21年3月1日

とてもとても眠い。
春は毎年そうなるみたいだ。
なのに眠れない。
これはなかなか隔靴掻痒の感と言うか、ごちそうが並んでいるのに食欲がないみたいな、食べたいのに手が出ないような、もやもやした気持ちになる。

せいうちくんはいつでも眠くていつでも眠れるそうだ。
思うに、世の中には眠りの世界の住人と覚醒の世界の住人がいるんだろう。
私は覚醒の方なので、あっちの世界、つまり眠りの世界に行くにはパスポートとかビザとかややこしい手続きが必要な気がする。

こないだ初めて「寝る瞬間」を感じた。
眠くて眠くてしょうがない状態であおむけに横たわってiPadでマンガ読んでたら、身体ががくんと落ちるような感覚があった。
思わず「あっ」と声をあげていた。
たぶん、0.5秒ぐらい眠っていたんだと思う。
びっくりした~!

21年3月2日

息子が全部読破したというので奮起し、「島耕作シリーズ」を読みふけるうちに、ついつい「騎士団長 島耕作」なんてものまで買ってしまった。
転生モノを読むのは初めてだけど、元々ドラクエとかFFは好きなのでちょっとハマりそう。
「もう『前世 島耕作』でいい」とTwitterで読んだことがあったが、ある意味、すでに出ていたのか、前世。
絵が宮本福助でなかったら買わなかったかもしれないけどね。

ところで本家の島耕作の方は「課長」から読み始めて今「社長」。
「相談役」まで読了したら「ヤング」とか「就活」といった若き日の話に戻ってみるつもり。
描き始めが「課長」なので、非常に時代の世相を映しているのが面白い。
最初は「女子社員研修」とかある時代だ。(私が入社したのは「男女雇用機会均等法」前だったが、そんな研修はさすがになかったと記憶してる)
「取締役」あたりになると中韓・インドの台頭なども描かれるようになり、正に時代の映し鏡だ。
現在連載中の「相談役」ではなんと島耕作、コロナにまでかかってしまうそうで!

最初はやたらに女にモテるのと運がいいのとで「サラリーマンの夢?」とあきれてたけど、通して読んでるとこれが意外と面白い。
長年サラリーマンの妻をやってても知らないことばかり。
なぜ「行きつけのバー」がなくても務まっているのか、せいうちくんよ。

そんな歴史を知らない息子は単純に時系列に「学生 島耕作」から読んだと言っていた。
「時代順だよ。変かな?」って。
「課長」以降はリアルタイムで進んでいくけど、若い頃の話は作者が思い出したり記録に当たって描いてるものと思われ、臨場感が違うんじゃないかと。
それはそれで懐かしい時代風俗が描かれていて、面白いかもしれない。
「騎士団長」に寄り道しながら、楽しみにしてる。

「社長」のあたりで小学生の頃の島耕作の話(生徒会長で、正義感の強い子だったそうな)が出てきたりするので、「小学生 島耕作」でもいけるかも。
もう「保育園 島耕作」でもいい。
おゆうぎ会でセンター務めたとか主役の「桃太郎」やったとかの武勇伝。
もちろん女の子たちにモテモテ。
「こーちゃんとけっこんする」と奪い合い(笑)。

21年3月3日

先日も行った歯医者で、歯のお掃除。
器具が細いのか少しちくちく痛かったけど、とってもていねい。
表面の粗磨き、仕上げ磨き、歯間ブラシとフロスも使ってくれた。

食いしばりが強くて歯や歯茎を傷めてしまうので、マウスピースを勧められた。
上の歯全体にかぶせる透明なシリコン製のようなもの。
硬口蓋の部分は覆わないようだから、あまり口がねばついたりしなさそうだ。
起きた時、歯やあごが痛いことが多いぐらいなので、購入することにした。
型取りをして、出来上がりを来週もらいに来る予定。

これで少しは睡眠の質が上がるだろうか。楽しみ。

21年3月4日

そろそろ前の心療内科で多めにもらっておいた睡眠薬等の手持ちが怪しくなってきたので、この地での心療内科を探し始める。
徒歩5分ぐらいのところに「ゆりこ(仮名)心療内科」というような、女性の名前を冠した「アットホームな雰囲気」「来たくない時や急に来たくなった時を尊重するため、予約制をとらない」を売りにしているらしいクリニックを発見。
1年の仮住まいのあとは元の病院に戻るつもりだから、とりあえず最低月1回通って薬さえゲットできればそれでいいので、あまりいろいろ考えずにそこを尋ねてみる。

ところが、15時半の整体が終わってから向かい、たどり着いたら、もう終わっていた。
9時から11時と、13時から15時までしかやっていないらしい。
初歩的な確認を怠っていた。
しょうがないからもうひとつ目をつけていた徒歩10分ほどの心療内科に向かってみる。
こちらは予約制、しかも予約料を取るらしいが、月に1回300円で待たずにすむならその方がいいかもしれない。

ところが、途中で急にとってもトイレに行きたくなってしまった。
コロナの昨今、こういう時の助けになるはずのコンビニは軒並みトイレを貸さなくなっている。
困って考えついたのが、先日来行きつけになっている整形外科。
明日またMRIを撮りに来るのに今日行くのも変だが、かかりつけの病院ならトイレぐらい貸してくれるのではあるまいか。

2階の受付に行って、
「あのー、明日MRIを撮りに来る予定の者なんですが、通りがかってちょっとトイレをお借りしたくて…」と情けない頼みごとをする。
看護師さんは少し笑って、
「本当はちょっと…なんですけどね、どうぞ」と快く使わせてくれた。

出てきて気づいたが、待合室はものすごくすいている。1人しか待っていない。
こないだ腱鞘炎で指が痛いと言ったら「様子を見ましょう」と言われたっきり。
「まだ痛みが続いています」って診察してもらっちゃおう。
うまくいけば17時までの心療内科に間に合うだろう。
初診は予約いらないって書いてあったから、大丈夫かも。

診察券を出して、すぐに診察室に呼ばれた。
こないだとは違うドクターだ。
やや若いが、ものすごくやる気なさそうで無口。
「あー、これは『ばね指』ですね。注射で治るんだけど…(こないだのカルテを見て)ワーファリンのんでるから注射はやめておいたのかな」
「いえ、ちょっとした注射ぐらい大丈夫です」(そもそもしょっちゅう採血されてるんだ)
「じゃあ、注射しちゃおうか」
で、あっさり小型のCT持ってきて、人差し指の付け根あたりを見ながら逆手に持った細い針の注射器で薬液を注入してくれた。
ああ、これこれ、この人差し指が中から膨れてくるような感じ、この注射打つと腱鞘炎はすぐ治るんだよ。

「ありがとうございました。じゃあ、明日MRI撮りに来ますので」って病院出たのが17時5分。
もうダメかな、と思いながら、一応心療内科に電話してみる。
「うちは予約してもらうんです。予約料がかかります」って、初診は予約なしでもいいって書いてあったのに。
間に合わないこともあり、その頃にはすでに明日まで待って「ゆりこ(仮名)心療内科」に行こうという気分になっていた。

整形外科の隣の薬局で、前回、気に入ってるメーカーのがないから取り寄せるの待ってて、と言われた湿布と鎮痛消炎ジェルをもらって帰る。
トイレに行きたくなったことも含めて、とっても大冒険の感がある。くたびれた。

21年3月5日

昨日閉まってた「ゆりこ(仮名)心療内科」へ13時前に行ってみた。
患者さんが2人、もうドアの前で待ってた。
受付の人が開けてくれて、中に入ると謳ってる通り「アットホーム」。
広めの1LDKみたいな造りで、LDK部分が待合室。ソファと椅子が置いてある。
隅っこに小さなカウンタの受付があって、前の病院からもらってきた紹介状を渡す。

わりとすぐに案内されて「ゆりこ(仮名)先生」と面談に入る。
60過ぎぐらいの「おばちゃん」的な親しみやすい先生だった。
今回はとりあえず薬をもらうことが主眼なので、詳しい話はまた次回、ということで。
いつ来てもいいそうで、
「来週とかにまた来てもいいですか?」と聞いたら、
「もちろんいいですよ」って。

病院と同じようにアットホームな感じの薬局で必要な薬をもらい、家まで戻って道を渡ったとこにあるアップルパイ屋さんで今夜のおやつを買う。
もう今日の分は焼き終わっちゃって、最後の2つが残ってたんだって。
その2つを買った私は大変ラッキーだ、とお店のおねーさんが喜んでくれた。
私も嬉しい。

道を渡って帰ろうとしたら、会社帰りのせいうちくんに後ろから声をかけられた。
道でばったり会うのは、ここに住んでたった1か月の間に2回目だ。
なかなか運命の私たちだなぁ。

さて、今夜もZOOM飲み会だ。
今夜こそ早めに寝て、明日は健全な休日を過ごそう。


21年3月6日

昨夜は恒例のZOOM飲み会。
FBに導かれて私の日記を読んでくれたSくんに、記憶力と筆記力を感心された。
「そんなことは言ってない、って内容は全然書いてない。再現力がすごい。ほぼほぼ言ったとおりのことが書いてある。会議の議事録とか取ってもらっても、直前に聞いたのとまるっきり違うこと書いちゃう人もいるのに」
緻密な正確性に強いこだわりを持つSくんにそんなにほめられるとは光栄だ。

「うさこさんの日記は長すぎるから全部は読めないことも多い」といつも言っているGくんが補足してくれた。
「しかもな、飲み会のあった日に書いてるんじゃないんだぞ。金曜日に全部思い出して苦労してひねり出してるんだぞ」
いや、そりゃ「締め切りだ締め切りだ、もう木曜なのに全然書けてない!」とか毎週せいうちくん相手に騒いでるけど、それなりに毎日メモしたりタネ作ったりはしてるのよ。
総じて木曜あたりの作業量が一番多いけどね。
(実は今日は3月11日の木曜ですが、それは忘れて読んでください。日記なので)

今夜もせいうちくんが寝たあとZOOMに戻ってしまったが、さすがに4時に切り上げた。
眠りに落ちる寸前のせいうちくんから、
「3時半には終わること。4時になって寝てなかったら、怒るよ」と釘を刺されていたんだ。
先週7時までGくんと下ネタ大合戦やってて、翌日が使い物にならなかったから。
ちょっと遅刻したけど、ベッドに滑り込みセーフなことにしておこう。
もちろん言わなければ、ないしは聞かれても虚偽の申告をすれば寝てるせいうちくんにはわからないんだが、こんなつまんないことで噓をついてもしょうがない。
(じゃあしょうがなくない場面では嘘をつくのか、と聞かれれば、嘘は本当に苦手で嫌いだ。命がかかってる時は別にしとくとしても)

例によって長老とGくんと2人で話してたわけだが、それにしても人の記憶は当てにならない。
私が入部したいきさつはよく知ってると思った長老から、
「おまえがKとかI(2人とも男性)を連れてきたんだよな」と言われるとは。
長老が大学マンガクラブ連合みたいなものの会合でS大のIさんと意気投合して、それで同じ大学のKさんも来るようになって、そのKさんは私の中学の先輩で、東京に出てきた私を「オレは今、東大のマンガサークルに出入りしてるんだが、お前も遊びに来てみるか?」と、部室ではなくまずたまり場と化していた長老のマンションに連れてきた、ってのが私にとってのすべての始まりだ。
昔はよく、「そもそもKがうさこを連れてくるから」って嘆いていたのも忘れてるのかね、長老。

長老「そうだったのか!おまえは部会でナンパされてオレのマンションに来たんじゃなかったのか!そうかそうか、オレが最初にIと出会ったんだった」
私「ひと目見るなり、お互いに『こいつは面白いヤツだ!なにか面白いことをせねば!』と思って同時にガバッと抱き合った、って聞いてます」
長老「うんうん、とにかくウケをとらなきゃって思ったんだった。それでIのいるS大とのつきあいが始まって、Kとか来たわけだ。ふんふん」

その後エロ漫画家として特殊なファン層を持つに至ったKくんをよく知らない、せいうちくんとほぼ同期で年齢的には長老より7、8歳年下のGくんは、
「Kさんは若い頃から車椅子だったんですか?」と聞く。
長老「違う違う。10年ぐらい前に脳梗塞で倒れて後遺症が残ったんだ」
G「そうなのかー。ホーキング博士みたいな『車椅子の天才』だったのかと思ってた」

歴史は正しく伝えていかねば。
今回は長老にしかウケない話ではあったが、中学生時代のKさんについて語ってしまった。
長髪と無精ひげと不潔と貧乏の塊のように語られるKさんだが、私が出会った頃は中学生だったんだぞ、しかもけっこういいとこの坊ちゃんで名古屋の超一流私立高校に行ったんだぞ。
親が洗濯した服を着て、床屋にもちゃんと行かされてて、お風呂だって毎日入ってたしごはんもちゃんと食べてたと思う。
中学生なんてそんなもんだろう。

中3で中2の下級生と交換日記して「女子がオナニーでイク方法」を事細かに教え、「中学生どもは性について何にも知っちゃいない。僕より知識があるヤツがいたら連れてこい」と豪語するような変な人ではあったが、メガネかけて細身で文句なく秀才だったので、もちろん私はKさんが好きだった。
「告白はしたのか?」と長老に聞かれたが、当然でしょう、しましたよ。
一緒に帰る道の途中、ススキの野原でしましたとも、告白。
「私、Kさんが好きなんです」
答えは、
「そんなこったろうと思った」

ふられたんだと思うけど、その後も交換日記は続いたなぁ。
中学の時の自分の日記は母親に盗み読みされたので憤怒に駆られて燃やしてしまったがとても惜しい。
わずかにKさんとの交換日記だけが残っている。(データ化しちゃったけど)
今度、Kさんがどんな中学生だったか、長老にもっとくわしく教えてあげよう。

そもそも大学時代の日記もちゃんとデータ化して残ってるので、私が当時誰をどう思っていたかの記録は克明に残っている。
つきあっていた人からもらった手紙は別れる時に取り返すので、たいてい手元にあって、それもデータ化されてる。
(関係者諸君よ、戦慄するがいい!)
まずは、
「おまえ、オレのこと好きだったろう。時々オレの両肩をつかんでじとーっと見てたもんなぁ」と言い放つ長老には、全然恋愛感情を持っていない、と書いたページをPDFで送りつけるか。
もちろんその場で同じ内容は伝えたが、口頭より書面の方が信憑性が高いだろう。

ただね、せいうちくんが言うには、「長老という大した人と出会ったことは人生最大の収穫だ。あの人はスゴイ人だ!」とベタ褒めしてる日記が存在するんだそうだ。
「確かだよ。僕、昔読ませてもらったもの。そうかー、そんなに尊敬してたのかーって、感心したもんだよ」
問題のその日記が、どれだけ掘り返しても全然見つからない。
しかしせいうちくんは絶対存在すると言って聞かない。
おかげで私は自分の大学時代から結婚するまでぐらいの過去を細密に読み返しすぎて、頭が痛くなっている。

とは言え、迷惑な人だったのは確かだが、今の自分はその頃からほとんど変わっていないとわかったのは収穫だった。
つまりあいかわらず迷惑な人なわけだ。
誇っていいのか、反省すべきなのか、もうちょっと考えよう。

21年3月7日

どこにもいかずにゆっくり過ごした週末。
今、クリスティの「探偵不確定ドラマ」、つまりポワロやミス・マープルじゃないやつに凝ってて、前にCSのミステリチャンネルで録画した「ねじれた家」「検察側の証人」前後編、「無実はさいなむ」全3話を観たのに続き、フランス版「そして誰もいなくなった」全6話を観た。
なにもかもずいぶんちがってて驚いた。

