とタバコを愛する地主階級の高等遊民。独身。
この男性4人+せいうちくんと私。
風邪が治ったら出席すると言っていた男性は、やはり無理であった。

まずはキリンシティでビール飲み放題。
ソムリエは社内の立場上「SNSへの顔出しNGでお願いします」だそうだ。
顔の写ってない写真なら上げてもいいかと思ったが、彼は常に特注一点物のシャツを着ているので、服だけでバレてしまうのだった。

カラオケは4時間半、と長老からリクエストを受けていて、念のためお店に「延長はできますか?」と聞いたら、
「土曜の夜で混雑が予想され、できないかもしれません。受付の時に長めのお時間で申し込んでいただいて、それより早く帰られてもそこまでの料金で大丈夫ですから、『さすがにこれ以上は歌わないだろう』というぐらい最長のお時間でお部屋取られては?」と提案してくれた。
長老にその旨伝え、
「だから、6時間とか申し込めば?」と言ったら、「それでいこう!よくやった!」とお褒めの言葉をたまわった。

キリンシティのビール飲み放題は案外コスパが良くて、お料理も満足度が高く、皆さん「これは当たり!」という反応だった。
さすがはビール好きな長老の提案したお店。
デザートのシャーベットは食べ切れない人も出て、2時間ちょっとで次へ。

曲数が多いとされるJOYSOUNDの部屋を6時間お願いして、さっそく歌い始める。
私は景気づけに「勇者王ガオガイガー」と「救急戦隊ゴーゴーファイブ」。
前夜のケンカでちょっと悲しかったので、ことさらに声を張り上げて歌った。
いや、本当に6時間ノンストップでしたよ。

人の歌を聞いてるヤツなんかいやしない。
誰のリクエストだろうと、その歌を知っている限りの全員が大音量で歌いまくる。
そして、長老とBくんが入れたマニアックすぎる2、3曲をのぞいて、私は全部知っていた。
(「これは付録のソノシートを持っていた人しか知らないんだ!」と長老が自慢するウルトラQソングを、なぜ知っているのか?)
むしろDくんが入れるコミカルなアニソンの方がめずらしかった。
(どうして彼は「はじめ人間ギャートルズ」とか「いなかっぺ大将」とかばっかり歌うのか?)

せいうちくんが甲高い声で歌う「ヤマトより愛をこめて」、ジュリーの大好きな友人Eさんにぜひ聴かせたいと思い、スマホで録画した。
あとで送ろう。

大昔に長老を中心とした先輩たちが作った替え歌「留年ソング」を長老もBくんもよく覚えていて、字幕を無視して替え歌の方を歌う場面も多数。
なぜか私も覚えてる。
長老の意向としては、留年歌集のコピーを作って次回は大替え歌カラオケをやりたいそうだ。

こうして歌ってみると、アニソンというのは人に勇気と元気を与えるものだなぁ。
ほぼすべてが、ポジティブ。
それに、6時間歌っても歌っても尽きないほどのアニソンを自分が知っていること、それを大笑いしながら一緒に歌う仲間がいること、「ああ、どうしようもなくオタクだ!」と思い知りながらも、楽しかった。

ほぼずっと最大リクエスト曲数の20曲ぎっしり入っていて、「リクエストがいっぱいです」のエラー表示を出しながら、本当に6時間が経過した。
「追い出されるまで、歌うぞ」とまだマイクを離さないメンバーを部屋に残してお会計をし、料金を徴収して、リクエストしてた曲を全曲歌い終わるまで待って、やっと部屋から出てくれた。
楽しかった!
「こんなに遅くなるはずじゃなかった。カミさんが夕食作ってたらどうしよう…」とおののくBくん以外のメンツは、とても機嫌よく帰って行った。

我々はタクシーで帰ったが、後日SNSで知ったところでは埼玉まで帰るはずの酔っ払いDくんは、爆睡して延々乗りこして地の果てまで行き、終電を逃して歩いて帰ったらしい。
破滅的な酔っ払いである彼は飲み会のあとよくこうなる。
「タクシーで連れて帰ってうちに泊めてあげればよかったかなぁ」とせいうちくんは後悔してるようだったが、今夜はダメだよ、私たち、一生懸命仲直りしなきゃいけないんだもん。

カラオケの最中に隣に座ったせいうちくんの顔を見るたび、この集団の中で出会い、ずっと仲良くやってきたことを思い出していた。
彼が「ひみつのアッコちゃん」の裏歌を入れて、「アッコちゃ〜ん、アッコちゃ〜ん、好き好き〜!」と歌っていたのは、私へのアピールだったのだろうか。
少なくともケンカのことを知る由もない他のメンツは、「あ〜あ」って顔してたぞ。

「八ヶ岳で聴かせてもらったアニソンジャズのCD、貸してくれるかタイトルを教えて」と長老に頼んでおいたら、SDカードをくれた。
聴きたかったもの以外にも、古いアニソンがいっぱい。嬉しい。
iPodに入れてシャッフルでかけっ放しにして聴いている。
これからも我々はアニソンが大好きだろう。

18年9月16日

昨日、飲み会で長老とマンション見学の話をした。
彼も近所のモデルルームをよく見に行くんだそうだ。
数年前に遠くの一戸建てを処分して23区内のマンションを買った人なので、ちょっと驚いて「また買うの?」と聞いたら、
「もちろん買わないが、勉強になるし、いい娯楽だ。時々おみやげももらえる」と真顔で言っていた。

こんなに私と趣味や考え方が似ている男もいるもんだ。
なのに、合理的すぎて細かすぎると思う。
かなり抜けてるせいうちくんの方が安心できていい、なんて、どこか間違ってるのかも。

というわけで長老を見習って、暑いからしばらくお休みしていたマンション見学を再開しよう。
今日は駅前南口徒歩17分。
あまりに遠いのでほぼ無理だが、プレミアムモルツ半ダースくれるんだ。
糖質制限だから飲めないけど、お客さん用にしよう。

