19年7月1日

通院日。
私の悲しみと寂しさの原因は何だろう。

「小さい頃、母親の足元にまとわりつく姉と私に、母がスリップを切ってつるつるしたナイロンの布を与えてくれました。その布が手放せなくなり、今でも寝る時や本を読む時に触ります。姉も二十歳ぐらいまで触っていたと思います」と話してみた。
「そういう気持ちがお人形さんなんかに向かう人もいる。人格が乖離してもおかしくないほどのストレスを受けてたってことだよ。本当に、中に別の人格が出現するぐらい」と言われた。
ずっと続く離人感などを話してみたら、うんうんとうなずいて聞いてくれた。

布を触るのはやめなくてもいいそうだが、ストレスを受けたことは認めた方がいいらしい。
先生「簡単に虐待とか言えないけどね、何かがあったんだよ。まだあなたが言葉にできる前の頃かもしれない」
私「たとえば1週間ぐらいほったらかされて、飢え死にしそうになったとかですか?」
先生「そんなわかりやすいことしか想像できないでしょ?もっとね、毎日毎日のことなんだよ。赤ちゃんは泣いて不快や足りないことを知らせるけど、お母さんによってはそれを読み取れない人もいるからね」

そうだとしても、長年治療を続けてきていったんは薬もやめられたのにまた具合が良くないことに関しては、
「やはり、空の巣症候群だったのかと思います」と話したところ、
「時期的に、きっとそうだろう。それをきっかけに、寂しい思いやつらい思いがフラッシュバックしちゃったんだろうね」と言われた。

また話を聞かせて、と言われて終わる時、
「来週まで、どんなことに気をつけて、どんなことを考えて過ごせばいいでしょうか?」と聞いてみた。
先生「自分について、考えてみて」
私「ただでさえ自分のことばかり考えて、苦しくなるほどです」
先生「じゃあ、本でも読んで」
私「本を読むとますます自分に事寄せていろいろ考えてしまいます」
先生「うーん、じゃあ、何もしなくていいよ」

自分のことで頭がいっぱいで、帰ってきたせいうちくんにそれを訴え、そして毎週毎週「私が」「私が」と書き散らかす、そんな生活を先生が知ったらどう思うんだろう。
イマドキはそういう人も多いだろうな。
SNSは「承認欲求」であふれかえっているもんね。
「私を見て!」って気持ちがにじむどころか見え見えでうるさいだろうと気になって、最近ではSNSから遠ざかっているぐらいだよ。

19年7月3日

やたらに眠い。
仕事のデータ受け取ってきたから作業に入らねばならんのに。
「ねむ~くてねむくて~、しご~とになりま~せ~ん」とか歌を歌ってみる。

こういう時は単純作業をして気持ちを高めると良いと思い、いわゆる「自炊」をする。
本をスキャンして電子化するのだ。
これに関しては愛書家の方たちとは絶対に話が合わないところなので、普段あまり語る機会がない。
本やマンガの「形」と暮らすことを諦め、滅びやすい肉体から魂を解放して救済する、と言うとなんかアヤシイ宗教みたいなんだが、紙としての寿命や物理的な限界はどうしても存在する。

とは言え、自分なりの本好きが高じて始めたはずのこの作業のせいで「ただ所有すること」に堕している感は否めない。
何しろ本を読んでいる時間よりスキャンしている時間の方が長い疑いが濃厚なのだ。
タブレットで読むと生本を読むより格段に時間がかかるのも確か。
見え方の問題なのかしらん。
「めくる」手間がかからなくはなったが、それこそが本の醍醐味だと思う人も多かろう。

さて、時々通る道路が何十年も未完成だったのがついに開通した。
それによって道のつながり具合と流れが変わり、気の毒なのが元の「大通り」の真ん前に建っていたブックオフ。
面していた道路が「小さな支流」になってしまったのだ。かつては「大通り沿い」だったのに。
いずれ経営に影響が出るだろうと注意深く見ていたら、「セールのお知らせ」が入った。
200円以下の本を、20パーセントオフで売ると言う!
気の毒だと思いつつ、「狩り」に行ってハゲタカのように買い込んできた。

かつてはとても蔵書に入れられなかった「場所を取る」ことで有名な京極夏彦をまた読みたくなった。
図書館で借りて途中まで読んでいたところ、シリーズ最新作の文庫が3冊も出たと聞く。さっそく購入。
しかしもうすっかり忘れているから、先に前作群を読み返して京極堂中禅寺秋彦との旧交を温めておきたい。
他のブックオフで探した時、どの文庫本も500円ぐらいするのに驚き、大京極はまだまだ値が下がらないのか、とあきらめて買った。

ところがこちらのブックオフではサイコロのように分厚い「絡新婦の理」や「鉄鼠の檻」を100円で売っていた。
しかも2割引…
買ってしまったものたちを考えて号泣しながら、それでも、800円以上なので値下がりを待つことにした「陰摩羅鬼の瑕」が100円だったことにわずかな満足を覚え、狩りを終えた。

日頃はほぼ文庫本しか買わず、あれはあまり分厚くなると上下巻とか数冊に分けたりするから、知らなかった。
スキャナは、千ページ以上は読み取れない。いっぺんには記憶できないらしい。
「無理!」と機械に言われるので、いったんセーブして、それ以降は別のデータを作る。そして後から合体させる。
せいうちくんは時々やっているようだったが、私は多分初めてだぞ。さすがは大京極。

じゃあせいうちくんはそんなに分厚い本を読んでいるの?と不思議になって聞いてみたら、巻数が分かれているのが面倒くさくて、上下巻とか上中下巻を合体させて「超分厚い電子書籍」を作り出しているのだそう。
その重みが手にかかるわけではないからこそできる離れ技だ。

物体としての本を所有していないことが少し寂しくなったので、データをタブレットで読む利点を挙げておこう。

1.外出が長くなりそうな時、何冊でも持って行ける。それこそ何百冊でも。病院の待合室や旅行で便利。
2.タブレットホルダーをベッドにつけたので、仰向けで寝たまま読める。昔すごく欲しかった「読書器」が実現したわけで、そもそもかつてのアレは構造的にページめくりがすごく難しかったはず。タブレットなら端をタップするだけでいい。
3.「自炊」でなく電子書籍購入の話になるけど、日が替わったとたんに雑誌の新刊が読める。また、最新巻を待っている時に発売日の夜中を過ぎれば手に入る。生本は早くても当日昼になる。(朝、本屋に走る体力はない)

こんな時代が来るとは思わなかったなぁ、といつもいつも何かを拝むような気持ちでいる。
覚えている限りの過去は本棚との戦いだったが、もう一切の憂いなくワンルームマンションでも老人ホームでも行けると思うと、「心配性のうさこさん、ついに安らかにここに眠る」って気分になれる。
人の数だけ幸せのカタチがあるんだ。

19年7月4日

夏にクルーズ旅行に行く。
もちろん生まれて初めてなので、旅行社の説明会に行くことにした。
家から1時間以上の距離のお出かけで、ついでに友人と会う。
「トクサツガガガ」を読んでいたら「オタクは1度の外出にやたらに予定を詰め込む」と書かれていて「そうか…」とうなだれたが、こんな遠くに来るのは珍しいんだ。機会善用。
赤子を抱いてやってきた年下の友人とランチして、「ザ・ファブル」や「きのう何食べた?」ドラマ版の話をしながら盛り上がった。

「ザ・ファブル」がアツい。
前々から息子に「あれはいいよ~」と薦められていたので最新巻まで買ってはいたが読んでない黄金のパタンだったところ、「夢中で読んでる」と友人からも聞いた。
夢中になるあまり、そこんちの赤ちゃんの初映画はアンパンマンとかじゃなくて岡田准一主演。
こちらも前日に大急ぎで一気読みして備えてきた。
しかし一気読み過ぎて対立してる同士の関係がよくわからなくなっているのと、「『普通』を志す佐藤明」の変な空気に「人間っぽくなって行く最中の『寄生獣』」を思い出してしまうってのはどうなんだろう。
いいとこで既刊18巻が尽き、夜中に「あ゛~」って叫んだし。

こちらは子育てが終わってヒマだから一気読みもするが、多忙な彼女に「何食べ」最終話まで観て来いとは言えない。
すごく良いドラマと思いつつもやはり原作派で、10年ほどのリアルタイムが流れる長い話を12話で「シロさんの成長物語」にしてしまうところに心のハンカチを噛んで残念がっているんだ。誰かと語り合いたい。
もちろんせいうちくんは全部観てるが、コミックスの方は途中まであいまいに読んでるだけなので、比べることができず、残念無念。
感動して泣いてるのを共有できなくて申し訳ないぐらい、別の気持ちがたぎっている。

楽しく楽しくおしゃべりして、双方タイムアップ。
せいうちくんと落ち合って、説明会へ。
部屋にはカップルがうちを入れて5組、女性が個別に2人ほどいた。
若い人で40歳ぐらい、年配の人は70歳ぐらいか。(?人の歳はわからんなぁ…)
「クルーズ船にのったことがおありの方は?」と聞かれて誰も手を上げなかったから、みんな初心者。
「お若い方が多いので、日程的にまだ難しいとは存じますが」とついでに世界一周の話をされた。
そうか、このぐらいだと「お若い」のか。
そして、引退した人は世界一周をするのか。ちょっと気が遠くなった。

旅行説明会は5年前にイタリアに行った時以来なんだが、女性のおひとりさまはよくいるのに男性はあまり見ない。
あ、イタリアのツアーには1人いたか。
奥さんが病気をしたのでもう旅行は無理、「あんた1人で行ってきて」と言われて、年に2回は海外旅行をしているという剛の者だった。
どうしておられるだろうか。

そんなことも思い出す楽しい楽しい豪華クルーズの説明会なのに、疲れたせいか友人と会って楽しすぎたのか、涙が流れて止まらなくなった。
「お食事もショーも全部無料です」とか聞いてウキウキしてるはずの他の人たちに申し訳ない。
もちろんみんな前を向いて聞いてるだけなので、気がつきゃしないだろうとは思いつつ、
「予約はだいぶ前にしたんだが、何かとても悲しいことが突発的に起こった女性もいるかもしれないじゃないか。親が急死した…いや、この歳で親なら覚悟はできてるだろうから、子供が事故死…」などといろいろ考え、うつむく角度などを考えて泣く。異常な自意識だろうか。

せいうちくんがそっと肩を寄せて、テーブルの上で手を握ってくれた。
あとから上記のような縁起でもない考えの話をしたら、
「きっとそんなことを考えているだろうと思った。しょうがないよ、キミは悲しいんだから」
よくわかってるんだなぁ。

せっかく船旅に連れてってくれるのに、申し訳ない。
せいうちくんは「もう、楽しみで楽しみで」なのだそうだ。
「人生楽しむのって、どのへんにコツがあるの?」と真顔で聞いてしまった。
いや、たぶん私も楽しい時があるんだろうけど、忘れちゃうんだよね。
そして、昨日も今日も、明日からもずっと悲しい気持ちなんだと暗くなる。
一緒に暮らしている人は難儀だろう。

現に今日だって友だちと会ってる時はすごく楽しかったわけで、反動ってのは恐ろしいものだなぁ。
せいうちくんの説では、
「キミが幸せを感じると、お母さんが『私のいないところで幸せになるなんて!許さない!』って怒るんだよ。昔から、キミの幸せを喜ぶよりもヤキモチ焼いてきたんだと思うよ」とのこと。
もう亡くなってる人を、どうやったら私の中から追い出せるんだろうか。