私は1945年版アメリカ映画と、2017年日本版ドラマを観たことがある。せいうちくんは本家の1945年版はまだ観てないそうだ。
フランスのミステリドラマは英国やアメリカとはまた一味違い、やはりというかなんというか、動機や人間関係、そして描き方がどことなくエロい。
オトナの恋愛事情を感じる。勝手な思い込みだろうか。

アメリカ版ではインディアン人形、日本版では兵隊人形で表わされていた「残り人数」、フランス版ではヴードゥー教めいた人形が使われるが、途中から誰も数えてなんかいないし、そもそも殺され方とひっかけた「数え歌」が存在しない。
フランスの人はあんまり洒落とか好きじゃないんだろうか。お洒落は好きでも。自慢のエスプリはどうした。

ネタバレになるが、最後に犯人が出てきちゃうのは初めて見た。
そして動機はやはり「アムール」なのだ。
おフランスだなぁ。

21年3月8日

家の前の循環器内科クリニックへ。
診察前に採血・採尿、レントゲン撮影。
無呼吸症候群の検査のための機器を渡され、看護師さんから扱い方の説明を受ける。
腹部に本体をバンドでつけ、両鼻腔に短い管、指先に計測装置(酸素?脈拍?)。
全部コードでつながってる。
今夜はこれをつけて眠って、測定するようにとのこと。
ちゃんと眠れるかどうか、不安になる。

ワーファリン値は1.4。低すぎ。
診察時に、少し薬を増量しますと言われた。
尿に少し血液成分が混ざっているが、血尿というほどではないらしい。
今後も続くようなら内臓のCTなどの精密検査をするようだ。

レントゲン写真によれば薬を変えたことで心臓が5ミリほど小さくなっていた。
良い兆候らしい。
血管を広げる薬を加えたおかげで、ずっと続いていた頭痛や就寝時の息苦しさが軽減された。
「今まで、つらかったですね」と言われた。
それ以外はオタク医師の面目躍如にしゃべりまくり、質問をさしはさむ余地はほとんどなかった。

足取りのおぼつかないおばあさんが中年男性に付き添われて診察室に入っていったと思ったら、私が受付で処方箋をもらっている時、診察室の方から男性の怒声が響いてきてすくみあがった。
お母さんが認知症なのだろうか、
「マスク外すな!それ触るなって言ったろう!何度言ったらわかるんだ!」と怒鳴っていて、看護師さんが「大きな声を出さないでください」と制止していた。

怖くて緊張していたせいか、そのあと行った整体院で、
「妙に身体が硬いですね」と言われ、病院での話をすると、
「いらした時から少し様子がおかしいな、と思っていました。怖かったんですね」と慰められる。
怖かっただけではなく、怒鳴られるお母さんもお気の毒だし、介護に疲れてついつい大声を出してしまうおそらくは息子さんだろう男性のやるせなさを思い、落ち込んでしまったのだ。
いつかせいうちくんや私も息子に怒鳴られる日が来るのだろうか。
私はそれほど長生きはしないと思うが、長命で認知症の家系のせいうちくんは怪しい。
自分たちで先の身の振り方を決めておかねば、とあらためて思った。

21年3月9日

緊張で眠れないかと思ったら、春の眠気も手伝ってか私にしてはよく眠れた。
6時間ぐらいだろうか。
測定装置も前夜装着したまま、ちゃんとついている。
8時間で自動的に電源が切れるから、特にスイッチ切ったりせずにそのまま持ってきてくれと言われてた気がするので、器具一式まとめてケースに戻し、11時頃向かいの病院に持って行って返した。
あんまりな異常が見つかれば連絡があるが、何もなければ次回の診察の時に検査結果の説明があるらしい。

ほっとして家に帰りごろごろしてたら、13時頃にハッと気づいた。
11時半に歯科医の予約を入れていたのを忘れてた~!
あわてて電話したら、さほど気にした様子もなく今日はもういっぱいだから明日の15時でどうかと言う。
もちろんそれでOKです。すみません。

「課長 島耕作」を読み進めて、今「会長」。
自社の問題のみならず政財界にもかかわりを持ち、国策を考えながら色々決めなきゃいけない。
うーん、やっぱり大メーカーの社長は大変そうだ。
女出入りも減ってきた。そんなヒマなさそう。

今住んでる仮住まいは1LDKで、ほかの住人は1人暮らしか若夫婦な雰囲気。
しかし、同じフロアのドアから2、3歳ぐらいの子供を連れた女性が出てくるのを幾度か目撃。

「子供いる家もあるんだねー」
「シングルマザーだったら狭くないかも」とせいうちくんと話していたんだが、このほどその部屋にアート引越センターが来ているのに出くわした。
半開きのドアの中は段ボールの山。
「やっぱり子連れ夫婦は、ある程度子供が大きくなった時点で無理だ」
「幼稚園に上がるぐらいで考えるのかもね」
「ベビーベッドに入りきれなくなったらかも」とかまびすしく噂し合ってるうちに、ものすごいことを考えついた。

このマンションの全郵便受けに、まだ売れないのが悩みであるうちの旧マンションのチラシを入れたらどうだろう!?
案外ニーズはあって、これからの子供の成長や家族増員に備えて、広めの郊外のマンションを探してる夫婦者が釣れるかもしれない。
ただし、店子の引っ越しを発生させるので、大家さんには不評だろうなぁ。

21年3月10日

15時に歯科医に行き、先日型取りしてもらった「食いしばり防止のマウスピース」を受け取る。
上の歯列にかぶせる半透明なもの。素材は何だろう。
お湯で洗うなと言っていたから、シリコンじゃないってことか。
歯ぎしりのひどい人だとだんだん穴が開いてきたりするらしく、消耗品だ。
保険が効かなくて5500円。
次のを作る時、型取りしなくてすむ分安くなるかと思って聞いてみたら、やっぱり5500円だって。
1年ぐらいはもつものらしいし、私はあんまり歯ぎしりはないから大丈夫だと思う。
高いものだ。大事に扱おう。

歯科衛生士さんが装着してくれて合ってることを確かめ、少しバリを取ってたみたい。
洗い方や保管の仕方を教わる。
濡れティッシュで包んで乾燥しないようにし、流水で洗って軽く歯ブラシかけ、汚れが気になるようなら週1回ぐらい「入れ歯洗浄剤」(ポリデントとか)を1錠では多すぎるから半カケ使うといいって。

そのあと先生が出てきてチェックし、「はい、いいでしょう」。
1か月後に様子を見せてくださいって言われて予約を取る。

15時20分ぐらいでまだまだ元気が余ってたので、明日行くつもりだった心療内科に行ってみようと思い立つ。
家の前を通り過ぎて5分ぐらい歩いたところ。
16時20分に整体の予約が入ってるけど、すいててうまくお話ができるタイミングなら間に合うかも。
とにかく予約を取らないところでいつ来てもいいと言われているので、行ける時に様子見てみよう。

15時25分ぐらいに着くと、40代ぐらいのご夫婦がひと組待っているだけ。
これなら大丈夫かも、と診察券出したら、受付の怖めのおにーさんに、
「受付は15時までですので、これからは気をつけてください」と叱られた。
そういえば午後は13時から15時だった。あんまり短いんで頭に入ってなかった。
待合室に患者さんいるから断るわけにもいかなかったんだろう、と反省反省。

その後、すでに受付をすませて出かけて戻ってきたのか、2人ほど患者さんが増えて、夫婦者より先に呼ばれていく。
この時点で16時20分は無理だな、でもここまで来たんだからお話していきたいな、と待合室を出て整体院に電話をかける。
幸い、16時20分の予約を17時半にしても全然問題ないそうなので、それでお願いした。

夫婦者はどちらも難しい暗い顔をしているが、奥さんの方がよりぐんにゃりしてるのでそちらが患者さんで夫はせいうちくんみたいにつきそいなのかしらんと思っていたら、ダンナさんの名前で呼ばれて、2人で入っていく。奥さん付き添い?2人とも患者?家族療法?

ゆりこ先生(仮名)は1回あたりの時間がとても長いので、20分は待った。
私のあとから入ってきた中年男性も診察券を出さないので、きっと私より先に呼ばれる口だろう、と思っていたら、夫婦者が出て行った後に私が呼ばれた。システムがよくわからない。

小さなリビング風の部屋の真ん中にある小さな四角い机を挟んで、ちょっとゴーグル風の眼鏡とマスクをつけたゆりこ先生(仮名)と向き合って座る。間にビニールシート等はなし。

先日、紹介状に従って薬を1か月分出してもらったが、実は前の先生がちょっと間違えていて頓服の抗不安薬は2週間で10錠のところ、1か月で10錠になっていた。
2週間後にいただいてもいいんですが、先日のお薬の一部が薬局になくて今日受け取りに行くので、ついでに頓服薬もいただければ、とお願いすると、「はいはい」と軽く受けてくれて、「薬局に電話しておいて」って受付のおにーさんに先に処方箋を渡していた。
薬局もわりと早く閉まるらしい。というか、こちらの患者さんがはけたら閉める方針だろうか。
こことしか関わりのない小さな薬局っぽいから。

にこにこと私に向き合うゆりこ先生(仮名)に、
「ついでがあったので来てしまいました。何のお話をしましょうか」って聞いたら、
「なんでも、あなたの好きなことを話して」と。
詳細は省くが、マンガが好きでマンガサークルで夫に出会ったって話になったところで先生の目が輝いた。
「まあ、私もマンガが好きなの!中学の頃、友達と雑誌で『ベルばら』読んでてね。彼女の方が1日早く読むから、『アランが死んだ!』とか言われて『えーっ!』ってなったり」

いろいろツッコミたい。
ベルばらはアンドレです、それはポーの一族の話ではありませんか?
そしてどっちにしても2人が死ぬのはわりとあとの方だから、そこをリアタイで読んでる先生、私よりちょっと若い?
あと、先生、ネタバレ平気なタチなんですね。

「患者さんがマンガ貸してくれてね。面白いの」と出てきたのが麻生みことの「小路花唄」1、2巻。
「ああ、麻生みこと、大好きです。これは京都の靴屋さんの話ですよね。全4巻です。これの前に『路地恋花』っていう全4巻の前作があるんですよ」と言うと、
「持ってるの?」と目を輝かせた。
全部電子化してしまった、と自炊について説明し、このデータを人に渡すと私は「自炊代行業者」というちょっと違法な存在になってしまう、と言ったらがっかりしてた。
「持ってるなら続きを借りられるかと思ったのよ」
きっと、その患者さんが続きを貸してくれますよ。
全4巻の、1巻と2巻しかもってないってことはまずないでしょう。
しかしなぜ「路地恋花」から貸さないのか?
マンガについては人それぞれにけっこう謎が深い。

ゆりこ先生(仮名)「ねえねえ、マンガのサークルにいたってことは、ちゃんと、あの、なんていうの、四角く」
私「コマ割りですか」
ゆ「そうそう、コマ作って描くの?」
私「描きましたね。私の場合、短いものばかりです。絵も、ベルばらみたいな華麗な絵じゃなくてもっとあっさりした単純な線のマンガしか描いたことないですが」
ゆ「じゃあ、そういうの趣味にしたらいいじゃないの。マンガ描いて、売り出してみるとか」
私「ブログっていうか、ホームページを20年以上続けてるんですよね。最初は子供が2歳半ぐらいの頃から。面白いこと言うようになったのを記録してるうちに、小中高大とだんだん大きくなって。大学受験の時なんか、どこ受けてどこ落ちたか、全部実況中継しちゃいました。もちろんその頃は息子にナイショでした。でも、大学生の頃、私のタブレット貸したら昔の日記が出ちゃったんですね。夫に、『オレの小さい頃のことが書いてあるんだよ。自分のことだから余計にそう思うのかもだけど、ちょうど俵万智の子育てエッセイ読んだとこでさ、母さんっておんなじぐらい文章うまいじゃん、って思ったよ』と話してたようです」
ゆ「まあ、そういうこともなさってるのね!」
私「息子は今、コントを作って自分でも演じるグループをやってます」
ゆ「芸術的なご一家なのね」
私「いえ、主人はずっとガチガチのサラリーマンですし、私も7年会社勤めした後はずっと主婦という名のプーです」

まあこんな世間話みたいなのをずっとしていた。
困ってることとしては、
「主人の母と妹さんに、『東大生と結婚したくて東大のサークルに入って、うまいことつかまえた人』って思われてるのがイヤですね」と話す。

ゆりこ先生(仮名)自身、東大のデッサンのサークルに入ってたことがあるそうで、
「家から一番近いからそこに行ってたの。でも、看護学校の女子がいて、その方は本当にデッサンが好きで入ってるもんだから、ほかの女の子たちは東大生狙いだ、って思いこんじゃって、1人ずつ電話までして文句言うの。今で言ういじめよね。それでほかの女子がみんなやめちゃって、その人だけになって、どうなったかしら、その後サークル自体つぶれちゃった、って聞いてるわね」と体験を語ってくれた。
「人がどう思うかなんて、気にすることないわよ」
はい、そのように心掛けたいですが、なかなか難しいです。

とても話が合ったのは、ゆりこ先生(仮名)もお父さんが東大卒だそうで、でもお母さんが「あんな人、たいしたことない」って言ってたから、子供のころからいわゆる「東大すごい!」ってのがなかった点。
うちも父親東大だけど、母親が「頭はいいかもしれないけど、社会人としては失格の、ものすごい変人。ダメ人間」と言ってた話をして、大いに意気投合した。

「あなた、とっても面白い方だから、またお話ししたいわ。今日は税理士さんを待たせてるから、これで」って言われてお開き。
待合室にいるあの人って、税理士さんなの?
受付の人が薬局に、「まだ○○さんとうさこさんが残ってるので、もうちょっとかかります」って電話してたから、患者さんだと思ってた。
税理士さんってのは方便だろうか、とかすぐにいろいろ深読みを初めてしまう。

月に1回、薬だけもらう病院として近いところを選んだけど、ちょっと面白いからまた行ってみよう。
私から話を聞いたせいうちくんが一番心配してるのは、そういうアットホームなところで私が対人関係の距離を取りそこなうことと、「あなたは病気じゃないわよ」って「はげまされて」それを信じて悩むこと。
「医者が病院で診て薬を出すってことはそれだけの病人だって点を絶対忘れないでね」と念を押された。

「患者さんに借りた本で、がんの患者さんについての本があってね」と言われ、余命宣告された人の死生観には大いに興味があってよくその手の本を読むので身を乗り出して聞いてたら、

「伊豆にゲルマニウム温泉や自然食の民間療法をする家(集落だったかも)を作った。それで、余命半年と言われたけど10年生きてる人」

の本らしい。
それは私の求めてる方向とは全然違います、とはいちおう話しておいた。
私が求めてるのは長生きする方法ではなく、とりあえず生きてて死ぬ時は潔く死ぬ方法なんだと思う。
確かに怪しい点のいろいろある観察対象「ゆりこ(仮名)心療内科」。
もちろん向こうがこちらを観察するのが心療内科ってものではあるんだが。
いろんな町にいろんなクリニックがあるもんだ。

21年3月11日

3.11。もう10年になる。
たまたま出社したせいうちくんによると、会社の入ってるビルのてっぺんに半旗が上がっており、黒いリボンがはためいていたそうだ。
14時46分に黙祷するよう事前に内閣府から呼びかけがあったのだが、その時間の私は15時からのリハビリに出かける支度でバタバタしており、完全に失念していた。忸怩たる思い。
おまけにリハビリには5分遅刻した。

こないだ「まぶしかった」リハビリのおにーさん、今日は何となく厳しく(遅刻のせい?)、体操をあんまりまじめにやらなかったと告白したら、
「しっかりやってください」と叱咤された。
おまけに2つの体操「10秒を10回」と「15秒を3回」を間違え、「10秒を3回」しかやってなかったので、
「混同してるみたいですね」とあらためて教えられる羽目に。
腿の筋肉を鍛える体操は「10秒を10回」、膝裏のストレッチは「15秒を10回」。もちろん両足それぞれだ。
「両方15秒でやってもいいんですけどね」と言われたけど、ちゃんと覚えた。10秒と15秒ね。