もう販売が始まってかなり経つせいか、あまりお客さんは来てない。
そのわりに売り込みが激しくないのは担当さんの個性か現場のあきらめムードか。
かなりすんなりと価格表が出てきた。
想像してたよりずっと安いので、「借地権じゃないですよね?」と確認したほどだ。うん、所有権だった。
するとやはり駅近とは言い難いこの距離のせいか。

これまで見たどのモデルルームよりも内装などが質実剛健というか、よくあるきらびやかすぎるあり得ないような室内ではなかったことや、冷蔵庫こそ置かないものの食器棚やテレビが置いてあるのは珍しくて、好感が持てた。
あと、最近必ずついてくるディスポーザーはなじみがなくて敬遠してたんだが、デモ装置を展示していて、カットしたにんじんを入れて実際に水を流して粉砕するところを見せてくれたのはとてもよかった。
「この展示はぜひ今後ほかのモデルルームでもやってください!」とお願いしてしまった。
せいうちくんも、「生ゴミが削減できて、ゴミ捨て場の管理が楽になるんです」との説明を聞いて、「その視点はなかったです!」と目からウロコだったらしい。

担当さんは、
「今は高いから待てなんて言う人がいますが、モノの値段はなんでも上がる一方なのに不動産だけ下がる、なんて話があるわけないでしょう?」と、プチバブルを否定していたが、いやムチャクチャ変動しますがな、って思ったよ。
黙ってプレミアムモルツもらって帰ってきたけど(笑)

帰りに買い物に行ったら、スーパーの牛乳の棚がからっぽになっていた。
北海道の地震の影響らしい。
牛乳の主要な産地だもんね。
(かろうじて売っていた低脂肪乳を2本買って帰ったが、息子が家にいる頃だったら困ってただろうなぁ。週に8本消費してたから)
こういう光景を見ると現実に災害が起きたのだと実感される。
現地はどうなってるだろうか。

北海道には3度ほど旅行に行き、そのたびに「どこにでもあるなぁ、セイコーマート」と思ったそのセイコーマートが「神対応」で評判になっていた。
停電中も外に停めた車のバッテリーで電源を確保し、ガスで炊ける調理器が供えてあったので温かい食べ物を供給できた等、さすがは北の護り、と、地元に根差した経営の強さを見せつけた感がある。
自衛隊とかコンビニとか、いろんなものが見直される災害時。
東京もよく揺れる。注意しなくっちゃ。

18年9月17日

こないだラインが開通した高校時代の友達Mちゃんと、また延々ラインでお話しした。
気がついたら、夕食はさんでとは言うものの、3時間近くが経過していた。
高校時代がかえってきたようで、とてもとてもじーんとしてしまった。

親の介護がのしかかってきてる人が多いのに驚く。
50代は、子供のことが終わったかと思ったら親、きっとそのあとは自分の退職や健康問題で、憂いが止まるヒマがないんだろうな…
親問題が終わってるだけでも私は幸せだ。

なんだか交友関係が広がっている最近の日々、大学時代の音楽サークルで大好きだった女性の先輩にSNS上で再会できたこともたいそう嬉しい。
友達申請を出してみても反応がなかったんだけど、私が連絡取りたがってることを他の先輩から聞いて、久しぶりにSNSをのぞいてみたらリクエストが来ていた、気づかずにほうっといてごめんなさい、とメッセージをくれたのだ。
もちろん友達申請も受けてくれた。

メッセンジャーでやり取りをしたら、私の家の近所に時々用事で来るそうだ。
「今度連絡しますね。お茶でもしましょう」と優しく言ってくれるところは昔と変わらない。
とても憧れていた女性なので、また会えたら嬉しいなぁ。

5年前にスマホを買った時は、ラインもメッセンジャーも、何をするものなのか全然わからなかった。
FACEBOOKを始めて、インスタにも手を出して挫折しながら、一生懸命友達を増やした。
家にこもりっぱなしなのは変わらないのに、リアルの友達とも日常的にやり取りができるようになって、行動半径が広がったような錯覚を覚えるほどだ。
息子の動向を知りたくて始めたツィッターは最初リツィートもフォローも意味すら不明だったが、最近ではリプライまでじっくり読んで楽しめるようになったし、多くのニュースはツィッターで知る。

本当に、いい時代に暮らしている。
リアルでは会ったことのないFB友達が、「職場でタブレットを手にうんちくを傾けてばかりいる男は、『モーゼ』と呼ばれています」と笑いながら教えてくれたことがある。
iPadを手放さずに家の中をうろうろしている私を見ると、せいうちくんは、
「モーゼは確かにタブレットを持っていたんだと思う。文明はかつて失われたけど、またここまで来たんだよ」と言っている。
再び来たこの時代を、大歓迎する。
エセ自然回帰主義者の息子に「SNSに頼りすぎ」と批判されても、知ったことか。

18年9月18日

ニューヨークで息子がブログを更新した。
ここ4日ほど完全に止まっていたので、実は生きてるかどうかちょっと心配してた。
死んでたら死んでたで、まあ仕方ないかとは思うんだけど。
彼は彼でめくるめくような毎日を絶賛体験中で、親のことなんか思い出してるヒマなんかないんだろうし、それはそれで正常なことだからいいんだが、何かあったらいつ、誰が連絡してくれるのかしらん?

ツィッターもやっと動いて、そうか、MOMAに行ったのか。
ニューヨークに行くなら見に行きなよ、と言ったら、「もちろん行くよ!」と言われたものだ。
いつか私も行きたいなぁ。

美術館の前で学ラン着た写真が載っていたが、日本人の制服姿って奇異に映らないんだろうか。
そもそももう高校生じゃないくせに。
こじらせた制服ディズニー?