19年7月5日

尾籠な話で恐縮だが、ずっとおなかの調子が悪かった。
報告してみる。
「なんか、『大』が白っぽい」
驚いたことに、せいうちくんも白いんだそう。言ってみるものだ。

同じ家に住んで同じような食生活をして同じ症状が出るなら、何か良くないものを食べているのであろうか。
私「子供じゃないからロタウィルスでもないだろうし、この季節にノロでもあるまいし」
せ「きっと何かだよ。もう、『ロロ』ってウィルスのせいにしておこうよ」

数日、「まだロロだ」「ロロが治らない」とか言ってたんだが、気がついたら自然な色になってきた。
「茶色くなった」
「僕もだ!治ったよ。やっぱりロロウィルスだったのかねぇ」
馬鹿馬鹿しすぎて、人にするような話でもないから、そっと書き留めておこう。

いや、伊藤比呂美が「夫婦だろうとトイレの中までは知ったこっちゃない」というようなことを書いているんだが、共有しちゃいかんかねぇ。

19年7月7日

息子が訪ねてきた。
よしながふみのレシピでせいうちくんがこないだ作ってくれた「アサリとブロッコリのペペロンチーノ」に、息子の分だけはわざわざ買ってきたパスタを投入。
「150gでいいね?」
「いや、200g入れて」
よく食うなぁ。ラタトゥイユもあるのに。

食事中の話題に、2週間後に迫った選挙の件が。
「たとえ夫婦でも、誰に投票するかは話し合ってはいけない。個人的なことだから、秘密にするべき」と言われて育ったため、家族内で選挙の話をすることに強い罪悪感を持っていた。
しかし、息子にそう打ち明けたら、あっけらかんと、
「そんなうち、あるの?」と聞かれた。
「あるんだよ。母さんちは、そうだった」
「別にいいじゃ~ん!」
人間は育て方でこうも違うのか。
私の実家の流儀がまるで伝わってない、こだわりのなさ。

住民票がまだこの家なので、彼の「入場整理券」はこっちに来ている。
だが、選挙の日は忙しくて来られなさそうだから、期日前投票をして行く、と言う。
すごいなぁ。その年齢の頃、私は選挙権を行使してなかったぞ。
いろいろ社会派なところはせいうちくん似か。

「役所に行くついでに、ヒマなら一緒にブックオフで狩りをしようか」と誘うと、「いいね!」と超乗り気。
ほぼ自動的に支払いは親になると思ってのことかもしれないが、まあ趣味が合うのはいいことだ。

息子「カノジョがジョジョにハマっててね」
私「音だけ聞くと『徐々にハマって』(笑)」
息子「第4部を読ませてあげたいんだよね。あ、文庫版、あるなぁ」
私「じゃあ、○○ちゃんにプレゼントするよ」
息子「いいの?ありがとう!」
というわけでジョジョの一部を購入。

「オレ、家を出る時にiPad置いていかなかった?あれがあったら、データで読めるんだけど」
持って行ったものと記憶してるが、実はその後、余ってるiPadをやたらにAppleさんに売って新しいiPad Proを買った事実があるので、ちょっとマズい感じがして後ろめたい。
「きっとあるよ。探してごらん」とは言っておいたが、お互いiPadの管理態勢が甘いよね。

キミには、貸してあげてた初代をベトナムに忘れてきた(ホテルで見つかったが、リチウム電池の輸出入の問題になるため、送り返してもらうことができなかった)とか、2代目を元カノに貸したきり疎遠になった(数年後に宅配便で戻ってきた)とか、いろいろ語り尽くせない過去がある。
それらがなければ、今、家に余ってるヤツを貸してあげたいんだが。
そもそもiPadが行方不明になるとか余ってるとか、どういうオタクな家なんだ。

息子は、以前うちから「ツイン・ピークス」のDVDBoxを借りて行って、たいそう気に入ったようだった。
「25年後の新作も観た?」
「うん、全部観た」
えっ、うちでは一昨年あたりに録画したのをまだ観てないんだぞ。
「母さん、こないだ別のブックオフでムック本見つけてさぁ。解説とかネタバレとか書いてある本、好きなんだよ。高いから買わなかったけど」
「あ、オレその本持ってる」
えええっ、今度貸してくれ!
何やらむやみに泣けるなりゆきじゃないか。

ジョジョを持って機嫌良く帰る彼を駅で落とした帰りの車の中で、せいうちくんに、
「やっぱり『誰に入れたの?』とは聞けないもんだね」とつぶやいたら、
「え?なんで?」とぽかんとしてるので、
「選挙の件だよ。あなただって聞かなかったじゃん」と言うと、
「あー、気がつかなかった。ブックオフに行くことばかり考えていて」と、笑っていた。
こだわってない人ってのはかえってこういう態度なの?

「じゃあ聞いてみよう」と気軽にメッセージで聞くせいうちくんに、これまたすんなりと、誰に入れたか教えてくれた息子。
そうなのか。こんなにあっさり教えてもらっちゃっていいのか。
ものすごいプライベートなことで、絶対話し合っちゃ行けないって堅い堅いガードがかかってるのに。
私は罪悪感ではち切れそうなのに。

「本当にそういう話を家族でしてもいいのか…目からウロコ」とおずおずとメッセージ送ったら、すぐに返事が来た。
「いいんだよ、話しても」
ああ、原家族の呪いを断ち切って、良い家族を持ち良い人を育てた。
嬉しすぎてどうにかなりそうだ。

19年7月8日

通院日。

今日、印象的だったのは、息子と投票の話をした件。
「理想的な親子じゃないですか。いい関係ですよ」とほめられた。

母から「選挙については夫婦でも話し合ってはいけない」と言われた話をしたら、
「よく、『政治と宗教の話はするな』と言うけどね、また別の話だね。お母さんのは、人を支配しようとする時にやるやり方。禁止して、秘密を作る」だそうだ。

今回はいろいろつらくて、それ以外何を話したかよく覚えていない。
今の自分を信頼し、自信を持ち、せいうちくんと何でも話し合うのがいいようだ。
しかし、自信がなさ過ぎて、何をどうしたらいいのか混乱しっぱなし。

19年7月9日

いずれはDVDデッキが壊れるだろうと思い、録り貯めてあるドラマを焼いておくことにした。
すくなくとも、先日終わった「きのう何食べた?」とまだ1年の途中である「いだてん」は保存しておきたい。

生ブルーレイディスクを探していたら、面白いものを発見した。
昔、気に入ったドラマのオープニングを集めて焼いたディスク。
2分ほどの映像が20個ぐらい入っていた。
一番最初に入っていたのが実写版の「エースをねらえ!」であるところから推して、15年ぐらい前のものと思われる。
岡ひろみ役の上戸彩はまだ若く「金八先生 第6シーズン」で「直」をやった時より昔だろう。
(宗方コーチはこないだまでゲイのケンジくんをやっていた内野聖陽。こちらも若い!)
実際、2005年の第7シリーズの最後の場面、「ソーラン節」を踊るシーンもディスクに入っていた。
息子が中学に上がる直前の春休み、遊びに来た同級生男子が、
「しゅう(覚醒剤をやってしまった主人公)が少年院に行くなんて!」と驚愕の面持ちだったのをよく覚えている。

「刑事どん亀」のナナムジカ「僕たちの舞台」とか、「SP 警視庁警備部警護課第四係」のV6「way of life」とか、懐かしすぎて涙が出た。
何でも保存しておくものだ。
ただ、15年経過したディスクは時々画像が乱れる。
うちではそういう状態を「モザイク」とか「風邪をひいてる」とか表現してる。
今後、長期の保存は期待できないだろうなぁ。

映画とかの販売ディスクと違い、家で焼いたものは長持ちしない。
どうしてもずっと持っていたいならやはり購入するしかないかもね。
これからの時代なら、なんて言うの?通信購入?Netflixみたいなやつに期待とか。
テレビ局の方にデータさえ残っていればずっと観られるものと思っていたが、ドラマの本数が異常に多くなっていて人気作以外は埋もれていくし、「俳優不祥事のための凍結」があり得るのは怖い。
ああ、「ひとつ屋根の下」焼いておけばよかった

テレビが録画できない時代、いやそもそもテープレコーダーで録音できなかった時代、人はどうやって自分の青春を保存していたのだろう。
中学の頃にモノラルで録音したテープから大事に取ってあって、カセット時代が終わる前に知人に頼んでPC経由でCDに焼いてもらい、今ではiPodに保存している身としては、「記録する」という地獄に陥っていると思うほどだ。

地球が巨大な磁気嵐に遭遇しデータが全部消えたら、文明はいっぺん滅びても、いっそスッキリするのかも。
その時こそ、紙というたいそう丈夫な媒体が見直されるんだろう。
いや、もう石板に彫るか?

ちなみに、せいうちくんは「モーゼが持っていたのはiPad」と主張して譲らない。
文明はある時期にいったん大きく後退したんだそうだ。
それはそれで、夢のある考えかもね。

19年7月10日

娘の施設で年に1度のカンファレンスがあった。
彼女の生活に関わってくれている人たちが一堂に会して、我々に説明してくれるのだ。
医師、介護士、PTさん、保育士さん、看護師さん、本当に大勢の人のお世話になっていることよとあらためて感謝する日。

せいうちくんはどうしても会社仕事を休めなかったので午後休を取ったのだが、さらにその後、夜に用件が入ってしまった。
昼に私が駅まで車で迎えに行き、そのまま施設に行って面談、また駅まで送って会社に戻るのを見送るという変則的な日になった。
この春からとても忙しい印象だ。

さて、面談なんだが、先日卵巣が腫れているのが見つかってドキドキしていたら、どうやら生理周期に伴うものらしく、今のところは心配ないとのこと。
健康状態は悪くはなく、うつぶせの姿勢をとることによって消化器からの廃液を減らすことができて、体重が増加してきたそうだ。
むしろ高栄養液をやめてみているとのこと。生まれて初めてのダイエット体験か。
30キロない彼女ではあるが、やはり自重がありすぎるのは床ずれの原因になったりして、よろしくないみたい。

数年前から呼吸を楽にするための気管切開の話が出ていて、すでに人工肛門をはじめとする様々なデバイスをつけているだけに、担当の女医さんすら「ちょっとためらう」のだそうで、今年もその話は出たものの、今すぐではないとのこと。
ただ、あまり年齢が上がってからの手術は負担が大きいので、5年から10年ぐらいに心の準備はしておいたほうがいいって。
言ったら失礼だけど、そんなに長生きできるのか、ってその方がびっくりした。
自分も、心臓の手術ができない時代だったら今頃どうなってるかわからないわけで、医学の力はスゴイなぁと感心する。

ここしばらく精神的にとても調子が悪く、駅でせいうちくんを拾って運転を代わってもらってからずっとなんだか泣いていたもんだから、面談の最中にもやたらに涙が溢れてきてしまった。
医療関係者ばかりなので慣れているとは思うが、ティッシュの箱を手渡されたり、気遣わせてしまった。
女医さんが優しく、
「お母さんがご心配になるようなお話で、ごめんなさいね。今すぐどうこうと言うことではありませんからね」と言ってくれたので、
「いえ、私の調子が悪いだけで、話の内容は大丈夫です。今は元気で心配ないことも、皆さんによくお世話いただいていることもわかっています」と答えた。

「ごきょうだいの方はいかがですか?」と聞かれた。
せいうちくんが、
「去年の今頃は会社を辞めていたんですが、その後また仕事に就きました」と話すと、
「そうそう、去年はそうおっしゃってましたね」とニコニコしていた。よく覚えてるなぁ。
息子の連絡先も伝えてあるから、もし我々に何かあったら彼に連絡してもらうことになるだろう。