膝の裏の腱が固まっているのだそうで、足が伸び切っていない。
これをほぐしていきたいらしい。
はい、真面目にやります。
来週は都合が合わなかったので、再来週の月曜に予約を取って、今回は終わり。

いったん家に帰って休憩して、17時半から整体。足湯と電気とマッサージを10分ずつ。
こんなに継続して毎日のように治療を受けた経験はないので、何がしかプラスになるだろう。
あいかわらず歩くとすぐ膝が痛くなるけど、こちらに来てから毎日のようにちょこちょこ外出してるから、それもいい刺激になるかも。
ただ、慣れない町でもあり、精神的には非常にくたびれる。

土曜に息子が泊まりに来るって。
カレー弁当のテイクアウトを買っておくことにしよう。彼のリクエストはチキンほうれん草カレー。
ここのテイクアウト弁当はナンがぎっちりたたんで詰め込まれており、広げてみると大きいので驚く。
思わずFBに写真を上げるほど。

総菜パンや弁当が多くて栄養が偏るから野菜ジュースを買って飲んでる。
それと小さなペットボトルのコーヒーが買い物の主な重さ。
その2つをAmazonで箱買いするようにした。
買い物荷物はだいぶ軽くなるが、2つの段ボール箱の置き場がない。
中身のほとんどを空っぽがちの冷蔵庫に移した。
野菜ジュースとコーヒーのペットボトルがびっちり入った冷蔵庫。
これも面白くて、FBに写真。
誰のためにもならないつまんないことばかりで恐縮だが、まあFBなんてそんなもんだ。

明日は初めて上野まで歩いて行って美術展を観るつもりなので早寝、と思っていたらせいうちくんの仕事がなかなか終わらず、結局12時過ぎになった。
それでも8時間は寝られるだろう。
問題は、私の足が痛くならずに歩き通せるかだ。チャレンジだね。

21年3月12日

せいうちくんがお休みを取ってくれたので、東京都美術館の「没後70年 吉田博展」に行ってきた。
千駄木を仮住まいに選んだ大きな理由、「上野まで歩いて行って美術館を楽しむ」計画を初めて実現。
徒歩30分ぐらいで行けた。やっぱり上野近い。

「せいうち家、こういうの好きじゃない?」と勧めてくれた友人に感謝だ。
確かに大好きだった。
記念に440円のポスター「ナイヤガラ瀑布」を買ってきた。
ダイソーでA4の額を買うと、なかなか素敵なインテリアになるそう。
いつか買ってきて飾りたい。

ついでに公募展の「書美院展」を見てきた。
河合克敏のマンガ「とめはねっ!」で書道に興味があったので。
たくさんの「みつを」たちであふれてた。
隷書や楷書も見ごたえがあり、書の世界も奥深いなぁと。
予想通り、小学生の部には「鬼滅の刃」と力強く書いた書があった!

上野駅のEcutoで軽食食べて帰ってきた。
次は「科学博物館」だろうかか。いろいろ狙っていくつもり。
吉田博展のあとのイサム・ノグチ展もにも期待大。
上野がこんなに近くなるなんて、仮住まい計画大成功だ。
でもたった2時間のお出かけでくたくたになって、今から昼寝する。(大内くんはもう寝てる)

夜は「三谷幸喜×クリスティ」の野村萬斎主演の「死の約束」で探偵勝呂武尊(すぐろ・たける)の活躍を見るつもりだった。
前の「黒井戸殺し」以来、次が出ないかと楽しみにしていたのが、先日BSで録画できたのだ。
でも、オリジナルのポワロを観てからの方が楽しいかと思い、今夜はまずそっちを観よう。
三谷幸喜版では松坂慶子がいかにも遺産を狙われそうな一族の女主人をやっているため、大ファンのせいうちくんは大喜びしてる。
「熊野詣で」をする一族、さて、原作の舞台はどんなだろう。
案外ケルトの遺跡巡りだったりして。

今夜は恒例のZOOM飲み会もあるから、ゆっくり休んでおこう。

21年3月13日

昨夜のZOOM飲み会顛末記。
せいうちくんと私のPCの距離が近すぎて(アクリル板の扉1枚しか隔てるものがない)、特に私の大声がせいうちくんのマイクに入ってしまうとわけわかんなくなるので、今回はノートPCと共に洗面所にこもる私。
小さな洗面台にまな板渡してノートのっけて、風呂場を開けて換気扇を回してタバコは吸い放題。
「小さな1LDKのくせにトイレと洗面所と風呂場が別とはぜいたくな」と長老に感心された。
どうやらユニットバスを想像していたらしい。

夜中にせいうちくんを寝かしつけたのち戻ってみたら、長老とGくんとSくんが残ってた。
しかし、Sくんはこっくりこっくり舟をこぎ始め、次のセッションには戻ってこなかった。

したたかに酔っ払ったGくんと長老ときわめてプライベートな話に終始する。
「恋愛なんて、やりたいだけの気持ちなんだ。親子の愛情以外の愛情は、わしにはわからん!」とわめくGくん。
最初は「うん、わしも結婚したのは色と金のためだった。カミさんの方が収入があったからな」と不良オヤジぶっていたやもめの長老も、
「恋愛時代ってのは会いたい、話がしたいって思いが強くありませんでしたか?」と私に聞かれて、
「そうだなぁ。好きな女性はマドンナに見えてくるんだよなぁ」
「で、時々やれたら嬉しいと」
「うんうん、そう。マドンナが天から降りてきて、やれるんだよなぁ。恋愛ってのはそうだった」とこっち陣営に。
結局、結婚経験者2人で未婚のGくんを、「男女の愛情重視。結婚したら親より配偶者が大事だよ」と説得しにかかる。
もちろんそんなことで降参する酔っ払いではないんだが。

それが昨日の夜中と言うか明け方の話で、今日の夜は夜で息子が来る。
せいうちくんが買ってきてくれたテイクアウトのカレー弁当をみんなで食べる。
息子はほうれん草チキン、せいうちくんはチキン、私はマトン。
ごはんとナンと両方ついてる上にチキンティッカがひと切れ乗っている、わりとボリュームのある品。
私が残した分はせいうちくんと息子がハイエナのように食い尽くしてくれた。

息子は相変わらずお金が足りないようで、少し厳しく𠮟る。
反対されたのにナイショでもう2年もカノジョと同棲してるのを向こうのお母様に許していただかなければならないのに、生活費も4月からの演劇学校の学費もままならないようでは困る。
だいたい、何が驚いたって、アコムに借金があるって初めて聞いたよ。
累積50万借りてて、この2年、利子を払うので精いっぱいの自転車操業をしていたらしい。
その間も時々我々に金の無心に来ていて、毎度快く説教つきで貸していたので、
「なんで無理し無催促の親からついでに多めに借りないの?!」と心からたまげた。

せいうちくんがびしびし問いただしたところでは、それほど怪しいお金の使い方をしているわけではなく、ひたすら職をすぐに変わってしまうために収入の空白期間が多いせいみたい。
NYに行くとか公演の準備で忙しいとか言うと、すぐにバイトをやめてしまうからなぁ。
そいで次の職を探すのにモタつく。

あとはお笑い関係のつきあいで他人の企画にお金をつぎ込みすぎ。
「その収入で月に5万も他の企画に使ってるのはおかしいよ。てっきりボランティアで出演してるだけだと思ってた。まさか撮影資金まで出しているとは。そこをけずりなさい。あと、タバコはやめる。お金がかかりすぎ」と父親から厳しく言われて神妙に聞いている息子を見ていたら、なんだか何もかもイヤになっちゃった。

「こんなの、イヤだよぉ!」と突然私が号泣し始めたので、2人ともぎょっとして振り向いた。
「どうせ好きなことやってるのに、制限つけたってしょうがないじゃない!彼の世界のことも気持ちもわかんないのに、つきあいに金出すなとかタバコやめろとか、細かすぎるよ!」とだらだら涙を流して怒り始めた母親の姿に、息子は「ありがとう。ごめんね、心配かけて」と手をぎゅっと握ってきた。

せいうちくんも毒気を抜かれたか、とりあえず収入と支出のバランスを考えること、サラ金は明日、一緒に全部返してしまおう、と決着。

夜中に息子とタバコを吸っていたら、
「お母さんは借金したことある?」と聞かれた。
「ないねぇ。住宅ローンだけだよ」
「えらいねぇ」
「あなたとは生活が違うからね。わかんない世界のことだから口は出さないけど、むしろ感心するよ。よく2年間も黙っていられたね。カノジョは知ってるの?」
「うん、一緒に返そうね、って言ってくれてる。親に黙ってるのは気が重かったし、返しても返しても楽にならなくて、本当に苦しかった。たぶん、目をそらしてたんだと思う」
「もうそういうのやめなよ。コロナで苦しい時なんだし、今はこっちにゆとりがあるから助けるよ。本当に、今言ってくれてよかった。老人ホームに入ってきちきちでやってる時に『借金が2千万までふくれ上がりました』とか言われたら、親子の縁を切るしかないもん」
「うん、悪かったよ。これからしっかりする。カノジョにも安心してもらう」

夜中に息子としんみり話していると、やっぱり子育てに失敗したとかは思えないんだ。
そもそも失敗ってあるのか。
人間1人育て上げる、その過程にどうこう言うのは全部「あと知恵」じゃないのか。
大切なのは常に「今の関係」なんじゃないだろうか。

そういう意味で、2年間親に黙っていた彼に申し訳なく、不憫に思う。
さぞかし苦しかっただろうに、話せない関係だったのかと。
「借金を黙っていたこと、相談を躊躇していたことを恥じる」とつぶやく息子は、
「いろんな言動から敬意が抜け落ちていたように感じる。ここを分水嶺と捉えて、再度誠実に頑張るよ」とも言ってくれた。
ワタシ的にはこれで十分になっちゃうんだよなぁ。
2人して言葉に寄っているだけかもしれない。甘い甘い。

あとからせいうちくんが言っていた。
「もちろん借金は肩代わりしてあげるしかないと思っていたけど、ここは印象づけるために何かしなきゃいけないかと思った。ばしっとひっぱたくとか。でも、慣れないことを無理にするもんじゃないからなぁ、って迷ってたら、キミが号泣してくれたんで助かった。あれで彼も少しは身にしみてくれただろう。どうもありがとう」
まあ、その効果は狙ったかも。
半分以上は本当に悲しくてイヤになって泣き出しちゃったんだけどね。
いまさら私の涙に何ほどの効き目があるかはわかんないけど、「大好きで尊敬している」と常日頃言っている母親を泣かせたって罪悪感ぐらいは持ってもらおう。

21年3月14日

息子が泊まりに来てくれた翌日、やなか銀座のだんだん坂ふもとにある演芸場「にっぽり館」に落語を聞きに行った。
林家たけ平さんと三遊亭萬橘さんが主に出演している場所らしくて、今日はお2人の時事放談的漫談と、たけ平さんの「竹の水仙」、萬橘さんの「大工調べ」を楽しみませてもらった。
奇しくも両方とも「お金に困る噺」だったので爆笑した。
きっと最前列では息子が微妙な顔で笑っていただろう。

30席ぐらいの会場はほぼ満席、息子は奇跡的にあいていた一番前高座真正面の席に座り、我々は最後尾すみっこに2つ並んてた空席に。
目の前の舞台にはビニール幕が張ってあり、お客はみんなマスクをつけて正面向き、互いにおしゃべりはしないし換気も良いので、3密問題は発生しないかと。

自らもコント師をめざす息子は真打2人の好演に大興奮、
「いいね、近くにこんないい場所あって!毎週でも通いなよ!」とうらやましそうだった。
もちろん我々も足しげく通うつもりで、彼がまた泊まりに来たら一緒に来ようと約束した。

日暮里の駅までぶらぶら歩いて、銀行で50万をおろしてアコムの自動返済機に。息子の手に50万を握らせると、その厚みを確かめるようにぐっと力を込め、返済機に入れた。
お札しか入らないその機械では、千円以下の端数はまけてくれるようだ。
627円とかが30年後に複利で膨らんで数百万になって迫ってこないだろうか。
せいうちくんはその場で息子のアコムカードを要求し、彼は素直に渡した。
(あとからハサミでまっぷたつにして捨てていたせいうちくん、かなり鬼気迫る眺めだった)

重苦しかった借金をとりあえずきれいにして、一緒にお茶を飲み、ハグと握手でお別れ。
なりゆきはさておき、いい日だった。

やなか銀座の猫彫刻2匹にもやっと会えた。
どうやら全部で7匹いるらしい。
あと10か月かけて、どこかにいる残りの5匹を探してみよう。
これからの日々の平和ならんことを。

21年3月15日

野村萬斎主演の「死との約束」を観る。
クリスティの名探偵ポワロを野村萬斎が演じる「勝呂武尊(すぐろ・たける)シリーズ、「オリエント急行殺人事件」「黒井戸殺し」に続く第三弾。

本家ポワロのDVD「死との約束」をまず観てから臨む。
ペトラ遺跡を熊野古道に置き換えるセンスは素晴らしい。
野村萬斎の勝呂は仰々しくて滑稽だが、イギリス人から見たポワロはまさしくこんな風な「もったいぶったヘンテコな小男」なのかも、とちょっと可笑しくなった。
せいうちくんの大好きな女優さん、松坂慶子が殺される役の老婦人。
可能性としての犯人たちに幾度も殺される場面をいっぱい観てせいうちくん大喜び。
「ダイコンだけど、1回1回大真面目に殺されている。僕は真面目な人が好きなんだ。もちろんキミもだよ」

前の2作ほどは原作に忠実とは言えず、家族の背景も犯行の動機も「あれ?」とはなるものの、とても面白いドラマに仕上がっていた。
これからも増えてほしいシリーズ。

それに、これまで観てきた日本版クリスティの「予告殺人」「大女優殺人事件」「パディントン発4時50分~寝台列車殺人事件」も全部ミス・マープルの翻案だったらしい。
探偵役の沢村一樹ばっかり見ていて、「セクシー部長~」とか騒いでたわ。

2007年ごろには岸恵子がミス・マープルをやったシリーズがあるらしい。
その頃の岸恵子なら確かに老婦人探偵だろう。
いつか観てみたいなぁ。
J:COMさん解約しちゃってミステリチャンネル見られなくなったから、難しいかしらん。

21年3月16日

整体を受けながら息子の話をしていた。
足の悪い私を気遣って、だんだん坂で手を取ろうとしてくれた、と言ったら、
「優しい息子さんですねー。反抗期とかなかったんですか?」って。
そりゃあもう、ガッツリありましたとも。ほんの数年前まで。

「どうでした?反抗期、ありました?」と逆に聞いたら、穏やかそうな整体師さんにもやっぱりガッツリあったそうだ。
「そういう時って、親のことキライになってるんですか?」とヒアリング。
整体師さん「キライなわけじゃないんです。ただ、なんていうか…」
私「ウザい?」
整「そうですね。とにかく家の中でも顔合わせないようにしてて」
私「一緒に外食なんてもってのほか?」
整「ええ、一緒にいるとこを友達に見られるのがものすごくイヤでしたね。それに、自分の場合、モノにあたってましたね」
私「壁殴って穴開けたり」
整「そうですそうです」
私「うちも4つぐらい穴開けられましたよ」
整「男子の反抗期あるあるですねー」