だいたい、いったい誰が写真を撮ってくれたのか。
通りすがりのニューヨーカーにケータイ渡して撮ってもらったのか。
持ったままぴゅーっと逃げられたらどうするんだ。
異国でいきなりケータイなくすとダメージでかいぞ。

などなどいろんな心配をする。
日本よりマシなのはパチンコでスッちゃわないことだけかもなぁ。

18年9月19日

先週の金曜日にやっていた「高校生クイズ」を録画しておいて見た。
毎年楽しんでるんだ。
今年は「地頭力(じあたまりょく)」を問うのだそうだ。

昨年優勝の桜丘高校に、クイズのために名門鹿児島ラ・サールから転校したという双子の兄弟にシビれた。
めでたく今年も優勝を果たした桜丘高校の偏差値が44だと聞いてなおさらだ。
こういうガッツのある若者が増えるといいなぁ。
転校を許した両親はきっと素晴らしい方たちなのだろう。
「オレたちはどこの高校からでも東大に行ける!」と説得する双子を妄想すると、萌える。

一方で、秋篠宮の悠仁さんが東大進学で有名な中学校に特例入学するというのは本当だろうか。
愛子さんも「東大に行けるほどの優秀さ」と宣伝かまびすしい。
皇族は一般的な就職をするわけでもないし、そういうたぐいの頭の良さは求められていないと思うんだが。
一般家庭でよくあるようにお母さんたちの頭から出た考えだとしたら、民間から妃を迎えることに疑問をさしはさみたくなるぐらいだ。
東大に入ることで何かの優秀さを証明するなんて、あまりに発想が庶民的なんだもの。
学歴でのし上がる余地は、国民に残しておいてもらいたいものだ。

18年9月20日

せいうちくんは、来月初めの金曜日が創立記念日でお休みになるのを忘れていた。
いや、私も忘れていて、5年前の日記を読んでいたら、お休みなのを忘れたせいうちくんが仕事を入れてしまって出社せざるを得なくなったと書いてあったので、「そう言えば今年もそろそろ」と思って聞いてみたらビンゴ!だった。
明けて月曜は体育の日でお休みなので、4連休。
そういう意図の元、会社が設定してくれたのだろう。
「合併してまだ日が浅いので、つい忘れる」と言うが、もうけっこう昔のことじゃないか。

ここ2、3年働きすぎと思えるせいうちくん、この夏に難しい仕事を一緒にやっていた人から、打ち上げの席で、
「夏中、身体の調子が悪かった。せいうちさんはそんなこと全然ないんでしょう?」と聞かれ、
「いやいや、すごく具合が悪かったですよ。妻から『そんなにつらいなら、会社辞めてもいいからね』と言われてました」と言うと、相手は、
「そうですか!うちもまったく同じことを言われました。でも、この3連休寝てばかりいたので、『辞めたらずっと寝てる人になるのかしら』とも言われましたが」と苦笑いしていたそうだ。

「お2人が辞表を胸にのんで仕事をしていたとは、知りませんでした!」とかたわらの人が感心したり驚いたり、というひと幕もあったらしい。
サラリーマン人間模様。

どこの奥さんも夫のことを気遣って「会社なんて辞めてもいい」と思っているとわかってほっとしたが、夫の方は「辞めるなんて考えられない」んだろう。
わかりきっている退職の日に、茫然とするんじゃないかと心配だ。
必ず死ぬとわかっていながらついつい死に支度を避ける心の動き同様、必ず定年が来て会社を辞めるのにそのことを考えたくないという人の気持ちが理解できない。
私はきっと情緒的に何か欠陥があるのだろうなぁ。

そんな忙しいせいうちくん、帰るコールの時に嬉しそうに、
「もう週末だ!お休みだよ!」と言う。
今日は木曜だから、あと1日行ったら、って意味だと思って、
「うん、土日でも午前中30分10円のカラオケ見つけたから、今度行こうね」と言うと、
「いいね!じゃあ、明日行こう」。
「明日は金曜じゃん」
「えっ…」

どうやら1日間違えていたらしい。
明日はもう土曜でお休みだと思い込んでいたので、帰り道ずっとひざから崩れ落ちそうな気分だったと語っていた。気の毒に。
あと1日、お互い頑張ろう。

18年9月21日

先日の面談で「個人情報の利用」についてお話があったが、さっそく娘の写真・映像を研究発表に使いたいという依頼があった。
「胃から十二指腸へ胃液通過を促すためのポジショニングの試み」という内容なんだって。
娘は特製の腹臥位マットを作ってもらって、うつぶせの姿勢で腸ろうから栄養液を注入してもらっていて、そのやり方が広まることで消化器に負担がかかりがちな大勢の人が楽になるかも。
みんなのためになる、立派な研究だ。
娘もお役に立てたら嬉しいだろう。
彼女なりの社会参加。

先日、飲み会の席で長老から、
「娘ちゃんはどうしてる?」と言われたので、最近面会に行った時に撮った写真を見せたら、
「バケモノみたいな顔になったな。昔は可愛かったんだが」と驚いていた。
実際、シロウトがいきなり見たら驚くのが当たり前の、ちょっとグロテスクな娘なので、むしろそう言ってくれることに温かいものを感じた。
「せいうちくんが顔を寄せてるのがいけないんじゃないか。慣れてない大きなものがのしかかってきたら普通イヤで、こんなふうに眉間にしわも寄るぞ!」って笑ってくれるのも嬉しい。

「こういう子たちは天使のようね」なんて言われる年でもないし現実はおおむねシビアなものだ。
その中で生きて行かなくちゃ。
自分がハタチの頃の日記に、

「現実の重みに踏みつぶされそうな時→現実の足の裏をくすぐる」

と書いてあった。
笑ったり笑わせたりしてれば何とかなる。
この心がまえを持ち続けたい。

18年9月22日

7時からの安いお値段のカラオケ、「朝カラ」に行きたいと思ったんだけど、そうすると毎週恒例の野菜の買い出しに行けないから、明日にしようってことになった。
というわけで、9時には八百屋に行く。

先週は、台風の影響やら気候の急変やらで驚くほど野菜が少なく、いつも店先で元気よくカゴ盛りの野菜を売ってるおばちゃんが悲しそうに、
「もうー、何にもないのよー。この店になきゃ、どこにもないわよー」と割高なナスを並べていた。
今週はさすがにかなり回復していてよかった。
でもナスはやや高だね。大好きだから買うけどさ。
「みょうが」の大袋が200円で買える今の時期に「ナスとみょうがの味噌汁」を飲まなかったら1年間生きていけないので。