きょうだいがいるのは、関係者各位にとっても我々にとってもちょっとほっとする話。
息子自身はどう思うかわからないが、どうも彼は彼で娘と心理的に親密な関係を勝手に持っているようで、頼もしい限りだ。
先日一緒に面会に来た時、娘の手を握って顔を近づけていて、
「娘ちゃんとお話ししてた」と言うので「何話した?」と聞いたら、
「ナイショ。娘ちゃんと僕との間の話」って言ってた。
なんだろうなぁ。

さて、毎年書くのは「緊急時の延命処置」と「個人情報使用の許可」の書類。
前者は、我々自身のことだとしたって大した延命は希望しない主義なので、そのようにお願いする。
医療側としても「あらん限りの力を振り絞って」というニュアンスではなくなってきていると思う昨今。
後者は、去年サインした直後に、娘が「伏臥位」で腸のチューブから栄養液を入れる様子の動画を研究会で使用してもいいかどうか、問い合わせを受けた。
そういう処置を受けている人が全国、全世界にどのくらいいるかわからないが、きっとなんらかの助けになるのだろうと思い、快諾した。

せいうちくんが書類に何気なく書き込む日付、「31年7月10日」。
だって、「平成」って印刷してあるんだもん。
横から「これ違う」とささやくと、一同「あっ!」。
あわてて「令和元年」への書き直しが行われた。
泣きながらでも、様々にうるさい女。

1時間弱でカンファレンスは終わり、娘に面会した。
伸ばした髪を頭頂で結ってもらってて、髪留めのゴムが伸びてしまったものを持ち帰ってくださいと言われた。
今度、新しい髪留めを買ってこよう。
彼女のために可愛いものを買う機会はあまりないので、嬉しいかも。
髪を短くしている方がお世話する人にとっては楽だろうに、手間をかけてくれている。ありがたい。

その間もずっとだらだら泣いていて、娘にも失礼なので帰ることにした。
気分を晴らそうと立ち寄ったブックオフでもまだ泣いていた。
タオルハンカチで目を押さえながら100円のBL棚を物色しているおばさんは、周りからはどう見えるんだろうか。

せいうちくんを駅まで送って、今夜は1人の晩ごはんになるので、車でそのまま喫茶店に。
最初からそのつもりだったから、iPadもキーボードも持ってきてる。
皆さんの精神の安楽のためには、時々涙をぬぐいながらミートドリア食べる人なんて家に帰った方がいいとは思うんだが、1人でいると何かの拍子に死んじゃいそうだ。

そして、喫茶店にいるとね〜、他の席の人の会話が、気になるんですよ〜
お母さんたちらしき人々が喋ってる「3年生」「インターン」「ゼミ合宿」…
お子さん大学生なんですね…これからが楽しみですね…
でもね、子離れ後もいろいろあるんですよ…

ああ、乱入してみたい!暴力的な性格!

あと、喫茶店あるあるなのが、「Bluetoothによその人の使ってるらしいナニカの名前が出る」だよね。

結局3時間いて、コーヒー2杯とドリア食べて雑誌読んで日記書いてマンガ読んで聞き耳立てて、時々泣いてた。
せいうちくんの帰りはほぼ夜中になったが、まあ充実した日だったかも。

19年7月11日

探していた本を見つけたと思って喜んで買ったら、数日前にAmazonに注文していたのをすっかり忘れていた。
家に帰って、ポストに入っていた封筒から問題の本が出てきた時の脱力感を、いったいどう表現したらいいのか。
かつて先輩から聞いた名言、「ダブるぐらいなんだ、オレなんか時々トリプるぞ!」を思い出して耐えるしかないか。

物理的な本の量に耐えられずに自炊を選択した時点で、諸先輩方の足元にも近寄れないと感じる。
マンガ好きなら誰でも、「このままでは本棚がヤバいことになる」と思った瞬間があるだろう。
昔から先の心配ばかりするタイプだったので、かれこれ20年ばかり前に先輩に先走った質問をしてみた。
「マンガや本が増えすぎたら、困ると思いませんか?」
答えは、たいそう意外なものだった。
「なんで?嬉しいだけじゃないか!」
凡人の身には理解できない境地だ。

なんとか態勢を立て直し、
「でも、本棚に入りきらなくなりますよ?」と追加したら、
「本棚に入れようと思うからいけない。床に積むんだ」とありがたい教え。
結局、「普通の生活がしたい」ようではオタクは務まらないのだと悟った瞬間だった。

本の部屋を借りる人、別荘を買って運び込む人、自宅をほぼ壊滅状態にする人、様々なんだが、これまで聞いた中で一番凄まじかったのは、
「部屋に雑誌を敷き詰めて、その上で寝ていた人」だろうなぁ。
私もベッドの下の空間に300冊ほどのレディースコミック雑誌を収納していた時期があり、いくらなんでもその物量の行き着く先が怖くなったので自炊に踏み切ったわけだが、まあ、人間の器が小さいということだろう。

19年7月12日

歯のお掃除をしてもらいに、歯医者に行く。
半年に1回「そろそろどうぞ」ってハガキでお知らせもらうんだが、今回はその前に歯石がザリザリして気になってきたので、電話で予約お願いした。
そしたら翌日いつものハガキが来て、自分の体内時計にあらためて感心したよ。
日頃、20分とかタイマーかけると鳴る直前に立ち上がることがよくあり、自動的に時間を計ってるのは身体に悪いとは思う。
こんな長期バージョンもけっこうしっかり測っているのは、どうなんだろう。

さて、最近の「歯のお掃除」は痛くない。
昔はわりと「キーン」って沁みたり響いたりしたもんだ。
機械が良くなったのか、虫歯や歯周病という原因があるから痛むだけで、悪いことをされているわけではないと自分が理解したのか。
たぶん両方。
医療は進歩し、こちら側からの信頼感も増した。
つーか、オトナになると、悪いところを放置するほど怖いことはないと思うようになるもんだ。
予防の考え。
ぐちゃぐちゃになった部屋を片づけるより、日頃から整理整頓しておいて乱れを直すだけの方が格段に手間が少ないからね。
もちろんこれは理想論というものですよ。

歯医者で毎回、細かく削りを入れてもらう箇所がある。
どうも歯の角が少しずつ薄くはがれているようで、削ってもらった直後はなめらかになったと感じるのに、何ヶ月か経つとまたギザギザしてる気がするんだ。
歯医者さんは、
「緊張の強い人は、歯を食いしばっちゃうんですよね。『疲れた時に歯全体が浮いたような痛みがある』っておっしゃったでしょう?それも、食いしばりが原因です」と言う。
人によっては安定剤の服用を勧めることもあるらしい。
ええ、それはもうのんでます。
それでもキンチョーするんです。
人生はキンチョーの連続です。

お掃除をしてくれた歯科衛生士さんが、
「歯石が気になるようなら、半年に1度の案内を4ヶ月に1度差し上げるようにしましょうか?」と言ってくれた。

人工血管や心臓に入れた機械弁は、細菌感染を起こすと非常に面倒くさいことになる。
生体でない部分には抗生物質が効かないので、部品の全取っ替え、つまりガバッと開胸しての大手術をまたするわけ。
2年経ってもまだダメージが去らないってのに、高齢化しながらの再手術は、考えただけでイヤだ。
そして、細菌感染は口腔からの場合がかなりある。虫歯厳禁。口腔内衛生、最優先。

4ヶ月後にまた来ます。
こうして生活は病院の予約ばかりで埋まるのであった。

19年7月13日

三連休の1日目。
主観的にはこの半年ぐらいずっと忙しくていて、2人だけで過ごす週末を珍しく感じる。
病院行ったり食料品の買い出しをしたりせいうちくんは塾のお手伝いをしに行ったり、まあそれなりに用事はいろいろあるけど、気分的にはのんびりで行こう。

まず月に1度の心臓の検診。
毎度毎度、出かける前についトイレに行ってしまい「!!」、尿検査のサンプルが採れなくなるかとあせる。
一生懸命水をがぶ飲みして何とかしている。

あと、「自分の血液がシリンダーに吸い込まれていくとちょっとうっとり」ってあんなに好きだった採血が、かなりイヤになった。飽き飽きした。

母親もけっこう闘病生活のあった人で、「血管が出にくいため、採血や点滴にはずいぶん苦労した」と語っていた。
その点私はどこで採血しても「立派な血管ですねー!」と感心されるぐらい太く出るタイプでよかった。
しかし毎月のことでもう看護師さんたちもいちいちほめてくれなくなり、本当につまらない。
同じ美容院に行き続けていると「それにしても本当に髪が多いですね!」って言ってもらえなくなるのと似た現象。
だが自分よ、「髪が多い」は決してほめてないから。
血管が太ければ看護師さんが楽だが、髪が多いと美容師さんは大変なだけだ。

最近わけもなく動悸がするので、一応言ってみた。
「そうですか?どうしたんでしょうね」と首をひねる先生は、言葉にこそしなかったけど「ちゃんと動いてるけどなー」と言いたそうだった。
健康ではないが病気でもない状態はすわりが悪い。
いや、とりあえず健康なのではないかと思いかけたら、帰り道でせいうちくんが、
「毎月検査が必要で、医者が薬を出してる状態なんだから、健康とは言えない。堂々と具合悪くしていなさい!」とはげまして(?)くれた。
その考えが日本の医療費の逼迫を招いているのではないだろうか…

雨が降っていたのでせいうちくんを塾で落として、私が運転して帰った。
3時間後にまた迎えに行って、さて、ついでにニトリに行こう。
こないだお皿がひとつ割れちゃったんだ。
家族の人員が少なくなってから皿数も少なく、決まったお皿しか使わない。
そして変化の嫌いな我々は、割れたのと同じお皿を買って済ましてしまった。
台所用品をいろいろ眺めて楽しんだり(キッチンアイデア商品は見てて飽きないね)、この季節になると冷感寝具が売り場にいっぱい出てて、どれも触ると冷や冷やしてて気持ちいいのに驚いたり。

遠出をしたついでに、ブックオフのハシゴをする。
家の近くの店舗はもう狩り尽くした気がする。
古いマンガなどは短期間にそれほど出入りがあるわけでもなく、欲しい本が見つかるかどうかは運。
行ったことのない店には新しい出会いがあるかもしれない。

そしたらまあ、ありましたねー、出会いが。邂逅が。めぐり会いが。
今集めている作家さんの本を100円コーナーでどっちゃり見つけてしまった。
もちろん応援するという意味ではちゃんとしたお値段で買うのが望ましいのだろうし、知り合いの編集者からも「本は新刊書店で定価で!」と念を押されているんだが、なんと言うか、人が手放した本を我が物とする行為には妙なヨロコビがある。
愛猫をペットショップで買うのではなく、野良を手なずけて拾う、みたいな。
生き物に例えてしまったので言いにくくなったが、これはやはり「狩り」であろう。

お互い、本を買う以外にはあまり出費のないタイプだと思っているのと、最近ストレスが溜まりがちなのとで、思いっきり買った。
こういう時はいつも、よしながふみ「フラワー・オブ・ライフ」の中で洋服をたくさん買った女子高生たちが、
「はあ~、買った買った、お大尽のように買ったね~」と喜ぶ台詞を思い出す。
ブックオフとか100均は簡単にお大尽になれて、大好きだ。
良い連休のスタートを切った。