誰でもそうなのか、となんだか安心した。
息子が開けた穴のおかげで、いくらせいうちくんが白い布とボンドでつくろってはいても、見栄えはぐっと悪くなった。
息子のコントグループの仲間お母さんが、
「家にいられると自室を汚くするんですよね。もう、資産価値が下がっちゃうのが心配で」とこぼしていたが、家庭内男子は家を荒らして売却価格を下げる。
実際、我々が引っ越したあとに10件以上の内覧があったが、ほとんどの方が「広さや立地はとても気に入ったんですが、リフォームにお金がかかりそうなので」と断ってきたと不動産屋さんから聞いている。
息子が寝る時に生じる湿気から来た壁一面の黒カビと、あちこちの壁の穴が悪いんだ、と信じ込んでるぞ。
そりゃあ17年も住んだんだから、それだけが原因じゃないだろうが。

これでは売れない、と焦った我々は、簡単なリフォームを依頼した。
壁紙を張り替え、床材をクリーニングしてもらい、水漏れする蛇口を取り換え、浴室の曇りまくりの鏡も交換。
今住んでる部屋の寝室の壁紙が一面だけ色が違うのがカッコいいところにヒントを得て、テレビラックを撤去したあとの壁だけ色違いの壁紙ではどうか、と内装屋さんに相談してみた。
「いいですね!好感度が上がりますよ」と見本のURLを送ってくれた中から、濃いダークが基調の家なのでブラウン系を選んだ。
80万かかるが、代わりに売値を50万上げた。
30万の赤字ではあるけど、売れないのが一番困るんだ。

その簡易リフォームが終わったのが先週末。
不動産屋さんからも「いい感じに仕上がりました。これまで内覧されたお客様にも再度案内を出します」と連絡が。
この週末に我々も見に行くつもり。
すっかり様相の変わった元・我が家を見たら、泣いちゃうかも。

21年3月17日

ゆりこ先生(仮名)のクリニックをまた訪ねてみた。
朝一番のせいか、私の前に1人、おじいさんがいるだけだった。
待ってる間にもう1人おじさんがきた。
整形外科とかだと朝一番は老人たちが張り切って集まる傾向があるが、心療内科はみなさん朝に元気がないせいだろうか、すいているようだ。

ゆりこ先生(仮名)はマンガが好きだそうで、私がマンガを描くと言ったら「どんなのを描くの?」と興味を持ってくれたので、今回はOL時代に描いた3ページの作品をiPadに入れて持って行って見せた。
「まあ、こんなに上手に描くの。この細い線とか、全部自分の手で引いたの?」と言われ、
「このへんはスクリーントーン使ってますけど、このへんは手描きです」とか説明。
ふんふんと感心して読んでくれた。

ベルばらを読んでいたらしいので、定番、萩尾望都の「ポーの一族」はどうですか、と聞いてみた。
全部は読んでないんだそうだ。あんまりディープなマンガ読みじゃないな。
いちおう、今も連載していて単行本も出ていますよ、と教えてあげた。
先日患者さんから借りていたという麻生みことの「路地恋花」の続きは貸してもらえましたか、と聞くと、その患者さんはお金がない人なので、お金がたまったらブックオフで買って貸してくれるんだそうだ。
早く続きが読めるといいですね。傑作ですよ。

「芸術家なあなたには、これをあげましょう。なんだったかしら、トルマリン?」と言いながら、青いハート型の石のペンダントトップをくれた。
「ラピスラズリですか?」と聞いたら、「そうそう」。
なんかものすごく「あっち系」な雰囲気が漂ってきた。
息子の話をしていたら、
「息子さんの芸事がうまくいくように、こちらを」と今度はビニール袋に入った小さな黒い石をつなげたブレスレットを出してくれたので、どのへんからお金取られちゃうんだろう、と心配になり、
「息子はたぶん、神様には頼らずに自分の力でやりたいタイプだと思いますので」と断っておいた。

睡眠薬や抗不安剤が足りないのではないかと心配してくれて、前の先生から増やさないよう言われていますと伝えたところ、
「私は、つらい時はお薬に頼ってもいいと思うのよ」と抗不安薬を余分に出してくれた。
お守り代わりにもらっておこう。
一度急な断薬による離脱症状で苦しい思いをしているので、薬の量にはちょっと慎重になっているんだ。

もらったラピスラズリのペンダントトップをポケットに入れて帰りながら、いろんなドクターがいるなぁと思った。
先日話に出ていたのも、余命半年と言われたがん患者さんが民間療法で10年頑張ってるって本だった。
わりとスピリチュアル系の人なのかもしれない。
その世界に興味はあるけど、私は自分が「神性の持ち主」と信じてるんで、ほかの神様の力をあんまり必要としてないんだよね。
(単なる双極性障害の、躁状態の症状なのかも)
まあ毎月必要な薬をもらいに行くほかは、軽い気晴らしのおしゃべりをしたい気分になったら行くことにしよう。
あんまり気の合う名医に出会っちゃっても、あと10か月半で引っ越す身の上だからね。

21年3月18日

泊まって帰った翌日に、メッセージよこした息子。
「50万をお借りして借金の肩代わりをしてもらったということを言語化するのが遅くなってしまって本当にごめんなさい。カノジョとも、『これは今まで借りてきた分(学校の入学金として借りる予定の金額も合わせて)と同じく、返すつもりで借りたお金だよ』と話しました」としたためた上で、借金の総額を認識しておきたいと聞いてきた。
せいうちくんは全部控えている。
驚くな、3百万の単位だぞ!
冷静に「ありがとう!」と返ってきたけど、学生時代に貸したお金はまた別会計だからね。

今日の連絡では、友人の会社の仕事を請け負って月に20万もらえる話が固まったのだそう。
せいうちくんはこの手の「友達の紹介」をとても胡乱だと思っている。
私も、そういう話は10個ぐらい持っててやっと安心できるかな、と。
ちゃんと契約交わせよ。

「書類契約は3月中に行う予定でお話しさせていただきました。お父さんからしたらきな臭いかもしれないけど、しっかり働きます」って。
働くのはいいけどさぁ、そこは「きな臭い」じゃなくて「胡散臭い」でしょ。
私が返す前にせいうちくんが、
「『きな臭い』は、戦争の気配がある、という意味だよ」とレスポンスしてしまった。出遅れた。

なんだか息子の好奇心に火をつけちゃったみたいで、
「きな=china、ってこと?」と聞いてきた。
なるほど、今の若い世代にとって戦争の気配は中国から来るのか。
せいうちくん「きな臭い で 焦げ臭い、すなわち、火薬のにおいがする、という意味だよ。中国が関係なくても使う言葉だね」
息子「なるほど」

私、ここでやっと口をはさむ。
「こういう場合は『胡散臭い』と言ってほしい」
息子からたちまち思ってもみない反撃が来た。
「胡散は何の匂い?」
う、っと詰まる。もちろん猛烈にググり始めてる。
その間にせいうちくんの方が早くググったようで、
「うさん 胡散 って、昔のペルシャで使われていた酩酊を誘う香辛料らしい」と回答。
しかし私は別の解釈にたどり着いていた。

「(コピペ)

天目茶碗の釉薬

主に抹茶茶碗として使われる、天目茶碗というものがあります。鉄分を多く含む釉薬を使用することで、独特の模様が仕上がるのが特徴。その天目茶碗の一種に『烏盞(うさん)』があります。

天目茶碗は非常に効果で、『曜変天目』という種類は国宝になっているほどです。その価値は昔から高いものとされていましたが、産地や作られた年代が不明という作品が多数存在していたともいわれています。

そのため、天目茶碗というと、疑わしい・偽物臭い、というイメージができたそうです。このことから、天目茶碗の一種である烏盞の名が使用され、胡散臭いという言葉になったと言われています」

面白いのでこの解釈を送りつけておいた。
ネットはいろんな情報であふれているなぁ。
情弱者には真偽がわからないので、話半分に聞いておこう。
それにしても「胡散臭い」でググると、大部分が「胡散臭い人の見分け方」になってしまうのが世知辛いというか世情を反映してるというか…

息子の「きな臭い=china臭い」は非常に斬新な、思いつきもしない解釈だった。
若い人と情報交換するのは本当に面白い。

その面白さをもっと堪能したいのと息子の生活を援助したい気持ちから、月に1回、5時間私と過ごして、一緒に映画を観て語り合うバイトを持ちかけた。
ポワロとか観てると昔の貴婦人は「コンパニオン」というお話し相手を雇っているので、それにあこがれた節もある。
ただお小遣いをあげたり仕送りをするのも何なので、コンパニオンのバイトってことで。
来週、第1回に来てもらう。
肩なんかも揉んでもらっちゃおうかなぁ。

21年3月19日

朝早く起きて、旧マンションへ向かう。
改装の済んだ部屋を見るためだ。
千駄木からお茶の水に出て、中央線に乗り換えてずずっと西へ向かう。
すいた電車に並んで座り2人で車窓から風景を見ていると、だんだん馴染んだ景色になっていく。
駅からバスでマンション近くまで。
それにしてもせいうちくん、あなたはよく、30年もこんな遠い距離を通勤していたねぇ。
今のドアドア25分の生活に比べると、3倍ぐらいかかってるじゃないか。
しかも、バス便がなくなるとは言え、次の新居はもうひとつ西の駅になるんだよ。

マンションは無事建っていた。当たり前か。
私がいなくなったら光を失うんじゃないか、倒壊するんじゃないかなんて考えは、「私教」に毒された「carry the world upon my shoulder」な気持ちの産物であった。
変わらぬエントランスをしばらく使ってなかったキーで開け、郵便受けにたまったチラシ類を回収し、住んでた部屋へ。

玄関にはまだ我々の名前の表札が出ている。
鍵を開け、ドアを開くと内覧の方用だろう、白い使い捨てスリッパが4足並んでいた。
それはそのままにして、室内へ入る。
中は、見違えるように綺麗になっていた。

真っ白な壁紙、ワックスのかかった床、窓ガラスもピカピカに磨き上げられ、水漏れするのをボンドで固めまくってた水道の蛇口は新しいものに交換されている。
浴室のシャワーも新品になっていて、どうしても曇りが取れなかった鏡は交換したかと思うぐらい真新しく、でもよく見たら古いものをきちんと磨いてくれたようだ。
「鏡のうろこ汚れ落とし」などを買ってきてずいぶん努力したんだが、最初からプロのお掃除を頼むべきだったのか。
バスタブも交換はされてないのに縁の黒ずんだ汚れが消えていた。

圧巻はリビングの壁。
「大型テレビが入らないのでは」と評判の悪かったほぼ作り付け状態の大型キャビネットを取り去ったあとは、その壁だけこちらの依頼通りブラウンがかった壁紙で内装されており、とても洒落ていた。
さらに内装屋さんは気を利かせてトイレの壁も奥の面だけ同じブラウン系の壁紙にしてくれていた。
最近は、四方が同じ白い壁紙より、一面だけ色を変える内装が流行っていると思ったのは間違いではなかったらしい。

総合的に、とても好感度が上がっていると感じた。
内覧に来た方々はたいてい「広さと立地はとても気に入ったが、リフォームにお金がかかりそうで」と断っていったらしいから、今の状態を見たら即座に買ってくれるのではあるまいか。
今週末にも前に来たお客さんへも案内を出し、改装済みとして新しく売り出すのだと不動産屋さんは言っていた。
売れるといいなぁ。

せっかくここまで来たんだから、とリビングの真ん中に座り込んで、かかりつけの皮膚科に手術痕のケロイドを鎮める薬の処方箋だけを出してもらえるか聞いてみた。
2か月以内に診察を受けているので、OKだそうだ。
仮住まいの方でまだ皮膚科を見つけていなくて、薬が切れて傷が痛み始めていたので、もらえたら嬉しい。
大好きな女性医師にケロイド痕に注射を打ってもらう時間はなさそうだが、薬だけでもあると助かるんだ。

入れたブレーカーをきちんと落とし、鍵をしっかり閉めて、帰ることにする。
管理人さんに内装工事が入ってご迷惑をかけたお詫びとたぶん最後になるご挨拶をしておく。
このマンションに来ることは、もうないんだろうから。

徒歩5分の皮膚科で薬を受け取ってる間にせいうちくんは大好きなパン屋に買い出しに行ってくれた。
LINEで連絡を取り合ったところ、とてもあいにくなことに私の大好きなソーセージロングパンは11時過ぎないと焼きあがらないそうだ。
11時15分にはバスで駅前に出て前の主治医に会う約束だから、待ってるちょっと時間はない。
残念だがジャム&マーガリンコッペパンとあんドーナツを2つずつで満足しておこう。
戻ってきたせいうちくんのリュックはパンでパンパンだった。(別に洒落じゃない)
彼はお気に入りのくるみパンとカレーパンが買えたそうだ。いいなぁ。

バスに乗って駅前に戻り、私は病院へ、せいうちくんは古本屋へと珍しく別行動。
けっこう待ち時間が長かったから、それでよかったと思った。

10か月後に戻ってきたらまたお世話になるつもりの主治医は、「どう?楽しくやってる?」と元気に迎えてくれた。
「はい、緊張して疲れてテンションは上がってますが、楽しくやってます。先生の処方箋通りのお薬をくれる心療内科も見つけました。ほどほどにリラックスできるように暮らして、あと10か月半たったら戻ってきます。今日は内装後のマンションを見に来たので、ついでに寄らせてもらいました」と報告。

相談事として、息子のアコムでの借金を肩代わりした件と月に1回私の相手をしてもらうバイトで援助しようと思っている話をした。
「それでは息子さんの自立の妨げになる」ってお叱りを覚悟してたんだけど、主治医は首肯してくれた。
「今、コロナで若い人は本当に大変。自殺しちゃう人たちも出ているんだよ。社会や我々の世代がセーフティネットになってあげるべき。特にあなたの息子さんは特殊な道で生きていこうとしてる。コロナで一番打撃を受けてる分野だ。存分に助けてあげなさい。きっと彼もわかってくれて、感謝してくれるはずだよ」
「子育ての失敗」「甘やかしすぎ」という心の中の声におびえていたが、それは母の声かもしれない。
私たちは私たちのやり方で、自分の子供たちを社会に送り出すしかないんだ。
目からうろこが落ち、気持ちが晴れ晴れとした。

ブックオフで待ち合わせしたせいうちくんにその話をしたら、彼も喜んでいた。
「そう言ってくれる人がいてよかった。僕らの信じるように、やれることを淡々とやろうね」って。
超久しぶりに美味しい回転寿司を2人で21皿も食べ、いろいろ満足して帰路についた。

帰ったらぐったり疲れて、2人ともうとうと。
いつものように私はすぐに目が覚めてしまったので、今日の疲れは今日のうちに取ってしまおうと、整体に電話してみたら開いてるからすぐ来ていいと言う。
長めのコースでお願いしたら、初めて見る顔の女性整体師さんが楽しいおしゃべりをしながらとてもていねいにしっかりともみほぐしてくれた。
どこを押しても「硬いですね~」と半ば感心するように言っていたけど、なんとかすこしやわらかくするところまでもっていってくれた。
すみません、凝り性なんです。精神的にも肉体的にも。

整体院を出たら、なんとせいうちくんが立っていた。
「起きたらいないから、『足湯かな?なかなか帰ってこないってことは、長いコースかな?』と思ってゴミを捨てに出たついでに覗いてみようと思った。そしたらちょうど受付でキミが挨拶して出てくるとこだった。ていねいにお辞儀して、ていねいにスリッパをそろえて、僕が見てない時間のキミを見るのは珍しいんだけど、キミは本当にいつでもキミらしいんだなぁ、って感心してた」
嬉しいね、大好きな人がいきなり目の前に現れるのは。
そのまま手を引っ張って整体院に戻り、「主人が迎えに来てくれました!」って見せびらかしたくなったけど、オトナだからぐっとこらえたよ。