大袋4つの野菜を下げて帰って、冷蔵庫に入れる係のせいうちくんは毎回、「今日も奇跡のようになんとかなった」と肩で息をしている。
週末に処理をしてしまうとだいぶ嵩が減るんだが、買ったばかりの野菜は凶暴に場所を取るから。
入り切らないキャベツや大根がキッチンの隅で不服そうにしている。
「スキあらば腐ってやる」と言いたげな反抗的な様子。
傷む前に煮てあげるからね〜

夜、サラダにのせようと思って、買ったはずの「しそ」を探すも見当たらない。
「2束入りの袋を買ったんだけど?」と収納係に聞いたら、ちょっとひきつった顔になって、
「僕、しまった覚えがない!お店に忘れてきたか、車の中に落としたのかも!」と今にも車を見に行こうとする。
機械式駐車場の地下だから、面倒くさいよ。

私「あわてないで。うーん、そういう時はね…ほうれん草の束はどうした?」
せ「袋ごと、冷蔵庫につっこんである」
私「まずはそこを見よう」
せ「この袋に…あっ、しそが、あった!」
私「八百屋さんでほうれん草を袋に入れる時しそも一緒に入れて、そのままだったんだね。よくあることだよ」
せ「すごい…捜査すらしないで解決した。安楽椅子探偵だ!」

動き回るのが面倒だから探す前にありそうな場所を考えてみるんだが、せいうちくんは考える前に動く方が楽らしい。
頭はいくら使っても減らないと思うが、彼にとっては身体の方がよっぽど減らなくて、考えるのは常にとっても疲れるんだそうだ。
これからも私の手足となって、一緒に事件を解決しようじゃないか。
私の胴体がせいうちくんだったら、ものすごく有能かつ生産性の高い人間が1人できあがるのかしらん。
それが息子というキメラだと夢想したこともあったんだがなぁ。

18年9月23日

朝7時から12時まで、1人30分10円(ワンオーダー制)のカラオケ、「朝カラ」に出かけた。
500円のフリードリンクを頼んで、5時間歌って1人600円(消費税別)。これは安い。

先日はまんがくらぶの友人たちとアニソン縛りで楽しかったが、今日はまああんまりテーマもなく好きなように。
いちおう「せいうちくんが知らない古いフォーク」を歌ってあげるよう心掛けた。
5つの赤い風船の「血まみれの鳩」「遠い空の彼方に」とか、加藤和彦の「家を作るなら」はしだのりひことクライマックスの「ふたりだけの旅」とか。
大好きだと言う「子犬のプルー」は堀江美都子だったのか!

中学の時からフォークギターを弾き始めたので古い歌は得意だ。
一方、せいうちくんは4歳の年齢差があるうえに、中高と勉強漬けだったため、若者の歌に疎い。
その割に「古いもの好き」なので、知らない曲ばかり歌う私を「歌のおねーさんだ」と嬉しそうに眺めていた。

あとは個人的な趣味でアルフィーと谷山浩子をたくさん。
谷山浩子は意外と難しいし、あの不思議な声で歌うからいいのであって、低くて太い声の私はやっぱり山崎ハコとか中島みゆきを歌うべきかも。

意外なほど、メドレーに燃えた。
「アルフィー」「松任谷由実」「中島みゆき」などを選んでみたら、どの曲もいちおう知ってる。
「吉田拓郎」はすでに難しく、「なにこれ?!知らない!!」というような曲の演奏が始まってしまう。
「イントロ当てクイズ」の様相を呈してきて、非常に盛り上がった。
ちなみに「松任谷由実」のメドレーは4シリーズもあります。

5時間あっという間で全然困らなかった。
カラオケ屋が「大阪銀たこ」とコラボしてたこ焼きを売っていたので、つい注文して食べてしまった。
昨日スーパーの冷凍食品で確認したところでは、たこ焼き6個の糖質はおよそ40g。
私が1日に摂っていい糖質が60gであることを考えると、あり得ない話だよね。
案外「米の飯」が食べたいとは思わないんだが、たこ焼きとかお好み焼きは食べたいなぁ。大阪人でもないのに。
おそらくは冷凍物をレンジであっためて出すカラオケ屋の「銀たこ」はあんまりおいしくなかった。残念だ。

持込み自由なので、持参の低糖質チーズケーキを食べ、ワインを飲み、ワンオーダー制のため頼んだ500円のフリードリンクでアイスコーヒーを飲みまくった。
それで5時間1800円ぐらい。
(ほら、今日はたこ焼きも食べたから)
かなり安い娯楽と言えよう。

2人で5時間はいくら何でも間が持たないかと思ったが、あっという間に時間が過ぎて、2人とももっと歌いたかった。
帰り際にせいうちくんにせっつかれて、翌日の予約を入れて帰りましたよ。

お昼にステーキでも食べて帰ろうと話してたんだけど、けっこう飲み食いしてたのでおなかいっぱいで、百均で台所小物をいくつか買って楽しく帰った。
大誤算は、けっこう時間が長かったため駐輪場代が案外かかったこと。
せいうちくんが定期持ってることを考えると、明日はバスで来た方が安く上がりそう。

18年9月24日

また朝からカラオケに。
今回はiPod持って行って、そこに入ってる古いフォークソングのタイトルを見ながら手当たり次第に入れて行ったので、ずいぶんいろんな歌を歌えた。
なぎらけんいちの「悲惨な戦い」もあるんだー。
私はこれを4バージョンぐらいエアチェックしていたよ。
ついでに泉谷しげるの「黒いカバン」も歌っとこう。

自分がこんなにたくさん歌を知ってるって、あらためて不思議な気分。
もちろんカラオケの歌詞がなければ全部は無理だが、今でもおおむねそらで歌えるものが多い。
歌を歌ってマンガ描いてた青春時代だった。
どっちも趣味以上にはならない程度の腕前だけど、両方の私の大ファンと結婚してよかった。
「歌って描けるおねーさん」です。うふふ。

5時間のうち、3時間ぐらいの時点から選曲をせいうちくんにおまかせしたら、中島みゆきオンステージになってしまった。
2人とも、どれもこれも歌える歌える。
一番聴きこんだ歌手はやっぱりアルフィーと彼女かも。