19年7月14日

せいうちくんは午前中に床屋。
予約できるところがありがたくて、もう15年ぐらい通っている。
床屋って一定の時間がかかるから、けっこう待つじゃん。
かつては息子も通っており、所持金ナシで切ってもらってあとから行った「お父さん」せいうちくんが彼の分も払う、などの融通も利いた地元の店。
「息子さんはお元気ですか?」と噂をしたりもするらしい。
床屋さんちのご子息もうちの息子と同じ大学に進学し、この春は卒業して職に就いた。
年月は確実に流れている。

さっぱりした頭で帰ってきたハンサムさんと、デートをしよう。
小雨の中、傘をさしてバスで街に出て、まずはタイ料理を食べる。
私は毎週毎週病院のついでに飽きもせず「パッ・タイ」を食べ続けてもう半年ほどになり、かれこれ10年ぐらい、店に行けばほぼ同じものを注文しているんだ。
昔だったらずっとどんぐり拾いをしてそれだけ食べていたような種族なのかも。
(今週は通院日がお休みで、1週あくので、その代わりに食べに来たとも言える)
せいうちくんは多少迷うが、それでもメニュー全制覇とかする方じゃない。
今日は「カオソーイ」を食べてた。

なんで雨なのにわざわざ出かけてきたかっていうと、我々は、腕時計を買おうって野望を持ったんだ。
カバンとかあまりにボロボロでかまわないので上司から「もうちょっとは良いものを身につけろ」と言われたせいうちくんと、還暦を迎える私なので、実利と記念のためにね。
次の週末からサマーバケーションな期間に突入する。今週行くしかない。

かつて息子の就職記念に3万円の時計を買ったのが清水の舞台だった。
今回、自分たちの年齢を考えると思いきってゼロが5つとか行っちゃってもいいのか?と考えたんだが、貧乏性が勝って、そこまでは行かなかった、いや行けなかったことをご報告しよう。
それでも人生最高値段の腕時計をそれぞれ買って、ニヤニヤしている。

我々のことだから当然ペアにしようと思ってたんだけど、ヨドバシの売り場を一周しても、双方が一致して気に入るものはなかった。
せいうちくんてば案外オトコノコな時計が好きだなぁ、文字盤に何らか別の文字盤みたいなのがついてるタイプにこだわるとは。
私は、針がぽよんと太すぎるのはダメ。スッキリしてるのが好き。
あと、最近何でもピンクゴールドを選ぶ傾向。
売り場のおにーさんも熱心に勧める。
「人気ですよね。肌映りも良いですし」
商売が上手い!

その場でつけて行くことにして、それまでしていた古いのは箱に入れてもらった。
2人とも、面はゆくてなんだかぶんぶんと腕を振ってしまう。
新しいものを身につけていると、身長が伸びたような気がするね。
この歳になってもそうなんだから、ランドセルとかしょったコドモの晴れがましさったらないだろうなぁ。

いつものブックオフではあるんだが、DVD売り場に行ったことがないのに気がついた。
というか、今、「ER」を探してる。
シーズン3ぐらいまでをぽつぽつ持ってる変な状態で、コンプリートを望むマニアではないにしろ、もうちょっと欲しい。
さすがに古めのドラマなので、あんまり見つからないんだよね。

と思ってたら、いや~ビッグウェーブがきたよ。
BOXをいくつも発見!
突然「シーズン12」とかになるのはどうかと思うんだが、まあ手に入る時に。
「どこまで観たいの?」と聞かれて、
「『ロケット』ロマノが生きてる限りは観るよ」と答えたら、大真面目にBOXの集合写真を検討し始めるせいうちくん。
「ここは、まだいるなぁ。これになると、いないかも」
ああいう、罵倒型の人って大好きだ。「ツイン・ピークス」のアルバートとか。
「立て板に水、とばかりに他人を罵倒してみたい」とひそかに思っている。
せいうちくんで練習しようかしらん。

THE ALFEEのDVDやCDは、棚に名札だけ存在して1枚もない場合が多い。
これは、人気があるのかないのか。
20年ぐらい前にやたらにコンサートDVDを買いまくったが、今はすっかりご無沙汰。
たまに高見沢さまがテレビにお出ましになるのを知ると、録画して観たりはする。
登場場面だけ集めて焼いたDVDを作るところまではいかない。
麗々しくディスプレイされたガラスのショーケースを指して「あるじゃん」と言うせいうちくんよ、それはTHE ALFEEじゃない、X-JAPANだ。なんとなく似て見えることは認めるが。

2人ともあまりにくたびれたので、マンガのフロアに降りていく気力もなく店を出た。
バスを待ってる間も足がじんじん痛かった。
私は半日タテになってるのが珍しい生活だが、せいうちくんは日頃毎日会社に行ってるからもうちょっと丈夫かと思ったよ。
まあ、午前中床屋に行くひと仕事がプラスされてるか。

もう夕方なんだけど、「昼寝」をしてしまった。
きちんとした時間にごはんを食べさせなきゃ行けない相手もいないし、明日も休みだし、オトナだけだと自堕落に暮らせていいね。

19年7月15日

「信じられないことに、あっという間に三連休が終わってしまう!予定していたことの半分もできていない!」と悲鳴を上げるせいうちくん。
音楽の整理をしようとか買いまくった本を自炊しようとかそもそも今年に入ってからずっと「マンガを描こう」と思ってるとか、2人とも計画だけは山ほど持ってるものの、いつになったら実行できるのか。
こういう時、頭をよぎるのは「老後」という魅力的な言葉だ。

半日、一緒に料理をしながらしゃべりまくった。
ちょっと驚いたことに、せいうちくんも「引退後」を心待ちにしているらしい。

せ「会社に行かなくてもよくなったら、1日中キミの相手をしてあげられるじゃない」
私「でも、今日の感じとか見てると、ずっと一緒にいたら私はテンションが上がって夕方頃には怒り始めたり泣き始めたりするよ」
せ「翌日、ってシバリがなければ、どんなに泣いても怒っても大丈夫だよ。ずーっと背中をなでてあげられる」
私「むちゃくちゃしゃべるよ。知ったかぶりして、自慢して、演説ぶつよ」
せ「いいねぇ!僕はキミがしゃべるのを聞くのが大好きなんだよ。いくらでもしゃべって。キミが思っている以上に、僕はずっとキミと一緒にいたいと思ってるんだよ」
こっちもあなたが昔のアニメの蘊蓄とか歴史の話とかするのを聞くの、好きなんだがなぁ。
自分がしゃべらなくていい時って、楽は楽だよ。

こんなに仲良くしてくれる人と暮らしてていいなんて、何かが間違っててバチが当たる気がする。
せいうちくんに言わせると、それも母親の呪いなんだそうだ。
「僕の家もそうだけど、夫婦が仲良くするのはおかしい、って言いたがるよね。でもね、きっと仲良くしてる夫婦はけっこういるよ。人は夫婦ゲンカした話はするけど、仲良くした話はとりたててしないでしょ。サイレント・マジョリティなんだよ」
なかなか説得力があるぞ。
「仲良きことは美しき哉」

名言と言えば、朝ドラの「なつぞら」に良いセリフがあった。
「芝居で食えてるやつはほとんどいないけど、それで不幸だと思ってるやつもほとんどいない」
感動したんで、芸人志望の息子に伝えてみた。
「そうですな。幸せではあります」との返事だった。
精進したまえ。

19年7月16日

バイトのデータを受け取りに行く。
これがなぁ、オール在宅でもできるという話であったのだが、今んとこまだ取りに行かないとなんだ。
おまけに、人力でやっていたところを今度ソフト導入するかもで、そうすると私の仕事はなくなっちゃうのです。
もっとも「なんで手作業なんだ!」と思うぐらいあっちこっちで手間がかかってるので、すべての関係者のトータルな幸せのためには電脳化された方がいいと思う。

日頃何もしないもんだから、いざ作業に入るとものすごく根を詰める。
新卒で働き始めた時に一生分の根を詰めたから、その後30年倒れていたのかもしれない。
いきなり5時間ぐらいぶっ通しで座っていたら強烈な腹痛と吐き気と腰の痛みが襲ってきた。

上から下からからっぽになって痛みと気持ち悪さとしばらく戦って、あまりに心細くなったので接待中のせいうちくんを呼び返そうかとちらりと考える。
以前なら帰ってきてもらったろう。
だが、この春以来やはり少しは社会にお返ししてもらわねばならんと言うか、「私だけのせいうちくん」でもなくなった気がして、頭が床にめり込むほどガマンした。
これは、向こうがエラくなったからなのかそれとも私が人間的に成長したからなのか。

めり込んでるうちに鎮痛剤も効いて、少しマシになった。
せいうちくんが帰宅すると、20ワット電球が100ワットになったような、目の前がまばゆい光で照らし出されるような気がして6割ぐらい治るし。
「おなかに来る風邪をひいたんじゃないか」と指摘されて、そうかそれは考えなかった。
「腰が痛いのも、いわゆる『節々が痛む』というやつかも。寝なさい寝なさい」と言われ、神妙に床に入った。
でもおなかが痛くて眠れないじゃないかこんちくしょう。

19年7月17日

たとえば人に親切なメールを打ったつもりなのに、返事がない時。
「あの人も変わっちゃったなぁ」とか、「若い頃の知り合いでも、ずっと気が合うわけじゃない」とか、いろいろ思う。
ちょっとすさんだ気分になって、厭世的になる。

そしたら、「返事が遅くて失礼」と、ていねいめなレスがある。
いっときでも悪く思ってすまなかった、と猛烈に申し訳なくなり、もう絶対に勝手に人をネガティブに見るのなんかやめよう、と思う。
他人に関わりすぎる自分を反省し、あまり気持ちを揺らさずに暮らそうと思ったことなんか忘れて、また無闇に人との関わりを持ちたくなる。

「ひとのあいだ、にいるから『人間』だ」と読んだことがあり、そういう意味ではとても人間っぽい。
他人と関わらずに自己を確立することができない。
よく30年も引きこもり主婦をやってるなぁと自分で感心する。
せいうちくんがよっぽどよく話し相手をしてくれてるんだろう。

そう言えば先日、FACEBOOKで、
「我々本格的引きこもり勢からすると、あなたは全然引きこもっていない。何の強迫観念があって自分をそう呼ぶのか」と不思議がられた。
こっちから見ると、その相手の方が散歩をしたり旅をしたり全然引きこもっていないのでそう反論したら、
「必要がないなら極力人と会わないのが本格的引きこもり。みずから人に会いたがるのは引きこもりではない」とのこと。

いやしかしだね、こっちは人に会うのでない限り本当に家から出ないのであって、どっちを真の引きこもりと呼ぶべきなのか。
そんなことを競ってもしょうがないとは思うが、なんとなく「道を極めたい」というか、私だって私に名前やラベルが欲しい。
そして、「あの子のお母さん」をやめた今、「引きこもり主婦」と名乗るぐらいしかないのだ。

真性の引きこもりの人から、
「旅行に行くとか人に会うとかカラオケするとか、そういうレベルの人たちは黙っててくれませんか」と抗議が来そうではあるが。

19年7月18日

1日おっかなびっくり、あまりものも食べずに暮らしたら、風邪は良くなったようだ。
今回の仕事もなんとか目途がついてきた。

この頃、夕方になると激しく動悸がする。
拍動数は上がっていないんだけど、何かに追いかけられているような不安な胸苦しさを感じるのだ。
いわゆる「心臓が喉元から飛び出しそうな気分」で、主観的にはまわり中に鼓動が聞こえてるんじゃないかと思う。
もちろん横にいるせいうちくんには聞こえていないそうだ。
(ただ彼は前から、心臓に入っている機械弁がカチカチと動く音は聞こえる、と主張している)