今夜もこれからZOOM宴会だ。
いつも下ネタで「男はみんなそういうもんだ!」と乱暴に私を論破する長老とGくんを、撃退してくれる気満々のせいうちくん。
下ネタ解禁になるのは12時過ぎなのでたいがい先に沈没しちゃってるんだけど、今日はよく寝たのでエネルギー充填満タンなんだって。期待しよう。

21年3月13日

昨夜のZOOM飲み会顛末記。
せいうちくんと私のPCの距離が近すぎて(アクリル板の扉1枚しか隔てるものがない)、特に私の大声がせいうちくんのマイクに入ってしまうとわけわかんなくなるので、今回はノートPCと共に洗面所にこもる私。
小さな洗面台にまな板渡してノートのっけて、風呂場を開けて換気扇を回してタバコは吸い放題。
「小さな1LDKのくせにトイレと洗面所と風呂場が別とはぜいたくな」と長老に感心された。
どうやらユニットバスを想像していたらしい。

夜中にせいうちくんを寝かしつけたのち戻ってみたら、長老とGくんとSくんが残ってた。
しかし、Sくんはこっくりこっくり舟をこぎ始め、次のセッションには戻ってこなかった。

したたかに酔っ払ったGくんと長老ときわめてプライベートな話に終始する。
「恋愛なんて、やりたいだけの気持ちなんだ。親子の愛情以外の愛情は、わしにはわからん!」とわめくGくん。
最初は「うん、わしも結婚したのは色と金のためだった。カミさんの方が収入があったからな」と不良オヤジぶっていたやもめの長老も、
「恋愛時代ってのは会いたい、話がしたいって思いが強くありませんでしたか?」と私に聞かれて、
「そうだなぁ。好きな女性はマドンナに見えてくるんだよなぁ」
「で、時々やれたら嬉しいと」
「うんうん、そう。マドンナが天から降りてきて、やれるんだよなぁ。恋愛ってのはそうだった」とこっち陣営に。
結局、結婚経験者2人で未婚のGくんを、「男女の愛情重視。結婚したら親より配偶者が大事だよ」と説得しにかかる。
もちろんそんなことで降参する酔っ払いではないんだが。

それが昨日の夜中と言うか明け方の話で、今日の夜は夜で息子が来る。
せいうちくんが買ってきてくれたテイクアウトのカレー弁当をみんなで食べる。
息子はほうれん草チキン、せいうちくんはチキン、私はマトン。
ごはんとナンと両方ついてる上にチキンティッカがひと切れ乗っている、わりとボリュームのある品。
私が残した分はせいうちくんと息子がハイエナのように食い尽くしてくれた。

息子は相変わらずお金が足りないようで、少し厳しく𠮟る。
反対されたにもかかわらずナイショでもう2年もカノジョと同棲してるのを向こうのお母様に許していただかなければならないのに、生活費も4月からの演劇学校の学費もままならないようでは困る。
だいたい、何が驚いたって、アコムに借金があるって初めて聞いたよ。
累積50万借りてて、この2年、利子を払うので精いっぱいの自転車操業をしていたらしい。
その間も時々我々に金の無心に来ていて、毎度快く説教つきで貸していたので、
「なんで無理し無催促の親からついでに多めに借りないの?!」と心からたまげた。

せいうちくんがびしびし問いただしたところでは、それほど怪しいお金の使い方をしているわけではなく、ひたすら職をすぐに変わってしまうために収入の空白期間が多いせいみたい。
NYに行くとか公演の準備で忙しいとか言うと、すぐにバイトをやめてしまうからなぁ。
そいで次の職を探すのにモタつく。

あとはお笑い関係のつきあいで他人の企画にお金をつぎ込みすぎ。
「その収入で月に5万も他の企画に使ってるのはおかしいよ。てっきりボランティアで出演してるだけだと思ってた。まさか撮影資金まで出しているとは。そこをけずりなさい。あと、タバコはやめる。お金がかかりすぎ」と父親から厳しく言われて神妙に聞いている息子を見ていたら、なんだか何もかもイヤになっちゃった。

「こんなの、イヤだよぉ!」と突然私が号泣し始めたので、2人ともぎょっとして振り向いた。
「どうせ好きなことやってるのに、制限つけたってしょうがないじゃない!彼の世界のことも気持ちもわかんないのに、つきあいに金出すなとかタバコやめろとか、細かすぎるよ!」とだらだら涙を流して怒り始めた母親の姿に、息子は「ありがとう。ごめんね、心配かけて」と手をぎゅっと握ってきた。

せいうちくんも毒気を抜かれたか、とりあえず収入と支出のバランスを考えること、サラ金は明日、一緒に全部返してしまおう、と決着。

夜中に息子とタバコを吸っていたら、
「お母さんは借金したことある?」と聞かれた。
「ないねぇ。住宅ローンだけだよ」
「えらいねぇ」
「あなたとは生活が違うからね。わかんない世界のことだから口は出さないけど、むしろ感心するよ。よく2年間も黙っていられたね。カノジョは知ってるの?」
「うん、一緒に返そうね、って言ってくれてる。親に黙ってるのは気が重かったし、返しても返しても楽にならなくて、本当に苦しかった。たぶん、目をそらしてたんだと思う」
「もうそういうのやめなよ。コロナで苦しい時なんだし、今はこっちにゆとりがあるから助けるよ。本当に、今言ってくれてよかった。老人ホームに入ってきちきちでやってる時に『借金が2千万までふくれ上がりました』とか言われたら、親子の縁を切るしかないもん」
「うん、悪かったよ。これからしっかりする。カノジョにも安心してもらう」

夜中に息子としんみり話していると、やっぱり子育てに失敗したとかは思えないんだ。
そもそも失敗ってあるのか。
人間1人育て上げる、その過程にどうこう言うのは全部「あと知恵」じゃないのか。
大切なのは常に「今の関係」なんじゃないだろうか。

そういう意味で、2年間親に黙っていた彼に申し訳なく、不憫に思う。
さぞかし苦しかっただろうに、話せない関係だったのかと。
「借金を黙っていたこと、相談を躊躇していたことを恥じる」とつぶやく息子は、
「いろんな言動から敬意が抜け落ちていたように感じる。ここを分水嶺と捉えて、再度誠実に頑張るよ」とも言ってくれた。
ワタシ的にはこれで十分になっちゃうんだよなぁ。
2人して言葉に酔っているだけかもしれない。甘い甘い。

あとからせいうちくんが言っていた。
「もちろん借金は肩代わりしてあげるしかないと思っていたけど、ここは印象づけるために何かしなきゃいけないかと思った。ばしっとひっぱたくとか。でも、慣れないことを無理にするもんじゃないからなぁ、って迷ってたら、キミが号泣してくれたんで助かった。あれで彼も少しは身にしみてくれただろう。どうもありがとう」
まあ、その効果は狙ったかも。
半分以上は本当に悲しくてイヤになって泣き出しちゃったんだけどね。
いまさら私の涙に何ほどの効き目があるかはわかんないけど、「大好きで尊敬している」と常日頃言っている母親を泣かせたって罪悪感ぐらいは持ってもらおう。

21年3月14日

息子が泊まりに来てくれた翌日、谷中ぎんざのだんだん坂ふもとにある演芸場「にっぽり館」に落語を聞きに行った。
林家たけ平さんと三遊亭萬橘さんが主に出演している場所らしくて、今日はお2人の時事放談的漫談と、たけ平さんの「竹の水仙」、萬橘さんの「大工調べ」を楽しみませてもらった。
奇しくも両方とも「お金に困る噺」だったので爆笑した。
きっと最前列では息子が微妙な顔で笑っていただろう。

30席ぐらいの会場はほぼ満席、息子は奇跡的にあいていた一番前高座真正面の席に座り、我々は最後尾すみっこに2つ並んてた空席に。
目の前の舞台にはビニール幕が張ってあり、お客はみんなマスクをつけて正面向き、互いにおしゃべりはしないし換気も良いので、3密問題は発生しないかと。

自らもコント師をめざす息子は真打2人の好演に大興奮、
「いいね、近くにこんないい場所あって!毎週でも通いなよ!」とうらやましそうだった。
もちろん我々も足しげく通うつもりで、彼がまた泊まりに来たら一緒に来ようと約束した。

日暮里の駅までぶらぶら歩いて、銀行で50万をおろしてアコムの自動返済機に。息子の手に50万を握らせると、その厚みを確かめるようにぐっと力を込め、返済機に入れた。
お札しか入らないその機械では、千円以下の端数はまけてくれるようだ。
627円とかが30年後に複利で膨らんで数百万になって迫ってこないだろうか。
せいうちくんはその場で息子のアコムカードを要求し、彼は素直に渡した。
(あとからハサミでまっぷたつにして捨てていたせいうちくん、かなり鬼気迫る眺めだった)

重苦しかった借金をとりあえずきれいにして、一緒にお茶を飲み、ハグと握手でお別れ。
なりゆきはさておき、いい日だった。

谷中ぎんざの狛猫2匹にもやっと会えた。
どうやら全部で7匹いるらしい。
あと10か月かけて、どこかにいる残りの5匹を探してみよう。
これからの日々の平和ならんことを。

21年3月15日

野村萬斎主演の「死との約束」を観る。
クリスティの名探偵ポワロを野村萬斎が演じる「勝呂武尊(すぐろ・たける)」シリーズ、「オリエント急行殺人事件」「黒井戸殺し」に続く第三弾。

本家ポワロのDVD「死との約束」をまず観てから臨む。
ペトラ遺跡を熊野古道に置き換えるセンスは素晴らしい。
野村萬斎の勝呂は仰々しくて滑稽だが、イギリス人から見たポワロはまさしくこんな風な「もったいぶったヘンテコな小男」なのかも、とちょっと可笑しくなった。
せいうちくんの大好きな女優さん、松坂慶子が殺される役の老婦人。
可能性としての犯人たちに幾度も殺される場面をいっぱい観てせいうちくん大喜び。
「ダイコンだけど、1回1回大真面目に殺されている。僕は真面目な人が好きなんだ。もちろんキミもだよ」

前の2作ほどは原作に忠実とは言えず、家族の背景も犯行の動機も「あれ?」とはなるものの、とても面白いドラマに仕上がっていた。
これからも増えてほしいシリーズ。

それに、これまで観てきた日本版クリスティの「予告殺人」「大女優殺人事件」「パディントン発4時50分~寝台列車殺人事件」も全部ミス・マープルの翻案だったらしい。
探偵役の沢村一樹ばっかり見ていて、「セクシー部長~」とか騒いでたわ。

2007年ごろには岸恵子がミス・マープルをやったシリーズがあるらしい。
その頃の岸恵子なら確かに老婦人探偵だろう。
いつか観てみたいなぁ。
J:COMさん解約しちゃってミステリチャンネル見られなくなったから、難しいかしらん。

21年3月16日

整体を受けながら息子の話をしていた。
足の悪い私を気遣って、だんだん坂で手を取ろうとしてくれた、と言ったら、
「優しい息子さんですねー。反抗期とかなかったんですか?」って。
そりゃあもう、ガッツリありましたとも。ほんの数年前まで。

「どうでした?反抗期、ありました?」と逆に聞いたら、穏やかそうな整体師さんにもやっぱりガッツリあったそうだ。
「そういう時って、親のことキライになってるんですか?」とヒアリング。
整体師さん「キライなわけじゃないんです。ただ、なんていうか…」
私「ウザい?」
整「そうですね。とにかく家の中でも顔合わせないようにしてて」
私「一緒に外食なんてもってのほか?」
整「ええ、親と歩いてるとこを友達に見られるのがものすごくイヤでしたね。それに、自分の場合、モノにあたってましたね」
私「壁殴って穴開けたり」
整「そうですそうです」
私「うちも4つぐらい穴開けられましたよ」
整「男子の反抗期あるあるですねー」

誰でもそうなのか、となんだか安心した。
息子が開けた穴のおかげで、いくらせいうちくんが白い布とボンドでつくろってはいても、見栄えはぐっと悪くなった。
息子のコントグループの仲間お母さんが、
「家にいられると自室を汚くするんですよね。もう、資産価値が下がっちゃうのが心配で」とこぼしていたが、家庭内男子は家を荒らして売却価格を下げる。
実際、我々が引っ越したあとに10件以上の内覧があったが、ほとんどの方が「広さや立地はとても気に入ったんですが、リフォームにお金がかかりそうなので」と断ってきたと不動産屋さんから聞いている。
息子が寝る時に生じる湿気から来た壁一面の黒カビと、あちこちの壁の穴が悪いんだ、と信じ込んでるぞ。
そりゃあ17年も住んだんだから、それだけが原因じゃないだろうが。

これでは売れない、と焦った我々は、簡単なリフォームを依頼した。
壁紙を張り替え、床材をクリーニングしてもらい、水漏れする蛇口を取り換え、浴室の曇りまくりの鏡も何とかしてもらう。
今住んでる部屋の寝室の壁紙が一面だけ色が違うのがカッコいいところにヒントを得て、テレビラックを撤去したあとの壁だけ色違いの壁紙ではどうか、と内装屋さんに相談してみた。
「いいですね!好感度が上がりますよ」と見本のURLを送ってくれた中から、濃いダークが基調の家なのでブラウン系を選んだ。
80万かかるが、代わりに売値を50万上げた。
30万の赤字ではあるけど、売れないのが一番困るんだ。

その簡易リフォームが終わったのが先週末。
不動産屋さんからも「いい感じに仕上がりました。これまで内覧されたお客様にも再度案内を出します」と連絡が。
この週末に我々も見に行くつもり。
すっかり様相の変わった元・我が家を見たら、泣いちゃうかも。

21年3月17日

ゆりこ先生(仮名)のクリニックをまた訪ねてみた。
朝一番のせいか、私の前に1人、おじいさんがいるだけだった。
待ってる間にもう1人おじさんがきた。
整形外科とかだと朝一番は老人たちが張り切って集まる傾向があるが、心療内科はみなさん朝に元気がないせいだろうか、すいているようだ。

ゆりこ先生(仮名)はマンガが好きだそうで、私がマンガを描くと言ったら「どんなのを描くの?」と興味を持ってくれたので、今回はOL時代に描いた3ページの作品をiPadに入れて持って行って見せた。
「まあ、こんなに上手に描くの。この細い線とか、全部自分の手で引いたの?」と言われ、
「このへんはスクリーントーン使ってますけど、このへんは手描きです」とか説明。
ふんふんと感心して読んでくれた。

ベルばらを読んでいたらしいので、定番、萩尾望都の「ポーの一族」はどうですか、と聞いてみた。
全部は読んでないんだそうだ。あんまりディープなマンガ読みじゃないな。
いちおう、今も連載していて単行本も出ていますよ、と教えてあげた。
先日患者さんから借りていたという麻生みことの「路地恋花」の続きは貸してもらえましたか、と聞くと、その患者さんはお金がない人なので、お金がたまったらブックオフで買って貸してくれるんだそうだ。
早く続きが読めるといいですね。傑作ですよ。

「芸術家なあなたには、これをあげましょう。なんだったかしら、トルマリン?」と言いながら、青いハート型の石のペンダントトップをくれた。
「ラピスラズリですか?」と聞いたら、「そうそう」。
なんかものすごく「あっち系」な雰囲気が漂ってきた。
息子の話をしていたら、
「息子さんの芸事がうまくいくように、こちらを」と今度はビニール袋に入った小さな黒い石をつなげたブレスレットを出してくれたので、どのへんからお金取られちゃうんだろう、と心配になり、
「息子はたぶん、神様には頼らずに自分の力でやりたいタイプだと思いますので」と断っておいた。

睡眠薬や抗不安剤が足りないのではないかと心配してくれて、前の先生から増やさないよう言われていますと伝えたところ、
「私は、つらい時はお薬に頼ってもいいと思うのよ」と抗不安薬を余分に出してくれた。
お守り代わりにもらっておこう。
一度急な断薬による離脱症状で苦しい思いをしているので、薬の量にはちょっと慎重になっているんだ。