個人的な恨み言ばかり言っていた彼女が、「地上の星」の頃から「神がかってきた」と思う。
(世間の噂では)松山千春に振られた記憶だけであれだけの恨み節を作り続けた才能は大したもので、いやしくも振られ女たるもの、それぐらいの執念深さを見せてもらいたいものだと感心するほどだが、まあさすがにちょっと辟易していたところへ宇宙的視野で人間の真実を歌い始めて、一躍「女神」になった感がある。
どっちのタイプの歌も好きだ。

ちなみに、手術直後に全身麻酔の影響かずっと悪夢にうなされたことが1年半経過した今でも忘れられない中、もっとも印象に残っている夢は、

「さだまさしと佐野元春と中島みゆきに、宮沢賢治に出てくる気の毒なキャラクターのようにだまされてひどい目に合っていたら、吉田拓郎がすっ飛んできて彼らをぽかすかと殴って成敗して助けてくれた。しかし要領のいいさだまさしだけはひゅーっと逃げ出して、遠くであかんべーをしていた」

というものであった。
今でも吉田拓郎には深く感謝している。
中島みゆきは、まあ従犯だったし、小悪党っぽかったので、許した。

閑話休題、気持ちよく「糸」なんて歌ったが、ネットで流れてきた映像に「娘の結婚式でお父さんがこの歌を歌う」ってのがあって、バンドやってるというお父さんに、みんな「花嫁の父だもんね、歌ぐらい歌いたいよね。いいよいいよ」と生温かい空気だったんだが、もんのすごく上手かったんだ、これが。
感動したなぁ。
私も息子の結婚式でこれ歌いたいです。
たぶん一生口きいてもらえなくなるけど。

ジュリーファンの友達に約束した「沢田研二メドレー」を歌い、録画を当該友人に送りつけようと思って家に帰って再生してみたら、うーん、私って、思っていたほど歌うまくなーい!
声低すぎ。音程アヤシイ。そもそも、いかにも「うまいでしょ?」って歌い方がいやらしい。
「堂々としていて、いいと思うけどなぁ。うまいよ?」と熱烈なファンは横で言うが、この人はもう、一種の異常性格だから、参考にならない。

楽しければいいんだと思って、これからはもっと気取らずに歌おう。
それにはやっぱりアニソンだね!

今日は完全にワインを1本空けてしまって、2人ともものすごくいい気分でブックオフ冷やかして帰った。
午後は恒例のお惣菜つくり。
冷蔵庫いっぱいの食材を使って1週間分の基本のおかずを作って、タッパーに詰めて冷蔵庫に戻す。
わりと壮観。
日常はかくも確かに心を癒す。
また1週間頑張ろう。

18年9月25日

リハビリに行く。
小雨なので自転車で行ったらシャレにならないほど激しく降り始めてどうしようかと思ったが、帰る頃にはやんでいてよかった。
予約カードがいっぱいになって、もう32回も行ったのかぁ、と感慨深い。
PTさんは私が世間話を始めるとそれ以上の勢いで自分のことを話し始めるので、すっかり彼の家族について詳しくなってしまった。
彼が生まれる前に亡くなっているおじいちゃんの名前まで知ってる(笑)

家に帰り、すっかり作り慣れた低糖質チーズケーキを焼いていて、なんだかオーブンが気になってキッチンに行ってみたらちょうど焼き上がるところで、目の前でタイマーが切れた。

実はこういうことはよくあり、30分とかタイマーつけていて「お鍋は大丈夫かなぁ?」と腰を上げたとたんに鳴る。
せいうちくんには「体内時計内臓人間」と恐れられる。

目覚まし時計内蔵型でもあり、昔から「起きたい時間の数だけ枕を叩いて寝ると、その時間に目が覚める」構造だ。
旅先でもそれで寝過ごしナシ。
「そういう人は、意識レベルが高すぎて休めてないんじゃないだろうか」とせいうちくんが心配するのももっともで、私の眠りはとても浅い。

比べる対象がせいうちくんしかいないのだが、どうも世の中には意識レベルの高い人間と低い人間がいるような気がする。
良い悪いの問題ではなく、よく食べる人と小食な人がいるように、アルコールに強い人と弱い人がいるように、だ。
せいうちくんの意識レベルはたいそう低く、放っておくと「ぼんやり」してしまうのだと言う。
目の前にあるものでも「見ようと思わなければ見えない」のだそうだし、一番不思議なのは、読んでいる本や会話に意味がわからないことが登場しても、「んー、よくわかんないなぁ、まあいいかぁ」と思うんだそうだ。
そのせいか、読書家のくせにぎょっとするほど言葉を知らなかったりする。

くり返しよく聞くファミリー・ストーリーとして、彼のお父さんの3人きょうだいが集まると、必ず3人で昼寝を始めるんだって。
一族が集まっている席で、「では、私たちは少し寝ますから」と消えてしまう。
で、本当にみんな寝ている。
一族の集まりに出たことがないので幸か不幸かその光景を見損ねているうちに、こないだ長兄は亡くなってしまった。
もう見られないなぁ。

「全員、認知症。意識レベルが低い人は、ボケやすいんだよ。僕も絶対ボケる」とせいうちくんは恐々としており、うーん、それは意識の問題と言うより長生きの一族だからじゃないの?
「キミはいいよね、そんな心配をしたことがないでしょう」とやや恨めしそうな目つきで見られても、私の一族は短命で、両親もボケるのなんのと言うより先に死んじゃったんだもの。

でも、私が漠然と「自分は早死にするんだろうな」と思っている以上に激しく、深刻に、せいうちくんは迫りくる「自分がボケる恐怖」と戦っているんだと思う。
人間誰しも、肉体の死よりも精神の死が恐ろしいものだろう。
考えると気が滅入るが、そういう現実を生きている人たちがおり、我々も20年後には直面するはずだから、何か考えておかなきゃなぁ。

18年9月26日

緑内障の恐れのため、眼科で定期的に視野検査を受けているが、実はこれが大っキライ。
半ドームの中に顔を突っ込むようにして、視野に光点が見えたら手元のボタンを押す。
片目ずつ、さらに中心点を重点的に見る検査も併せて、都合4セット。
30分以上かけて終わるとくたくたになる。

かすかな光点がどこに現われるかわからないし、単調に機械的に押すのを避けるためだろう、リズミカルに現われていた点が3秒から5秒も全然出現しないこともある。
「見逃した?!」と思って焦る。
視野の隅でちらっと光ると、光点なのかただのレンズの反射なのかわからない。
間違えると怒られるわけではないのについつい「正答率」を上げようと努力してしまうのは、偏差値世代の業病だろうか。

この手の「自己申告式」の検査はとても苦手。
こないだメガネを作り直した時に、例の、
「赤い丸と緑の丸、どちらがハッキリ見えますか?」
「黒い点の集合が見えますね。2種類の映像をお見せしますので、どちらがハッキリ見えるか教えてください」
というやつをさんざんやったが、眼球測って自動的に数値が出たらいいのに。
どこまでやっても赤の方がハッキリくっきり見える気がするのはどうしたらいいんだ!