その不安な感じと言ったら、「万引きした人が今まさに店を出ようとしている時」ってこんなふうかしらんと思う。
経験がないのでわかりませんが。

社会的な事件について書くことは珍しいぞと思いながら、今日起こったアニメ会社放火事件はいったい何なんだろう。
悲惨な様相を想像してしまい、動悸がいっそう激しくなった。
今、日本中の人が重苦しく胸を痛めていることだろう。

19年7月19日

朝、息子が興味を持つかもの本の話を送ったら、8時だって言うのに返事が来た。
「こんな時間に起きてるあなたは超久しぶりだ。徹夜じゃないよね?」と問うと、
「毎日こうだよ」と答え(働いてる!じーん!)、なぜか「京アニの事件について、父さんと話してる?」と聞いてきた。

驚いたり憤ったり、普通に反応してると言うと、彼も深く深く悼み憂えているらしい。
不思議だ。私の知っている彼は自分勝手で生意気で人を人とも思わない若者なんだが、まわりの人がずっと言ってくれてた「優しい子だから」ってのが当たっているのか。
もう「子」って歳でもないけど。
新鮮な気持ちで、しばらくやりとりしてた。仕事に行く前だったのだろうか。

子供の成長って言うか、人間として出来上がっていく過程は謎だ。
こないだ、「思春期や反抗期に床や壁に穴を開ける子もいる」と本で読み、「よその子たちもそんなことをするのか!一般的な現象なのか!」と3箇所ほどある穴をあらためて感慨深く見た。
息子が「イライラして」「殴ったらどうなるかなーと思って」派手に開けたもの。
紳士的な、しかもまだ小さい息子を持っていた年下の友人が不思議そうに、でもけっこう真剣に、
「そういうのは『家庭内暴力』って言わないんですか?」と質問してきたものだ。
答えにくかった。今なら答えられる。
「これぐらいではいちいち言わない」

建築士やってる知人が遊びに来た時聞いたら、
「気になるならふさげますけど、ある程度の面積のパネルを替えるので、穴1コにつきン10万単位です」とのことで、それは無理です、と思った。
もう新たな穴の脅威は去ったと感じた頃、せいうちくんがていねいにボンドと白い布で壁に継ぎを当ててくれた。
そうでなかったらずいぶん寒々しい眺めだっただろう。

息子を筆頭として、他人のことを考えるといつも動揺する。
心を持って行かれる。
「何かしてあげる」ほどにはマメでもないし人を思いやってあげられないのに、猛烈に気にはかかる。
やはりバランスがよろしくないようだ。

あー、夕方だからかこんなことをぐるぐる考えているからか、胸がドキドキして止まらない。
思い詰めないでマンガでも読むといいかな。
昨夜は松田奈緒子「重版出来」を最新巻まで読んでたら、すごいシーンがあった。
「人の気持ちなんか重荷じゃないですか」とつぶやく情緒欠陥なマンガ家に師匠が言う。

「重荷じゃない。燃料だよ。託された想いを燃料にして一緒に進むんだ。つらくなった時、きつくなった時、上手くいかない時、思い出すんだよ、彼らの想いを」

私より若いんだろうに、どうしてこの作家さんはこんなこと知ってるのかな。
3、40歳ぐらいまでなら年取ってる方がいろいろ見えてるかもだけど、そのあとは本当に馬齢だよ。
何年生きてるかじゃない、どう生きてきたかだ。

と、励まされるより落ち込み気味になるのも無駄に自意識が高すぎだろう。
「いいこと言うなぁ!」ってただただ感心する、そういう境地に早く達したい。
私の気持ちが、たとえば息子の中で少しは燃料として役に立ってる、自分では行けないところまでロケットを打ち上げる、そんなイメージを持って行こう。
山本鈴美香の「エースをねらえ!」で岡ひろみを支えるお蝶夫人のセリフもいいぞ。
「『わたしがやる』とか『わたしにならできる』とかいつも自我が表面に出る者は頂点には登りきれない。天才は無心なのです」
マンガは名言の宝庫だ!

19年7月20日

今回は長編を書く。
今週の記事がこれだけで終わるかも、というぐらいのドキュメンタリー。
第五章までありますので、息継ぎしながらお読みください。

第一章 計画編~3週間前

始まりは6月末に年下の友人ミセスAから来たLINE。
会社の後輩であるダンナさん経由でせいうちくんから紹介されて以来、夫婦交えて仲良くしてもらってる。
「今お電話できますか?せいうちさんのいないところでお願いしたい事がありまして。ご在宅でしたら別の機会にします」

なんと、昇進お祝いの会で、せいうちくん本人にはナイショの企画を考えているのだそうだ!
家族想いで知られるせいうちくん、息子がコント師目指していることもつとに有名で、そんな彼からビデオメッセージがあったら素晴らしいサプライズになるのでは、とミセスAのダンナさんが思いついたんだって。
せいうちくん、職場のみんなに愛されてるぞ!
その時の息子は自主公演を控えていたため、終わってから依頼することにした。

記念のプレゼントも贈られるのだそう。
おしゃれに無縁なせいうちくんなので、身につけるものではなく、マグカップとかどうでしょう、と提案させてもらう。
600円のものしか買ったことがないのに予算ははるかに潤沢なようで、はたと困る。
向こうさんは当然のようにペアを考えてくれているがそれでも余りに余るようだ。
「家で使うペアに、会社で使う3つめをつけては?」と提案したら、通った。
ネットで「カップ 高級」とググるといくつかの候補が出てきたが、こんな高級カップ買ったことないからわかんないぞ。
翌週の平日にちょうどミセスAとランチの予定を入れているから、画像を見せて決めてもらおう。

息子には公演を観に行った晩にメッセージで伝えた。
「昨日はお疲れ様。すごく良かったよ。お願い事があるの。父さんの会社の人たちが、昇進祝いのサプライズ企画をしてるんだって。プレゼントと一緒に、息子のあなたからのお祝い映像メッセージがあったらすごくびっくりして喜ぶんじゃないか、って、極秘で母さんが頼まれました。1、2分ぐらいのもの、作って。なにぶんナイショなので、よろしくお願いします」
返事はひと言、「おけほい」
快諾ではあろうが、なんじゃそりゃ。

息子は週末に訪ねてくるかもしれない予定になってたから、泊まっていくとかしてせいうちくんの見てない瞬間があったら私も一瞬だけ一緒に登場、って動画が作れないかなぁと思っていたら、せいうちくんといる時に私のメッセンジャーが鳴った。
そうか、忙しくて来られそうにないのか。
「今週末は来ないみたい」と本当のことを言ったら、普段は3人でやりとりしてるもんだから、
「家族グループじゃなくて直でやってるの。珍しいね。見せて」とにこにこ無邪気に詰め寄られた。
ナイショの計画が全部書いてあるのに!
「大した話はしてないよ」と逃げ切ったが、我が家は秘密が保ちにくい場所だ!
妙にカンの鋭いせいうちくんである。

その後、ミセスAと私は会ってランチをして大いに盛り上がった。
が、楽しすぎて肝心のマグカップの話をするのをすっかり忘れてしまった。
もう、決め打ちで「ムーミン」にしておく。
そこそこ高いし彼はムーミンわりと好きだし。
特に「アラビア」というメーカーのは原作の絵に忠実で、きっと気に入る。

準備は着々と進んでいた。
しかし、好事魔多し、想像もしなかった問題がぱっくりと口を開けていたのだった。

第二章 疑惑編~2週間前

7月19日がXデーで、早くも秘密が重くてしょうがない私は、指折り数えてその日を待っていた。
妻にそんな悪だくみをされていると夢にも思っていないせいうちくんは言う。
「そうだ、19日の金曜に、元同僚の人たちと食事をするよ。相手が2人とも女性なのは珍しいから、ちゃんと言っておくね」
それはいいとしても、え、え、え、その日って、Xデーじゃないの?!
別の会合?もしかしてその人たちもパーティーに呼ばれてる?

こっそりミセスAに相談する。
どうやら夫のAさんも聞いてない話らしい。サプライズゲストってわけじゃなさそうだ。
ということは、せいうちくんが日付を間違えてるのか。
19日に昇進祝いパーティーをしてもらうこと自体は本人も知ってるはずなんだが、勘違いして別の予定を入れちゃった?
まさかのダブルブッキング?

さりげなく(しかし、あせっていたのであまりさりげなくなかったような気がする)世間話をよそおって相手の名前を聞き出したりお店がどこかを確認したりする。
まるで浮気を疑っているような格好になってしまった。
で、「Aさんが知らないうちに日程が変更されてる?疑惑」まで出たあげくどうやら別の会合らしい、と判明するまで数日。
Aさんが上司のHさんに、「せいうちさんは19日にダブルブッキングをしているようです」と相談し、青ざめたHさんが相手方に確認、結局せいうちくんの秘書さん的な人を通してそれとなくお祝い会を優先してもらうように工作したようだ。

息子が訪ねてきた時すでにこの疑惑が出ていたので、ベランダに出て喫煙している彼の横に行って映像のお願いを念押しするついでに、
「お父さん、ダブルブッキングしちゃってるかもなんだよ」と話すと、
「お父さんらしいね~」と笑っていた。

舞台裏の動きを何も知らないせいうちくん本人は、
「大変なんだよ、僕、宴会をダブルブッキングしちゃってさ!聞いてなかったのかなぁ…『しっかりしてくださいよ!』ってHくんに叱られちゃったよ」としょげていた。
これにて大ピンチは回避し一応落着だが、そそっかしすぎだろう!
彼の秘書はしたくないなぁ、と妻でさえ思う。

こんな困難もあり、極秘ミッションのあまりの難しさに音を上げそうになってる私。
この時点での妻たちの裏LINEは、
私「つらいです~」
ミセスA「試練の2週間ですが、そのぶんせいうちさんのサプライズも大きいかと!どうぞよろしくお願い致します〜」
私「黒子たちのこーゆー苦労もぶちまけられる19日過ぎが、楽しみでなりません」
ミセスA「ほんとに!」
毎日、口がムズムズする。生まれ変わっても秘密諜報員とかにはならないようにしたい。

第三章 悪夢編~1週間前

先週末にはお祝い映像を撮影するはずの息子、なかなか送ってこない。
家に来た時、
「映像はどういうカタチで渡せばいいのかな?」と聞かれ、
「わかんないけど、みんなで観るみたいだよ。15人で」と話したら、「だいたいわかった」と。
職業柄(?)こういう件は得手だろう。

催促すると、
「思ったより気恥ずかしくて、全然うまく撮れない。今週の土日まで待ってくれるとありがたい」と、弱音を吐いてきた。
スケジュール的には大丈夫なようだから、納得できる良いものを作ってくれと励ましておく。
頑張れ、担当芸人。

そして、週が明け、金曜にはパーティーとなってもまだ音沙汰ナシ。
 進捗状況を聞くメッセージを打ったんだが、既読にならない。
よもや締め切りが怖くなって遁走したのでは?とこちらもビビった。
ミセスAに確認すると、デッドラインまではまだゆとりがあるとのこと。
「気負い過ぎず、『イェーイ、父さんおめでとう〜!』くらいでも大丈夫ですとお伝えください」
約束した締め切りは過ぎているけど、せかすのも信頼していないようで気の毒だ。もうちょっと待とうと思って寝たら、その晩みた悪夢は、