もらったラピスラズリのペンダントトップをポケットに入れて帰りながら、いろんなドクターがいるなぁと思った。
先日話題に出ていたのも、余命半年と言われたがん患者さんが民間療法で10年頑張ってるって本だった。
わりとスピリチュアル系の人なのかもしれない。
その世界に興味はあるけど、私は自分が「神性の持ち主」だと信じてるんで、ほかの神様の力をあんまり必要としてないんだよね。
(単なる双極性障害の、躁状態の症状なのかも)
まあ毎月必要な薬をもらいに行くほかは、軽い気晴らしのおしゃべりをしたい気分になったら行くことにしよう。
あんまり気の合う名医に出会っちゃっても、あと10か月半で引っ越す身の上だからね。

21年3月18日

泊まって帰った翌日に、メッセージよこした息子。
「50万をお借りして借金の肩代わりをしてもらったということを言語化するのが遅くなってしまって本当にごめんなさい。カノジョとも、『これは今まで借りてきた分(学校の入学金として借りる予定の金額も合わせて)と同じく、返すつもりで借りたお金だよ』と話しました」としたためた上で、借金の総額を認識しておきたいと聞いてきた。
せいうちくんは全部控えている。
驚くな、3百万の単位だぞ!
冷静に「ありがとう!」と返ってきたけど、学生時代に貸したお金はまた別会計だからね。

今日の連絡では、友人の会社の仕事を請け負って月に20万もらえる話が固まったのだそう。
せいうちくんはこの手の「友達の紹介」をとても胡乱だと思っている。
私も、そういう話は10個ぐらい持っててやっと安心できるかな、と。
ちゃんと契約交わせよ。

「書類契約は3月中に行う予定でお話しさせていただきました。お父さんからしたらきな臭いかもしれないけど、しっかり働きます」って。
働くのはいいけどさぁ、そこは「きな臭い」じゃなくて「胡散臭い」でしょ。
私が返す前にせいうちくんが、
「『きな臭い』は、戦争の気配がある、という意味だよ」とレスポンスしてしまった。出遅れた。

なんだか息子の好奇心に火をつけちゃったみたいで、
「きな=china、ってこと?」と聞いてきた。
なるほど、今の若い世代にとって戦争の気配は中国から来るのか。
せいうちくん「きな臭い で 焦げ臭い、すなわち、火薬のにおいがする、という意味だよ。中国が関係なくても使う言葉だね」
息子「なるほど」

私、ここでやっと口をはさむ。
「こういう場合は『胡散臭い』と言ってほしい」
息子からたちまち思ってもみない反撃が来た。
「胡散は何の匂い?」
う、っと詰まる。もちろん猛烈にググり始めてる。
その間にせいうちくんの方が早くググったようで、
「うさん(胡散)って、昔のペルシャで使われていた酩酊を誘う香辛料らしい」と回答。
しかし私は別の解釈にたどり着いていた。

「(コピペ)

天目茶碗の釉薬

主に抹茶茶碗として使われる、天目茶碗というものがあります。鉄分を多く含む釉薬を使用することで、独特の模様が仕上がるのが特徴。その天目茶碗の一種に『烏盞(うさん)』があります。

天目茶碗は非常に高価で、『曜変天目』という種類は国宝になっているほどです。その価値は昔から高いものとされていましたが、産地や作られた年代が不明という作品が多数存在していたともいわれています。

そのため、天目茶碗というと、疑わしい・偽物臭い、というイメージができたそうです。このことから、天目茶碗の一種である烏盞の名が使用され、胡散臭いという言葉になったと言われています」

面白いのでこの解釈を送りつけておいた。
ネットはいろんな情報であふれているなぁ。
情弱者には真偽がわからないので、話半分に聞いておこう。
それにしても「胡散臭い」でググると、大部分が「胡散臭い人の見分け方」になってしまうのが世知辛いというか世情を反映してるというか…

息子の「きな臭い=china臭い」は非常に斬新な、思いつきもしない解釈だった。
若い人と情報交換するのは本当に面白い。

その面白さをもっと堪能したいのと息子の生活を援助したい気持ちから、月に1回、5時間私と過ごして、一緒に映画を観て語り合うバイトを持ちかけた。
ポワロとか観てると昔の貴婦人は「コンパニオン」というお話し相手を雇っているので、それにあこがれた節もある。
ただお小遣いをあげたり仕送りをするのも何なので、コンパニオンのバイトってことで。
来週、第1回に来てもらう。
肩なんかも揉んでもらっちゃおうかなぁ。

21年3月19日

朝早く起きて、旧マンションへ向かう。
改装の済んだ部屋を見るためだ。
千駄木からお茶の水に出て、中央線に乗り換えてずずっと西へ向かう。
すいた電車に並んで座り2人で車窓から風景を見ていると、だんだん馴染んだ景色になっていく。
駅からバスでマンション近くまで。
それにしてもせいうちくん、あなたはよく、30年もこんな遠い距離を通勤していたねぇ。
今のドアドア25分の生活に比べると、3倍ぐらいかかってるじゃないか。
しかも、バス便がなくなるとは言え、次の新居はもうひとつ西の駅になるんだよ。

マンションは無事建っていた。当たり前か。
私がいなくなったら光を失うんじゃないか、倒壊するんじゃないかなんて考えは、「私教」に毒された「carry the world upon my shoulder」な気持ちの産物であった。
変わらぬエントランスをしばらく使ってなかったキーで開け、郵便受けにたまったチラシ類を回収し、住んでた部屋へ。

玄関にはまだ我々の名前の表札が出ている。
鍵を開け、ドアを開くと内覧の方用だろう、白い使い捨てスリッパが4足並んでいた。
それはそのままにして、室内へ入る。
中は、見違えるように綺麗になっていた。

真っ白な壁紙、ワックスのかかった床、窓ガラスもピカピカに磨き上げられ、水漏れするのをボンドで固めまくってた水道の蛇口は新しいものに交換されている。
浴室のシャワーも新品になっていて、どうしても曇りが取れなかった鏡は交換したかと思うぐらい真新しく、でもよく見たら古いものをきちんと磨いてくれたようだ。
「鏡のうろこ汚れ落とし」などを買ってきてずいぶん努力したんだが、最初からプロのお掃除を頼むべきだったのか。
バスタブも交換はされてないのに縁の黒ずんだ汚れが消えていた。

圧巻はリビングの壁。
「大型テレビが入らないのでは」と評判の悪かったほぼ作り付け状態の大型キャビネットを取り去ったあとは、その壁だけこちらの依頼通りブラウンがかった壁紙で内装されており、とても洒落ていた。
さらに内装屋さんは気を利かせてトイレの壁も奥の面だけ同じブラウン系の壁紙にしてくれていた。
最近は、四方が同じ白い壁紙より、一面だけ色を変える内装が流行っていると思ったのは間違いではなかったらしい。

総合的に、とても好感度が上がっていると感じた。
内覧に来た方々はたいてい「広さと立地はとても気に入ったが、リフォームにお金がかかりそうで」と断っていったらしいから、今の状態を見たら即座に買ってくれるのではあるまいか。
今週末にも前に来たお客さんへも案内を出し、改装済みとして新しく売り出すのだと不動産屋さんは言っていた。
売れるといいなぁ。

せっかくここまで来たんだから、とリビングの真ん中に座り込んで、かかりつけの皮膚科に手術痕のケロイドを鎮める薬の処方箋だけを出してもらえるか聞いてみた。
2か月以内に診察を受けているので、OKだそうだ。
仮住まいの方でまだ皮膚科を見つけていなくて、薬が切れて傷が痛み始めていたので、もらえたら嬉しい。
大好きな女性医師にケロイド痕に注射を打ってもらう時間はなさそうだが、薬だけでもあると助かるんだ。

入れたブレーカーをきちんと落とし、鍵をしっかり閉めて、帰ることにする。
管理人さんに内装工事が入ってご迷惑をかけたお詫びとたぶん最後になるご挨拶をしておく。
このマンションに来ることは、もうないんだろうから。

徒歩5分の皮膚科で薬を受け取ってる間にせいうちくんは大好きなパン屋に買い出しに行ってくれた。
LINEで連絡を取り合ったところ、とてもあいにくなことに私の大好きなソーセージロングパンは11時過ぎないと焼きあがらないそうだ。
11時15分にはバスで駅前に出て前の主治医に会う約束だから、待ってるちょっと時間はない。
残念だがジャム&マーガリンコッペパンとあんドーナツを2つずつで満足しておこう。
戻ってきたせいうちくんのリュックはパンでパンパンだった。(別に洒落じゃない)
彼はお気に入りのくるみパンとカレーパンが買えたそうだ。いいなぁ。

バスに乗って駅前に戻り、私は病院へ、せいうちくんは古本屋へと珍しく別行動。
けっこう待ち時間が長かったから、それでよかったと思った。

10か月後に戻ってきたらまたお世話になるつもりの主治医は、「どう?楽しくやってる?」と元気に迎えてくれた。
「はい、緊張して疲れてテンションは上がってますが、楽しくやってます。先生の処方箋通りのお薬をくれる心療内科も見つけました。ほどほどにリラックスできるように暮らして、あと10か月半たったら戻ってきます。今日は内装後のマンションを見に来たので、ついでに寄らせてもらいました」と報告。

相談事として、息子のアコムでの借金を肩代わりした件と月に1回私の相手をしてもらうバイトで援助しようと思っている話をした。
「それでは息子さんの自立の妨げになる」ってお叱りを覚悟してたんだけど、主治医は首肯してくれた。
「今、コロナで若い人は本当に大変。自殺しちゃう人たちも出ているんだよ。社会や我々の世代がセーフティネットになってあげるべき。特にあなたの息子さんは特殊な道で生きていこうとしてる。コロナで一番打撃を受けてる分野だ。存分に助けてあげなさい。きっと彼もわかってくれて、感謝してくれるはずだよ」
「子育ての失敗」「甘やかしすぎ」という心の中の声におびえていたが、それは母の声かもしれない。
私たちは私たちのやり方で、自分の子供たちを社会に送り出すしかないんだ。
目からうろこが落ち、気持ちが晴れ晴れとした。

ブックオフで待ち合わせしたせいうちくんにその話をしたら、彼も喜んでいた。
「そう言ってくれる人がいてよかった。僕らの信じるように、やれることを淡々とやろうね」って。
超久しぶりに美味しい回転寿司を2人で21皿も食べ、いろいろ満足して帰路についた。

帰ったらぐったり疲れて、2人ともうとうと。
いつものように私はすぐに目が覚めてしまったので、今日の疲れは今日のうちに取ってしまおうと、整体院に電話してみたらあいてるからすぐ来ていいと言う。
長めのコースでお願いしたら、初めて見る顔の女性整体師さんが楽しいおしゃべりをしながらとてもていねいにしっかりともみほぐしてくれた。
どこを押しても「硬いですね~」と半ば感心するように言っていたけど、なんとか少しやわらかくするところまでもっていってくれた。
すみません、凝り性なんです。精神的にも肉体的にも。

整体院を出たら、なんとせいうちくんが立っていた。
「起きたらいないから、『足湯かな?なかなか帰ってこないってことは、長いコースかな?』と思ってゴミを捨てに出たついでに覗いてみようと思った。そしたらちょうど受付でキミが挨拶して出てくるとこだった。ていねいにお辞儀して、ていねいにスリッパをそろえて、僕が見てない時間のキミを見るのは珍しいんだけど、キミは本当にいつでもキミらしいんだなぁ、って感心してた」
嬉しいね、大好きな人がいきなり目の前に現れるのは。
そのまま手を引っ張って整体院に戻り、「主人が迎えに来てくれました!」って見せびらかしたくなったけど、オトナだからぐっとこらえたよ。
外でせいうちくんとばったり会うのはこの1か月半で3回目。
千駄木は出会いの町だ。

今夜もこれからZOOM宴会。
いつも下ネタで「男はみんなそういうもんだ!」と乱暴に私を論破する長老とGくんを、撃退してくれる気満々のせいうちくん。
下ネタ解禁になるのは12時過ぎなのでたいがい先に沈没しちゃってるんだけど、今日はよく寝たのでエネルギー充填満タンなんだって。期待しよう。

21年3月20日

昨夜の定例ZOOM飲み会顛末記。
「プレイガール」や「キーハンター」の動画をしょって現れたGくんに、しばしなつかしのテレビ談義が沸き起こる。
アニメ「サスケ」のカラー動画を見て、「その頃、家のテレビは白黒だったから、カラーだったとは知らなかった」人々が続出した。
私もその口で。
小3の時学校に提出する日記に「メキシコオリンピックをカラーで見たいから、カラーテレビを買ってほしいです」と書いて、担任から「テレビのないおうちもあるんだから、我慢しましょう」とのコメントをもらった思い出が鮮烈。戦時中みたいだ。

そのへんから「ウルトラシリーズの女子隊員で誰が好みか」の話になり、長老が挙げるどの女性は誰も彼も亡妻にそっくりなタイプだとはた目にも明らか。ほろりときた。
私は初の女性管理職、ティガのイルマ隊長が好き。

息子のサラ金問題をぶちまけるも、すでに日記を読んでいた長老は「予習してたから驚かん」だし、ほかの皆さんも意外となことにまったく驚いてくれない。
「せいうち家の息子ならさもありなん」ということか。
誰からも「50万の尻ぬぐいは甘すぎる」とお叱りを受けずにすんで、ほっとした。
ただ、Sくんの、
「厳しくするならする、甘やかすなら甘やかす。甘やかし方が中途半端だから、親に頼りきれなかったのでは」とのご意見には心から感服した。
そのとおりだ。心に刻んで、とことん甘やかそう。
「コント職人になりたい」ってのを受け入れた時点から、もう覚悟を決めてなきゃなぁ。

「きな臭い」論議、「きなはキニーネでは」「いや、布らしい」などいろんな意見が出て、それぞれが辞典にあたったところ、なんと「あやしい、胡散臭い」という意味もあるそうだ。
息子に「間違ってる。そういう時は『きな臭い』ではなく『胡散臭い』と言うべき」と教えてしまったが、謝罪の上、訂正しておかねば。
「不穏だ、ではあってもそれを『軍靴の響き』と解釈するのはリベラルの人が意訳しすぎ。そういうの好きじゃない」とばっさり斬っていたSくん。

22時から始まり、0時を過ぎたら下ネタ解禁になるのがお約束。
博識なHくんから、「奥に届いていると思う時、男性器がつついているのは子宮口ではなくポルチオ」とまったく新しい知見をいただく。
耳年増のつもりだったが、知らんかったわー。

持続時間、頻度などの個人情報を聞くにつけ、どうも私はかなりの「弱精者」と結婚している疑いが濃厚になるが、いいのよ、頭でっかちの不感症にはそういう人の方が合ってるのよ。
お互い楽しいのが一番、ってところに落ち着こう。

2時頃いったん終わってせいうちくんは寝たが、しゃべりすぎた興奮で孤独感と離人感が増して急性うつ状態になった私は、禁じられていたにもかかわらず、PCに戻ってしまった。
長老とGくんがあいかわらずいい機嫌で酔っ払ってた。

「おー、うさこがきた。『絶対戻ってくるはずなんだが、遅いなぁ』って話してたんだぞ」と言われ、
「せいうちくんに『もう戻っちゃダメだからね。寝るんだよ』って厳しく言い渡されたもんで。でも落ち込んだんで謝りに来ました」
「何を謝るんだ?」と驚く2人。
「今夜はいろいろ言い過ぎたと思って」
「まったくいつもの調子だったぞ。それにわしは0時過ぎのことは何にも覚えてないんだ」と朗らかに笑う長老。
Gくんも、
「なーんでうさこさんが落ち込むの?息子関係のこと?そんなの、親には言いにくかったってだけだぞ。あんただってそういうのこじらせて病んでるんだろう。誰でもあることだ」と些細な問題だと言いたげだ。