その時隣で検査していたせいうちくんにあとから愚痴ったら、なんと彼も同じように感じているのだそうだ。
主観に自信がないのは私だけかと思っていたよ。
何万円もするメガネを作ってしまったら取り返しがつかないと思うとなおさら緊張するんだが、2ヶ月後に「よく見えない」と作り直しをお願いしたせいうちくんは立派だ。
いや、サービスの範囲内だからいいんだけど、同じように見えづらいと思った私は再検査の結果、
「うーん、見えてる気もしますね〜、もうちょっとこのまま使ってみます〜」と弱腰交渉に終わってしまった…

それはいいんだ、視野検査の結果だ。
どうもやはり「見えていない」部分があるらしい。
緑内障の厄介なところは、いったん失われた視野は何をしても回復しないという点だ。
そして、今現在悪くなりつつあるのだとしても、目薬で眼圧を下げる以外に有効な手立てはない。
深刻になったところで、手術をして物理的に眼圧を下げるだけみたいだし。
白内障のようにあっさり治っておまけに近眼が治るならともかく、緑内障の方は全然嬉しくない話のようだ。

音楽を聴くわけでも身体を動かすわけでもない、趣味と言えば読書一辺倒の私にとって、視力を失うのは大問題。
なるべく健康な視野を長期にわたって維持したいのに、大丈夫なのか!

朝晩2回、2種類の目薬をかかさず差して、こういうことにはものすごく律儀なので、
「眼圧がまた上がっちゃいましたねー」と首をかしげる先生にも、
「目薬の差し忘れということはまずありません」と自信満々に答えたものの、要するに悪化してるってことじゃないか。
と言っても実際にできることは特にないので、眼圧をもっと下げるために新しい目薬をもらってしおしおと帰ってきた。

いろいろ、気が滅入ることが多い。
平常心の塊のようなせいうちくんでさえ、近頃はやや陰気になりやすいのだそうだ。
それでも長期的な見通しを明るく持とうとしてくれるのには本当に感謝する。
1年とか2年とかたてば全然別の日々、と割り切って、こういう時は「すいだらだったった〜」と生きるしかないのだろうなぁ。

暑い夏が終わっただけでもめっけものじゃないか。
二度と涼しくならないと思っても、必ず秋は来る。
そしてもう10月も近い。
今年ももう終わったようなものだ。新年に期待しよう。

18年9月27日

2週間前にカラオケ大会を開いた長老が、またメンツを集めろと言ってきた。
どうも週末に雨が降ると別荘に行けないので、てきめんに退屈するらしい。
セミリタイアした前期高齢者がこんなにヒマを持て余すとは知らなかった。

前回も今回も、人を集めるのはいいんだが、2、3日前に急に言われても皆さん予定がある。
断られるのは悲しくてストレスになるから、あんまり好きじゃないのよ。
泣きながら、ようよう8人をかき集めた。

どうせ今週もせいうちくんとカラオケ行こうって言ってたから、いつものお店のフリータイムを予約。
8時間で飲み放題1800円って、マジか。
「完全に元が取れる」と、長老はすっかり乗り気だ。
ビールはないけどハイボールがあるからいいんだって。(あとからお店に聞いたら、生ビールもありました、喜べ長老!)

前回からの懸案だった「留年歌集」、まあ要するにアニメソングの替え歌で留年をテーマにしたもののカタマリなんだが、「別荘の本棚にあった」とのせいうちくんの目撃証言から家主が発掘してきたようで、写メもらってデジタルに起こした。
素材もらった翌日にデータファイル送ったので、
「仕事早い!」と大々的にほめられたが、それは私がフルリタイアでヒマだからです。

だが、誤字脱字には充分気をつけたつもりなのに、長老の重箱の隅をつつくような校閲にあって山ほど「赤を入れられて」しまった。
「恥ずかしい、くやしい」とせいうちくんに訴えたら、
「しょうがないよ、徹夜作業なんだから」と言われたが、そういう問題じゃないだろう。
マンガ家が徹夜して描いた原稿はヘタでもいいのか!

それにしても長老は細かい。
私は人生において、自分より細かい人間、しかも男を見たことがない。
(これは修辞学的表現というもので、女だってすぐには思い出せない)
「さぞ気が合うだろう」と思ったらしく、せいうちくんは自分が先立った時の用意に密かに彼に目星をつけている模様。
あいにくなことに、せいうちくんから「私が死んだあと、彼女をよろしく」と言われた人は早死にするんだ。
向こうは私に甘い気持ちを抱いたことは「一度もない」んだそうだし。

あんまりメンツが集まらないので、前回も声をかけた無職の高等遊民をまた誘ったら、腰を上げてくれた。
昔は人間嫌いかと思っていた彼もまた、退屈なのだろう。
1人カラオケによく行った時代もあると言っていた。
もしかしたら酒が飲めれば何でもいいのかもしれない。

「カラオケは運動にもなるしボケ防止にもいい。老人にはぴったりだ」と喜ぶ長老で、いつか我々は老人ホームでカラオケをするかもしれないなぁ。
我々のように平気で5時間6時間歌える人間がいっぱい入所する時代が来るだろうから。
せいうちくんとひそかに、
「ホームに設備があるのは考え物だ。順番の奪い合いや上手い下手の言い争いになる」と憂えているよ。

18年9月28日

夜中にNYの息子と1週間ぶりにメッセンジャーでやりとりした。
「そっちは朝か。今日は何するの?」と聞いたら、
「英語のコントのクラスに出て、夜はスタンダップコメディ見に行くかな」。

ごはんは自分で作るそうだ。シェアハウス式だから、キッチンとかあるんだろう。
「何かおいしいものある?」
「肉が安い。それだけ」
けっこうちゃんと暮らしてるなぁ。良き良き。

先日のキングオブコントで優勝したグループには息子の大学のサークルの出身者がいて、去年の2位とか、ピン芸の「R-1」決勝に出た女性とかの若手をどんどん輩出していて、実はお笑い界でひそかに有名になりつつある。
「オレもがんばらなきゃあ」と言葉少なに野心を語る息子。頑張れ!