「夜10時、息子が家の近所の図書館に『父さんのことを調べに来て』、
『なんで図書館は9時までしか開いてないんだ!』と悪態をついて夜の街に走り去る」

というものだった。
汗びっしょりになって飛び起きた。
いつもの悪夢と違って、せいうちくんに相談できないってのが一番こたえる。
かわりにミセスAに訴えると、
「すごい夢ですね、締め切りに間に合わない感と、焦る息子さんと、見守るしかないうさこさんの様子が全部詰まっている!もう、その夢を実写化でも良いのでは?」と感心された。
頭の中を実写化できるんだったら話は早い。いくらでもしたい。
いざとなったら私が「ダンナ、おめでと~イェーイ!」ってやるしかないのだろうか。

火曜の昼間、息子から「ごめん、バタついてて遅れてる。今夜必ず!」と返事があった。
私も「何もしてないのにバタつく」特技を発動して待っている。
逐一報告を受けているミセスAは、
「もう、この過程がドキュメンタリーにしたいくらいおかしい笑」と笑い転げる。
Xデーを過ぎたら、絶対にこの顛末を日記に書き残そう!
Aさん夫妻が奮闘してくれた様をどう書こうか、早くも思案中だ。
書いちゃいけないことがてんこ盛りかもしれないなぁ。

日が変わって水曜になった深夜、スマホに着信!
すでに寝息をたてているせいうちくんに気づかれないようそっとベッドを抜け出し、書斎のPCで確認する。
正面向いてテーブルの前に座った3分ほどの映像を、何度も何度も見て、涙を流した。
(これ書くためにもう1回見たら、また泣けた)

だがしかし、送る都合があるのでLINEで送ってくれと頼んでおいたのに、メッセンジャーで来た。
発注者の注文をよく聞いてない息子。ぷんぷん。泣いたり怒ったり、夜中に忙しい。
苦労してミセスAに転送、これで彼女から夫のAさんに、そしてAさんがお店のプロジェクターに仕込む、という華麗なパスワークが展開されるはず。
文明開化すぎてくらくらする。
(私が最初に想像してたのは、出席者みんなでスマホかタブレットのひとつの画面をのぞき込む、という原始的な絵面だった。そうか、上映なのか)

翌朝さっそくミセスAから返事があった。
お笑い要素を入れてくると予想していたので真面目な感じなのが意外だったようだが、
「これは泣かされるでしょう!」と。
受け取った会社のAさんも、まだ小学生の自分の息子が将来こんなの作ってくれたらと想像して、「嬉しいだろうなぁ」とつぶやいていたらしい。

考えてみたら、これまで舞台の映像とかを渡したことはあるものの、息子を間近に見るのは初めてなわけだ。
「声が素敵ですねー」と言ってくれるミセスAに、いつか紹介したい。
ちなみに、動画見てたらそこんちの娘さんが「これ誰?」と聞いてきたので、「せいうちさんJr.だよ」と答えたところ、「ああ!」と納得してたそうだ。
みんな、実物に会ったことないのに知ってる雰囲気がものすごい(笑)

第四章 驚愕感動編~当日

いよいよXデー!
朝、 「帰りが遅くなって、悪いね~。みんながお祝いしてくれるんだよ」と言いながら出かけるせいうちくんの背中に、「何が待っているか、君はまだ知らない」とほくそ笑みながら「行ってらっしゃ~い」って送り出した。
ああ、心底ほっとした!
夜には全部ぶっちゃけている自分を想像して、玄関にへたり込みそうになった。

今日まで、うっかり口走ることもスマホやPCを見られてしまうこともなく、なんとか過ごせたもんだ。
なにしろうちの情報管理は、わざわざ見るわけじゃないにしろスマホのパスコードお互い知ってるのはもちろん、相手の指紋も認証するガラス張り状態なんだよ。
寝言で秘密を漏らすのが心配で妻と寝室も別々にしていたスパイの話、昔読んだなぁって思い出してたよ。
不倫とかしてる人の心の強靱さにあらためて感心する毎日だった。

あとは今夜のカエルコールが楽しみで楽しみで。
きっと驚くだろうなぁ。
想像するともう、ドキドキする。
1日中、何も手につかない。

夕方、「あらためて動画みました」とミセスAからLINEが入った。
実は私もさっきまた見てたんだ。
もうパーティーの準備が始まっている頃だろうか。
Aさん夫妻には本当にお世話になった。
スゴイのは、Aさんも最前触れたHさんももちろんせいうちくんも、日中は仕事してるってとこだよなぁ。
そこんところが私には今ひとつよくのみこめてないのかもしれない。

宴会の途中とおぼしき時間に、トイレにでも立ったのだろうか、せいうちくんからLINE来た。
「息子が出た!」
てっきり私も驚くだろうと思ったんだろうね。
「笑笑」とだけ返したが、既読もつかず、あわただしく席に戻った様子がうかがわれた。
そして終了と同時に、スゴイ勢いで電話がかかってきた。予想通りだ。

帰ってからゆっくり話したんだが、私が3週間も前から秘密を持っていたのが一番の驚きだったらしい。
「知ってたの?」の「?」マークは、実行段階のすべてに私が関与し手を貸していたと知って極大になった。
かつて一緒に働いていた方たちからのお祝い映像に続いて息子の動画が流れた時は、
「僕はどこにいるの?ここどこ?家?違う、会社関係だ。じゃあなんで息子が????!!」と大混乱し、「誰かが息子に頼んだんだろうなぁ。Aさんかなぁ」と漠然と想像するのが精一杯で、「Aさん→ミセスA→私→息子」へ、という指令ラインはちょっと想像の外だったらしい。

「キミがこんなに長いこと完全に僕に内緒にできるなんて、そのことだけでももうびっくりで、何もかも驚きだ。こんなに驚いたのは何十年ぶりかだ。みんなが僕のためにいろいろ考えてくれたこととか、息子のメッセージとか、本当に驚いて、胸がいっぱいで、なんて言っていいか、わからないよ。とっても感慨深い。人生に、こんな日があるなんて」と、なかなか見つからない言葉を拾い集めるようにしみじみと話してくれた。
「自分の結婚式以来の、最良の日?」とはしょって聞いたら、
「うん…」
私「あなたは地味な人だから、自分だけのために人がお祝いしてくれる機会ってあんまりないんだよね」
せ「うん。娘のための1年間の介護休暇が明けて職場に戻った時ぐらいかな。でも、今日は、本当にね…息子からもお祝い動画もらってね…」
私「見た見た」
せ「(またびっくりして)メモリもらったから見せようと思ってたんだけど、もう見たの?そうか、そうだよね。じゃあ、わかるよね」

「お父さん、昇進おめでとうございます!」で始まる動画の中で、にこやかに、でもとても真面目に、
「何より大切なのは人に敬意を持つことだと、お父さんの背中から教わりました」と語りかけてきた。
父親に心から感謝しており、これからも「ある種、友達のように」面白い物事を共有していきたいと述べたあと、
「そんなふうに、お互いが死ぬまで過ごして行けたらと思っています」と結んだ。

涙ぐんでせいうちくんは言う。
「そういうことを思ってくれる子供を育てて、しかも言ってもらえたら、もう自分の仕事は済んだ気がする。いつ死んでもいいって思うよ」
そうね、その通りだね。
「じゃあ、今から一緒に死のう」って持ちかけたら断られたのは、非常に合点がゆかぬ(怒)

ミセスAとの裏LINEや息子とのメッセンジャーも全部見せて、何もかも全部、おもちゃ箱をひっくり返すようにぶちまけて、ああスッキリした!
「サプライズの成果は忍耐×期間の総面積だと、よ~くわかった!」と数学的に感嘆され、喜ばれて、やっただけの甲斐は実にあったんだが、同じことをもう一度頼まれたら次回は断るかもしれない。
性格と習慣を大きく超えた無理ゲーだった。
Aさん夫妻、特にミセスAの励ましやサポート無しには不可能だっただろうなぁ。
よく考えてみたら、一度もAさんと直にやり取りしてなかったと今さらながらに気づいた。
妻たちの陰謀ネットワーク恐るべし。

せいうちくんからすると、
「4日にA夫人と会った時、こんな話をしていたのか!」
「息子と珍しく直メッセンジャーやってたのには、そんな裏があったのか!」
「息子が訪ねて来た時、ベランダで喫煙する彼と話していたのはこの件だったのか!」
「19日の予定をかなり一生懸命突っ込んで聞いてきたのは、そのせいだったのか!」
「それで、Hくんからダブルブッキングを叱られる羽目になったのか!」
と、よく映画とかである、過去のシーンがすごく意味アリだったと再び流れる時みたいな状態になってたのだそうだ。

そんな話をしみじみと延々としていたところに、息子から直メッセージが来た。
「動画って、今日見せたんだっけ?」
晴れて家族グループで返信する。
「今その話をしてたとこ。父さんはすごくすごく嬉しかったって」
すぐに、自分が2人から受け取ってきた優しさの方がずっと大きいよ、と返事をくれた。
それぞれのスマホを握って泣く我々。

せいうちくんもあらためてお礼を言い、
「母さんと、『もう人生の目的はあらかた成し遂げることができたね。もういつ終わりが来てもいいね』って話してる」と気持ちを伝えたら、
「魂を継承し終えたというか、その感じはわかる」とのこと。

そういう言葉を選ぶひとを育てたか。
自分と似たひとを、でも確かに別のひとを、自分の思いを受け取って未来に継承してくれる次のひとを育てたか。
終わっても、いいなぁ。

興奮冷めやらぬうちに、寝た。
せいうちくんにとって人生最良の日のひとつだったろうし、私にもそう。
ただね、仕事を30年やってきた結実のその喜びは、どうしても想像ができないし、共有もできないところがあるね。
こんな良い日にも「同床異夢」とか考える自分は、なかなかハッピーになりきれないタイプだと思ったよ。
だからこそ、本来あまりうかがい知ることのできない会社サイドのせいうちくんマターにここまで関わらせてもらったことは、あり得ないほどラッキーでありがたかった。
Aさん夫妻に今一度、心から感謝しよう。ありがとうございました(深々)

第五章 カップ編~後日

ところでお祝いにもらったマグカップ、聞いていたとおり3つあった。
「ムーミン」までは指定したものの、その先は空白で、てっきりせいうちくんに「ムーミンパパ」私に「ムーミンママ」だと思ってたんだが、どう考えてもそれぞれ「ムーミン」「フローレン」を使う仕様になってた。
「家族の基本は夫婦。恋人時代の気持ちを忘れずに」と思ってたはずが、いつの間にか親になり切っていたようだ。
互いを「パパ」「ママ」と呼んでないだけだったのね。
そう気づかせてくれた、カップ選定者のロマンチック目線に感動した!