その時、ガラッと音を立ててデスクの前の扉が開き、ベッドから手を伸ばしたせいうちくんがPCの上のカメラを奪い去ろうとする。
「ごめんごめん、もう寝るから」と言ったら、カメラを置き直して寝たまますーっと扉を閉めて消えた。
夜中の落ち込みと長話は精神衛生に悪いよね。
「薬のんで、寝ろー!」との長老の声に送られて、はい、もう寝ます。

2人にさよならを言って、せいうちくんの隣にもぐりこむと、眠ってると思ったせいうちくんにぎゅっと抱きしめられた。
「キミがキミらしいから苦しんでるのはわかる。そこもまたキミらしい。でも、とにかく寝なさい」
言い終わると同時に、寝息。
この人は本当に器用に眠る。
見習って眠りたいが、とりあえずえすとえむの「いいね!光源氏くん」を読んじゃいたいから、もうちょっとね。

というわけで、今日の始動は正午。
せいうちくんはこちらで初めて床屋に行った。
最後に切ってから2か月近くだ、そろそろだろう。

帰ってきた姿を見て驚いた。
かつてないほどの、短髪。
「いつもの床屋さんとおなじつもりで、『髪の毛が硬いので、立たない程度に短くしてください』って言ったんだよ。でも…」
見事に立ってるねぇ、剛毛が。
面白いので写メ撮って、友人や息子に配る。
名付けて「千駄木刈り」。

息子からはすぐに返事が来た。
「髪型、似合ってないと思う」
厳しい意見だ。

まあいいじゃん、画像抜きのテレワークが多いんだから、あんまり人に見られることもないだろう。
3か月は床屋に行かなくてもすみそうだし、経済的だよ。
小林まことの「柔道部物語」で部活で坊主にされた同士が、
「シャンプー代、安くあがっていいじゃねえか、柔道部」
「そっちこそな、野球部」とふてくされていた絵を思い出すよ。

それにさ、ずっと「青年の気分が抜けない」「書生臭い」と自己嫌悪に陥ってたじゃん。
思わぬ床屋さんの攻撃にあって、自分では決してできなかった「超短髪」になれたんだよ。
これを機会に「おじさんのイメージ」をきちんと持てるかもしれない。
初めての町で、初めての自分に出会う。いいじゃん!

21年3月21日

書くのを忘れていたが、1年近く前に前年私がバイトで30年ぶりに稼いだ15万円を息子に送った。
彼はたいそう感激し、15枚の万札の番号を全部PCに控えたそうだ。
そして中に2枚、連番の者があるのを発見し、
「この2枚のお札が僕の手元にどんな偶然で集まってきたのか、想像することもできません。ただ、僕はこの2枚を一生使うことはないでしょう。お2人の墓前に供える時だけだと思います」と感動的なお礼を長々と綴ってきた。

先日アコムで借金した話を聞いた時、
「じゃあ、母さんの15万円はどうしたの?」と聞いたらあっさりと、
「使っちゃった」。
「連番の2枚も?」
「うん」

言葉が、軽すぎる。
使っちゃうのはいいけど、だったら最初からそんな感動的なことを言うな。一時の感傷で。
言葉に、責任を持て。
常にしゃべりまくってる人間が言うのもものすごくナンだが、私はもうちょっと自分の言葉に責任を持つぞ。
責任を負わない言葉を発しすぎると、言葉も行動も軽くなるぞ。
エンタテインメントの世界で生きていこうと思う人間には、致命的な欠陥になりうると思う。

「さすがに使う時は『う~っ!』ってなった。カレーに化けた」とのことで、よほど生活に窮していたのだろう。
希望を持って見守るが、期待はしない。
息子にはそのぐらいの距離感で接した方がいいかもしれない。

21年3月22日

私にしてはすごく多忙な1日だった。

11時頃に出かけ、家から一番近い美容院(3軒隣)に顔突っ込んで予約が必要かどうか聞いたら、
「12時頃なら大丈夫です」と言われ、いったん家に帰って休憩。
で、12時にもう1回出かけて髪を切ってもらう。
ずっと続けてきた白髪染めをいったんやめてみる覚悟。
自分が本当は今、どのくらいの白髪頭なのか、1年かけて直視したい。

前の担当さんが美意識からか私の好みを誤解してか髪質を理解してのことか、短くするのを非常に渋っていたので、今回別の土地に来たのを幸い、かなり短くしてもらった。
ほっといても3か月近くもった前の担当さんのカットと違って、たぶんすぐに多すぎる髪が盛り上がってくるだろうけど、それはそれ、また切るまでだ。

しばらく休憩したのち、徒歩10分の整形外科のリハビリへ。
体育会系のPTのにーちゃんの言うとおりにやったつもりの「腿の筋肉をつける体操」、どうせヒマだからちょうどいいやって湯船の中でやってたんだけど、背中を床につけて寝た格好でやらないと効果が出ないことが判明。しょぼん。いい考えだと思ったのに。
しょうがない、湯上りにやろう。

あいかわらず左足がまっすぐ伸びないことなどを指摘されつつ、
「改善していきましょうね!」と例によってまぶしすぎる笑顔で送り出される。
「肉体が何ほどのものでしょうか!」とか力みかえってみたくなるけど、実際歩けなくなって自分でトイレとか行けなくなったら不便だもんなぁ。
今は、痛みこそあれ2本の足で歩けて、杖なしでも大丈夫だから言えることだよなぁ。

一旦帰って休憩後、予約の時間になったので整体院でいつもの施術。
往復20分歩いただけでもうひざに痛みが出ていた。
足湯に入ってひざや肩に電気流して簡単な施術受けて、おしまい。
道路渡った向かいのコンビニに寄ってから、よろよろと家に帰る。

いや本当にね、私としてはお出かけ多いわけよ。
何回出たり入ったりしたことか。
身体が疲れるというより頭がくらくらして、寝込んでしまいましたとさ。

21年3月23日

整体院で隣のカーテンの向こうの人が、
「歯の食いしばりがひどくて、頭痛がするんです」と言っているのを聞く。
思わずバッとカーテンを開けて乱入し、
「歯医者さんでマウスピースを作ってもらうと劇的に改善しますよ!」と叫びたくなる。

しかしそんなことをしてはいけないのが整体院だ。
おとなしく、電気が流れて背中や腰がビリビリするまま、叫びの衝動に耐えていた。
本当によく効くんだけどなぁ、マウスピース。
どこかでいい歯医者さんに巡り合うのを祈るしかない。
4軒先にいいとこがあるんですよ、とももちろん言えない。
ああ、中途半端に人のプライバシーを聞いちゃう場って、つらい。

21年3月24日

息子が来てくれた。
生活費を援助するのが気恥ずかしいので、月に1回、5時間私と過ごして映画1本観ておしゃべりしてくれたら5万円払う、ってバイトの第1回。

息子は5時間で1万円だと思っていたらしい。
それでも時給2千円で破格のバイトだと。
「ホントにいいの?じゃあ、それ以外にももっと来るよ。たくさんおしゃべりしに来る」
「いや、そんなに来られたらお金がかかってかなわないから、月1でお願いします」
「もちろんそれとは別の話だよ。ただ、お母さんとしゃべるために来る」
なに言ってんの、あなたは4月から学校も別のバイトも始まるでしょう。
自活できるようにする、その支援としてコロナ中だけの特別措置だから、それ以外のことの方を熱心にやって。
こっちはしょせん自己満足の親心なんで、まあ適当に。
もちろん来てくれたら嬉しいけどね。

映画を1本観るのがこのバイトのお約束なので、今回は「ターミネーター ニュー・フェイト」を。
「出た!シュワちゃん!」
「この、サングラスをかけそうになって、かけない演出が憎いねー」などとわいわい言いながら一緒に観て、いろんな話をして楽しかった。
映画について、また別の話題について、あれこれしゃべりながら観るのがわりとうちの流儀。

途中で一緒に買い物に出てお昼のテイクアウトカレー弁当買う。
息子が受け取ってくれてる間に私は隣のローソンに。
菓子パンと総菜パンをカゴに入れて待ち、
「あなたは欲しいものないの?」と聞くと、「じゃあ、タバコを」とレジでラッキーストライクをひと箱頼むので、
「3つぐらい買いなよ」と鷹揚に言ったら、
「ありがとう!これで今月もう買わなくてすむー」と喜んでいた。
親がいろいろ買ってくれるのが実家の醍醐味だ。
私も、結婚してからでさえお世話になってしまっていた。君も存分にしたまえ。

食べながら映画を観終わり、
「結局この人は、サラ・コナーのために何遍死ぬんだろうねー」と最大の感想を述べながら鑑賞会終わり。
次回は何を観ようかなぁ。
観よう観ようと言ってまだ観てない黒澤の「羅生門」とか。
でもあれはせいうちくんが一緒に観たがってからなぁ。
私はもっと単純な娯楽大作で行こう。
考えておくのもまた楽しい。

「短い小説を1日1本書いて3千本書く、って半年ぐらい前に言ってたけど、あれから1本しか見てないよ。書いてる?」と聞いたら、
「書いてない」と頭をかく。
そんなもんかかんでいいから、自分が口にしたことを実行する努力をせよ。
「じゃあ、今から1本書こうか。お題ちょうだい」と言うので、目の前にあった「タバコの吸い殻」で。
さすがインプロヴィゼーションを勉強してきたと豪語するだけあって、ノートPCを出すと一瞬の迷いもなく書き始め、ものの15分ほどで1本書きあげてくれた。
途中で追加した「母親への愛情」って要素もちゃんと取り入れて。
いいね。
でも一気呵成に書き上げて「あー、くたびれたー!」と倒れる産みの苦しみを見てるのはつらいし時間がもったいないから、これから事前にお題を出して書いてきてもらおうかな。

その間に私も日記を書いていたら、振り向いて見て、
「お母さんも何か書いてるの。早いね!すごくたくさん、すぐに書けるんだね」と感心してくれた。
そりゃあ、頭の中でお話作ってるあなたと違ってこっちは起こった出来事をそのまま書いてるだけだから、「息子とマトンカレーのテイクアウト弁当を食べた」だけでもふくらませればすぐに長い文章になるよ。
それに、母さんは考えたことがほぼ完璧な文章になって脳内に浮かび、そのまま口なり指先なりから出てくる特異体質らしいからね。
長すぎるのが悩みのタネなぐらいだ。

四方山話をするうちに、床に寝ころんでいた息子が、
「ちょっとひざ枕してもらっていい?」と頭を乗せてきた。
こっちは勢い、息子側の片手を彼の二の腕のあたりに置くことになる。
その手をぎゅっと握って、
「落ち着くなー。なごむなー」とまったりしてた。
小さい頃から母親が薬をのんでぼんやりしたり奇矯なことを口走ったりしていて、
「小学校の頃は夕方の時間が怖かった。お母さんと2人きりで過ごすのが」と最近になって言語化されたぐらいなので、あまりヘンでない、普通にしゃべれるお母さんにひざ枕してもらいたくなったんだろう、と解釈しておこう。
やっと少し安心させてもらって、何かを取り戻せたかな。
よかったとは思うが、非常に申し訳ないな。

彼は人生の忘れ物を決してあきらめない。
意識してはいないらしいが、1日でビビッてやめたバーのバイトはその後また行ってしばらくやっていたり、落ちた劇団のオーディションに1年後ぐらいにまた挑戦して今度は受かって出演したり、会社を辞めた頃に行きたいと言っていてうやむやになっていた演技の学校についに行くことになったり。

中学生の頃、試合場の前に広い公園のような敷地があり、子供が乗れるゴーカートがあった。
彼は試合の帰りに何度も何度もそのゴーカートに乗って楽しそうだった。柔道着のままで。
もちろんそんな子供みたいなマネをする中学生は彼ひとりだった。
としまえんのミラーハウスに20回ぐらい入っては出てきて我々を見つけて嬉しそうにしていた小学生の時と同じく、しかるべき時期にきちんと体験しなかったことを思いがけない時にもう1度やり直している。気が済むまで。
そんなひざ枕だったんだろう、と勝手に想像している。

あと、息子が私に触れて安心するってのは新鮮だった。
そりゃいつもハグとか握手とかしてくれるヤツなんだけど、私自身は母親から触られるとぞわっとしたものだったから。
今わかったよ、心が伴ってない身体的接触、しかも雰囲気的に断れないやつはものすごく気持ち悪いと感じる。
「あなたがかわいくて仕方ないから」と肩を抱かれたり腕を組まれたりすると、「嘘だ!」と全身が悲鳴を上げていたからぞわっとしたんだろう。
息子との接触はちっともぞわっとしない。
向こうもしないなら、何よりだ。

「今日、息子と2人で長い時間すごすんだけど、しゃべり倒しちゃわないかな。息子はあきれないかな」と事前にせいうちくんに不安を打ち明けたら、からからと笑って、
「僕は30年以上聞いててもちっともイヤだと思ってないよ。まして、生まれた時からずっとエキセントリックな母親に慣れている彼が、今更どうこう思わないよ」だって。
実際、なんとも思われなかったみたい。
「あなたは愚痴とうわさ話がキライだって言ってたけど、母さん、わりとどっちもやるよ」
「自分が言わないってだけで、人が言うのは別にかまわないよ。どうぞどうぞ」
好き放題しゃべらせてもらった。

5時間が過ぎ、「そろそろ時間だね」と言ったら、
「お風呂入ってっていい?」ときた。
実はこれは彼が来る前からせいうちくんと話題になっており、「時間外扱いにするか、サービスするか。ところでデリヘルとかって女の子がシャワー浴びる時間も料金内なのかな」とひそひそやってた。
「興味あるところだから、息子に聞いといて」って、そんなこと聞けるかよ!
でも、現場では聞いちゃうのが私のサガなんだ。
「お父さんとこういう話をしてたんだけど、どうなの?」
「ああ、料金内だね。今回のオレは礼儀として時間外に入らせてもらうつもりでいたけどね」とウルトラストレートに答えてくれた息子よ、どうもありがとう。
うちはあけすけすぎるのか、私が悪いのか。
多分、私がメインになってこさえてきた我が家の家風がフランクすぎるんだろう。

しかし、9時前に「出勤」したとたんに「なんか食いたい」ってカップラーメン食べ始めるのは、料金内なのか?
まあまだせいうちくんも出社前で家にいて、息子とあれこれ話していたからいいけど。
「本当に冷蔵庫空っぽだねー」とコーヒーとお茶と紅茶と牛乳とヨーグルトと野菜ジュースしか入ってないのを眺めて感嘆するように言っていた息子。
前は、冷蔵庫にぎっしり作り置きの料理がタッパーに入って詰め込まれていたもんね。
若者がいなくなった老人の家庭、しかも仮住まいなんてこんなもんだよ。
自分たちもよくやっていたなぁとむしろ感心するね、今となっては。
適当料理を作って食べてるせいうちくんと違って、私は菓子パンと総菜パンと野菜ジュースとタバコで生きている。

風呂から上がって、マンガの新刊読んで、「じゃ、そろそろ行くわ。また来るね」と言って息子は帰った。
バイト代は月末に振り込むことにしてある。
ここで5万円握らせたら、なんかヘンじゃん!それは違う気がする。

なんにせよ、いつもは息子に気を使いすぎるので、今回は無礼講で行かせてもらった。
帰り際に、「5時間肩揉め、って言われたら、揉んだ?」と聞いたら、
「うん、揉んだよ」とこれまで1分以上肩を揉んでくれたことのない息子が答えた。
よし、次は映画観ながら肩揉んでもらおう!