つい先週やった日本のテレビ番組を、NYにいながらにして「もちろん見たよ」と言える通信環境はまったく驚異的だ。
35年前にこの環境があったら、私はもうちょっと長くアメリカにいられただろうになぁ。
息子の滞在予定の3ヶ月も、すでに半分以上が経過している。
帰ってきたらきたで、また頭の痛い日々が始まるのかもしれないが、今はこの距離をありがたく思っておこう。

今日は長雨のあいまの奇跡的な秋晴れ。
週間天気予報を見て「ここぞ!」とばかりに洗濯を敢行する。
昨夜1時に帰って2時就寝のせいうちくんに「朝、シーツを替えるから」と宣言したら、迷惑そうに、
「月曜はキミの病院に行くためにお休みを取るから、その時でいいじゃない」と却下しようとしたが、来週の金曜までずっと雨模様の天気予報を目の前に突きつけて説得した。

というわけで、朝の6時にせいうちくんが起きるやいなやシーツを剥ぎ取り、洗濯機に突っ込む。
新しいシーツを掛けてくれる動作が妙に不確かなのは、たぶん目が覚め切っていないからなんだろう。
3時間寝たら目が覚めてしまった私も、5時から1回目の洗濯を回していた洗濯機も、もう完全スタンバイなんだが。

夜中まで接待で働かせておいて朝は始業1時間前から会議とか、どういう会社なんだ!とぷりぷり怒りながらせいうちくんを送り出した。
私が送ったPDFファイルを元に夜中まで「留年歌集」の印刷・製本をしていた長老からは午前3時にまだメールが入っていたが、娘婿がせいうちくんと同じ会社なため、勤務ぶりを聞いて会社の行く末が心配になったらしい。
「せいうちくん、留年歌集のエディットしてないで、会社に行けー」って、人聞き悪いなぁ、ちょっと手伝ってもらっただけですぐ寝たし、今朝もちゃんと起きて会社に行ったわい!

むしろ2日間作業にかかりきりの私でも気遣ってくれ、とちょっと機嫌悪くなりながらふた回し目の洗濯を干し、寝ようと思ったがやっぱり眠れない。
10時には歌集のプリントができたって言う長老は、いったいいつ寝てるのか?
多分彼の中で私は同じく老人で、あんまり寝なくてもいいと思ってるんだろう。

30分気絶して起きたらもうリハビリの時間。
天気がいいので洗濯をして大正解だった。
PTさんも「お天気になりましたね〜」と明るい。

「息子さんから連絡あります?」と聞いてくれるのは嬉しいが、
「NYは肉が安いそうですよ。アメリカと言えば牛肉ですね」と話したとたんに、九州のじいちゃんばあちゃんが肉牛を飼っていた話に突入した。
「じいちゃんは大工だったんで、牛舎も自分で建てたんです。住居をこう出ると、牛舎があって…」って身振り手振りを始めると、私の足の筋を伸ばしてくれてるその手がお留守になってます…基本、患者さんの身体をさわっててください。
20分しかないので、こちらとしてもけっこう真剣にならざるを得ない。

帰ってきたら長老からメールが来ていて、送ったPDFで印刷したが、A4を二つ折りにすると1曲が見開きにならないのと分厚すぎて綴じられないのが今後の課題だ、改訂版は両面印刷にしよう、と言われた。
うーん、確かに割付を間違えたなぁ。
しかし、両面となると、編集が相当難しい。

同じくらぶの友人女性で編集業務に詳しい人がいるので、メッセージで聞いてみたところ、
「面付け、ですね。今出張中なので、帰路でお返事します」と言われたので、とりあえずPDF版を送っておいた。
プロに「やってよ」と言うつもりは毛頭なく、参考になるアドバイスが聞けたらありがたい。
いろんな仕事の人がいて、みんなエライなぁ。

18年9月29日

1週間ほども息子のツィッター等の動きがないので少し心配していたが、オンラインになってるのを発見。
生きてはいるらしい。
NYは朝の9時。
メッセンジャーに「元気?」と入れてみたら、すぐに「うん」と返事が。

しばらく短文を交換した。
「そっちはどう?」と聞いてくれるのはいいね。
「今日は何するの?」と聞いたら、
「英語のコントのクラスに行って、夜はスタンダップコメディを観る」んだそうだ。

行く前は「学校とかに行ったら?」というアドバイスにもうるさそうな顔しかしなかったけど、それなりにいろんな活動をしてるようだね。
「朝ごはんとか何食べるの?」と聞くと、
「自分で作るよ」って。
とにかく肉が安いんだそうだ。
野菜の好きな人だったが、高いのかな?

「母さんたちは8時間マラソンカラオケに行く。『留年歌集』が発掘されたのをデジタル化するよう頼まれた。それでみんなで『アカテン・ハーロック』とか歌うんです〜。あなたの親たちは楽しんでいるから、あなたも人生を楽しんでね」
「おう」
というやり取りで終わった。

少し寝て、起きたら八百屋に買い物に行ってから、鶏のから揚げを大量に作った。
今日行くカラオケ屋は「持ち込み自由」なんだ。
いちおう飲み放題をつけたからお酒には不自由しないけど、何しろ8時間耐久カラオケだ。
自分の昼ごはんとかは用意してくれと告知してあるが、食べるものはあった方がいいだろう。

長老もよく気のつく人で、差し入れにケンタッキーでナゲットやコールスローを買ってくると言うので、
「うちもから揚げ作るかも」と言ったら、
「揚げ物祭りじゃ。それならチキンを減らしてコールスロー増やすから、から揚げ確定したら連絡くれ」とのこと。
本当に細かい!
しかもケンタッキーは株主優待でもらったタダ券らしい。
クーポンの大好きな私と同じ行動様式だ!