「ムーミンは大好き。そうか、元々はキミのアイディアか」と喜ぶせいうちくんは、
「フローレン、と呼ぶのはNG」と厳しい。
「じゃあ、ノンノン?」
「もっと悪い。ちゃんと『スノークのおじょうさん』って呼んで」
どこまでも、原作ファン。
しかも「カルピス劇場は許すが、そのあとは、うーん」って、好みが実にニッチだ。

長い長いお話になった。
長い長い秘密の日々だったからだよ。
長い長い人生の、途中の、ある1日の出来事でした。

19年7月26日

今日から2泊3日で大学時代のマンガサークルプチ合宿。
昨日は1日中料理と格闘してた。
せいうちくんが接待終えて帰ってくる頃にはテンションが上がりすぎてて、顔を見るなりけたけた笑い出して次の瞬間泣き出したぐらい。
「22時からフィナンシェなんか焼かなくたっていいじゃない!もう無理、ってなった時点でなんで終わりにしないの?!」って叱られて、荷造りしなきゃいけないのに軽く夫婦ゲンカ勃発。

それで寝るのが1時半になったけど、朝は5時に起きて、クーラーボックスにタンドリーチキンとローストポークと鶏ハムとナスの南蛮漬けとチーズケーキとフィナンシェと食材いろいろ詰め込んで、早朝出発で交互に運転して着いたのが八ヶ岳。午前9時の出来事。
到着第一号だったので、家主である先輩と一緒に買い出しに行く。

今回の参加者は以下の通り。
A:家主。サークルの長老的存在。娘2人は嫁に行った、やもめの前期高齢者。
B:どっちが「真性引きこもりか」で私と論争になる男性。未婚。
C:妻と娘と3人暮らしの男性。猫飼い。
D:オモシロ生活の達人女性。未婚。猫飼い。
E・F:夫婦ともIT関係の仕事をしている。犬飼い。去年に続いて愛犬同伴。
G・H:子育てが終わって遊びほうけている、我々。

せいうちくんが最近マスターしたよしながふみのレシピ「アサリとブロッコリーのペペロンチーノ」を作りますと言うと、Aさんは難色を示した。
「山の中だからな、野菜は安くてうまいが、海産物は危険だぞ。アサリは臭いぞ」
売り場を見てみると、確かに少し干からび加減だが、まあ元気にしているアサリたちではないか。
せいうちくんは購入を決意。
ただし1パックにしておいて、水煮の缶詰を2缶使って補うようアドバイスした。
彼は「アサリの水煮缶」の存在を知らなかった。ちょっと驚く。

3人目のお客さんとなるBくんが電車で来るのを、駅まで迎えに行く。
買い物が終わって車で回るタイミングぴったりだった。
電車の旅を楽しんだらしい乗り鉄のBくんだが、歯が痛いそうで、柔らかいものしか食べられないと聞いている。
せいうちくんが野菜を煮込んだスープとか作ってあげるつもりのようだ。
あと、いちおう豆腐をたくさん買っておいた。
Aさんはバナナを買ってあげていた。

車でのミッションは終わって、山荘へ帰る。さっそく飲み始めるビール党のA・B両氏。
Aさんによると、缶ビールが1グロス以上用意してあるんだって。
どいだけ飲むつもりなんだ、この人たち。
Aさん推奨の「ヱビス プレミアムエール」、「冷やしすぎない方が美味いんだ」と山荘裏の水道で冷やしてあって、糖質オフのビールを自前で用意していた我々も、思わず手が伸びた。
苦くておいしい!

タンドリーチキンを焼くためのアルミホイルはある、と言われてたけど、山荘主のAさんが確認してみたらほんの少ししか残ってないうえ、妙に変色している。
ここのオーブンレンジには網がないのでアルミホイルに直接載せて焼くことになるため、できれば新しいものが欲しい、
みんなすでに飲んでしまっているからと、車でこちらに向かっているCくんにメールでお願いしておく。

やがて、アルミホイルとともに1人で車で到着したCくん。せいうちくんの同期だ。
家からワインと日本酒をたくさん持ってきてくれた。
つまみに用意のコールドミートを切り、ほどよく解凍されたタンドリーチキンを2枚焼く。
明日、全員そろったら残りの2枚を焼こう。

5人での晩ごはんはアサリとブロッコリーのペペロンチーノ。。
糖質制限でない人たちにはパスタを入れてあげた。
高血圧で塩分控えめなAさんへの配慮はあまりない。
だってペペロンチーノは塩を利かせないとおいしくないんだもの。
せめて、食後に「薬は飲みましたか?」と声をかけておく。
(この合宿中何度も同じように声かけしたが、答えはいつも「あっ、忘れてた!」)

塩水に浸けられたアサリたちは元気に砂を吐いており、何の問題もなかった。
ただ、その作業をしながらせいうちくんが「潮吹きさせなくっちゃ」と言ったのは満座の失笑を買った。
人間、知ってる言葉がつい出てしまって脳内をさらし、恥をかく局面はあるものだ。
こういう時彼が必ず持ち出す思い出話は、大好きな先輩のNさんがカラオケでけだるげなポーズを決めつつ英語の歌を歌い、画面に「sixty-four」と出てる歌詞を「シックスティ・ナイン~」と歌った件である。

台風が近づいていてざあざあ降りだ。
双子座流星群が来るからとAさんがこの週末に合宿を設定したので、我々も安い双眼鏡持ってきてそなえてた。
今夜は残念ながら天体観測はなし。

例によってBくんは飲みながら床で寝てしまい、Aさんが2階から投げてくれた毛布をかけておく。
おなかが見え隠れするので、去年のAさん宅で泊まりがけの忘年会をした時のようにマジックで顔を描いてみたくなるが、その用心のためかサスペンダーをしていて、完全にはおなかが出ない。
描けない。残念だ。

Aさんは自室に引き取り、Cくんと我々は持参の寝袋に入ってロフトでマグロになる。
ちなみに、出発前にせいうちくんに「明日からマグロ漁船だね」と言ったら、彼は冷凍マグロのようにごろごろ転がる様を想像したのだそうだ。
私は「マグロ漁船の漁師さんたちのように寝棚で寝る」図を思い浮かべていたのだが。
Aさんにそう言ったら、「そりゃ船も寝棚かもしらんが、普通は自分らがマグロだろう」と言い切っていた。
くそー、負けたか!

19年7月27日

プチ合宿2日目。高原の朝。
雨は降ったりやんだりで、わりと空は明るい。
どうしても早起きしてしまう。
寝たのが1時過ぎなのに4時に起きて、6時までは持参のiPadで本を読んでガマンしてたが、ついに隣のせいうちくんをゆり起こす。
こういう目に遭うのに慣れている彼はあまり文句も言わず起き出して、一緒にテラスでコーヒーを飲んでくれた。
「楽しいね~」
「僕ら、家を2軒も切り盛りするのは絶対無理だから、こうやって人の別荘で楽しませてもらおうね~」
夏前からテラスの手すりの金属部分をペンキで塗装し直し、梅雨が明けないので山荘回りの草苅ができないと嘆くAさんの真似は、とてもできない。

ぽつぽつ起き出したメンバーにコーヒーを入れ、最後にAさんが「うにゃ~」と言いながら階段を降りてきたところで、コールドミートの残りで朝ごはん。
6人目のDさんが午前中の電車で着くのを迎えに行くまではアルコールはお預けで、ビールで生きていると豪語するAさんBくんは悲しそう。
運転手じゃない人は飲んでもよさそうなものだが、さすがにみんな自重していた。

乗り切れないからうちも車を出して、Dさんが乗るであろうAさんの車には彼女と親しいBくんが乗るといいかな、それならCくんはうちの車に乗ってもらおうかな、などと勝手に脳内で算段していたら、Aさんが「初めて来るCくんとDさんにうちの車に乗ってもらう」と言う。
彼は、近くに所有しているもうひとつの別荘地を売りたいのだ。
Bくんと我々は去年見せてもらって買わないと宣言したので、新たな顧客を求めて、お迎えドライブがてら現地を見せるためのセールストークを車内で展開するのだろう。
「何事にも理由がある」とは私の座右の銘だが、Aさんの頭は実にいつもクリアに回転している。

昨日のBくんは駅に迎えに行ったけど、今日のDさんは駅から送迎バスで近くのホテルまで来るのだそうで、ドライブは短かった。
11時過ぎにバスが到着し、Dさんを拾い、ホテル内の売店を見たり「高原にいらっしゃい」で有名なヒュッテを見に行ったり。
もちろん帰り道ではAさん所有の別荘地見学会が行なわれた。
南側に道路が迫っていて、あまり良い土地ではない。
今使っている山荘の方がずっと環境が良く、Aさんは父親から相続した使う気のない土地を早く売りたいのだろう。
「今、別荘地は売れない」といつも嘆いている。

どうやらCくんとDさんも顧客にはならないみたい。
「ファーストハウスも買えないのに、セカンドハウスはね~。ここでは車のない暮らしは無理そうだし」とDさん。
思い立ったヘンなモノはけっこう即買いするタイプの彼女には期待してたんだが。
猫との愛の巣にどうだろうかとか。

山荘に戻って、お昼はよしながふみのレシピでタイカレー。
ココナッツミルクとグリーンカレーペーストを持ってきて、昨日買った鶏肉にナスやしめじを入れた。
作ってきた「ナスの南蛮漬け」をドレッシング代わりにレタスの上にドボドボとかけたやつも好評。よしながふみ先生、ありがとう。

糖質制限中の我々はライスの代わりにお豆腐を。
Dさんは驚いたように、
「せいうちくんは糖質制限いらないでしょう!」と叫ぶ。
「みんなそう言う。私には誰も言わない。遺憾である(怒)」と宣言したんだが、その後も糖質を考え込むたびに言われちゃう。しくしく。
せいうちくんだっておなかはけっこうたぷたぷしてるんだ。見るのが私だけだから困ってないんだ!

お宝マンガぎっしりのこの山荘に初めて来たDさんはとても喜んであれこれ読み始めた。
Cくんも初めてだがそれほど興奮しないなぁと思ってたら、彼は住んでるマンション内にもう1軒「書庫」を持ち、「奥の本は出てこないし、無茶苦茶なことになってる」ほどのコレクションをしてるらしい。
自炊派の我々とは相容れない愛書家。
もう、この話は人としない方が良いだろう。特にマンガクラブの人とは、無理だ。

せいうちくんは秋に同人誌を出したいと言い、寄稿を募っている。
もちろん自分も描くつもりで、Aさんのアドバイスでワコムの板タブを購入した。
今回、先輩ユーザーのAさんからいろいろレクチャーを受けられて、少し使い方を覚えたらしい。
「絶対Aさんに聞きなさいよ」と言っておいてよかった。
自分でやりたがり派なのか面倒なのか思いつかないのか、放っておくと「人に聞く」ことの少ないせいうちくん。
1人でやらないと気がすまないなら無理には勧めないんだが、たいていの場合、「あー、聞いてよかった!自分じゃできなかった」と言うんだよね。

夕方に7人目と8人目が夫婦で到着。愛犬も一緒。
桃持ってきてくれた!
冷蔵庫は食材でパンパンなので、明日でも、食べる2時間前ぐらいから裏のバケツの流水で冷やしておこう。

奥さんのFちゃんは金曜に銀座の「萩尾望都原画展」に行ったそうで、
「うさちゃん、これこれ!これ見せようと思ったの!」と会場で買った画集を見せてくれた。
精緻で美しい絵がたっぷり入って、コスパの良さそうな素晴らしい画集だった。
見るのにたっぷり1時間はかかる密度の原画が展示され、会場は往年のファンで大混雑だったそうだ。

さっそく音の出るボールみたいなおもちゃを投げて室内犬を遊ばせ始めたので、犬の苦手なせいうちくんは私の後ろに隠れるように座り、身を縮めていた。
ボールがこっちに来るたび、堅くなってる。
「あんまりこっちに投げないでね。犬が来ちゃうから」とダンナのEくんに頼むと、
「アレルギー?」ときょとんとしてた。
せいうちくんの犬恐怖症は、同期で仲良しだからよく知ってるだろうに。去年も言ったし。
共存共栄には多少譲歩してくれ。

彼らもすぐに飲み始めて、夜はお鍋。
(わんこはドッグフード食べてた)
Bくんが汗びっしょりになって作ってくれた大根おろしが、鶏中心の野菜たっぷり鍋にすごく合ってておいしかった。