夕方はおとといも行った整形外科にまた行かねばならない。
先日のはリハビリだが、今日は東大から先生が来てくれる日らしくて、こないだ撮ったMRIを見てもらって何か診断してもらうらしい。
それはもう、前の家の近くの大学病院で通ったコースなんだが、2年ぐらい前だからそれから何か良くない進行具合になってるかもしれない。
いちおう意見を聞いておこう。

「東大の先生」はあっさりしていた。
MRIを見て、「軟骨が完全にすり減っていて、すでに骨がぶつかってとげのようなでっぱりが出ている。痛みで歩けなくなったりよくなったりを繰り返しながら、だんだん悪くなるでしょう。人工関節を入れれば、痛みはなくなりますから」
うーん、本当にあっさり言ったなぁ。

心臓の手術の傷跡も癒えてない上、ワーファリンを止めて手術するとなると薬をコントロールする数日が余分にかかる入院になるのよね、といったややこしいことを、1年弱しかお世話にならないドクターに言っても仕方ない。
「今は10分や15分なら歩けますし、家の中では全然不自由はありません。痛みが激しくなるまではこちらに通って湿布や痛み止めで何とかしたいんですが」と話すと、
「ああ、それでいいでしょう。あくまでご本人が『痛くてたまらないから人工関節にしたい』と思われてからの話です。逆に『すぐに人工関節にしなさい』とか言う医者がいたら、あんまり言うこと聞いちゃいけませんよ」とありがたいお言葉をいただく。

湿布と塗り薬もらって帰る道みち、なんとなく足取りが重くなった。
「この人生の先のどこかに『人工関節』が待ち受けているのかぁ。今は歩けているけど、いったん失われた軟骨は戻ってこないし骨はささくれていくし、良くなることはなくって進行を遅らせるのが精一杯かぁ」と思ったら暗くなるのも当然じゃないか。
だいたい私は本人の努力が足りないせいなのか、不可逆な病気が多すぎる!
心筋が衰えるとか緑内障とか、鍛えようも戻しようもない話ばかりだ。

長生きがしたいわけではないけど、不自由な状態での生や苦痛の多い日々を思うと、やーな気分になる。
基本、穏やかに寝ていたい、なんて非生産的な好みがいけないのかな。

21年3月25日

お風呂が大好きで、毎日必ず入っていた。
日によっては2回入ったりもしたし、夏場は水風呂を張って1日に何度も冷水浴をしていた。
ところが!
ここ1週間ぐらい、毎日入る気力がないのだ。

ひどく疲れた日があって、どちらからともなく「今日はお風呂はやめとこうか」「うん、その方がいいね」となった。
そしたらすごく気が楽になると同時に、あわただしかった夜の時間が不思議と長くとれたのだ。
お風呂って、そんなに手間と時間がかかっていたのか!

というわけでこの頃お風呂は2日に1回。
今夜はまたくたびれているので、ついにもう1日先送り。
手術後でもないかぎり、2日間入浴しないなんて考えられなかったのに…
老人はわりと風呂嫌いで、施設でも「いかに入浴する気になってもらうか」が大きな課題であると聞く。
私も老人の世界に片足を突っ込んだんだろうか。

1年3月26日

今年になってからずっとつけずにたまったままだった家計簿をやっと2月分まで記入した。
レシートは全部取ってあるので難しいことではないけど、とにかく面倒くさい。
日記と家計簿をその日のうちにつけられる人は大人物だ。

1月末にこちらに越してきたので、さぞかし引っ越しのどさくさで出費が多いだろうと思っていた。
また、こちらに来てからは外食やお弁当、総菜パンなどで暮らしているからきっと出費は上がる一方だろうと。

ところが、意外と支出は増えない。
もちろん引っ越し費用や旧マンションの内装費、現在の家賃などは別会計なのでその分はどかんと増えていることだろうが、基本の生活費はあまり変わっていない。
自粛だったせいで思ったほど外食三昧でもなかったことと、ちょっとした外出、お茶を飲む、カフェでごはんなどの娯楽的出費が少なくなっているせいだろうか。
その分やけくそのようにAmazonの本代は増えているが、ほかのものとバランスしてほぼ変わらない支出にとどまっているようだ。

飲み会って言ってもZOOMだからお金かからないし、食事をきちんと作ればそれなりに食材費はかかるし、案外こういう暮らしにはお金がかかりすぎると言うほどではないみたい。

仮住まいの家賃と、今住んでいないマンションの管理費を払っているところは痛いが、まあたった1年のことだ。
マンションはそのうち売れるだろうと楽観してるし。

今夜もZOOM飲み会だ。
思えば人と自由に会うことのできないこの1年間、ZOOMにはずいぶん助けられた。
引きこもりの私に至っては、コロナ以前よりずっと「人と話している」日々。
早くまたリアル飲みができるようになるに越したことはないが、考えてみればお酒好きじゃないし、人と本当にやりたいことはカフェでおしゃべりと楽しいお食事と、そしてカラオケだけかもしれないなぁ。

21年3月27日

天気のいい土曜の朝、早起きして谷中ぎんざを抜け(猫2匹発見!)、上野公園に桜を見に行った。
8時頃なのでまだ人混みは少なく、のんびりと花見と散策を楽しめた。

ついでにせいうちくんが「桜の三大名所のひとつ」だと思っているひとつ、私はまだ未踏の地、千鳥ヶ淵へ。
(残り2つは上野と井の頭公園だそうだ)
川と桜のバランスが見事だった。
歩き花見ではあるものの、途中ベンチで持ってきたコーヒーを飲んでリフレッシュ、ひと回りして帰ってきた。
それでもまだ朝の10時。

千駄木に住んだ目的のひとつ、上野での花見をして、すでに東京都美術館で吉田博展を見て、谷中ぎんざでの落語も聴いて、かなりのペースで楽しんでいる。
1年間という限られた日々ももう2か月近く使ってしまったが、今後も後悔のないよういろいろ近場の面白いところを見て歩きたい。
18歳での上京以来、主に東京の西の方で過ごしてきたので、こっちの方面はどこも珍しく楽しい。
都心に残る下町の風情、中央線沿線では考えられない地下鉄網による移動の簡便さ、近隣駅は名所史跡や美術館に恵まれて、まさに1年間の旅行と呼ぶにふさわしい。
これからも千駄木生活を堪能していきたいものだ。

21年3月28日

息子とZOOM。
なんとなく元気がなくて心配。
昔通った塾でバイトするよう塾長に誘われてる件についてせいうちくんが止める方向に厳しいことを言ったのが気に入らないのか、だから目が宙に泳いでいるのか、と邪推してしまう。

4月15日から演劇の学校が始まるのでナーバスになっているせいもあるかもしれない。
新しいことの始動にあたって彼がナーバスになるのは珍しい。
たいがいいつも、「オレってサイコーにイケてる」みたいな勘違いをしてそのまま行動してしまうため、周りから浮いてしまいがちな過去を見てきたから。
不安になるぐらいがちょうどいい。
良い指導を受け、良い刺激を受け、良い仲間を得るといいな、と心から願う。

21年3月29日

朝、9時頃起きてみたら、昨日の天気予報とはうってかわって晴れ上がった青空。
さほどたまっていたわけではないんだけど、無性に洗濯がしたくなった。
大急ぎで家中のタオルや洗濯すべき服をかき集め、急いでひと洗濯。
10時半には干すことができた。

ところが夕方取り込むのを忘れていたのと、やはり遅い時間に出したせいか、今ひとつの乾き具合。
しょうがないのでタオル類は洗濯乾燥機に、ハンガーにかかった洋服類は浴室乾燥機に突っ込んだ。

結果、全部ふかふかに乾いたので満足。
他の家事は一切やらないが、洗濯だけは憑りつかれたようにやる。
天気の具合を見てきちんと干してたたむのが、面倒だけど妙に好き。
せいうちくんは、
「せっかく全自動洗濯乾燥機があるのに」とあきれている。
と言っても、夫婦2人暮らしの今では4日に1回ぐらいしかしないですんでいる。
特にテレワークはワイシャツやアンダーシャツが出ないので、とってもお得。

2人とも「いつも着る服」が2種類ほどあって、洗濯の時はもう一方を着ている、というだけのバリエーション。
服には情熱が持てないんだよねぇ。
お互い同じような趣味でよかった。
時々、せいうちくんは背が高くて手足が長く、けっこう見た目がいいんだからいわゆる「カッコいい服」を着てみたらどうか、と思うこともあるが、2人ともほぼ同時に「お金がかかる。本買った方がいい」と考える。
夫婦相和し。似たもの夫婦。

21年3月30日

今年で62歳になる。
もう、余生でいいよね?
「何かできるはずの自分」「何かやらねばならない自分」だった時代が終わって、それに続いてやってきた、「何かしたはずの自分」「何かできたはずの自分」に追いかけられて追いかけられて、息が止まるほど走り続けて、実際に息を止めてしまおうとまで思っていた時代は、もう終わりでいい。

「何もできなかった自分」でいい。
「何かできたはずだけど、こういう理由でできなかった。それさえなかったら」を言い訳にする時代も終わりでいい。
他人の制作物を楽しみ、消費し、賛美する、それだけのために時間とお金を使う人生でいいと、やっと思えてきた。

なにと戦ってきたんだろう。
とてもつらかった。
いつも何かに追われて、安眠できなかった。
死ぬことだけが眠る方法だと思えた。
そんな日々はもう終わりにしたい。

息子が私の代わりに追われていてくれているせいかもしれない。
あるかないかわからない「才能」に追われて、気づけば自分の力量以上に走れることもあるのが若さだと、目の当たりに見せてくれてるからかもしれない。
引退だ。余生だ。自由だ。
自分の人生で培ったものを頼りに、あまり人に迷惑をかけないようにできれば少しの品位を持って生きていきたい。

今、やっと自分を全肯定できた。
線香花火が実体のない綺麗な火花を散らすように、ただの錯覚で次の瞬間には消えてしまうかもしれないけど、今、自由になったことを喜ぼう。
明日はまた、私を追うバケモノが出現するとしても。
食べて排泄して眠って、心地良い温度を求めて呼吸と鼓動を止められないだけの、ただの生き物じゃないか、自分は。

21年3月31日

なんだかヒマでしょうがない。
せいうちくんも昼から出社してしまい、16時半に整体院に行くまですることがない。
ここで魔が差した。

最近は朝起きる生活をしているというGくんにMessengerで「しらふでなければ、ちょっとZOOMしませんか?」と誘いをかける。
返事は「今から缶ビール持って花見に行くところ。まだしらふだからやめとく」とつれないもの。
ここで止めておけばよかったんだが、勢いがついて止まらない。
同じく昼間はヒマなはずの長老に「お時間あれば」とお誘いメールを送ると、「あんたも好きねぇ。今から風呂に入るから、あがったらやろうか」とからかい混じりながらも前向きな返事。
14時にPCの前で自分のZOOM部屋を開いてスタンバっていた。

長老登場。
たわいない話をいろいろしているうちに、「長老と私の部屋でZOOMしてるから、ほどよく酔ってお帰りになったらどうぞ」と誘っておいたGくんが登場した。
なんでも高血圧のためにのんでいる降圧剤が効きすぎていて、そこに酒を飲んだものだから超低血圧を起こし(上が88だったそう)、帰ってから気絶していたんだって。
降圧剤の大先輩である長老から、「半分に割って飲むのがよろしい」と指導を受けていた。

S県に住むGくん、近所の河原で花見してたら、コスプレの2人連れが何組かぞろぞろ歩いていたらしい。
「なんかのフェスがあったのでは?」と聞くと、こんな田舎でそんなもんやるわけがない、とにべない返事。
「集団でお友達っぽかったですか?それならコスプレ好きのグループでお花見って線もありますが」との質問には、
「みんな知り合い、って感じじゃなかった。何組かに分かれて行動していた」。
遠くからスマホで撮ったという写真を見せてもらうと、確かに紫のウィッグをかぶったりピンクのふわふわミニスカワンピースだったり、何かのコスプレっぽい。
明らかに鬼滅とわかるスタイルの人もいる。(煉獄さ~ん♡)

「大学か高校の漫研の花見かな。コスプレ縛りしようとか、で」と言いながらググってたらしい長老、「おう、これだこれだ」と画面共有してくれた。
近所の市民ホールで小さなコスプレフェスが開かれたものらしい。
その流れで河原を三々五々花見して歩いていたんだろう。

強靭な論理力をもって知られるGくんだが、コトがよく知っているつもりの地元にかかわったとたんに一番ありそうな可能性を排除してしまうのを目の当たりにし、人間の理性の限界を見た思いだ。
先入観ってやつか。
まあ酔っ払ってたから仕方ないか。

その後、私は前もって断っておいた通り整体院に行く時間になったので落ちる、と言ったら、すでに相当いい機嫌の長老は、
「1時間ぐらいで終わるんだろう。わしらはずっといるから、戻ってこい」と誘う。
「せいうちくんが帰ってきてテレ会議始めるから、無理だと思うなぁ」と言って出かけた。

その頃にはせいうちくんから「もう会社出た」とのLINEが入っていた。ちょうどすれ違いになるぐらいだろうなぁ、途中のローソンであんドーナツ買ってきてくれと頼んでしまったからなおさらだなぁと思っていたら、なんと整体院の前まで来たところで前方から歩いてくるせいうちくん発見。
手を振って駆け寄ると、背広の両ポケットをポンポンと叩いて、
「あんドーナツ、2つ買えたよ。こんなとこで会えるなんて、やっぱり千駄木は出会いの町だね」と嬉しそう。

私もニコニコが止まらないまま別れて整体院に入ると、
「あ、うさこさん、通り過ぎちゃうからどうしたかと思いましたよ」と担当さんに言われた。
「主人に会ったものですから」
「ああ、あの方がご主人さまですか。背が高い方ですねぇ。180センチぐらいありますか?」
「いえ、ちょっと足りないです。180弱」てな会話をして、足湯・電気・施術のフルコースを施してもらう。
足がじんじん痛かったのが、だいぶ楽になった。

さて、帰ってみたらせいうちくんはやはり会議中だった。
「小さな声でやるから」と隣の部屋にノートPCを持ち込み、ベッドに座って傍らの椅子に乗せ、マイク付きイヤホンを装備して自分のZOOMに飛び込む。
長老とGくんはまだいて、しきりに「緊急指令1・4-10・10(テンフォーテンテン)」なる特撮番組の話をしていた。
もちろん最前までよりさらに酔っている。

施術でくたびれたのでいったんは戻った挨拶だけで失礼したが(Gくん曰く「整体なんて、疲れを取りに行くところだろう。なんで疲れて帰ってくるんだ!」)、せいうちくんの会議も終わってお風呂に入り、それぞれてきとーな夕食をとる頃にちょっと戻ってみたら、まだやってるよ、この人たち。

いつもなら0時すぎどころか2時は過ぎないと始まらないレベルの超下品な話が飛び交っており、
「をいをい、まだ水曜の19時だよ」とあきれてみせたら、
「こっちは昼の14時から飲んでるんだ。いつものスタートが22時で換算すると、今はもう夜中の3時だ。昼間っからZOOMを呼びかけるやつが悪い!」と、なぜか私が怒られた。
せいうちくんのいない昼間を友人たちと楽しく過ごしたかっただけなのに。

せいうちくんは明日も仕事があるので23時頃に失礼したが、未練がましくまたのぞいてみたら、Gくんは完全に沈没したらしく長老だけがいた。
そこからまた頭が痛くなるような、しかし大変ためになる話がしばらく聞けて、ある意味、有意義なZOOMだった。
金曜もまたあるんだ。楽しみ。
あと、昼間にやたらに人に声かけるのはやめよう。
昼から一杯機嫌の人が多すぎる。


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