せいうちくんが揚げてくれた鶏もも4枚分のから揚げは、高血圧で塩分制限の長老と糖質制限の我々の落としどころとして市販のから揚げ粉に同量の「おからパウダー」を混ぜるという凝りよう。
うーん、男性軍、頑張るなぁ。
このさい余ってるチーズも切って持って行こう。

こうして11時に開始した8時間耐久カラオケ、こないだは6人なのに広い部屋、マイクは4本にリモコン2台の豪華な布陣だったのに、今回は部屋が空いてなかったらしく、8人がやっと座れるスペースで、マイクは2本、リモコンは1台だった。
「マイク、もっと貸してもらえないかなぁ」とひそひそ言ってたんだが、どうやら接続の関係でハウリングを起こすため、2本が限界らしい。
そうするとリモコンも無理か。

なんとかそれでやっているうちに、元SEのGくんが自分のタブレットにDAMのアプリを入れたらしく、いつの間にかタブレットから選曲できるようになっていた。
さすがだ。
よく考えたらこの場にはSEが4人もいるんだなぁ。

そうそう、長老の別荘で発見された古い青焼きコピーの「留年歌集」(アニメソングの替え歌で、どれも留年の歌。「アカテン・ハーロック」とか「エイトネン」とか「シランプリの不可」とか)を写メでもらって、私がワープロ起こししてPDFにしたファイルを送付したら、長老の方でプリントアウトしてくれた。
それを全員に配る。
27曲入っているが、「ラ・サールの恥」などの名作が失われているため、いずれ元のサークルのメンバーに諮って改訂版を出したいのだそうで、その時には両面印刷にしよう、と張り切る長老。
私も編集にくわしい友人に「面付け」の仕方を教えてくれと頼むなど、準備おさおさ怠りない。

というわけで、みんなで「留年歌」を熱唱した。
驚くなかれ、その場にいた男性6人全員が留年経験者である!(学外部員の女性陣は当然ながら留年なんかしてない。私ですら、きちんと4年で卒業した)
と言うか、6人全員の留年年数を足すと軽々10年を超える不可思議。
もちろんせいうちくんの「3年」が燦然と効いてるんだけどね。

先日も6時間歌ったので、さすがにアニソン・特撮だけでは息切れしてきたのか、誰が言うともなく、今回は「ドラマ主題歌」も歌っていいルールになってた。
実はアニソンはイマイチなせいうちくんは、「新・必殺仕置人」のエンディング「あかね雲」を歌い、さらに「これが青春だ」のテーマソングだと言って青い三角定規の「太陽がくれた季節」を歌うので、私は、「映画もアリね。原作は上村一夫だし」と言って「同棲時代」を歌ったら、さすがにあまり知ってる人はいなかった。

テレビ主題歌だからと「プロジェクトX」のテーマである「地上の星」が出てしまったせいで、最後の方では中島みゆきも大通しになっていたようだ。
6時間を過ぎた頃から酔っ払って半分眠り始めていたGくんがむくりと起き上がって「永遠の嘘をついてくれ」をがなる頃にはもうお開き。
結局、歌いくたびれた人は誰もいなかった。
まんがくらぶ、恐るべし。

さすがに11時から歌い始めただけあってまだ7時なので、当初の企画ではこのあと晩ごはんを食べに行くつもりで、せいうちくんと、「同じビルに『サイゼリア』が入ってるから、そこでいいんじゃない?」などとプランを練っていたのだが、全員飲みすぎでふらふらしてたのでもう解散。
どこからも異論は出なかった。お疲れさま。

フリータイムに飲み放題をつけて、8時間飲みっぱなしで1人2700円という法外な安さ。
長老はとっても機嫌よく、「次はもっと早くからやるか?」と気炎を上げていたし、Gくんも後日FBで「今後、宴会はすべからくこのカラオケ屋でやるべし的な値段」とほめたたえていたが、この調子で我々がもう3回ぐらい耐久カラオケレースをやったら、少なくとも値段設定の変更とか飲み放題に時間制限を設けるとか、店側は早晩なにかしらルールを変えてくると思うなぁ。
そうでなきゃ、つぶれるよ。

ああ、でも楽しかった!
歌は魔物だ。歌っていたら、かなりの病気は快方に向かうかもしれない。

そして、家に帰ったら有能なる友人から、「両面印刷を中綴じにする場合の『台割り』の見本」が送られてきていた。
ありがたい。「留年歌集」改訂版を作る時はこれを使わせてもらおう。
タブレットをたちまちカラオケリモコンにしてしまったGくんと言い、この友人と言い、一芸ある人を知己に持つのはたいした幸運だと感じ入った日だった。

18年9月30日

NYの息子がツィッターに写真を上げた。
10数人の白人黒人黄色人種の若者が入り混じって、楽しげにおのおのポーズを決めている。
なかなかいい写真。
一番端に、息子がいた。
破顔して、大きな口で笑っている。
コントクラスの生徒たちだろうか。

「こんな顔ができただけでも渡米した甲斐があったかもねぇ」とせいうちくんは嬉しそうだった。
「大したもんだよ。1人も知り合いのいないところに行って、予約してた宿が実在しただけでも驚いたよ。何にも準備しないで行ったのに、現地で英語のクラスに飛び込んだんだね。思ったよりずっとえらかったよ」って、泣きそうになってる。
あいかわらず心揺れるお父さんだねぇ。

私も嬉しいが、まるで修学旅行先ではじけてる高校生のようだ。
とても25歳になろうという人の顔には見えない。
家出して私のアパートに転がり込んできた時のせいうちくんと同じ歳か。
私は、こんなような顔の人と結婚してしまったのか。
それはそれで、冒険だったかも。

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足弱妻と胃弱夫のイタリア旅行記
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