SDカードに昔から現在までの懐かし写真を入れてプロジェクターも持ってきたので、白い壁面を利用して上映会。
40年近くの間の600枚あまり一挙放出だ。
私やせいうちくんが写ってる確率が高いのは、うちがもらったり集めたりの写真なのでまあしょうがないかと。
大勢写ってる写真の誰々を判別するのも難しいぼやけた写真なのに、みんななんとなくわかるもんだ。
「これは誰々くんと誰々さんだね!」
「右端だけはどうしてもわからない」などの声が飛ぶ。
もう会えない方も数人いた。しんみり。

人がいるとわんこがついつい吠えてしまいなかなか寝られなくて気の毒だからかまわりが気の毒だからか、今年は最初っからEくんが車に連れてって一緒に寝てあげてた。
夫人のFちゃんを含む残りメンツはマンガを読んだり政治談義をしたり。
自称「最後の全共闘世代でオタク世代の走り」Aさんは権力が大嫌いだし、Bくんも持論はたっぷり持っている。
そして何より2人とも完全に出来上がってる。(←ここが最強)
スリリングで面白い政治論になった。

せいうちくんは理路整然と保守派のようで、昔はもうちょっとアナーキーな人だったんだが、物言いも分別くさくなってがっかりだ。
月日はかくも人を変えるか。
こんなにアンチ安倍派が多いのに政権が移動しないのは、私のまわりはオタクの巣窟、三次元ツイッター状態なだけなんだろうか。
オリンピックに賛成してる人も1人もいないぞ。
Aさんは来年の夏、自主的にストを起こして山にこもっているか、レジスタンス活動として首都高に車で突入して渋滞の一部となるか、いずれにせよ「快く思わないぞ」を激しく行動化したいと思案しているらしい。

今夜もみんな激しく飲んでる。
明日は解散だ。
酔っ払いながら宴会は深夜まで続き、1人また1人と倒れていった。
途中で寝てまた復活するせいうちくんみたいな人もいる。
そしていつも最後まで起きているのは私。

19年7月28日

台風がほどけて熱帯性低気圧に変わり、やっと晴れ間が見えて、皆さんは近くの渓流へお散歩。
足弱な私とつきそいのせいうちくんはお留守番。壁一面の書棚からマンガを引っ張り出して読んでた。
Bくんが川にスマホを落っことして回収不能、という悲劇が起きたらしい。
カメラ代わりに使っていた二号機で、普段使いのやつは無事なんだそうで、不幸中の幸い。

この旅行のために買ったフタつきの保温カップが大活躍した。
夜は氷を入れてハイボールを飲み、明ければテラスにコーヒーを持ち出して高原の朝を楽しむ。
これを持っての流星観測はかなわなかったのが残念だ。

朝食はコールドミートとタンドリーチキンふた焼き目で軽く済ませたので、昼ご飯前にはE・F夫妻が買ってきてくれた現地産の桃を山ほどむく。
最近はいろいろむき方の映像が出てるからと調べて、湯むきで行こうとお湯を沸かして臨んだのに、ひとつ櫛形に切ってむいてみたらそんな必要もない熟れ熟れの高級桃で、片端から切ってつるつるむいた。何の苦労もない。
Fちゃんは市場でちゃんと、
「桃は数日熟れるのを待って食べるんでしょうが、持って行ってすぐ食べたいので、よく熟れているものをお願いします」と言って買ってきたのだそうだ。気配りのカタマリの彼女らしい。
あまりに甘くておいしく、糖質制限を忘れてむさぼり食った。

昼頃に、お鍋の完成を待たずにCくんが車で出発。
お鍋を食べたあと、電車組だったDさんを乗せてE・F夫妻(+わんこ)が帰京。
かなり最初から顔を合わせてる4人が残り、お鍋の残り材料をぶち込んで夕食とするが、ずっと「腹の張る液状の麦」を摂取し続けているA・B両氏はあまり食べない。
我々がおいしくいただいた。
自分は食べないのに再び大根をおろしてくれた意外と働き者のBくんは、酔いが少し覚めている時はお皿を洗ってくれたりする。
私よりよっぽど働き者だ。
(いやー、私は家での準備段階でちょっと張り切り過ぎちゃって…)

ビール缶を離さないAさんが時折外を見に行くと、雨はまだ降ったりやんだり。
なのに、小雨の中、「木星が見える」と言われ、全員でテラスに出てみる。
本当だ、木の間隠れに明るい星が輝いている。他にもいくつか。
山の空ってこういうもんなのか。
雷鳴がとどろき、稲光で空が明るくなると星が一瞬見えなくなる。
なかなか神秘的な経験だ。

我々は明日の早朝、せいうちくんの会社に間に合うぐらいに出発のつもりだったけど、そこまで無理をしなくても今夜のうちに帰ればいいと気づいた。
山荘と東京を往復し慣れている家主が道路情報を見てくれて、雨のせいかまったく渋滞はないから夜中まで待たなくても大丈夫、と言うので、21時頃出発。
火曜まで居残る予定のBくんと家主Aさんが手を振って見送ってくれた。

こんな懐かしい夜は爆風スランプだね、とiPodをガンガン鳴らして中央高速を駆ける。
2時間半ほどのドライブで家に着いた。
いろんな点で昔を思い出し、40年近くの思い出と友人を共有できる相手と結婚して本当に良かったと何度も感謝した合宿だった。

19年7月29日

東京は暑い!
やはり標高が高いところは涼しいのだと思い知る。

快適だった山荘を懐かしんでいるところに時折入るメール報告によると、山荘では家主のAさんと居残りのBくんが酒盛りで、午前中から盛大に酔っ払ってた。
7、8年ばかり学年が違う2人、最初は少しぎごちなくぼーっとしていたようだが、そこは何しろビールの神様の祝福を受けた人々なので、酔っ払い始めたらすっかり楽しくなってしまったらしい。
「女子はハイレグかローレグか」「ビキニvs.ワンピース」などの論争が展開された模様。

「せいうちさんどう思いますか?」と遠隔で意見を聞かれたせいうちくんは馬鹿正直に、
「断然ローレグ派に一票です。ワンピースもいいですし、ビキニも。布が細ければ細いなりに、幅広ならそれもよし」と答えていた。
昔ずっと引き出しに入れてあったキャンディーズの水着写真は幅広のビキニだった気がするのだそうで、「用途は聞かないで」とのこと。
ハイレグにはロマンがないとの考えらしい。

まだまだ合宿が続いているかようで、連絡事項伝達用のメールでつながってる参加者たちは、みんな胸温まる思いをしていたと思う。
「忘れ物をしたので東京に持ち帰ってください。お願いします」
「充電器が見当たりません。置き忘れてきたかも」(のちに、本人が持ち帰った洗濯袋の中から発見されて、ノープロブレム)
「『百億の昼と千億の夜』について述べた内容が間違っていました」などの投稿があるのも楽しい。

腕や大胸筋に謎の筋肉痛が起こり何事かと思ったら、山荘で階段踊り場からロフトに上がるための短いハシゴを登り降りしたのが効いちゃったようだ。
普段ほぼ寝て過ごしていてろくに立ち上がりもしない人が、3日間ずっと日中は一応タテになっていて、そのうえ寝る段ともなれば何度もハシゴつかんで登ったり降りたり。
人間がハシゴつかんで体重かける時に使う筋肉はこのへんですか~って、よくわかった。
胸にサロンパス貼った奇妙な姿で寝ている。とほほ。

19年7月31日

合宿残留組も昨日のうちに無事都内に帰り着いたようで、夏の行事がひとつ完全に終わった。
次はクルーズだ。
結婚30周年で私が還暦になる年を言祝いで2週間のサンクトペテルブルク行きを予定していたら、見事にせいうちくんの仕事でポシャってしまった。
しかし、これまた見事かつ意外なリカバリー力を見せて、すぐさま国内1週間クルーズを探してくれた。
というわけで、土曜日に横浜を出て東北方面に向かい、「竿燈・ねぶた祭り」と花火見てくる。

クルーズは初めてで、今はちょっと元気がないので外国に行くのは無謀だったかもしれず、日本船の国内旅行ですむのは結果オーライだったかなと胸をなで下ろしている。
クルーズに組み込まれている祭り見物とか甲板から(場合によっては自室のバルコニーから)見られる花火は楽しみ。
基本、上陸してオプションツアーに行くのはやめて、船内生活をじっくり味わうつもり。

「閉じ込められたまま移動する」のが昔からの夢だった。
ずっとせいうちくんと一緒で、ごはんも作らないでよくて、「何もしない」を楽しめる。
おしゃべりと読書を盛大に行なう予定。楽しみ~
船旅が性に合うとわかったら、これからの人生をかけて世界半周(一周はさすがに無理)めざして貯金する!

でかいトランクをレンタルして、荷造りを始めた。
「船室もホテルと同じで乾燥するのかな。タオルとか、干しておくとすぐ乾くなら何枚も持って行かなくてもいいね」と言うと、少し哀れむような顔をして、
「それこそホテルと同じで、毎日タオル交換してくれると思う…そうであってもらいたいものだ」とつぶやくせいうちくんであった。

「冷蔵庫あるよね?お茶とかチーズとか持ってって入れとこうね」に対しては、
「食事は全部旅費に含まれてるよ。冷蔵庫の中身もアルコール以外はタダで、夜食食べてもタダなんだよ」とたしなめられた。しくしく。

山荘にドライヤーを持って行くのを忘れて、家主が冬場の凍結管を溶かすのに使っているという「くるくるドライヤーのブラシ部分を外したやつ」を借りたが、家のが1500ワットであるのに対して600ワット。私の多い髪は乾かなかった。
結局ずっとボサボサ頭でいたので、船旅には絶対忘れずに持って行こうと準備していたら、パンフレットには「ドライヤーは各部屋にあります。備え付け以外のドライヤーを持ち込まないでください」と明記されていた。
ありがたいが、出発前からいろんな貧乏性をたしなめられてる気がする。

大きなトランク1つと日頃使っている小型のトランク1つ、あとはせいうちくんのデイパックで何とか荷物は収まりそう。
3晩ほど「カジュアル」よりワンランク上の服装が求められるドレスコード「インフォーマル」の日があるので服が増える。
いちおう背広とかツーピースとか持って行かないといけないし、面倒になるのは「靴」。革靴が加わるからね。
(ただでさえ「軽い運動」とかの船内アクティビティーも試みようと、サンダル以外に運動靴持って行くのが荷物なんだ)
国内クルーズで1週間だから恐るべき「フォーマル」は出現しない。せめてもの救い。

世に「旅行の達人」というものがいるとしたら、たぶん私は正反対だろう。
「アレもいるのではないか、これがないと困るのではないか」と、荷物が極限まで増える。
体温調節がヘタなせいか、服も無闇に多くなる。
車を使うことが多いのと、文句を言わない荷物持ちせいうちくんが拍車をかけてる。

昔2泊ほどの旅行によく一緒に行った友人女性が達人で、彼女の荷物は常に小さなカバン1つだった。
服は「薄手のものを重ね着する。たためば小さくなってカバンに入る」のだそうだ。
そう言えば合宿に電車で来ていた女性も荷物はそれほど大きくなかったなぁ。
バリバリ出張してて旅慣れていることも一因かもしれない。
憧れちゃうぞ。

荷物のデカい女の唯一の自慢は、耳かきとか爪切りとか綿棒とか何でも持ってる「よろずやさん」のようだと感謝されたことがあるって過去。
最近は何だか要らないモノばっかり持ってる気がするよ。
車いっぱいの荷物持ってきたのにドライヤーが入ってなかったもんなぁ…

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